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10.旅立つのは我が意思なり

「お二人がお知り合いならば、いまさら隠す必要もないでしょう」

 デオナとジムを前に、ゴドンがマントを風にはためかせていた。


 ここは城の外。デオナの後ろには、友情を確かめ合った二体の魔獣が控えている。


「そう、リリス姫様はランバルト公国第三王女様であらせられる。そしてこの私は、ランバルト公国の騎士なのです。今まで黙っていて申し訳なく思う」

 ゴドンはデニスとジムに詫びを入れた。


「……改めて礼を言うぞ……くっ! ……金で雇われたとは言え、ゴッドフリート様の手伝いググッ、大義である!」

 どうしても素直に礼を言えないデオナであるが……。




『なあレム君よ』

『なんですか先輩?』


 その様子を見ていたガルが、何かに気づいた様だ。


『ランバルトの小娘は……、なんか腹に一物含む所があるんじゃねぇかな? ゴドンの旦那との色恋は本物だとしてよ。どう思うよ?』

『うーん』


 実のところ、先ほどのやりとりを聞いていて、レムも違和感を覚えていたのだ。


『そういやそうですね。仮にもランバルト公国といえば、経済も軍事も世界で一番の大国。そこのお姫様なんだから、わざわざ過去の敵にお礼なんかしなくったって「大義である!」の一言で済ませりゃいんだし』


 それを聞いて、ガルが嫌らしく笑う。

『そうならない所がミソだろう。腐っても、人質に取られる様なヘマをやらかしても、大軍を率いて遠征かましてた女狐だ。何を考えてるか、だいたい解るぜ』


『何ですかそりゃ?』

 レムの興味を引く話し方を心得た狼であった。


『ヒントは、オイラ達の戦力。それからゴルバリオンの動き。ランバルトが狙われてるんじゃなかったけかな?』

『なるほど!』

 レムがぽんと手を打った。


『それによう、あれほどの女狐が敵対勢力のゴルバリオン傭兵団に捕まってたってのが解せねぇ』


『つまり先輩は、「デオナ姫は、何をやってる時に捕まったんだ?」って聞きたいわけですね?』


『そういこった。多分、純真天使なデニス嬢ちゃんは、あの腹黒女狐にうまく丸め込まれるはずだ。オイラ達大人は礼節ある保護者として、これを阻止する側に回らなきゃならねぇ。そこんとこよろしくな』


『危険な旅はこりごりですからね。承知しました』

 二人の会話は、ガルの思惑通り、旅の中断という方向で意見の一致となった模様。




 魔獣二人が正確な情報を駆使して、デオナの裏を読んでいた間も、人間達の会話は続く。


「わたしは長らく牢に捕らわれておりました。そのため、体力に自信がありません。さりとて、人質よりの解放について、早く連絡しないと国政が間違った方向へ舵を切る事になりかねません」


 デオナの話術に引き込まれ、デニスとジムは、いつしかうんうんと頷くようになっていた。


「そうなると、すぐさま国民の皆様の命と生活が脅かされる事となりましょう」


 市井の人間の生活と聞いて、庶民派のデニスは黙っていられない。

「でしたら、わたしたちが走りましょうか? ここからだと馬に乗っても15日は掛かるでしょうけど、ガルちゃんが走ればあっという間……というわけにはいかないですけど、かなり短い日数でランバルトに到着できるはずですよ?」


 デニスが、とても協力的になっている。何も知らない人々が苦しむ姿をトラウマとして抱える彼女にとって、そのくらいの協力申し出は当然のことであろう。

 現に、リデェリアル村の運命の再来ともいえる未来が予想されるのだから。


「それは良い考え……いえ、だめです!」

 デオナが顔を明るくさせた後、暗くなった。

 あからさまに芝居臭かったが、デニス達はこれくらいでも騙される人種なのである。


「まず、あなた達だけでは……言いにくいですが、元々敵同士。ランバルト王家が信用致しません。わたくしが同行するのが一番でしょうけど、情けなくもこの様な体ですケホケホ……」


 大丈夫ですかと、背中をさすりだすデニス。見えない所でニヤリと笑うデオナ。


「じゃ、ゴドンさんに……」

「それもダメです。ゴッドフリート様は命令を無視して単独行動を取ったお方。わたしと一緒でなければ、発見即打ち首です!」


 状況の複雑さに良手を思いつかず、デニスとジムは顔を見合わせていた。


「そこで提案がご座います」

 二人は身を乗り出した。

 デオナはチョロいと思ったがおくびにも出さない。


 ゴドンも何だろうと身を乗り出している。ゴドンもチョロいのかもしれない。 


「改めてご依頼致します。わたくしとゴッドフリート様が『安全に』ランバルト王城まで到着するまで、今までの様に『身の回りの世話』をしていただけませんか?」

 デオナが仕掛けてきた。

 「安全」と「身の回り」この二つがポイントである。

 2つのポイントは、どこまでが範疇に入るのだろうか?


「もちろん報酬はお払い致します。相場は解りませんが銀貨100枚程度ならわたしの権限で払えますし、父上に取り入れば上積みが出来そうです。聞けば、村復興で資金が必要との事。少しでもお役に立てますでしょうか?」


「え? 銀貨100枚?」

 銀貨100枚といえば、今回の依頼金額の10倍である。


 デオナにとって銀貨100枚は小遣い程度だろうし、本来の意味での依頼にしては全くもって割に合わない。しかし、田舎者のデニスにとって、銀貨100枚は大金に見えるのだ。

 デニスの貧困なプライドと実利がせめぎ合う。


 それを見逃さぬのがデオナである。もう一押しした。

「各王家は、冒険者ギルドにも顔が利きます。一国の王が頼めば、冒険者レベルも一気にAクラスへ上がるのも夢ではありません」  


 デニスとジムの目に、今までとは違う光が宿った。

 行動指針が決まった様だ。


 後は魔獣二人組だけだが……。



『くそっ! 思った通りの結果になっっちまった! レム君、ここは大人が全力で阻止してやる場面だ!』

『そうですね! 俺たちは大人ですからね!』


『情に流されて小僧みたくヘマこくんじゃねえぞ!』

『がってんで!』


 デニスがガルに声を掛けた。

「お願いガルちゃん。あなただけが頼りよ。わたし達を助けて!」

『がってんで!』

『ダメダこりゃ!』 






 やあ、レム君だよ。


 あれから俺たちは城の中で一夜を過ごすことにしたんだ。

 出発は翌早朝の予定となった。


 人間サイドは全員お眠り。ライトニングボルト号は、息はしているが倒れ込んだままぴくりともしない。ガルも大人しく鼾をかいている。

 ダレイオスも夕食の時間にちゃっかり帰ってきて、今は就寝している。何してたんだろうね?


 眠る必要のない俺が、夜通しの見張りを買って出た。精々曲者共を怖じ気づかせるため、直立不動で立っている。


 ……荒れ地を崩落させた罪滅ぼしとか、そ、そんなんじゃないんだからね!


「リデェリアルの巨神レム」

 涼やかな女性の声だ。


 俺は目とか頭とかを動かさず、声の主を観察した。

 デオナだった。 


 魔獣は人間の言葉なんかワッカリマセーン!  

 無視だ無視。


「わたしの故郷は危機に瀕しております。しかし、それを知る人間はおりません。真実を知ろうとする人間もおりません。ただただ、領土保守に躍起となっているしだいです」


 最低の国だな。これだから民意の低い国は嫌なんだ。


「それでも、わたしが生まれ育った故郷(ふるさと)なんです。目の前の小さな幸せを追い求める人々が大勢いるのです」


 おやおや、お涙頂戴ですか?


「巨神様も見たでしょう? ゴルバリオンの主力は、あの新兵器を何百と揃えています。この新兵器は、鎧や盾を防御の頼みとする戦士達の天敵です。現代戦術の基本、集団戦法を根底からひっくり返す物です。何万人もの戦人がそれこそ屠殺されてしまうのです」


 ハッハッハッ! 人殺しを主目的とする職業に就いた人が何を言うか、ですよね?


「ゴルバリオンにとって騎士集団は排除する目的でしかありません。王族貴族でもありません。欲しい物は国民の命と食料です」


 その通りだろう。


「女は犯され奴隷となり、男は殺され家財を奪われ、家畜は全て肉となり、種籾まで食べつくされる。大金を払って傭兵を雇う。組織としてのゴルバリオンは、来年のことを考えておりません」


 ああ、確かにゴルバリオンの王は、……この時代を食いつぶすイナゴだ。イナゴの王だ。


「ランバルトが落ちれば、敵はその体を何倍にもすることが出来るでしょう。そして、大きくなった体を養うため、今以上に他国に手を伸ばすことでしょう」


 そうして、全世界はゴルバリオンの王に食い尽くされてしまう。


「王宮の者共が無能である以上、わたししか動ける者がおりませぬ。どうか、お力をお貸し下さい。聖教会から世界を救われたように、今一度、我らの世界をお救い下さい」


 デオナはもう一度頭を下げた。足元に水滴が1つ、2つ。


「あと……あと7日で攻撃が開始されるのです……。間に合わない。でもあの新兵器に対抗できるのは巨神様、あなただけなんです」


 天使の輪っていうんだろうね。彼女の銀髪が、月の光を反射している。


 ……俺は、人間に興味なんて無いんだ。俺は人間じゃないんだからな!

 俺はそんなお人好しじゃない!


 ま、魔獣は人間の言葉を理解しないんだからね!


 俺は無言で突っ立っていた。


 言いたいことだけ言うと、デオナはテントへ帰って行った。




 月の光が静かに俺を照らしている。

「悩んでいるのか?」

 いつの間にか黒皇先生が横に並んでおられた。


「俺、どうすりゃいいんでしょうか?」

 先生は俺を見る事なく、同じ方向を向いたまま仰った。


「汝の成したい様に成すが良い」

 そして、未だ横たわっているライトニングボルトの側に立つ。


 ……もう一つピンと来なかったが、空気を読んで黙っていた。


「悩んでいるのか?」

 いつの間にかガルが横に並んでいた。


 足音を忍ばしたのだろう。業界用語で言う天丼である。


「レム君は、何がしたくない?」

 え? したいじゃなくて、したくない事したくない事?

 それは――

「――オイラは自分に嘘をつくのが大嫌れぇだからよ、やりたくない事はやらない主義だ。たとえ、それが命を縮める結果だったとしてもだ」


 ガルは、俺を見る事なく、同じ方向を向いたままそう言った。


 そして、毛布にくるまって横たわっているデニス嬢の側に立つ。デニスのお尻の臭いを嗅いでいた。


 よく解った。ガルのアドバイスで黒皇先生の言いたかった事がよく解った。


 ――俺が成したい事は……力による理不尽を力でぶっ潰してやること――

 状況は、聖教会がリデェリアルにやったのと同じ事。

 ……なのだが……。




 とりあえずは、ガルを通報する事だ。






「旅立つのは我が意思なり」-了-










 次章「興きる大国。滅びゆく大国」




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