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9.ハンネス・マンドレー

 時間は少し遡る。


「――そして、二人は手を取り合いながら天に召されたのです。これでこのお話はお終いです」


 カルモーンの第二王女・ティーネ王女の話は終わった。

 赤いドレスを纏って跪く。16になったばかりの姫君である。

 強面の傭兵達が居並ぶホールでの催事である。


「なるほど悲劇であるな。面白い話であった」

 大柄な身を豪奢な椅子に沈め、男が話を聞き終えた。


 彼の名はハンネス・マンドレー。ゴルバリオン傭兵隊の盟主を名乗る男である。

 部屋に居並ぶ屈強な傭兵達の中でも、頭二つは大きい。体重も二人分はあろう。それでいて引き締まった体を持つゆえ、痩せてさえ見える。


 実年齢は60をとうに超えているのだが、どう見ても生気あふれる40代前半にしか見えない。黒い髪に、太い眉。整えられた豊かな顎髭。

 鷲鼻と相まって、射る様な目が相手に恐怖を感じさせる。


「わたくし共をお目こぼしくださいますれば、この様な面白い話を毎夜続ける事ができます」

 高評価に、ティーネの顔が目に見えて明るくなる。


「ふむ」

 ハンネスは、何かを考え込む様にして片肘をついた手に頬を乗せた。


「その前に、私の話を聞いてくれるか?」

「喜んで」

 どうやら気に入られた様である。


 ハンネスは、長い足を組み替えた

「その昔……器量の狭い男がいた。女々しさが腐った様な男だった」

 遠い所を見る目だった。


「狭い領地から出た事のない内弁慶。子供達や妻を怒るというチャンスを常にうかがう男であった。怒る事によって得られる興奮感が大好きなのだろうな!」


 ハンネスの話術は巧みだった。声量豊富な声だった。感情がこもり、音程の上げ下げも効果的だった。

 ティーネは前屈みで聞いている。

 ハンネスは、短い文節だけで、人を話に引き込んだのだ。


「その息子の一人は……いつの頃からだろうか、父に何を言っても怒鳴られるようになった。拳を振るわれる母を庇っては殴られていた」

 聞いているティーネは眉をひそめた。ハンネスの話が、頭の中で視覚化したのだ。


「ある時、いつもの様に母を庇って無茶苦茶になった後だ」

 声のトーンが変わる。

「母が裏切った」


「今まで一度も父に暴力など振るわれていないと息子に言い切った。意味がわからぬだろう?」


 ティーネが答える前に話の続きが始まった。

「息子が若くして家を出たのは当然だろうな。それ以後、彼は人を信じない生き方を選んだ。女を愛した事もない」


「お言葉を返すようですが、ハンネス様の周りには美しき女性が大勢おれられます。決して愛を知らぬお方ではありません」


 その言葉に、ハンネスは薄く笑う事で返した。

 ティーネは、その息子がハンネスである事に気づいたのだ。


「そうだな。初めて心を求めた女は……子供を宿した途端、家を求められた。家を与えたら宝石を求められた。次は毛皮だった。なんだか嫌になって腹の子ごと殺したな」

 忘れていた事を一生懸命思い出している風だった。


「な、何という……」

 ティーネは震えだした。


「次の女は、なかなかな靡かなかった。めんどくさくなったんで殺したな。3人目はどうしたかな? ……そうそう、しばらく会わないと怒り狂うので殺した」


「こ、殺してばかりですか?」

「いや、殺さなかったのも何人かいるぞ。会いに行かなくても文句は言わない。適当に金を渡しておいたら静かなものだった」

 今度は、惚けた話し方だ。


「時が流れ、父が死んだと聞かされた。……まったくもって涙が出てこなかった。その後で母が死んだと聞かされた時には、さすがに泣くかと思ったが、泣かなかった」


 ティーネは何も言えなかった。

 話術に関し、ハンネスの方が数段上手だ。


「フフフ、つまりさ、私はそんな者なんだろうさ」

 セリフは自嘲気味だが、実は楽しそうだ。


「気がついたら一人だった。気がつけば、ゴルバリオン商業連合傭兵隊の中にライバルが居なくなっていた」


「だから、邪魔な商会を解体した。文句を言ってくる者は殺して回った。気がついたら私が絶対権力を持っていた」


「逆らう者を殺していけば、この世の全ては私の物となる。女は――」

 ティーネを見た。

「女に言葉は分不相当だな」


 モノを見る目でティーネを見下ろした。

 生暖かいアンモニア臭が漂いだしていた。

 ティーネはその目だけで失禁していたのだ。


「女は生まれた時より奴隷の身分とする。所詮、犯す以外に価値のない生き物だ」

 僅かばかりの希望に賭けたのだが、それは絶望となった。

「生きていたかったら、自分の首に輪でもはめておけ」


「お前の物語は面白かった。しかし、惜しむらくは構成に難があることだ。主人公が流されすぎている。お前もカルモーンも予定通り奴隷とする。メシを食わずに働いてもらおうか。おい!」


 合図を受けた兵士が二人やってきた。

 ティーネは両手を取られた。


「そいつは奴隷だ。好きなだけ犯せ。後は売り払うなり一般兵共に下げ渡すなり、好きにして良し!」


 嫌らしい笑みを顔に張り付かせたまま、ティーネ王女を引きずっていく。

 ティーネは恐怖を顔に張り付かせたまま、悲鳴も上げられず、扉の向こうの闇へ消えていった。


「さて諸君!」

 その声だけで、ホールに居並ぶ一癖も二癖もありそうな歴戦の傭兵長達が、直立不動の姿勢をとった。


「今この時より、世界が私となる。我が世界となる。私が世界の中心である。よってこれより、我を世と呼称しようと思う」


 ハンネスは立ち上がった!


「これより、ゴルバリオン商業連合傭兵隊は、ゴルバリオン帝国と改名する! 世は初代皇帝となる!」

 

 立ち上がりながら、漆黒のマントを跳ね上げる

 彼は鎧を纏っていた。

 ロリカ・セグメンタタ様式。イメージ的に、古代ローマの鎧に近似している。 

 居並ぶ兵士達を前に立つハンネスの鎧が銀に輝く。


「ゴルバリオン帝国皇帝、ハンネス様万歳!」

 居並ぶ猛者共のの中より、ハンネスを除いた、一番の巨漢が大声で称えた。


「ハンネス皇帝万歳!」


「お前達はもう傭兵ではない。ゴルバリオンの正規兵。つまり騎士だ!」

 居並ぶ男達から、歓喜の声が上がる。

 彼ら傭兵達が欲しかった物を与えられたのだ。


「恐れるな。引けを取るな。与えるな! 奪え! 我らに従わぬ者は無条件で皆殺しにして良し! 地上の全てを世の領土とする! これがゴルバリオンの法律だ!」

 ハンネスの声が一際高くなる。


「ハンネス陛下万歳!」

 皇帝を讃える声が止まらない。

 いやが上にも盛り上がっていく。

 

「伝令!」

 ティーネが消えた扉に軽装備の兵が現れた。


「アンティーロック城、落城!」

 不吉な報に騎士達の動揺が広がる。


 ハンネス皇帝は、顎に手を置いて考え込んでいた。

「たしか、ランバルトの姫君を閉じ込めていたな。するとランバルトの手の者に……」

 広間の暗い空気を全く意に介していない。


「うむ、これは好都合!」

 ハンネス皇帝が豪快に笑った。

「ゴルバリオン帝国の領土は全世界である! 世の領土に巣くう、王国を詐称する違法武装集団は、その存在を認めない! これは聖なる決定である!」

 騎士達の間から歓声が沸き起こる。


「世のアンティーロック城が、理不尽な行為により落とされた以上、世らも討伐のため進軍せねばならぬな」

 その意味を理解し、騎士達もいきり立つ。


「蛮族ランバルトに、正しき法の下、正義の鉄槌を下す!」

 ハンネス皇帝は、大きな拳を力強く握りしめた。


「ここに集いし騎士の諸君! 明日中にカルモーンをしゃぶり尽くせ! 女は売り飛ばせ! 男は兵隊だ! 予定通り明後日には全軍出撃する! いいか? 全軍だぞ! ケチくさい事するな! 一人も置いていくなよ!」


 おおーっ!

 狂気の色に目を染めた騎士達が、雪崩を打って外へ出て行く。


「ふっ、ふふふふ、なんて楽しい世界だ!」


 一人、椅子に体を預けるハンネス。


「神よ! 世はそなたに感謝してやろう!」


 そして誰もいなくなった広間に、ハンネスの笑い声が響いた。




次話「旅立つのは我が意思なり」


「俺、どうすりゃいいんでしょうか?」


次回でこの章終わりです。

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