第11話「亀裂」
ショッピングモール占拠事件から3日。
この事件は死亡者4名、重軽傷者17名の悲惨な事件となった。
死亡者の中にテロリスト32名が入るのだが、銃やトランシーバーなどテロリストがショッピングモールを占拠した痕跡はあるものの、テロリスト達の死体が見つからず、現在テロリスト達は逃走中となっている。実際は光が骨も燃やし尽くしたのだが…。
新聞やニュースではショッピングモールの一件はセキュリティ不具合による事故で、出入り口が封鎖された。となっている。
テロリスト達に侵入されたと報道して客足を少なくしたくないのだろう。
セキュリティ不具合ってのもどうかと思うが。まぁ俺には関係のない事だ。
竜輝は現在重要参考人として3日間ずっと警察に呼ばれている。あんな大勢の人の前で戦ってたんだからな。そりゃ一般の誰かが警察にちくるだろう。
超能力の事が露見しないといいが…まぁ大丈夫だろう。
俺はと言うと、竜輝、楓、相楽、光の4人以外に戦うところは見られていないので特に問題はなかった。
楓はあの一件の後、家に帰ってから学校に顔を出してない。
俺が何度電話をしても出てくれないし、ショックを受けているのだろうか…。
近いうち楓の家に行ってみるか…。
現在学校に来てるのは俺と相楽だけだ。
その相楽も俺を避けているように感じる。
光は、ショッピングモールの一件で強く糾弾してしまってから学校に来ていない。
ーーー3日前ーーー
「おい光!お前自分がやってる事がわかってんのか!!」
俺の前には直前までテロリストが気絶して倒れているであろう場所が黒く焦げていた。
「…」
黙り続ける光に向かって俺は感情を抑えられなかった。
「なんか言えよ!なぁ…なんでだよ!!」
俺の声は震えていたのだと思う。それが怒りで震えてるのか、光が人を殺してしまった事に対しての震えなのかはわからない。
そんな中、光がぽつりと口を開いた。
「……悪がこの世から消えればいいと思った事はありませんか?」
「え?―――」
俺が呆然とする中、光は続ける。
「弱者を痛めつけ自分がこの世で絶対だと思う者、人を騙しのうのうと生きている者、もうやらないと言いつつ悪事を繰り返す者。それら全てが………この世から消えればいいと思った事はありませんか?」
何の感情も籠っていない声で光は喋る。その声には覇気がなかった。
「そりゃ…何度か思ったことあるけど―――」
「なら先輩はその悪を殺そうとは思わないですか!?」
光が鬼の形相で迫ってくる。
「だがな、そいつも俺達と同じ人間なんだ。何も殺す必要はない。」
俺は善人ではないので、悪いことをした奴は全員殺してはいけない。とは言わない。
実際俺はテロリスト達に殺意を抱いていたし、殺すつもりで殴りかかっていた。
放置していても何人かは死んでいたと思う。
だが俺が激情しているのはそこじゃない…光が何の抵抗もなく、あんな淡々としてテロリスト達を殺してる姿がどうしても気に障るのだ。
殺すなとは言わない―――だが俺にはなんであんな無表情で人を殺せるのかわからなかった。
普通は嫌な顔一つするだろう…俺だったらあんな簡単に人を殺せない。
光が殺す時の目は、憐れんでいる目じゃない。完全にゴミを見る目だ。いや、それ以上。
「僕は…悪は絶つべきだと思います。それが些細な悪でも。」
「ならお前は例え万引き犯でも殺すって事か?」
「…はい」
光は多少間があったものの肯定した。
いくら何でもそれは極端すぎだろう。
そんな事を言っていたら2人乗りも対象になってしまう。
万引きと2人乗りの罪が一緒なわけがないが、今の光から見たらどっちも死刑の対象になってしまうのだろう。
「たとえ悪事をおこなっていなくとも…万引きしようと考えてるやつは殺します。」
これは…重症だな。
俺は軽くため息をついてから反論する。
「お前な…そんな事言ったら人間全員がそうだぞ。人間誰もが闇を抱えて生きてる。もちろんお前もだ」
俺も昔荒れていた時期があるからわかる。人間、誰もが弱い部分に悪を抱えて生きている。
その悪と上手くやっていけるやつが、上手く生きていけると俺は思う。
考えは人それぞれだからわからないが。
「それに光…。犯罪者がいくら人を殺したとしても、その犯罪者を殺したらお前も犯罪者だ。」
犯罪者とそうでない人の命が平等だなんて聖人君主みたいな考え、俺は持ってない。
善と悪の線引きをしてるのは神様でも仏でもない、人間だ。
犯罪者を殺していくうちに善と悪の線引きがあやふやになって、善人も殺してしまうのではないか、と俺は考える。
「……」
光は意味がわからない、と言う顔で俺を睨みつけるだけだ。
…俺も何言ってるかわからなくなってきた。
俺は…光に人を殺して欲しくないだけなんだ。
気まずい沈黙だけがエントランスホールに残る。
数分後ぐらいだろうか。人質にされていた男の声が聞こえた。
「おーい!助けがきたぞ!!」
男の声は歓喜に満ち溢れていたが、俺はそんな気分ではなかった。
光は何も言わずにエントランスホールを立ち去ろうとする。
もう俺に言える事はこれしかなかった…。
「学校…来いよ…」
光は一瞬立ち止まったがすぐに歩きだし、この場から立ち去った―――
ーーー
それから3日。
光は学校に来ていない。
「おーい波多野ー」
ふと、後ろから声を掛けられた。
「あぁ山田か、どうした?」
俺のぼっちランチタイムに声を掛けてきたのは山田鉄平。俺の数少ない友達の1人で、けっこう気軽に話し合える仲だ。さすがに超能力の事は言えないけど。
相楽と一緒に食べようと思っていたが、気付いたらいなくなっていた。僕避けられてるよね…うぅ。
「おぉ?珍しく元気がないな。あっ、お前ショッピングモール事件の時いたんだっけ?大丈夫だったか?」
「あぁ…問題ない。」
山田はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに、あれ見ろよ。と言ってくる。
じゃあ最初から振るなよ。
山田の視線の先には知らない人がいた。
腰までありそうな黒髪のロングヘアー、読書をしているからか知的に見えるその表情。ぱっちりとした二重。メガネは掛けてなかった。胸は…す、すごい。なんだあのボリューム。
「あれ…あんな人ウチの学校にいたか?」
山田は目を見開いて驚愕していた。
「うっそ!お前知らないのかよ!まぁ月1ぐらいしか学校来ないからなぁ…。
同じクラスの一条時雨だよ。あの一条財閥の!それにあの美しさ!くぅ~最高だよな!!」
山田は興奮しているのか鼻息が荒い。野獣かお前は。
「一条財閥…?あったかそんなの」
俺が頭にはてなマークを浮かべると山田がニヤリと笑い、嬉しそうに説明してきた。
「一条財閥ってのはな。最近出てきた金融企業なんだが、どうやらセキュリティが並の銀行じゃないらしい」
「セキュリティが並じゃない?」
俺が質問をすると山田がよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張る。
「噂じゃセキュリティがすごいらしいぞ。一条銀行に手を出した強盗は全員、逃げ切れた事はないらしい。
ほぉー、俺にはすごさがイマイチ理解できないが、安全性がすごいんだろう。
俺も将来お世話になろう。
安心、安全の一条銀行。うん、いいフレーズだ。
ちらっと一条の方を見たら、目が合った―――気がした。
ほんとに一瞬だったのでわからない。
山田の『一条様の素晴らしいところ講座』を右から左へ受け流し、昼休み終了のチャイムが鳴って山田は大人しく席に戻った。
ちなみに山田の席は一条の後ろらしい。
一条が廊下側の一番前の席だから、山田は前から2番目だな。
放課後、相楽と一緒に帰ろうかと思ったが、気付いたら帰っていた。
あれ、もしかして嫌われてる?