2.諜報
「触手ノ王 な日々」を未読の皆様は、先に読まれる事をお勧め致しますw
ランバルト公国軍、軍総司令官ダフネ将軍は、心ここにあらずの状態であった。
忌々しいが、王の演説は、聴いた振りをせねばならない立場にあった。
ダフネは各地反乱軍との戦いで、成果を上げている。副官としてだが。
聖都ウーリスの攻防戦では主力をつとめた。負けはしたが。
聖教会の権威が地に堕ちた今、ランバルト遠征軍の正当性を公言せねばならない。
よって、遠征軍副官を勤め上げたダフネは将軍に昇進した。昇進させられたと言い換えても良い。
「……要塞デッドヒルの完成は、我が国の国防力を上げるに止まらず、他国よりの抑止力として……」
公国首都より北の丘の上に、馬鹿でかい要塞が建設された。
聖教会が急速に力をなくしていったせいもあり、経済も滞りを見せはじめた。ランバルト国内で浮浪者が増えた。
ランバルトの王は、経済に明るい側近を選出して一計を案じ、建設中のデッドヒル建設に人員を投入した。
公共事業による景気浮上策である。
新しい経済大臣の肝入りや、新規の御用商人達の先行投資でできあがった要塞。
まさしく「金」で出来た武闘派要塞である。
やたら剛毅な王は、我が物の如くデッドヒル要塞を自慢している。
「……有事の際、デッドヒル要塞の前面5キロメットル先。フーランの丘に機動兵力を集結させれば、それは四方への出撃拠点となり……」
……そのフーランの丘を先に押さえられてしまえば、デッドヒルは丸裸になるのだが。まあいっか。その頃にゃ儂は引退か縛り首にされておろうしな……。
ダフネは空に浮かぶ雲を眺めることにした。
要塞という性格を持っているが、大勢の人間が住むことになる。そこには生活があり、それを支える商業活動も生まれよう。
商人も儲かり、ランバルトも潤い、失業者も減った。強いゴルバリオン銀貨も潤沢に回転している。強い貨幣を持つことは、国力が上がった証拠でもある。
経済万々歳! である。
それに関して、ダフネは反対していない。むしろ気に入らないが、結果オーライに満足しても良いと思っている。
いまのところ、ただ一つの悩み事以外、世間はうまく回っているのだから。
王の演説は続く。
「今回の騒動で、戦力としてのランバルトは無傷である! 消耗しきった他国とは比べものにならない戦力を保有している!」
……恨まれておるがのう。
「ましてやデッドヒルの完成により、我が国の武威は全世界に轟き渡った!」
……恨みを晴らそうと行動する国が出てくるかもしれんのう。その不安感からかのう?
「ランバルトは大国である! 騎士諸君よ! 全国民よ! 胸を張って生きていこうではないか!」
……ただ、問題はのう……。
ため息が出てきた。
雲を見飽きたダフネは、王の後頭部を見つめることとした。
場所は変わって――。
オリンポス大山脈の麓に位置するとある平原。
ここは、ある勢力の完全支配下におかれた練兵場だった。
整った軍備を持つその勢力の名は「ゴルバリオン商業連合傭兵団」
練兵場には少数の部隊が幾つかと、攻城兵器にしては複雑な作りの重機が設置されていた。
「完成品を間近から見上げると、なかなかの迫力が御座いますなぁ……つぅ!」
簡易ヘルメットを目深に被った騎士が、痛みに顔をしかめて新兵器を見上げていた。
顔と言わず手足に包帯を巻いて杖をついている。
「ご苦労だったなシェルバ」
この場の責任者アロムが、包帯を巻いた騎士シェルバを慰めている。
「数日前より大人数を繰り出し、それこそ掃除するかのように徹底的に調べ上げた。ここを中心に半径3キロメットル以内に、人はおろか動く者は存在しない。安心して最終実験を迎えられる」
「不幸な事故が重なったものの、ここまで来たのです。努力した甲斐がありました」
感慨深げにしてはいるが、包帯の巻きすぎで表情どころか人相も判別できない。
一体何があったのだろうか? 不幸な事故ってなんだろう?
シェルバが見上げる重機は、大きな直方体が主となった構造になっていた。
真横になった直方体。中は細かく仕切られている。
縦に5列。横に5列。補助的な機器がいくつかくっついている。
「どうやら用意が出来たようだ。今回は高みの見物と洒落込むが良い。きさまには、それをする権利がある」
アロムはシェルバに下がるよう促した。シェルバも添え木を当てた右足を引きずりながら簡易防壁の後ろまで下がった。
事は極秘計画である。大がかりな機材はなるべく持ち込みたくない。よって、ラージシールドを杭で固定しただけの代物だ。
「これより、最終テストに入る、総員、待避!」
部隊の者全員が同じく防壁の後ろに隠れたり、ラージシールドを両手で構えたりして、その時に備えた。
新兵器に取りついたフルプレートアーマー騎士3名だけが、シールドを持っていない。新兵器の横に取り付けられたレバーを操作している。
「方位そのまま、上げ角45度!」
アロムが大声で指示する。
作業員が忙しく操作する。
直方体の口が、徐々に上を向きだす。角度は45度で止まった。
「用意完了!」
配下の者より報告が上がった。
「うてーっ!」
操作要員がレバーを下げる。
轟音!
直方体より25本の炎が飛び出した。
炎を振り切って25本の金属棒が空へ上がっていく。
数百メットル先の上空で上昇は止まり、同じ角度で下降を始めた。
ほとんどバラける事無く、集約したまま、うなりを上げて目的地へ落下する25本の金属棒。落下するのは五百メットル先の施設。
木を組んで作った砦に、中身の無い鎧が多数。
落下地点の地面が大規模に沸騰した。
炎が上がり、土砂が舞い上がり、鎧は鉄の破片となって消し飛んだ。
「完璧だ!」
シェルバは興奮している。
「これが戦場に配備されれば、敵無しだな」
アロムも機嫌が良い。
「現代戦闘は、重装甲を頼った集団戦が主流。装甲を貫く力を持ったこいつは、これからの戦いを変えてしまうだろう」
「伝令! お耳を拝借致します」
軽装備の男がアロムの側に立つ。内緒話は極秘案件。アロムの耳に手を当て、小さく口を動かす。
「まことか?」
伝令をまじまじと見つめるアロム。すでに彼の周囲には、軽装備の戦士達が集結。アロムとシェルバを取り囲んでいる。
アロムは難しい顔をしてシェルバの顔をのぞき込む。
「シェルバ!」
「何で御座いましょう?」
「シェルバの死体が見つかった」
簡易ヘルメットを目深にかぶったシェルパの顔が歪む。包帯のせいで表情は覗けないが。
「お前、誰だ?」
アロムと戦士達が抜刀した。
「何をおっしゃって……」
シェルバは自分の腹から生えた刃を見た。
それはアロムが突きだした剣だった。
刃をぐりっと回して傷口を抉る。剣を抜くと、大量の血が流れ出た。
「ぐ」
シェルバを名乗っていた男が膝を付いた。アロムを見上げてこう言った。
「さすがですね、アロム様」
口からも血が流れる。酷く内臓を損傷したのだろう。こうなっては助からない。
「貴様、どこの者だ? 名は何という?」
顔を見ようと覗き込むが、ヘルメットと包帯ではっきりしない。
「百人目のアモン。それが私の通り名です。雇い主は……名前を聞けばきっと驚かれると思いますよ、うふふふふ」
まさか答えるとは思わなかったのだろう。アロムは、この男、百人目のアモンが気に入ってしまった。
「お教えくださいアロム様。アレには魔石が仕込まれているのですね? ゴルバリオンが狙っているのはランバルトですね?」
「アモンとやら、いまさらそれを聞いて何とする? 半径3キロメットルに仲間はおらぬ。どうやって伝えようというのだ?」
仲間がいるのか? いるとすれば近くに違いない。
気の利いた配下の者が、人員を四方へ走らせた。
「いえね、あの世でも使えるかなって思っただけですよ。これって情報屋の性ですかね? うふふふふ!」
激痛が走るだろうに、アモンという男、実に楽しそうに笑う。
「教えていただけたら、私の雇い主も教えますよ。どうせ私は助からない事ですし」
アモンは一人働きなのだろう。組織の人間だったら、仲間を裏切る行為はしないはずだ。
一人働きでここまで出来るのか?
アロムは、全くもって気に入ってしまった。どうして我が配下でなかったのだろう。それが惜しまれる。
「いいだろう。冥土の土産に教えてやろう。魔性石は発射装置の奥と、槍の後方、そして鏃の部分に使われている。確かに狙いはランバルトだ」
アロムは、アモンにしか聞こえない小声で喋った。
一度使用すれば、大体の造りはばれる。死に行く男に喋っても実害は無い。アロムはそう判断した。
常識的に、それは正しい。
「さあ、お前の番だ。雇い主は誰だ?」
「雇い主は……」
アモンの動きが、突然緩慢になった。辺り一面、アモンの血で真っ赤になっていた。血を流しすぎたのだろう。
「おい、しっかりしろ」
アモンは、ゆっくりと懐から何かを取り出し、顔の側に持ってくる。それは、紙の筒だった。
「造りは、これと同じですかね?」
緩慢な動作は芝居だった。
キレのある動作で筒を叩く。
「うぉっ!」
アモンの顔で小さな爆発が起こった。それは彼の顔を吹き飛ばし、死を与えるには十分すぎる威力を持っていた。
「くそっ! あの世へ逃げたか!」
悪態をつくアロム。
「これでは顔が解らんな。仕方なし。撤収準備!」
アロムは配下の者達に号令を下した。
百人目のアモンが手にした情報は冥土にある。冥土で情報を喋っても、現世に影響は無い。
それで良しとしよう。
それで良くなかった。
新兵器より4キロメットル離れた川の側に、細い木が一本生えている。
全身を草と木で偽装した……若い女が木の枝に乗っている。
なかなかに鋭い目つき。カミソリの印象を与える美女である。
彼女は右目をつむり、左目だけで遠くを凝視している。遠くのどこかに焦点が合っている様だ。
その左目が……ルビーの様に赤かった。
左の耳たぶが、痙攣した様にピクピク動いている。
彼女の口が小さく動く。
「いいだろう。冥土の土産に教えてやろう。魔性石は発射装置の奥と、槍の後方、そして鏃の部分に使われている。確かに狙いはランバルトだ」
これは4キロメットル先で行われたアモンとアロムの会話だった。
それを彼女の耳が拾っているのだ。
そして小さく口を歪め、余計な物まで見えてしまう赤い目を伏せた。
「よくやったアモン。お前の家族と一党は、ゼフ一族労災組合が全力で引き受ける。安らかに眠れ」
左目に黒のアイパッチを当てると、するりと木の枝から降り、音も立てず川に飛び込んだ。
彼女の名は、赤目のジレル。
遠視と遠耳が特技の一つである。
魔窟の魔王に命の危機が迫る!
蒼空の鳥獣が告白する。
深海の超獣がかえりみる。
触手ノ王が謎を解く。
叫ぶ雷獣「魔宮の回廊を使えば――」
ゆけ! スイートアリッサム!
…神を狩る狼は遠い。
次話「災害魔獣全員集結」
お楽しみに!




