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8・リヴァイアサン

 鉄砲水と呼ぶには大人しすぎた。


 水蒸気爆発を疑った勢いだった。


 重力が小さい世界のせいか、地球世界よりスローモーに展開した水の瀑布。

 おかげで水圧とそれに相応しい水量の為だと理解する時間があった。


 落ち着けたのはよいが結局、俺自身は反対の壁まで流されてしまった。

 ジンがいた部屋にまで水は流れてい来ないようだ。


 何百トン単位の水の流れは、効率よく脇へと流れていき、どこかへ消えていった。

 さすが火の精霊が守る部屋。排水は完璧だ。


 水の流れは治まっていないが、それでも小川程度の流れになった洞窟通路を俺は進んでいる。


 例によって上り坂。

 真っ暗な中、遠くに光が見える。

 足下を流れる水は、気になるレベルじゃない。


 テグザーの面チェンジみたいな光景を進んでいく。

 かなり長いぞ。何㎞あるんだ?


 時間潰しと職業訓練をかねて発声練習を試みる。

「バンギャーオォーン!」

 ……。


 よし! 高音に限定して練習しよう。

「アン!」 

 小犬みたく可愛い声が出たぞ! これで女の子にモテモテだ(予想)。


 次ッ! 重低音。

「ギシッ!」

 堅い物を擦った様な、すりつぶした様な。


 続けてみる。


「アンアンギシギシ……」

 はいっ中止!


 



 そして、門をくぐる。

 目の前に、水の聖獣が鎮座していた。


 長い首、太い紡錘形の胴、体長の半分はある尻尾。俺の身長の約三倍の長さ。

 水中、水上戦に特化されたオールの様な四肢と大きなヒレが付いた尻尾。

 好戦的な赤い目をした水の王者がそこにいた。


『我はリヴァイアサン。水の聖物にしてゲートの守護者』


 ゾロリと生えた尖った牙。裂けた口から覗いている。

 分厚いコンクリブロックの様な威圧感。

 まさに聖なる王者の風格。


 俺は無い唾を飲み込みかけた。


『地底湖と地底湖に棲む我を超えねば先へ進めぬ』

 天然の要害・地底湖。

 しかし、ここには水が無い。

 俺が地底湖の栓を抜いた為だ。


 水中の王者リヴァイアサンは、陸に上がったトドの様に、グッタリごろりとしていた。

 陸上ではその巨体を動かす事もままなるまい。


『水禍リヴァイアサンと呼ばれた我はブキュル――』

 おっと、足が滑った。


 話が長くなりそうなので、遠慮無く首を踏みつぶさせてもらった。


 実も蓋も無いが、俺としても無用な争いは避けたい。

 もっとも、争いそのものは避けられたが、命のやりとりは防げなかった……。


『幾多の冒険者。数多(あまた)の邪教徒共を退けてきた我が死すとき。それは上から来た者どもとの戦いに因るか、あるいは下から来たベヒモスに因るか。二つに一つである』


 リヴァイアサンの声が聞こえる。

 逆を言えば、この程度で即死しないタフな身体ということか。


 もっとも、喉の発声器官で喋ってるワケじゃなく、テレパシーみたいなので会話してるのだが……。


『ベヒモスよ。お前の封印は、解けるべくして解けたのかも知れぬ。お前の封印が解けるべく外界が求めたのかも知れぬ』


 目の光が徐々に暗くなっていく。

 死んでしまう前に聞いておく事がある。

「外界はどこだ? 外へ出るにはどうすればいい?」

『……お前は……ベヒモスではない……な?』


 一度、身体を激しく痙攣させ、そのまま動かなくなった。


 ―― お前はベヒモスではないな ――


 その通りだ。俺はベヒモスじゃない。

 体はベヒモスなのだろう。だけど中身が違う。

 異世界の人間で、名前は……。


 あれ? 名前が思い出せない!


 年は思い出せる。二十九歳だ。

 性別は男。

 小学校も中学校も思い出せる。住んでいた地名も思い出せる。


 だのに、名前だけが思い出せない。

 転生による副作用なんだろうか?  


 そもそも、死んだ時点で脳を喪失したんだ。前世の大半の記憶が残っている方がおかしい。


 この記憶は、いったいどこに残されていたのか?


 まさか、前世の記憶とは名ばかりで、前世なんか無かったんじゃなかろうか? 

 でもってこの記憶は誰かに植え付けられた物(犯人は青いべらんめぇ神)ではなかろうか?


 落ち着け、落ち着け俺。餅をつくのは年末だ。

 整理しよう! 


 まず、持っている物。


 前世の記憶。

 人間としての理論的な思考能力。

 プロレスの技各種……。


 そうだ!

 記憶を作られたにしては手が込んでいる。

 なにを好きこのんでコアな八十年代のプロレスの技や選手名を憶えているのか?


 それだけじゃないぞ。

 プロレスにはブックがあることだって知っている。構成があることだって知っている。知っていて騙されてやるのが真のファンだと知っている。


 あの不器用そうな神様にここまでの細かい作業ができるか? 答えは否だ!


 いきなり片付いた。


 片付いたが整理は続けよう。

 記憶を引き継いだのはそれこそ神の御力。今は、ベランメェ神が仮にも曲がりなりにも腐っても神様であることの証明にすぎぬ。


 よしよし、元気が出てきたぞ!


 次に失った物を挙げてみよう。

 息子……。


 いきなり力が抜けた。

 がっくりと膝をつき、手で体を支えなきゃ横たわってしまいそうだ。


 そのあたりの付帯記憶がごっそり抜けている。

 気持ちよい事だとだけは記憶しているが、どの方面の気持ちよさだったかは全くもって見当すら付かない。


 女性と肌を交えた記憶すら無い。

 ……これは経験が無いんじゃなくて、致した記憶が抜けているんだよ。きっとそうなんだよ。


 あれ? なんだか目に熱い物が……。いや、水気はまだ取り込んでないし。


 おっと、忘れないうちに水の魔玉を取り込んでおく。


 皮膚とか骨とか血飛沫とか、スプラッタな場面を完全排除して……、青く輝く魔玉を手にした。


 冷たい、という情報が手を通して伝わってくる。


 もしリヴァイアサンが冷凍攻撃を使ってきたら、俺は対処できただろうか?

 ……まあ何とかなったか。だいじょうぶだいじょうぶ! いけたいけた!


 僅かに残った水たまりで、ブラッディなバディとお宝を洗い清める。

 目や鼻を濯いだからといって、神様とか眷属は生まれなかった。当たり前っちゃ当たり前。


 そうやって水の魔玉を胸に取り込んだ。

 これで五行全てを手に入れた。


 話を戻そう。


 そうそう、もう一つ無くしたものがあった。


 食欲だ。

 食べたいとは思わない。

 満腹感とか空腹感とかが超越していて、腹の感覚がない。

 言い換えれば内臓が無いので、そのあたりの感覚を喪失してしまっている。

 専門用語で言う、内臓が無いぞう。はっ! うまく言えた。


 ……もとい。

 残るは謎の部分。


 俺がベヒモスであるかないかはどうでもいい。


 リヴァイアサンが今際の際に残した言葉が気になる。

『ベヒモスよ。お前の封印は解けるべくして解けたのかも知れぬ――』


 これだ。


 どうやら俺ことベヒモスは、この洞窟の最深部に封印されていたらしい。それも御丁寧に三つに分解されて。


 理由は判らない。


 誰が封じたかは知らないが、破壊しなかった事を鑑みるに、利用価値があったということだ。

 ……最終兵器だったのかもしれない。

 調子に乗ってしまったかもしれない。


 最終兵器「ベヒモス」を再起動させるには、水、火、風の三つの化け物を倒す難行を行った上、三つにばらけたベヒモスを何とかして合体させるという苦行を行わねばならない。


 これは相当高度な知識と武力と忍耐力が無ければ完遂できないぞ。


 上から入ってきた人間が満願成就する――。俺にはちょっと想像できない。


 ちなみにそこまで危ない橋を渡らなきゃならない必要性とはなんだ?

 魔王復活か?

 対魔王局地近接戦闘用最終決戦人型兵器か?


 俺が魔王だったりして、ハッハッハッ……。

 まさかね?


 これはペインディングだ。

 次のワード。


『――お前の封印が解けるべく外界が求めたのかも知れぬ』


 外で、社会的に何らかの条件が揃って、強制的にベヒモスが起動した、と俺は受け止めた。

 まあ……これはないな。


 ベランメェ神が無理矢理に俺の魂をぶち込んだだけだ。

 なんとも乱暴な神様だ。あいつ破壊神か?



 

 ――そんな風に考えていた時期が俺にもありました。

――それが判るのはもうちょっと先のことだった。

 ――この時の俺は、外界へ出るのに気もそぞろだったのだ。




 俺は壁を見ていた。


 一カ所だけ色が違う。

 この洞窟への入り口であろう。


 ここを通過すれば外界である。

 社会である。


 ならば、今は学生の身。準備期間である。

 やり残した準備を進めよう!


 あの技は効果的だったけど使い勝手が悪かった。

 使い勝手をよくすれば使える技だ。

 あそこにこうやって、最初から準備して……。


 そうそう、あれも使用を前提として……すると、こうなって……と。


 五気五行の内、アレは威力が小さかった。

 でもサブ兵器としてしてなら……。


 それと、五行を回すことで引き出せるこの力。出力調整が難しい。

 まるでピーキーな出力特性を持ったエンジンの様。


 常に回転させていないと、百の力が出せない。

 通常だと回しすぎになる。かといって、絞ると日常生活もままならない。

 問題はただ一つ。余剰パワーだ。


 ……一つ閃いた。


 バッテリーだ。いや、コンデンサーか?


 なんかそんなダムみたいなのを作っといて、通常発生する余剰パワーをそこへ流せばいい。

 何かで足りなくなったら、そこから汲み出せばいいし、溜まりすぎたら分離して捨てればいい。


 ……ってな感じで、あれをこうして、それを流用して……。


 大体こんなもんか。

 あとから思いついた事は都度都度付け加えていこう。

 実際使って勝手が違ったら改良すればいいし。


さて……。


 俺の誠の戦いはここから始まる。


 プロレスラーになれるなんて本気で思ってない。……ちょびっとだけしか思ってない。


 この外見、この能力、喋れない事に因るコミュニケーション能力の欠如は致命的。

 魔王になるか、見世物小屋のスターになるかのどっちかだ!


 どうせ一度死んだ身である。

 徹底的に生きて拳を天に向けて死んでやる。


 この身体は硬いぞ!

 超合金で出来たロボに踏みつぶされない限り、ちょっとやそっとでは死んでくれないからな!


 ……俺は、この世界に転生させてくれた神様に感謝しているのかも知れない。


運が俺の邪魔をしない。


 前世で戦おうとすれば……。

 踏ん張ったら岩盤が崩れるし、後ろへ下がったら頭に岩が落ちてきた。


 今はそんな事ない。


 踏ん張れば岩盤は持ちこたえてくれる。

 下がっても岩は落ちてこない。


 どんな人生が待っていようと、払った努力は評価される、報われる。

 俺は行く。


 どうせならハデに行こう!


 五気五行波動ロータリー式機関全開!

 振りかぶった右手を放つ。


 肩に作成したスラスターに点火。肘の外側に起き上がったスラスターに点火。手の甲のスラスターが火を噴く。


「全開パーンチ!」 

 

 壁の全面が吹っ飛んだ!  





 第1章 了

そんなこんなで第1章、完です。

主人公はゴーレムじゃなかった!?

題名に虚偽あり!?


今回で修行編w終了です。

次回より本編たる第2章が始まります。


お楽しみに!

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