5.危機の予感
ダレイオス司教の手当が終わった。
背中を切られていたので右腕が動かしにくそうだった。ならば動かさない方が良かろうと、細く裂いた布切れで、右腕をガチガチに固定してあった。
「前回に引き続き、今回も危ない所を助けていただいた。まったくもって済まないと思う」
ダレイオスは真摯な態度でデニスと向かい合っていた。
「さっきから気になってたんですが、お知り合いなんですか?」
ゴドンがデニスにこっそりと聞いた。
「え、ええまあちょっと……」
良い思い出ではないので、語りたいとは思わない。
「適切な感謝の言葉はこの世に無いじゃろう。それでもデニス君には、有り難うと言う言葉を伝えたい」
まだうまく動けないのだろう。ダレイオスは、ぎこちない動作で膝を付き、礼の姿勢を取りつつ、次の言葉を口にした。
「もはやデニス君は聖教会の守護者。我らの守り神!」
デニスの顔色が変わった。
「これよりグボッ!」
「――ってんじゃねぞ!」
ジムが拳骨で殴りつけていた。飛び上がってダレイオスの鼻っ柱を殴りつけたのだ。
衝撃でダレイオスは転がった。
「人殺しの分際で、気安く姉ちゃんに口聞いてんじゃねえっ!」
今度は飛び上がってからのダウン攻撃。
「待ちたまえジム君、相手は怪我人――ぼへう」
間に入ったゴドン。
ジムの踵とダレイオスの硬い頭骨の間に挟まれていた。
『人間てなぁ業の深けぇ生き物だなぁ。反省どころか勝手に取り込もうとするあたりに逞しさすら感じるぜ』
ガルは一周して感心していた。
『危ない所でした。ジム君があとちょっと殴るのが遅かったら、俺が殴ってたところでしたよ!』
レムの目が赤い。頭を動かす度に赤い線が尾を引いていた。
「なあ、司教さん。あんたら聖教会が正義に駆られて動き出したとは思えない」
ジムが尋問を始めた。聖教会には恨みしかないので、彼の目つきは危ないものとなっている。
間にはいるべき立場であるゴドンは気絶状態から回復していない。デニスはゴドンの鼻血を止めるのに手一杯。だから、ジムを止める者はいない。
「聖教会の為になる動きをしてるんだろ?」
ジム君、なかなかの迫力である。
「そう張り切らんでも全てを話すから。落ち着き給え!」
ダレイオスはまだまだ余裕を持っている。額に汗が浮いているが、それだけでは経験によるものか、見せかけなのかは解らない。
「我ら聖教会の目的はゴルバリオン銀貨の秘密じゃ」
ゴルバリオン銀貨はスリーク銀貨より信頼性が高い。
含まれている銀の純度が高いのだ。世界に出回っているどの銀貨より、純度が高い。それはゴルバリオン銀貨が流通している全国の両替商が認めるものである。
「そこでおかしな噂3つあっての。一つめは、どう計算しても、ゴルバリオン銀貨の流通量が多すぎるのじゃ。2つ目は、どれだけ調べても、ゴルバリオン商業連合が持つ銀産出量を上回っておる事じゃ。3つ目は、徹底的に調べたのじゃが、スリーク銀貨の発行量は減っていない。むしろ増えているとうことじゃ」
ダレイオスが声のトーンを落とした。はっちゃけていた態度も真摯なものになった。
「これだけでは何を企んでおるか解らぬが、……連中の闇が深そうとは思わぬかね。どう思う? 少年よ」
ジムは何度か息を吸ったり吐いたりして、気持ちを落ち着けた。
そして、ダレイオスに対して口を開いた。
「いや、よくわかんない」
『ゴルバリオンは、他国の貨幣を鋳つぶして、自国の貨幣へと変えているんです。今頃は、なりふり構わず貨幣を集めて鋳つぶしてるんでしょう。いずれ銀貨は、全てゴルバリオン銀貨に取って代わられます』
レムの目が緑から黄色に変わっていた。
『解りますか? 先輩?』
『うーん……』
ガルは首をかしげながら長考に入った。
そこに黒皇先生が現れた。
『レム君が元いた世界は、貨幣経済が発達していたようだな』
『有り難き幸せ』
黒皇先生のレムに対する評価が鰻登りだ。
『なるほど、理解した』
ガルは、少年の様な澄んだ目をして、山向こうの真っ白な雲を見つめていた。
『国家が発行する銀貨の価値が無くなる。それは国家の貨幣経済が破綻する事である。別の見方をすると、国家を乗っ取る手段の1つとして、その国の貨幣経済を支配する事が上げられる。今回の場合、全世界の貨幣を乗っ取るということに相当する』
さすがガルである。ちょっと本気出せばこんなものである。常日頃、本気を出し続けてもらいたいものである。
『能ある鷹は爪を隠したままにする。それがオイラの生きるポリシー』
ガルがどこかへ向かって謎の台詞を吐いた。
『ゴルバリオン商業連合傭兵隊もはや帝国だぁね! 帝王たるハンネスは、世界を道連れにしようって腹か? はたまた、自分の生きている間だけ栄華を極められればよい、後はしらねぇと考えてやがるのか? オイラは後ろの説をとるぜ。なぜならオイラだったらそうするからだ』
言わなきゃ尊敬されて終わってただろうに。
「――とまあこんな感じでゴルバリオンは何か貨幣に小細工をしてるの! それが本当なら色んな国の生活が無茶苦茶になっちゃうの! おまけに傭兵共は住民に自己中な暴力振るってるし殺人してるし、もう無茶苦茶になってるの!」
ダレイオスが素の口調で説明していた。理解が悪い子供にムキになってるいい大人の図、である。
デニスとジムは、理解が追いつかないのか、口をポカンと開けて聞いていた。
が! ジムの表情が変わった。口をゆっくりと閉じ、眉を吊り上げる。
「それ、だめじゃん!」
ジムが怒り出す。
「こんなのが通用すると思ってるのか? 民が素直に従うはずないじゃないか!」
「それが従うんだよなー!」
返す刀でダレイオスが押し返す。
「いいか? みんな死にたくないんだよ! 金を出せば命を助けるって言われりゃ、誰だって金を出すだろ? 金なんて所詮、物だろ? 親や兄弟や連れ合いや子供の命が助かるんなら、有り金全部差し出すよ。それが大多数の人の感覚だよ!」
「そ、それじゃ生活できないだろ! 水が大事か空気が大事かって聞かれてるようなもんじゃないか! これは重税なんてもんじゃない、ただの強盗だよ! 誰が見たって国が続かない! いやこんなの国じゃない! ゴルバリオンのハンネスだって未来を考えてるだろ?」
ジムは、直球をそのまま打ち返した。
一方、ダレイオスはヤレヤレといった顔で受け流す。
「それを考えないのがハンネスだ。水はなくても一週間くらい生きられるさ。しかし、空気が無ければ100歩と歩けまい? ハンネスは100歩あるければそれで良いと考えるタイプの野郎だ。そして今が、未来の目的とした理想の世界なんだろうよ」
「いかれてる! そんなの間違ってる!」
「間違い? 間違いってなんだ? ハンネスから見れば我々が間違いなんだよ。だいいち少年も、我ら聖教会を間違いの集団と思っているだろ? それは少年の独りよがりだ」
「違う! 俺の家族は聖教会に殺された! 全世界の人が間違いだと思っている!」
拳を握りしめ、ジムが叫ぶ。
「じゃあ聞こう。私はその人だ。私はまだ聖教会に籍を置いている。それは何故だ?」
ジムは、即答できなかった。
「教えてやろう。聖教会は私にとってまだ旨味が残されているからだ。あと20年は甘い汁を吸えるだろう。そして私の寿命は、後20年も残っていまい。なぜそう考える? それは、死んだ後のことなど考えても仕方ないからだ若者よ。生きてる間さえ楽しけりゃーそれで良ーんだよ!」
「あ、う、な、なんて理屈だよ! 人としてどうなんだよ?」
ジムは顔を真っ赤にしている。今にも殴りつけそうだ。怒り心頭とはこの事だろう。
「バカヤロウ! 私に親兄弟子供はいない。この世界、周りは全て縁もゆかりもない他人だけだ。利用するかされるかの関係に、汗や血なんて泥臭い物が混じるものかい!」
「それでも常識ってもんがあるだろう?」
デニスの手前、殴りかかるのを必至で堪えるジムである。
一方、ダレイオスはそれを知ってか知らずか――たぶん知って――落ち着いたもの。
「馬鹿にするな。常識なら有るさ。そうだな具体的な例を出すと……」
ダレイオスは斜め上を見ながら具体例を思い出していた。
「例えば、少年の知らないところでデニス君は聖教会の聖者に列せられているとか、不滅の巨人レムは、聖者愚直のダッフルの生まれ変わりであると聖教会裁判で決定されたとか、……あの一件は、愚直のダッフル自ら聖教会を正すため行ったセカンドインパクトだと決定したとか、おかげで、聖教会は前より高貴な存在になったとする、とか――待て待て待て! 殴るのは良いが傷口を狙うのは人としてどうかな?」
突っかかろうとするジムをデニスが羽交い締めして止めていた。
「よく聞け少年! 事ほど左様に、立場や大人の都合によって常識は変わるものなのだ。いーや、どうとでも変えられる柔らかい物なのだ! ゴルバリオンのハンネス帝王にとって、他人とはそんな物。傭兵共に至っては、自分たちが選ばれし人類だの革新だのと勘違いしているバカばっかし! 少年よ、正義に期待なんざするな! 正義とは自分自身なのだ! 世の中そんなもんだよ!」
ヒラヒラと手を振るダレイオス。顔だけは賢者そのものなのだから余計に腹が立つ。
「そんなのっ! 許されるべきではないっ!」
ジムは、半べそを掻きながら叫んでいる。負けを意識している模様。
「い-や。現に、私が理不尽を体現している。これはアリだ!」
ダレイオスは斜めに立ち、自信たっぷりに胸を反らした。
「さて、騎士殿が目を覚ましたようだ」
「だからなんだよ! 傷口を殴ってやる!」
「止めなさいジム! ジム、ハウス!」
必至で止めるデニス。ジムを羽交い締めにしている。
「姉ちゃん、離れ……」
冷静に考えれば、ジムにデニスの体が密着している。ジム的にはウハウハなのである。
ジムは、デニスの出せる力の範疇で暴れることにしてこの状況を楽しむことにした。
「う、うぉーっ!」
ゴドンが目を覚ました。
「うぉー!」
やおら鎧を脱ぎだした。
「ぜーぜー、危ないところだった。鎧を装着しての活動限界を超えるところだった」
ダレイオスは、目を点にしてゴドンを見ていた。
「ゴットフリート殿。鎧装着の限界が半時というのは、騎士としていかがなものかと……ゴホン!」
ダレイオスは、乱れた襟元を正した。
「不肖この私ダレイオス司教は、アンティーロック城防御態勢の秘密を知っている!」
その言葉に、ゴドンが刮目した。
「それは本当か? 是非、我らに力を貸してもらいたい! 君たち、この方に暴力をふるう行為を禁止する、これは雇い主としての命令だ。契約上問題はないはずだ!」
ジムは歯ぎしりして悔しがった。契約期間はゴドンの命令に従わねばならない。契約不履行は前払い金の3倍返しなのだ。
ダレイオスは、小憎らしくも小躍りしている。
「どうだね? 私の資産価値が上がったろ? 聖教会で甘い汁を吸っていられる理由が分かった気がしないか? 少年よ」
いつか、こいつに勝ちたいと魂に刻むジムである。だが、同時に、こいつに勝ってしまうと人として駄目になってしまうのではないかとも危惧していた。
いよいよ。
次話「アンティーロック城攻防戦」
お楽しみに!




