第20話「圧倒的な力」
ダッシュしてから少し遅れてさっきまで立っていた場所に紅炎柱が噴き上がる。
紅炎柱の余波で熱風が襲いかかるが、その熱風さえも利用して光の元へ突進する。
光は驚愕した顔になったが、それも一瞬ですぐに紅炎柱を打とうと右手を前に出している。
特殊能力だからなのか、紅炎柱は念じるだけでは発動しないようだ。
目の前に2発目の紅炎柱が噴き上がる。
「くっ!」
ダッシュの勢いを殺さないままスレスレで紅炎柱を避ける。
安心したのも束の間、避けた先にはもう一つ火柱が上がっていた。
「ッ…!」
右に飛ぶことでどうにか3発目の紅炎柱を避ける。
ゴロゴロと地面を転がり、追撃を警戒してすぐに立つ。
顔を上げた先には紅炎柱が3本立っていた。
なんと光は俺がどっちに避けてもいいように、右左両方に紅炎柱を展開させていたのである。
「…やっかいだな」
1本しか出せないならまだしも、同時に何本も紅炎柱が打てるとなると避けるのに手一杯だ。
紅炎柱の持続時間はざっと5秒から10秒ってところか。
普通の生活においては5秒なんてあっという間だが、戦闘において5秒は長い。
1秒が命取りになるのだ。
考えを整理している間に光が右手をこちらに向けたのが見えた。
すると、自分の立っている場所が熱くなるのを感じた。
とっさにバックステップで後ろに移動する。
瞬間、今しがた立っていた場所を紅炎柱が紅蓮の炎で包み込む。
なるほど、どうやら紅炎柱が発動する直前、地面が熱くなるらしい。
だがこれを知ったところで同時にいくつもの紅炎柱を打たれたら意味がない。
テロリスト達を同時に焼き尽くしたのだから、一度に出せる紅炎柱は30本ほどと考えていいだろう。その後光は力を出し尽くしたかのように呆然と立ち尽くしていた。
付け入る隙があるとしたらそこだろう。
だが30本もの紅炎柱を避けきれる自信がない。
………打開策がない。
今の俺では光を倒せるビジョンが見えない。
俺も特殊能力が使えたら…。
…使えない能力を頼ったってダメだよな。
打開策がないこの状況。これをどうにかするためには…時間稼ぎしかないよな。
「光!」
「…」
光は俺の呼びかけに答えず、虚ろな目で俺を捕えているだけだ。
だが光は言った「やぁ、遅かったね…零」―――と。
そう言う事は遅かれ早かれ俺が来ると思ったからだ。
なぜそう思ったのか。考えられる答えは一つ。
俺に止めて欲しかったからだ。
その発言にはそのような意図が込められているように感じる。
「本当は、戦いたくないんだろ!!」
ビクッと一瞬肩を震わせ俯いていたが、やがて俺の方をキッと睨みつけると一言一言噛み締めるように言った。
「…僕は―――君を倒して今までの自分と決別し、今度こそ人間を滅ぼす!!」
自分に言い聞かせるように言い放った光は、右手をこちらに向ける。
―――来る!
「プロミネェェェェンス!!!!」
光の咆哮のような叫び声と共に地面が熱くなる。
危険を咄嗟に判断した俺は右に飛んだ。
瞬間、今までの二倍はありそうな紅炎柱が噴き上げた。
完璧に避ける事はできず、服の裾が燃え上がる。
右足が焼けるように熱いが、そんな事気にしてられない。
思わず転びそうになるが紅炎柱の標的になるので左足で踏ん張る。
1発目の紅炎柱を撃ってから2発目の紅炎柱を撃つまでは多少のラグがある。
撃たれる前に突っ込むか、様子見で一回下がるか…。
突っ込んだら今度こそ足を持ってかれるかもしれない。かといって様子見で引き下がったら避けきれないほどの紅炎柱を撃たれる可能性もある。
……どっちも茨の道だと言うのなら、俺は後悔しない方を選ぶ!
踏ん張った左足に重心を後ろ…ではなく前にかけて光目掛けて突っ込んだ!
「オォォォォォオオオオ!!」
雄叫びを上げながら突っ込む俺に光は一瞬たじろいだが、すぐに右手をこちらに向け2発目を放とうとしてくる。
撃たれる――――
光に一発入れる前に紅炎柱を撃たれると直感した。だいぶ距離が空いていたからか、俺の放つ突進より光の紅炎柱の方がコンマ一秒早いようだ。
クソッ…俺は結局何もできないまま終わるのか。友達の1人も救えないで…。
俺が死んだら母さん悲しむかなぁ…。
皐月とはまともに会話すらしてない。
俺が死んでも楓は元気にやっていけるのか。
竜輝…どっちが強いかまだ決めてなかったな。
相楽…お前は悩みを一人で抱え込む癖があるからなぁ、少しは俺に頼れよ。
あぁ…そういや飛行機まだ乗ってないなぁ…。
まったく―――――――――――こんなに未練が残ってんのに、まだ死ぬわけには行かねぇよなぁ!!
カッと目を開き現在の状況を一瞬で把握する。
まだ地面は熱くない。紅炎柱まで多少時間はある。
何かないか…!一瞬でいい!一瞬隙ができるだけでいいんだ!
普段使わない頭をフル回転させてこの絶望的な状況から逆転する打開策を考える。
――――――――これだ!
俺は光がこちらに向けている右手に目一杯意識を集中させた。
「…ハァ!」
裂帛の気合と共に念能力でこちらに向けていた光の右手を左に逸らした。
俺には光のような特殊能力はないが、触れずに物体を動かせる超能力を持っている。
光は驚愕し、その表情には明らかな狼狽の色が見える。
勝った!―――――
俺の拳が光の顔面を捕えようとした瞬間、ハンマーに殴られたような衝撃が右肩に走った。
「ぐあ!」
なすすべもなく吹っ飛ぶ。
そのままゴロゴロと転がり、静止する。
―――ッ!何だ!一体何が起きた!!
地面に這いつくばったまま顔を上げると、光は二チャリと音を立てそうな悪質な笑みを浮かべて立っていた。その行為で自分の失態に気付いた。
――――――俺はまた、大事な事を失念していたのだ。
触らないで物体を動かせるのは何も俺だけじゃない…!
そう、光も念能力者なのだ。
クソッ!何で俺はこんな大事な事を忘れていたんだ!!
「紅炎柱」
急いで右に転がるように避けるが、悔やんでいて一瞬対応が遅れる。
焼けるような熱さが右足に襲い掛かるがそんなの気にしていられない。
右に転がった先には…紅炎柱が噴き上げていた。
「ッ!」
舌打ちをする暇もないまま超能力で真後ろに自分の体を吹っ飛ばす。
ゴロゴロと大きく転がりながら静止した。
追撃のためにすぐに起き上がろうとするが、右足が思うように動かずバランスを崩して倒れた。
「ぐぁ…!」
そんな姿を見て光はただ憐れんでいるような目を俺に向けた。
人間と思っていない、ゴミクズを見る目。
そんな目すんなよ…。
このままでは本当に光は火山を噴火させて日本を壊滅に追い込むだろう。
俺はこのまま…本当に何もできないまま死ぬのか?
やり残してることもたくさんある、まだ死ねない。
死にたくない―――確かにそう思う。
だが………
勝てるビジョンが見えない――――――――――
さっきから打開策を練ってはいるが、まったく通じる気がしない。
"特殊能力"を持ってるか持ってないかで思った以上に戦闘力が違うようだ。
「零…何か言い残した事はあるかい…」
光が非常に冷淡に言い放つ。
言い残したこと…か。
やり残した事ならたくさんあったんだが、言い残した事はなぁ…。
………そうだな、唯一あるとすれば
「人間の素晴らしさを教えてやりたかったよ」
人間の存在自体悪なのかもしれない。人間がいなければ地球温暖化問題なんてなかったし、環境汚染問題もなかった。
だがしかしそれでも…人間まだまだ捨てたもんじゃないぞって言いたかったな。
俺の遺言を聞いた光は卑屈な表情を見せる。だがそれも一瞬ですぐに元の目に戻る。
「…わかった。じゃあね」
光は右手を俺に向け、集中しているからか鋭い視線を浴びせる。
ゴオッと俺の周りの地面が熱くなるのが振動で伝ってくる。
同時にたくさんの紅炎柱を出してアートでもするのだろうか。
光は芸術家だな…。
あまりの暑さに意識が飛んでいきそうになった瞬間、光の口がゆっくりと動くのが見えた。
「プロミネ――――――」
「真空刃!」
しかし光は最後までその言葉を言い終える事はなかった。
突如光の服が切り裂かれたと思ったら、思いっ切り光が後方に吹っ飛んだ。
この技は……。
首だけを動かして技が繰り出されたであろう場所を見るとそこには
「私を忘れるんじゃないわよ!」
漆黒のスーツを纏い、仁王立ちをしている一条時雨の姿があった。




