第14話「一条時雨」
「お母さん!お父さん!こっちー!」
豪邸にある庭の中で1人の少女が元気よく遊んでいる。
「時雨も大きくなったなぁ。もう6歳か」
「うん!」
今日は一条時雨、6歳の誕生日だった。
誕生日という事で、普段仕事で忙しい父と母も今日だけは休暇を取り、時雨の誕生日を祝っている。
父と時雨が肩車などして遊んでいる姿を、母は微笑みながら見ている。
「ではあなた、ケーキの準備をしてくるので時雨をお願いしますね」
「おう。時雨~ケーキだぞケーキ、楽しみか?」
「うん!」
そんなやり取りを微笑んで見てから、母はケーキの準備をしに家に戻った。
それから一時間ほど父と遊んでいたが、いつまでたっても母は呼びに来ない。
「お母さん……遅い…」
「ん~…確かに遅いな。よし、父さんが様子を見てくるよ」
父さんは抱っこしていた時雨を降ろし、家の中に戻ろうとする。
「ぶ~…」
時雨はせっかくの誕生日なのに1人になるのが嫌だったので、頬を膨らまして行かないでアピールをする。
「大丈夫だ時雨。どっか行くわけじゃないから、すぐ戻ってくるよ」
苦笑しながら父さんは答えた。
時雨はしぶしぶと言った感じで頷くと、父さんは家の中に戻って行った。
それから30分ほどお外で遊んでいるが、父さんも母さんも戻ってくる気配はない。
「遅いなぁ…」
もしかしたらお仕事が急に入って時雨の事なんか忘れているのではないだろうか。
嫌な考えばかりが頭に思い浮かぶ。
瞬間―――
ドッッカアァァァァアアアアン!!!!!
と、豪邸の方からすさまじい爆発音がした。
時雨はすぐさま家の方を見ると、半壊し、燃えていた。
「ぁ…ぅあ…」
初めての光景に腰を抜かしてしまったが、今すぐ動かなければならない。
なぜなら家の中にはまだ、父さんや母さんがいるはずなのだから。
震える脚に鞭を打ち、立ち上がる。
抱えていたくまのぬいぐるみを放り投げ、燃え盛る家の中へ飛び込んだ。
家の中は真っ赤だった。
花瓶が割れてたり絨毯が燃えていたりしていたが、幼いころの時雨が覚えているのは、辺り一面真っ赤だった事だ。
「お父さん!お母さん!」
時雨は必死に探すが、辺り一面火の海でわからない。
意識が朦朧としてきた頃、誰かが横たわっているのが見えた。
誰かが横たわっている横に立っていたのは…お父さんだった。
父さん!
嬉しくて声を上げようとするが、もう体力がないのか声は出なかった。
お父さんに駆け寄ろうとゆっくりとしたペースで近づいてゆく。
近づいてみてわかった。
お父さんが片手に銃を持って誰かに叫んでいる。
何と言っているのか、意識が朦朧としていてわからない。
その誰か―――男2人はこんなに熱いのに涼しい顔をしてお父さんを見下している。
お父さんは時雨の存在には気付いてない。
ふと、横たわっている人の顔が近づいた事で見えた。
―――お母さんだった。
腰から下は無くなっており、目には生気が感じられない。
子供の時雨が見ても瞬時にわかった。
死んでいる。
時雨は今度こそ腰が抜けた。腰が抜けたというより力がぬけて尻もちを着いた。
『死』という重みが今までわからなかった時雨だが、お母さんが死んだことで初めて実感した。
もう2度とお母さんと話せない
もう2度とお母さんの笑顔が見れない
もう2度とお母さんに叱ってもらえない
もう2度と―――お母さんに抱きしめてもらう事はできない…
時雨は泣き叫んだ。
だが他人から見たら、今の時雨はただ虚空を見つめていただけだろう。
もう泣き叫ぶ体力もないのか。時雨は絶望した。
もうお母さんがいないこの世界に居ても意味はないのかもしれない。時雨がそう思った瞬間、
お父さんの首が飛んだ
何が起こってお父さんの首が飛んだのかわからなかったが、お父さんの首が飛んだ事だけはわかった。
バタリ。と、力なくお父さんの体は倒れた。
「あ……アァァァァアアアアアアアアア」
その時、初めて声が出た。とても自分の声とは思えなかったが、お母さんに続いてお父さんまで死んでしまった事による深い悲しみで、声が出たのかもしれない。
燃え盛る炎の中、男2人が時雨の存在に気付いた。
「あっれぇー。まだいたかー」
死ぬ。ここから逃げ出さなければ死ぬ。時雨はそう思ったが、すぐに考えを改めた。
お父さんとお母さんがいないこの世界で生きる意味があるのだろうか?死んでしまった方が楽だ。
時雨は幼いながらも、そんな事を考えていた。
時雨が死を覚悟していた時、もう1人の男が時雨を殺そうとしていた男を止めた。
「待て。そいつは関係ない」
私を殺そうとした男はすぐさま反論する。
「え~…でもこいつ、俺達が人を殺すところ見たんですよ?」
「まだ子供だ。それに…顔を見てみろ。睨むんでも怯えるんでもなく、殺してくださいって顔をしている。お前もそんな顔をしてる子供を殺したくはないだろう?」
男はチラッとこっちを見てから答えた。
「まぁ…そうっすね」
男がそう言った瞬間、私の意識は途切れた。
ーーー
「………ッ!」
急に意識が覚醒する。
目の前にあるのは茶色い床…ではなく天井だろう。
横になっている感覚があるから、おそらくベッドに寝ているのか。
夢か……
嫌な夢を見てしまった。忘れたくても忘れられない。私が生きる意味。
ゆっくりと上体を起こす。
「ッ!」
顎に鋭い痛みが走った。顎に触れるとしっぷが貼ってあり、ひんやりとした。
「よう、起きたか」
ふと、声を掛けられた。
声を掛けられた方を向くと、1人の男が椅子に座りこっちの様子を心配そうに見ていた。
この男は…波多野零。そうだ、超能力者だ。
超能力者は殺さなければならない。もうあんな事は起こさせない。
右手を波多野零に伸ばし、「真空刃」を発動させようとするが、酷い頭痛が時雨を襲う。
「うっ!」
頭痛のせいで、「真空刃」はキャンセルされた。
「安静にしてろって!まだ本調子じゃないんだろ!」
波多野零は切羽詰まった顔で時雨を強制的に寝かせる。
さっきまで殺そうとしていたのに…なんでこの男は私を助けようとするのだろう。
ーーー波多野零視点ーーー
ホテルに着いてベッドに寝かせたのはいいものの、酷い汗をかいていた。
これでは脱水症状になりかねない。
手早く水を買いに行き、強制的に飲ませる。
多少汗は出なくなったが、うなされているようだ。何か悪い夢でも見てるんだろうか。
悪夢はどうしようもない。
一時間ほど椅子に座って様子を見た。
俺も疲れていたので半分ほど意識が飛んでいた時、一条が起きた。
「よう、起きたか」
一条に話があるので寝るわけにはいかない。意識を覚醒させる。
眠い頭に鞭を打ち、意識を覚醒させたらなんと、一条は「真空刃」を放つ予備動作をおこなっていた。
うぉい!いきなりかよ!
超能力で手首をへし折ろうかと思ったが、一条は突然頭を抱えて唸りはじめた。
演技なのか、超能力の使いすぎで体に異常を来すのか。
「安静にしてろって!まだ本調子じゃないんだろ!」
どちらにしろ今は安静にした方がいいはずだ。顎を思いっきり殴ったわけだしな。
強制的に寝かしつけたのはいいが、一条はそっぽを向いて話そうとはしない。
どうしたものか。
トイレにでも行ってどうするか考えようとしたところ、一条がぽつり、と独り言のように喋り出した。
「………なんで、助けたのよ」
「なんでって…夜道に女の子を置き去りにするのは危ないだろ?」
本当はもっとハレンチな考えがあったわけですが。それは言わない方がいいだろう。
「危ないって…私はあなたを殺そうとしたのよ!?普通助けようとか思わないでしょ!」
一条はヒステリックな声で叫ぶ。
「普通…か。果たして超能力が使える人間を『普通』って言うのかね」
俺は自嘲的な笑いをしながら言った。
一条はウッと行き詰った後すぐに言葉を続けてきた。
「それでも!人の感情があるなら殺しに来た相手なんて助けないでしょ!」
一条はしつこく攻めてくる。これはちゃんと答えないと納得してくれないだろう。
「まぁそうだな…お前を助けた理由は同じ超能力者だからってんじゃダメか?」
俺がそう答えると一条は唖然とした顔になった。
あれ、なんでだ。何か間違った事言ったか。
数秒間ポカーンとした一条だったが、キリッとした顔で返答した。
「私、超能力者じゃないわよ」
……………………は?
今度は俺が唖然する番だった。