6.アンティーロック城攻防戦-1「無謀の神」
アンティーロック城は周囲に山を配置した盆地の城である。
デニス達は、荒れ地の一角より、遠くに見える城を観察していた
広大な荒れ地の向こう側に城が見えるのだ。
ゴルバリオン商業連合が管理する城であるがゆえか、アンティーロック城は交通の要衝である。
事実、東西南北より、街道がアンティーロック城内を経由して伸びている。
荒れ地にだけ街道がない。
いや、複雑に蛇行した道が一本だけ通っている。
デニス達は、その道の始まりの場所で身を潜めているのだが……。
荒れ地のこちら側に少なからずの兵力が配備されていた。
城と荒れ地の間の小さい隙間に、大量の兵力が布陣していた。
城から伸びる各街道も、兵士が押さえていた。
つまり――。
「待ち伏せされている? なぜだ?」
ゴドンが眉をひそめた。
「そりゃばれるだろう」
ジムは、後ろで精一杯小さくなっているレム達を見上げていた。
「ガルちゃんとレム君のコンビなら何とかなるわよ!」
デニスは全く心配していなかった。
「これから話すアンティーロック城の秘密を知った後もそういう風に言えるかの?」
ダレイオスも顰めっ面をしていた。
「アンティーロック城の前に広がるこの大地が、大軍の移動を阻んでいるんじゃ」
「ここが?」
ジムはダレイオスを疑っている。口調にそれが表れている。
「そうじゃ。この地は至る所に穴が空いておる。それが地下に通じているのじゃ。落ちた者が再び地上に戻れるのはまれじゃ。特に体がでかくて重い連中には辛かろう」
ダレイオスはお構いなしだ。教師のような口ぶりでこう言った。
「じゃあどうやって攻撃するんだよ? あんたの事だ。そこまで考えてるんだろ?」
にやりと笑うダレイオス。
「それは少年の仕事じゃないのかな? それとも私が魔獣に命令してもいいのかな?」
「うぐっ!」
言葉を飲み込むジム。
ダレイオスはしてやったりの表情だ。実に大人げない。
「止めなさいジム。そんな人に付き合う義理はないでしょ? 今までの様に、わたし達で考えるのよ」
デニスがジムを諫める。聞こえは良いが、チームリーダーのゴドンを無視している事に気づいてない。
ゴドンは、蚊帳の外に置かれつつある危機を認識した。
「騎士たる者、百万の兵に恐れを抱かぬ! 退かぬ! 正面より当たって――」
「まず、こっち側にいる兵隊をやっつける」
ジムがゴドンの言葉を遮った。
「兵隊は全滅を恐れ退却する。退却するルートを追っていけば、安全に向こう側へ着く」
「それで行きましょう!」
デニスが同意した。
「いや、あの――」
「ガルちゃん、レム君! 作戦よ!」
デニスは配下の魔獣共に指令を下した。
やあ、レム君だよ!
なんかね、デニス嬢につれられてこんな所にまでやって来たんだよ。
でね、見渡す限りの荒れ地のそこここに穴ぼこが空いてるんだ。
「これはアレですね先輩、カルスト台地ですね。秋芳洞なんかの。地下に鍾乳洞なんかがいっぱいあって、まるで地下迷路のような地形」
「かるすと台地とか、あきよし洞なるものが、いかばかりな物かは知らねぇが、あれだろ? 水の浸食で地下が大きく抉れてるっていう地質学上のアレだろ?」
さすがガルである。部分部分の漢字が合ってる。
「一見硬そうな石灰質の岩が、雨水で溶けて無くなったり堆積したりと、いわば自然の芸術だとか言われてますけど、俺たち重量級には辛い土地ですよね」
薄い部分を踏み抜いたら奈落へ真っ逆さまである。主力兵器が「重量」である俺は特に厳しい。
デニス嬢が、ジム君の立てた作戦を俺たちに伝えている姿が眼下にあるのだが……。
「ここを攻めろってデニス嬢が仰っているご様子ですが、なんすかね? 俺たちに死ねと?」
一旦落っこちれば、飛行能力のない俺はどうやって脱出すればいいのか?
地下空洞が深くなくたって、足を取られるだけで戦いにくいったらありゃしない。
「オイラは抜重できるからよ、どおってこたぁねぜ!」
それが本当なら器用な犬である。
「でも先輩、ジム君の作戦なんて、誰もが一度は採用する当たり障りのないモンでしょ? 敵もそれくらい考えてますよね? でもって、きっと裏をかく対応策が練られているハズですよ」
俺の推測は正しいだろう。だが、犬に反論があるらしい。
「レム君。推測とかハズであるだけで論じるのは後ろ向きな思考である。どうやったら出来るかを論じるべきだ!」
「その理屈には乗りませんよ。口先だけでこねてないで、先輩も作戦を考えてください」
俺もガルとのつきあいは長くなった。その手にはもはや乗らない。この人の口先は破壊神すら地上に引き下ろすのだから。
俺も学習するのだ。
「うむ、レム君も成長したな。先輩として嬉しいぞ。よし、オイラがガキンチョ作戦の穴を埋めるべくナイスな作戦を考えて補完してやろう!」
ガルは魔族の中でもトップクラスの知能を誇る。真面目に立てた作戦なら、白羽扇をパタパタさせている人間の天才軍師程度が束になっても敵わないだろう。
「こういう地形はだなぁ、空からの攻撃が一番なんだけどよぉ、うちの航空部隊はいまだ帰還せずだ。この手は仕方ないと男らしく諦めよう」
「どんな城も空から攻められるのを想定してませんからね。重量物を投げ入れるだけでも効果ありますからね」
「おっ! レム君、城攻めには一言持ってるね! さすがだね!」
何か、ガルに褒められた。
「当たり前っすよ! 俺たち、今までどんだけ城を落としてきたと思ってるんですか? 俺たちはお城キラーですよ。いわば城の天敵!」
マッスルビルドアップポーズを取る俺。
「だったらよ、こんな城にビビってるわけにゃいかねぇぜ! あっさりと蹂躙してやろうじゃねぇか!」
ガルが、すげー悪い顔をして囁いた。
「いいっすね! 俺が敵だったら、ワザと引いて敵を引き寄せ、道と見せかけて実は地盤の脆いところまで誘導して、落とし穴の要領で罠に掛けてやるところですけど、さくっと蹂躙して見せますよ!」
「その調子だ! オイラだったら、その落とし穴は流砂にするし、絶対上に這い上がれない伝説の大空洞に落としてやるが、なーにそんなの脳筋連中に考えられるハズねーぜ! 行こう行こう!」
「でもちょっと嫌な予感がしますね?」
「いいんだよぉ、こまけーこたーよー! 嫌な予感なんざぁ弱っちー野郎の言い訳にすぎねぇ! オイラたちゃ強ぇえんだ! 実力で排除できっからいーんだよ! ドンドンいこう!」
「よーし、お兄ちゃん行っちゃうよ!」
「無謀の神よ! 我らに勝利を!」
こうしてアンティーロック城攻防戦が発動した。
こちらの布陣。
前衛は俺とガルのツートップ。
MFに、稼働時間30分の騎士ゴドン、たった1人。
デニス嬢とジム君は、黒皇先生と一緒に後方で待機。
一方、敵の前衛は約千人。
カルスト地帯の前面、つまりこちら側で、方陣にて布陣している。
後ろは、カルスト地帯の中をうねる一本道。
カルスト地帯の向こう側、つまり安全な大地に敵の本体、約5千が横陣にて布陣。背後にひかえるアンティーロック城の守備を固めている。
ここまでたどり着いたら、俺たちの勝ちだろう。
城門を壊すも良し、ひとっ飛びに飛び越えて暴れるも良し。人質を取られても、人間の言葉なんて魔獣にゃ分かりませんよ作戦で乗り切ればオッケイ!
「いくぜ!」
デニス嬢の合図と共に飛び出したのはガル。
そのスピードは、敵に槍を構える時間さえ与えない。
前衛の兵士直前で0距離停止。腰を抜かして後ろへ倒れる兵士で、前部戦列中央部が大いに乱れる。
ガルは横っ飛びに水平移動。槍が届くギリを高速で駆け抜ける。
兵士は大いに対応が遅れる。馬が最速機動兵器のこの世界。ジェット機並の速度についてこれるはずがない。
走るガルは、敵の背後にまで回り込んだ。特に手を出さず、方陣を一周する。
初手の目標は、敵殲滅ではなく、敵の壊走である。よってガルの戦術は百点であった。
俺はそれを指くわえて見ていたのではない。敵混乱の隙に乗じ、接近できるまで接近。
ガルほどの足はないが、ホバー移動法を使えば瞬く間に接敵できる。
自称青い巨大ガルム犬に目を奪われていたゴルバリオンの兵士達にとって、俺はいきなり現れたように見えたであろう。
鎧がへしゃげない程度に手を抜いた一撃が、最前列ど真ん中を襲った。ガルを見て腰を抜かした兵が居た部分である。
タイミングを合わせ、ガルが敵左翼を強襲。
この二撃により敵は総崩れとなった。
大混乱を起こした敵兵共は、指揮官の怒声も空しく我先にと逃げ出した。剣や盾を捨て、カルスト地帯の真ん中を蛇行する道に沿って走っていく。
それを見て、ガルが追撃の咆吼を上げる。
「よーし、予定通りでぇ! キュウヨウを守ってた騎士に比べりゃ驚くほど粘りがねぇが、金で雇われた傭兵なんてこんなもんさ」
「責任感の無さが問題ですね!」
「このまま追っ手に帆かけて後を追うぞ! ポイントはなるべく怖い顔をして追いかけることだ。夢に見るくらい怖がらせてやれ! 無謀神万歳!」
「無謀神万歳!」
俺たちは、撤退する敵の後を正確にトレースして追った。
ルートから外れると、落とし穴が待っている。そんな愚は冒せない。
ここはアンティーロック城。その城壁に設けられたいくつもの物見の塔の1つ。
鍛え抜かれた筋肉の上に適度な脂肪を纏った長身の男。四方へ伸びた髭に埋もれた分厚い唇。
豊かな髭と相対的に、頭はスキンヘッドである。いかにも傭兵の頭。これで装備している防具が貧弱だったら野盗の頭である。
彼は、アンティーロック城守備隊長のバルト・ローディア将軍。その巨躯を城壁に預けて立っていた。
「ふふふ、予定通りに進んでいるな。敵はリデェリアルの魔獣使い。巨神レムと神を狩る狼フェリス・ルプス。とはいえ、戦い方さえ間違わなければ恐るるにたらず! ガハハハハ!」
バルトは豪快に笑った。
「なあ、黒衣の将軍ベルドも、ランバルトの麗しきデオナ様も、戦い方を間違ったから負けたんだ。動かぬ相手に動く武器。動く相手には動かぬ武器が相性良いんだ。連中は動かぬ武器に弱い。な、そうだろ?」
隣に控えていた副官の背中をグローブのような手でバシバシ叩く。三打目に、副官は白目を剥いて床に転がった。
それには委細かまわず、バルトは機嫌良く笑っている。
「ベルドは死んでしまったが、デオナ様なら、どこかからかこの戦いを見ていてくださるに違いない! ギハハハハハハ!」
黄色い歯を見せながら、笑い続ける。
「バルト将軍、敵魔獣が罠の地点にさしかかろうとしています!」
もう一人の副官が注意を促した。
「よしよし、さすがゴルバリオンの傭兵共。逃げるのが上手だ」
バルトは両手持ちの剣を鞘から抜き、片手で真っ直ぐ構えた。
「野郎共! ぬかるんじゃねぇぞ!」
それがゴルバリオンの作戦発動の合図であった。
やあ、レム君だよ!
必死で逃げるゴルバリオン傭兵部隊をゲラゲラ笑いながら追撃中。
オラオラ状態で追いかける、おっきな狼と巨大ロボの図を思い浮かべてください。
予想どうり、向こう側の敵は進めないでいる。カルスト地帯を大軍で移動は出来ない。今回、地の利が逆方向に働いた。
「レム君、もう一息だッ! すすめ、すすめッ! デニス嬢ちゃんの名の元にッ!」
「イエス・マイ・デニス!」
無謀神の加護を得た俺たちは、ひたすら敵を殲滅するため、前に前に進んでいった。
それは突然だった。
道沿いに一直線に逃げていた敵の一部が、くるりと振り返り、武器を構えて迎え撃つ姿勢を見せた。背後に砂場が広がっている。
「おう! 生意気な敵じゃねぇか! オイラだったらあの後ろに落とし穴仕掛けておくけど、敵は頭の悪い傭兵だ。かまうこたーねぇ! いちにのさんで同時に飛びかかるぜ、相棒!」
「俺だって穴掘っときますけどね。大丈夫ですよね? じゃ、カウントしますよ! いち、にの――」
「「さん!」」
俺とガルは同時に飛んだ。
そして見事に落とし穴に引っかかった。
「ちょ、先輩ちょ! 落とし穴! ちょ、砂がボガボガボ!」
足から飛び込んだので最悪の事態は免れたが、それは先延ばしになっただけかも知んない。
どんどこ沈んでいく。土砂が一緒に沈んでいくから、手がかからない。無抵抗にズブズブと沈んでいく。
だがこれはガルも同じ事。ガルは……。
「よっこらせと。おい、レム君も早く抜け出せ!」
簡単に落とし穴から抜け出しやがった。流砂の上をヒョイヒョイと跳びはねていく。
あっけにとられ、見ている間にも俺の体は沈んでいく。もう胸元を過ぎた。
「ちょっ! いや、ちょっ! ちょ先輩、なんで流砂の上を歩けるんですか?」
「なにって……言ったろ? オイラは抜重をマスターしてるって。体重を限りなくゼロにすればこんな罠なんざなんともねぇだろう? レム君も早く抜け出せ。こればっかりは前足を貸してやることは出来ねぇんだから!」
「ちょっ! あの、抜重ってネタじゃなかったんですか?」
「おいおい、オイラは生まれてこの方、嘘なんかついたこと無いぜ?」
「今、嘘ついたよ。チャンピオン級の嘘ついたよ! って、抜重の方法教えてくださいよ!」
とうとう首まで埋まった、かろうじて右腕だけが出ている状態。
「おっきなザルにだな、砂を山盛り入れておくんだよ。その端っこに乗っかるんだ。ザルの方が砂入ってて重いから、傾くこたぁねぇよな? でもって、毎日どんぶり一杯ずつ砂を抜いていくんだ。そうすっと、砂が無くなる頃には、抜重を体得してるって寸法よ!」
ああ、もう顔が半分沈んでる。
「ちなみに、先輩はそれを会得するまでどれくらいかかりました?」
「4回失敗して5回目に体得したからよ、……ざっと50年かな?」
「だめだこりゃ」そう突っ込みを入れたかったが、すでに顔は沈んでしまっていた。
右腕だけが砂から突きだした状態。声は出せない。
仕方ないのでサムズアップしながら、流砂の中に沈んでいったのであった。
明日より週末まで中国出張です。
更新できるか否かは通信状況次第です。




