第28話「幼き頃の思い出 Ⅱ」
「よろしくな!かえる!」
一瞬にして顔が硬直した。
屈託ない満面の笑顔で、レイは間違った楓の名前を口にする。
一瞬自分の聞き間違いかと思ったが、そんな小さな可能性すらないほどにはっきりと聞こえていた。
「ぇ……ちが―――」
「さっそく遊ぼうぜ!」
楓が名前の間違えを指摘しようとするが、レイの声に遮られる。どうやら楓の声が小さくてレイにはイマイチ伝わっていないようだ。
ガシッとレイが楓の腕を掴む。
いきなり触られた事にビクッと体を震わせた楓だが、レイはそんな事気付いていないのか、楓に笑顔を浮かべたまま走って行った。
レイに連れて行かれた場所は、シーソーだった。ブランコのすぐ隣にあるのだが、外見からして2人いないとできないシーソーは、スルーしていた。
「俺あっち行くから、かえるはあっちな!」
依然として屈託のない笑顔で言うと、楓の腕を離し駆け足でシーソーに近づいて行った。
「かえるも早くしろよー!」
シーソーにまたがりながら満面の笑みで楓に叫ぶ姿を見て、いつの間にか間違った名前を指摘する事は諦めていた。
それよりも、今はこの少年の事が知りたい―――
「……うん!わかった!」
元気よく頷くと、楓は駆け足でシーソーに近づいて行った。
「うげぇ!! このタイヤ潰れてる!!」
涙目になりながら尻を右手で押さえ、あまりの激しい衝撃に苦悶の表情を浮かべるレイ。
事の発端はシーソーを初めてすぐ、楓が足に思いっ切り力を込め、地面を蹴った時だった。
浮遊する感覚と同時に、ボン!という鈍い音がし、「あがぁ!!」という苦痛を表現する声が聞こえたのである。
何が起きたのかと思い、レイの方を見ると、シーソーにまたがったまま力なくシーソーの上に倒れていた。
慌ててレイの方へ駆け寄ると白目をむいていたが、ピクッと痙攣のような行動をすると急に手で股間を押さえ、ぴょんぴょん飛び始めて今に至る。
「くそぉ……次だ!次!」
涙目になりながら今度は砂場の方へ走り出す。楓は急いでレイを追いかけて行った。
「よし、今度は城を作ろう!」
砂場を方を指さし、楓の方を見ながら誇らしげに言い放つレイ。
「……スコップはどこにあるの?」
城を作るにはスコップがなければできない。今まで砂場で遊ぶときは必ずスコップを使用してきたし、使用なしで砂場で遊んだ事がなかった。
「スコップ? 手で作らないのか?」
レイはきょとんとし、手で作るのが当たり前だろう、と言いたそうな目で楓を見つめた。
それを聞いた楓はますます混乱してしまう。
「スコップなしで、作るの?」
「当たり前だ!」
レイは言い切ると、すぐさま手で砂を掘り返し山を作っていく。
「かえる…? どうしたんだ?」
笑ながら砂を掘り返しているレイをただじっと見つめている楓に、疑問そうに声を掛けられた。
「砂…手で触った事ないから……」
両手をお腹の前でもじもじさせて不安そうに言う楓に、無邪気な笑顔のままレイは言った。
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ!俺のマネしてやってみて!」
楽しそうに砂を掘り返し続けるレイを見ている内に、自然と砂を素手で触る恐怖、というものはなくなっていた。
「……うん!」
元気よく頷き、レイの横に腰を下ろす。
下からすくい上げるようにして山を作っているレイを横目に、マネしてみる。
ひやり、とした砂の感触を手の平に感じながら手を砂の中に沈めてゆく。
「うぁ…」
思ったほど抵抗がなく進んでいく事に、軽く感嘆してしまう。
手首まで砂が埋まると、持ち上げてみようと思い手を上げるが持ち上げた瞬間手の平に収まりきらなかった砂が楓の手の平からボロボロと零れ落ちる。
「それをここに押し付けて!!」
レイが自分の作っている山に指をさす。
もうちょっと砂の重みを感じていたい気持ちもあったが、素直にレイの言葉に従って山の上に砂をペンペンと押し付ける。
砂は多少こぼれ落ちつつ、山の一部となった。
「…これを続けて、山のように大きくしたら今度は城の形にするんだ!!」
懸命に砂を掘り返しながら楽しそうに笑うレイ。
「…うん!」
そんなレイを見て、楓は笑った。
◇ ◇ ◇
「今日は楽しかった!また遊ぼうな!」
全身砂まみれで、それでも楽しくてしょうがないのか笑っている少年。
「うん!明日も遊ぼ!」
そんな少年の笑顔に笑って答える少女―――楓は初めてレイと接した時とはまるで態度が違っていた。
天神市で初めて出会った少年に怯え、不安がっている様子とは反対に、今は楽しそうに笑っている。
結局砂場で城を作る遊びは失敗した。山を作るところまではよかったのだが、いざ城の形にしようとしたら2人とも城を見たことがなかったのである。
仕方ないのでトンネルを作り、あともうちょっとで貫通というところで山は崩れた。
崩れた山を見て楓は悲しそうな顔をしたが、そんな楓を慰めるようにレイは「また明日作ろう!」と言った。
「明日もこの砂場で会おうね!」
笑顔で問う楓に、レイも笑顔で答える。
「おう!」
そういい残して離れていくレイを見つめ、なんとも言えない感情が胸の中で渦巻く。
明日また会う約束をしているのに…離れていくレイに不安を覚える。
気が付いたら楓は、レイの裾を掴んでいた。
「……かえる?」
引っ張られる感覚に気が付いたレイが、きょとんとした表情を浮かべ楓を見つめる。
とっさの行動に、わけもわからず混乱してしまう。
「ぁ…これは、その、なんと言うか…違うの!」
上手く言葉に表せない楓にレイは珍しく困った顔をしている。
ただ今は離れたくない…。
ずっと一緒にいる事をなんと言ったか――――
「そうだ」
レイに聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
でも確か…大人になってからでないとダメなはずだ。
楓とレイのようなまだ幼い子供では、そうゆう関係にはなれない。
だから……大人になった時に、隣にいれるように先に言えばいいんだ。
「レイ…」
急激に顔が赤くなるのを感じながら、レイの顔を見つめる。
「ん?なんだ?」
楓の態度が急に変わった事に気付いたのか、レイも楓の事を見つめ返す。
見つめられた瞬間、急激に心臓の動きが早くなった気がする。
ドクン、ドクン、と心臓が脈打ち、みるみる顔が赤くなる。苦しい。
早くこの苦しみを終わらせてしまおうと、レイを正面から見つめる。
そして―――口を開いた。
「――――――――」
◇ ◇ ◇ ◇
「……はっ!」
急に足の痺れを感じた。気が付くと、玄関先の扉の前に立ちつくしている自分に気付く。
「あ、れ…」
なんでこんなところに立っているのか…。
徐々に記憶が戻ってくる。
「零が家にきて……それで」
……そうだ。思い出してきた。
零が家に来て…それで…竜輝もいて……でも、今は会えなくて…。
そして、気がつけば昔の事を思い出していた。
「最後……なんて言ったんだっけ…」
空腹を我慢し、精一杯頭を捻り考えるが、まったく思い出せない。
そうえば……さっきまで台所に居たのに、なんで玄関先まで来てるんだろう?
もしかして……もしかしなくても、零に会いたいのだろうか。
気が付くと玄関先に行き、扉を開けようとしている自分が居た。
扉を開けても、待っているのは自分を怪訝な表情で見る零と竜輝。そうわかっていても、それでも、無意識に楓は零と竜輝に会いたいと、思っていたのだろうか。
そんな楓の無意識の心を否定するように歯を食いしばる。
「今の私は…こんな姿、誰にも見られたくない……!」
目をカッと開き、歯をカチカチ鳴らし、体を震わせる。
今の楓は傍から見たら、助けを求めている幼い少女のようにしか見えなかった。
くるりと踵を返し、お弁当を食べるために割り箸を探す作業に戻ろうとする。
零と竜輝には悪いが……居留守をする。
ちくりと罪悪感に苛まれながら、歩き出す。
「……あ――」
考えながら歩いていたからなのか、罪悪感に苛まれていたからなのかわからないが、最初の一歩を歩き始めてすぐに段差で躓き、派手に転ぶ。
気が付いた時には横になっており、意識が薄れ始めていた。
意識が薄れ始める中、何かの破壊音のようなものが聞こえ、ぼやけている楓の視界に人の影が2つ目に入る。
「……で!…ぁ……えで!」
その内の一人が楓に近寄り、何か捲り立てるように言ってくる。
何を言っているかわからなかったが、今の楓には一つ、思う事があった。
―――お腹、空いたなぁ
夏休みもあと一週間を切りました!
お昼まで寝ていられる時間もあとわずか!
……辛い。




