2.ビトール独立部隊・第一作戦
レムたち魔獣を率いるデニス一行は、険しくて深いアンティー山脈の中、つづら折りの道無き道を進んでいる。
先頭はデオナとゴドンを乗せたライトニングボルト。2番手がジムを乗せた黒皇先生。3番目にデニスを乗せたガル。最後尾が巨神レムという配列になっている。
先ほど、身長18メートルのレムでも見上げる、背の高い針葉樹林を抜けたところである。
人が足を踏み入れない原生林なので、見たことのない巨大生物や、どう見ても人類じゃない二足歩行生物をちらほらと見かける。
リリス・デオナ・ランバン・ランバルトは、目に見える以外の気配も感じ取っていた。種類は全く解らないが、魔獣なのは確か。
「リリス様、魔獣が集まってきております。しかしご安心を。私めが命に代えてリリス様をお守りいたします。どうか大船に乗ったつもりでお寛ぎ下さい」
「はい。リリスめはゴッドハルト様だけを頼りにしております」
ガチガチに緊張したゴッドハルトことゴドンが、安ーく請け負う。
リリスことデオナは特に心配していない。
なにせ、リデェリアルの天才魔獣使い、デニスがついているのだ。生半可な魔獣では、この一行へ手が出せるとは思えない。
「ガルちゃん、気をつけて。見なれない魔獣が姿を見せているわ」
なんだかんだ言ってもデニスは魔獣使いの端くれ。こういった事に敏感な感性を持っている。
「たぶん強いわ」
デニスの何気ない言葉を聞き、デオナは気を引き締めることにした。あのデニスが強いというのだ。油断しない方が良い。
『連中は魔族じゃねぇ。ただの魔獣だ』
ガルが言うには、生物としての通常進化の過程上による生き物らしい。固有数がきわめて少なく、生物学的に見て珍しい生き物らしい。
『一個体でも人間が束になってかかったってかなわねぇ、強い力を持っている。特殊能力も未知数のが多い。スキル・クラッシャーなんぞ持たれてりゃ目も当てられねぇ。嬢ちゃん達もいることだし、なるべく戦わねぇようにな。刺激するんじゃねぇぞ、レム君!』
『恐ろしい生物ですね。解りました先輩』
ガルが言うには、いわゆる保護対応の絶滅危惧種である。
で、そんな恐ろしい生物に襲撃されて返り討ちにして絶滅したり、手を出される前に手を出して絶滅させたりしながらの旅は続く。
実に激しい戦闘だった。
そして、いささかも行動計画は全く狂うことなく、むしろ順調すぎるペースで、デニス達一行は、先へ進んでいった。
道が途切れたりしてたら、力任せに道を作ったりしたのが効をなしたのだろう。比較的平坦な森の中は、ほぼ直進だったし。
そんなこんなで、一行はようやく森林地帯を抜けた。
あたりの景色が一変する。
「ふー。ここまで来れば、もう魔獣の襲撃を心配しなくていいわね」
デニスが気持ちよさそうに背を伸ばした。
デオナは、彼女と一緒に旅をして本当に良かったと思っている。
注意して見ていたが、デニスは配下の魔獣にこれと言った指示を出していない。しかし、指示無しで魔獣は動かないだろう。
おそらく、指の動きや、僅かな声だけで指示を出しているのだ。
恐るべき練度。災害魔獣を使役獣の様に使う。特にフェンリル狼の使い方が容赦ない。
「わたしは、こんなのを相手に戦っていたのか……」
デオナは背筋が寒くなるのを憶えた。以前、デニスの魔獣と戦ったことがある。結果は惨敗。
しかも、デニスは遠隔操作をしていた。これは確信がある。
「彼女はたぶん歴史上最強の使い手でしょう。……なんとかランバルトに取り込むことは出来ないだろうか?」
デオナはその持てる頭脳をフルに回転させ、策略に集中していた。
だからだろう。周囲への警戒を怠っていた。
デオナとゴドンの頭上を影が覆う。
巨神が宙を飛んで、彼女の前に地響きを上げて着地した。
続いてデニスを乗せたフェンリル狼が飛び越え、音もなく着地した。
フェンリル狼に乗ったデニスが何やら緊張した声で喋っている。複雑な命令を出しているのだろう。
デオナはゴドンの手を強く握った。いやが上にも緊張感が高まる。
デニスは、何かの危機を感じ取ったのだ。このランバルトのアイアンメイデンと恐れられたデオナが感じぬ危機を!
たぶん敵だ! ゴルバリオンの手がここまで伸びたのだ!
恐るべし、リデェリアルの天才魔獣使いデニス! レジェンドハイマスター・デニス!
時間は少々遡る。森林地帯を抜けた時間まで遡る。
魔獣地帯も抜けたことで、ガルとレムが緩みきっていた。またもや無謀の神に取り憑かれていたのだろう。
『うってかわって岩肌剥き出しですね』
『だな。崖崩れとか怖ぇーな』
川沿いの道。両脇は切り立った崖だ。岩肌剥き出し。緑が少ない。
『リデェリアル村を出て、初めて聖騎士に襲撃された場所に似てますね? 土石流で慌てましたよね!』
『だな。あんときゃ慌てたぜ! この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾ぶっ放して山1つ消えちまったからな! ウハハハハ!』
『意外と、崖崩れ作戦って有効ですよね? 特に敵を足止めしたい場合は』
『ちげーねー。ウハハハハ!』
『……』
『……』
そう、彼ら魔族は学習する生物である。
『……レム君、ちょいとフォーメーション変更だ。君、先頭に立ち給え』
『イエス・マイ・デニス!』
レムはガルに反論する事なく、素直に最前列へと列を飛び越えた。
デニスを乗せたガルはレムの後ろへ。レムとは少し距離を空けて2番目に出る。3番目がゴドンとデオナを乗せたライトニングボルトで、最後尾がジムを乗せた黒皇先生という配列だ。
デニス嬢が何か激しく抗議しているが、レムとガルは無視している。
レムは早足で歩く。先生は意図を理解していただいた様で、ライトニングボルトをせっついて下さっている。
両脇の崖はいよいよ厳しく、高いものとなっていた。
オーバーハングになってる場所を抜けると、緑の森が見てきた。この先、崖の高度も下がりつつある。
どうやら、危険地帯は抜けられた模様と、レム達は一息ついた。
まさにその時!
腹に響く地鳴り。
前方で、大規模な崩落が起こった。
『ヤバイぜレム君!』
ガルが吠える。やはり敵はいた。道をふさぐつもりなのだ
デニス達一行は、急いで来た道をバックする。
そして二度目の地鳴り。
両方の崖、その壁面が上から下まで、いちにのさんで崩れだした。
場所はレムの真上。
距離を開けていた黒皇先生とライトニングボルトは無事避難。ガルは俊足故に避難完了。
レムだけが間に合わない。むしろレム狙いか?
トンクラスの巨大な岩が落下してくる。
『ふぁびょー!』
驚きのあまり、レムは変な声を上げてしまった。
雨霰と岩石が落ちてくる。ガッツンガッツンと、レムの体にトン単位の岩塊が、高速でぶつかってくる。
『ちょ、まじ人間だったら死んでアワビュ!』
もはや液体状態。何千トン? 何万トン? バケツをひっくり返したように、水でなく岩石が降ってくる。
時間にして2秒も掛からず、レムは埋まってしまった。
「よし成功だ! 巨神が埋まったぞ!」
離れた所から見ていたビトールは歓喜の声を上げた。
谷は120メットルに渡って岩石で埋まっていた。
「ビトール様、良い機会です。とどめの兵を繰り出しましょう!」
作戦の成功に、幹部の一人が上申案を出す。
「だめだ。連中を甘く見てはいけない。しばらく様子を見る」
「しかし――」
幹部がビトールに食い下がろうとした時である。
山積みになった岩石の一部が、音を立てて崩落した。
まさか……と思ったビトール達の視線が、転がり落ちる岩塊に突き刺さる。
巨石群が飴玉のように吹き飛ばされ、巨神レムが姿を現した。
怒りに燃える真っ赤な目。巨石の重さなど何するものか。傷1つ無い巨体が、日の光に鈍く光っている。
「ふ、ふふふふふ。こうでなくては……。あそこで飛び出していたら良い餌食だったぞ」
ビトールが唇を歪めて笑う。そうでなくてはと期待のこもった目は、熱を帯びて熱い。
「た、確かに……。我らは一矢報いることなく全滅していた」
追撃を具申した幹部は、額に流れる粘っこい汗を手の甲で拭った。
「見張りを残して全員撤収!」
ビトールが手を振った。隊の面々は、その命に逆らうことなく迅速に引き上げていく。
「ふふふ、さすがリデェリアルの魔獣使い。天才の名は伊達じゃない。この作戦、見切られていたようだ」
ビトールは、巨神とフェンリル狼を先行させた手際に、密かに戦慄を感じていたのだ。
「次はこうは行かぬ。憶えておれ!」
ありがちなセリフと頬に流れる汗を残して、ビトールも撤退した。
「さすが、レジェンドハイマスター・デニス。これを読み切っていたのね」
デオナも冷や汗を掻いていた。敵の落石作戦にではない。デニスの手際にである。
デニスは口元に手を置いて、何かを魔獣に伝えていた。口の動きで、敵に命令がバレないよう気遣っているのだ。細かい気配り。さすがである。
巨神が暴れているが、なに、彼女に任せておけば大丈夫だ。デオナは何も心配していない。
「うふふふふ、我がランバルトの軍師という席も考えておかなければね」
デオナの、デニスに対する評価は鰻登りである。
「ちょっとガルちゃん! 舌噛んじゃったじゃないの! 偶然だったから良かったけど、もしこれが敵の作戦だったら、あたしたち怪我していたわよ!」
口元を手で押さえたデニスが、ガルの上で暴れていた。
レムも岩を蹴飛ばして暴れていた。
『なんで俺ばっかり! 先輩! 敵はどこですかッ! 俺の拳が暴れたいと暴れているぜ! うぉー!』
『落ち着けレム君。暴れているが2回続いたぞ。敵は撤収した。綺麗さっぱり消えた。残ったのは見張りが3人と……なんだこれは? 小物臭? だけだ! だから落ち着け。ハウス! レム君ハウス!』
ガルが必至でなだめていた。
『でてこい! 敵! 無謀神! てめえもだ!』
『毒竜さん、早く帰ってきてくれ!』
ガルの遠吠えが、空しく谷間に木霊する。
ゴルバリオン皇帝ハンネスは、部下よりの報告を聞いていた。
行軍中なので馬上での聞き取りであった。
「そうか、ビトールがリデェリアルの魔獣使いに挑んだか。足止めくらいの役には立つだろう」
薄ら笑いを浮かべている。
「今作戦における不確定要素は、デオナ姫とリデェリアルの天才魔獣使いの二つであった」
皇帝は、僅かな時間、思考に耽る。
「位置も位置だ。今回の攻撃にデオナ姫は間に合わない。リデェリアルの魔獣使いが戦場に現れる頃に、戦いは終わっていよう。ならば、二つの脅威は考えなくてもよかろう」
そして皇帝は、次の戦いに思いを寄せた。
デニスの株がうなぎ登りです!
次話「ビトール独立部隊・第二作戦」
ビトールの本領発揮!
「明日、リデェリアルの魔獣共を罠にはめる。二つ目の作戦を発動する!」
お楽しみに!




