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ある日超能力が突然使えました  作者: グリム
第一章 変化する日常
18/30

第18話「光の過去」

「光……」


3日ぶりに見た光は変わっていた。

 前に見た時よりやせ細っており、やつれた顔をしていた。

寝ていないのか、目の下にはくっきりとしたくまがある。


そしてその瞳の奥には何もかも諦めてしまっているような雰囲気さえ感じる。


「光…帰ろう…」


変わり果てた光を見て、考えていた言葉も忘れてしまっていた俺はかろうじてその一言を言えた。


光は自嘲的な笑みでフッと軽く笑った。


「僕はもう…あそこには戻れない…」


なんで…なんでそんな顔してんだよ…!


「なんでなんだよ!テロリストを殺した事に罪悪感を感じてるなら大丈夫だ!お前の抱えてるもんがどんな物かわからないけど…俺が一緒に背負ってやるから!」


気が付いたら俺は叫んでいた。光を連れ戻したい一心で。


すると俺の言葉が届いたのか、光はやっとこっちを見た。

 だがその表情からは友好的な表情ではなく、嫌悪の表情が見て取れた。


「僕の抱えてる物がわからない…?何当たり前の事言ってるんだ…。零に…君に僕の何がわかる!!」


光はヒステリックな声で叫ぶ。

 光の俺を見る目は、完全に敵を見る目だった。


「それは…わからないけど!これから理解していくさ!」


考えてみれば俺は光の事を何も知らない。

 知っているのは前島光という名前と、年齢だけ。


俺の言葉を聞いた光は「ハッ!」と鼻で笑った後言った。


「なら今聞きます?…僕の抱えている『過去』を」


光の過去…。俺は一瞬聞くのを躊躇った。

 なぜならその過去に、光をここまで変えてしまった何かがあると確信したからだ。

光の過去がわかれば、なぜこんなところにいるのか。これから何をしようとしているのかわかるかもしれない。


だがそれを聞いて俺に何ができる。過去は既に起きてしまった事だ、俺には何もできない。

 だけどこれから起きる未来の事には…俺にもできる事がある。


しっかりしろよ俺…決意したじゃないか、光を助けるって。

 しばらく考えた後、俺は首を縦に振った。


それを見た光は、自分の過去をまるで他人事のように淡々と話始めた。


「僕の家庭は…父がDVドメスティックバイオレンスだったんです」


俺は一瞬たじろいだが、黙ってそれを聞く。


「僕が8歳の頃に、母に暴力を振るい始めました。最初は強く抵抗していましたが、父の暴力が激しすぎるせいで、やがて抵抗もしなくなりました。

 母が暴力をされてもリアクションがなくなって少しした後、今度は僕に暴力を振るうようになりました―――――」



ーーーーーーーーーー




「痛い!痛いよ父さん!」


幼い光ををゲラゲラと笑いながら蹴飛ばしているのは、光の父であった。


「助けてよ!母さん!」


幼かった光はその暴力に耐える事ができず、赤ん坊のころから優しく育ててくれた母親に助けを求めた。だがその母親は、自分に暴力がこなくなったのを見て安堵している。


今でも鮮明に覚えている。殴られている光を、母は憐れむような目で見ていたのだ。


なんで?なんでそんな目で見るの?なんで母さんは助けてくれないの?


幼かった光は、なぜ母が自分を助けてくれなかったかわからなかった。


自分が殴られる事を恐れて光を助けないのだとわかった時には、既に1年が経過していた。

 それから母と会話する回数が減っていき、ついに話すのは一言二言のみになった。


父が母を殴り、それに飽きた父が今度は僕を多めに殴る。こんな生活が続いた。


そんな生活が続いていたある日、母が病気で倒れた。

 父はそんな母の姿を見ると、舌打ちして僕をたくさん殴るようになった。

父が母の看病などやるはずがなく、全部僕がやった。


父は母の事など、ただのサンドバックとしか思っていない。


やがて父の殴る回数が減ってきていた。

 おかしく思った僕は夜遅く出て行った父の後を追いかける事にした。


「すぐ帰って来るからね、母さん」


「………」


この時の母はろくに口も聞けない体になっていた。



父の後を追って行くと、知らない女性と仲睦まじそうにしていた。

 少ししたら高級そうなレストランに入って行くのが見えた。

僕はこの時確信した。


この男は…母を放っておいて別の女と遊んでいるのだ…ッ!


その時、僕の中で初めて殺意が芽生えた。


のちに授業でこのことを浮気と言うのだと知った。

 ついでに浮気をする人は悪で、悪をする人は悪い人だと。そう教わった。


それから父の殴る回数は減っていき、父は僕を殴らなくなった。

 僕が安堵したのも束の間、父は僕と母を置いてどこかに行ってしまった。

出かけて来ると言った時に、大量の金を家に置いていったのを見たときにおかしいと感じた。

 だけど僕がそれを指摘したところでどうにもならないだろうと思い、何も言わなかった。

いや…本当はまた殴られるかもしれないと思って言えなかったのかもしれない。


僕は父がいなくなって清々した。

これで平和な日常が戻る。これでお母さんも元気になる。

 …そう、思ってた。


だけど現実は違った。


父がいなくなったのを知った母はそれから狂ったように暴れ出した。


満足に体さえ動かせなかった母が「あんたがしっかりしてなかったから父さんは出て行ったのよ!」とか、「あんたのせいで母さんの人生は滅茶苦茶よ!」などと言った罵声を顔を見るたび何回も聞かされ、まるで父を真似ているかのように僕は殴られた。


どうしてそんな酷い事言うの?父さんがいなくなってよかったんじゃないの?どうして殴るの?

どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……………


母さんは僕を認めてくれないの…


母はいつも父さんの話ばかりで、ちっともこっちを見てくれない。無理やり目を合わせようと顔をこっちに向かせると殴ってくる。

僕はそんな母さんに対して、いつの間にか殺意を抱くようになっていた。


母を看護していくのが嫌になった僕は母を病院に放り込み、その金を金ぐためにバイトに明け暮れた。


中学二年生になり、勉学に専念するためバイトをやめた。

 有名な高校に入って父と母に僕の存在を認めさせてやるんだ。そしたらあの父親に僕を捨てた事を後悔させてやる。

幸い父の残した金は多かったので、1年バイトをせずとも今の生活は保てた。


それから1年必死で勉強した。

 友達との遊びも断り、付き合いが悪いからという理由でいじめられてもただがむしゃらに勉強した。

こいつらにも将来僕が偉くなったら僕の凄さを思い知らせてやる。死ぬまでこき使って、あやまっても一生許さない。いつの間にか僕はそんな事を考えていた。


受験当日の朝、そんな僕の人生を狂わせる出来事が起きた―――


都市部にある有名高校に受験するために僕は朝電車に乗り込んでいた。

 その時間帯はちょうど通勤ラッシュで身動きが取れない状態だった。


(これじゃ勉強できないじゃないか…)


そう思う光だったが、不安があったのでギュウギュウの電車の中バッグから英単語帳を取り出そうとしていた。

 

(えっと……あったこれだ)


もぞもぞとバッグを漁り、中から英単語帳を取り出した。

 その時周囲の視線が自分に向いたのがわかったが、受験を控えている光にそんな余裕はなかった。


目的の駅に降り英単語帳を開きながら歩いている光に突如、女子高生らしき人物が悲鳴をあげながら光の腕をガッチリホールドしてきた。


「この人痴漢です!誰か駅員さん呼んでください!!」


一瞬光は何を言っているのかわからなかった。僕が痴漢?何を言ってるんだこの子は。


しばらく放心状態のままでいると、駅員が駆け寄ってきた。


「駅員さん!こいつ痴漢です!」


女子高生が駅員に訴える。


駅員は僕にちらっと視線を向けると軽蔑の目を向けてきた。


「え~と、君。とりあえず事務所まで来てもらおうか」


事務所?そんなところ行ってる場合じゃない。

 受験会場に遅れちゃうじゃないか。


「すいません僕これから受験なので失礼させてもらっていいですか…」


すると駅員は呆れた顔をして僕を見てきた。


「君ねぇ…自分が何したかわかってるの?痴漢だよ痴漢。そんな事言ってる場合じゃないでしょ」


どうやら駅員は完全に僕を痴漢者だと思い込んでいるようだ。


「ち、違います。やったのは僕じゃありません」


「はいはい、じゃその無実を証明するためにも事務所に来ようね」


「もうすぐ時間なんですけど…」


「大丈夫。すぐ終わるから」


そう言われて僕は駅員に連れられて事務所まで来てしまった。

 「ここに座ってて」と言われてから30分。誰が来るわけでもなくずっと座らされているだけだった。

僕はその時間英単語帳を見て時間を潰していた。


「あ、もうこんな時間か」


時計を見ると、そろそろテストの開始時間だった。すぐ終わるとか言って、何もないまま30分無駄時間を過ごしたじゃないか。あの駅員、許さない。

 誰も来る気配がないし、よし行こう。


そう思って席を立ったその時だった。


「はい君待ってねー」


突然目の前に警官二人が現れた。


「な、なんですか」


いきなり現れた警官に一瞬ビックリしてしまった。


すると急に警官が手錠を取り出して僕の両腕に手錠をはめた。


「!?これどうゆう事ですか!」


「これから署で話を聞くから、付いてきてもらうよ」


警官は無表情な顔でそう告げた。


なぜ僕を署に?

あぁそうかまだ僕が痴漢したと思ってるのか。あれだけ違うって言ったのに。


「だから!痴漢をしたのは僕じゃなくて別の人で!」


僕が反論をすると警官はそんな事聞きたくないとでも言いたそうな顔で僕の両腕を引っ張った。


「あ~はいはい。言い訳は署で聞くから。黙ってついてきてね」


さすがの僕もこれにはカチンときた。


「いい訳!?冗談じゃない!僕はこれから受験なんですよ!間に合わないじゃないですか!」


すると警官はこれ以上話すことはないと言わんばかりに強く僕を引っ張っていく。

 ここで警官達を殴り飛ばして受験会場に行くという考えもあったが、公務執行妨害になる事を恐れて僕は何もできなかった。



「え~と、君、何歳?」


「15です…」


「15歳っと…」


待合室に待たされてから1時間、ようやく呼ばれたと思ったら薄汚い小部屋だった。

 ちなみにもうテストの開始時刻は過ぎている。


「あの…ほんとに事情を説明してもらえるんですか?」


警察の人には「こっちから後で別口から受験してもらうように頼んでみる」と言われ渋々納得した。

 警察から事情を話してもらえば僕の受験も無効にはならないだろう。


「じゃこれから指紋取るから」


「なんで指紋を取るんですか?だから痴漢をしたのは僕じゃないって――――」


「あ~わかってるよ。でもね、それを証明するためにも指紋は必要なんだ」


「………わかりました」


警察に反抗しても何の得はないと思った僕は渋々頷いた。



それからいろいろと聞かれ、家に帰れるかと思ったらなんと牢獄に入れられた。


「なんで僕を牢獄に入れるんですか!」


僕は警官に必死に説明を求めた。


「一応君はまだ無罪が証明できたわけじゃないからね。しばらくここに居てもらうよ」


「そんな……」


僕は何もしてないのに…。なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ…。



それから数日して、弁護士を名乗る男が来た。


「弁護人の谷口です。どうぞ今回はよろしく」


メガネを掛けた凛々しい男である。


「あの!…僕ほんとにやってないんです!」


すると谷口弁護士はニッコリと笑った。


「えぇ、わかっていますよ。一緒に無罪を証明しましょう」


谷口弁護士の笑顔に僕は自然と勇気を貰った。

 この人は優しいんだな…そう、思っていたのに……。


それから3日後―――


「これから裁判を始める!」


裁判官のこの一言で僕の裁判が始まった。


「まずは被告人の意見。やってないと言うが本当なのかね被告人」


「はい!やってません!」


いつもの僕にしては珍しく、はっきりと答えた。やってないものはやってないのだ。それを聞いた裁判官は頷いて警察の方を見た。


「では、警察の意見を聞こう」


「はい、本件は前島容疑者で間違いないでしょう。被害者もそう言ってますし、証拠も次々と上がっています。」


「証拠品を提示してください」


裁判官がそう言うと警官がドッという音が聞こえそうなほど大量な証拠品を机の上に出した。


「これは前島容疑者の指紋。被害者の服にも付着していました」


な…ッ!それは満員電車だったから付いていただけで!僕以外の人も付いてるはずだろ!


「それと…当時乗っていた人に話を伺ったところ、前島容疑者は何やらゴソゴソとしていた様子との事でした」


あれは!英単語帳を取り出そうとしただけで別に痴漢行為をしていたわけじゃない!!


すると裁判官がギロッとこっちを睨んできた。


「本当かね、被告人」


「ち、違います!あの時はバッグから英単語帳を取り出そうとしただけで…」


「痴漢を誤魔化すためにわざとやったんじゃないんですかぁ~?」


すかさず警官が反論する。


「ち、違います!本当に取り出そうとしただけなんです!


「ふむ…被告人はそう言っているが、どうなのかね弁護人」


裁判官の目が谷口弁護士に向かれる。

 すると谷口弁護士は非常に冷静な声で―――――――


「残念ながら、その可能性はないです」


え……………


「…なぜそう思うか聞かせてもらおうか、弁護人」


裁判官が谷口弁護士に説明を求める。


「証拠品からでも十分彼が犯人だと証明できるとは思いますが…わかりました。

  実は…彼に言われたのです。どうしたら罪が軽くなるのか…と」


な…そんな事一言も言ってない!


「僕はそんな事…ッ!」


「被告人!お静かに!」


僕は黙って谷口弁護士を睨みつける。


「この発言からもわかるように…彼の容疑は確定でしょう」


チラッと谷口がこちらを見てニヤッとした笑いを浮かべる。


「本当ですか、被告人」


「ち、違います!僕は――――」


「裁判官!!」


谷口弁護士が声を張り上げる


「…これ以上は無意味だと思いますが」


すると裁判官はしばらく考える様子を見せた後、カンッ!とつちを鳴らした。


「被告人は――――――有罪!」


そ、そんな………


辺りを見回してみる。


警察の方を見るとこれで当然とばかりに頷いている警官がいた。

傍聴人の方を見るとざまぁ見やがれと思っているのかこっちを見て睨みつけている男がいた。隣にいるのは被害者の母親だろうか。こっちを殺意に満ちた目で見てくる。

弁護人の方を見ると…谷口弁護士はほくそ笑んでいた。最初から谷口は僕の事など弁護する気がなかったのだ。

この時、僕は初めて「人間」という生き物を不快に感じると同時に、ある事を実感した。


この世界に――――――――――――――












僕の味方なんていないんだ



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