表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/152

1.仕事の依頼




「お客様のご依頼内容ですと、ご予算の5倍から10倍が必要ですが、どう致しましょう?」


 ここはザックの冒険者ギルド。

 ――の中の、依頼者専用受付カウンター。


「これが私の全財産なんです。何とかなりませんか?」


 依頼者は若い男。十代後半だ。

 癖毛気味の蜂蜜色の金髪。アイスブルーの瞳。

 上質のプレートアーマーは、騎士の仕様になっている。


「行き先は秘密、拘束期間は15日から30日。戦闘が出来て、旅慣れていて、食事の用意を含めて身の回りの世話をしてくれる。荷物の運搬も依頼に含む。そんな内容ですと、ゴルバリン銀貨で50枚。スリーク銀貨で80枚は必要です」


 カウンター嬢生活25年のベテラン受付嬢が、いつもの様に笑顔を振りまいていた。

 今のギルドマスターの採用試験を担当した、安心安定のベテランである。


「だから、そこを何とか! 失敗は許されないんです! 私は命がけなんです!」

 余程切羽詰まっているのだろう。若い騎士は必死だ。


「失敗が許されないなら、なおのことゴルバリン銀貨で50枚!」

 受付のおばちゃん……受付嬢は、笑顔を崩さない。さすがベテランである。


 条件に旅の世話一式が含まれている。それは、この若き騎士様が、旅慣れていないという証拠。


 おばちゃんは、さらにたたみ込む。

「お客様の所属は秘密。戦闘が予想されるのに依頼内容が明かせない。そのような怪しい依頼は基本、受け付けません。お客様が騎士様であるからお相手差し上げているのです」


 おばちゃんは笑顔を止め、眉を吊り上げた。それは怒っているのではない。経験の少ない若者を諭す様な口ぶりなのだから。


「この依頼を受けられる最低金額がゴルバリオン銀貨で30枚。でもそれで受けるのはあまり良い冒険者ではありません。AクラスかSクラスの名の通った戦闘用冒険者パーティでないとそこまでの依頼はこなせません。彼らをその条件で雇えるのは銀貨50枚から!」


 若い騎士は口を閉ざしてしまった。悔しそうに唇を噛みしめている。

 そして、何かを決した眼を受付のおばちゃんに向けた。


「そこで提案があります」

 それを待っていたかの様に、おばちゃんがヘチマの花の様に明るく笑った。


「依頼条件から戦闘を外しましょう。条件を食事と身の回りの世話、それと荷物の運搬だけに絞るのです。拘束期間は最長20日と致しましょう。そうすればゴルバリオン銀貨10枚でも冒険者は雇えます。冒険者クラスをDまで落とせますからね。大丈夫、冒険者はほとんどが旅慣れていますから」

 どうです? とおばちゃんはおどけてみせる。


 親切である。おばちゃんは美少年が大好物なのだ。特に金髪がドストライクだった。


「あ、ああ……仕方ないか。その条件で行こう」

「承りました。では内容が内容ですので、冒険者グループはこちらで指定させていただきます。……若い男の子がそれだけ必死なんですもの。よっぽどの理由があるのよね?」


 おばちゃんはウインクして、騎士の胸を指さす。家の紋章が描かれているはずの場所が、ハンケチーフで隠されていた。

 主命ではなく個人の事情で動いている証拠である。


 そして若い男のそれは、通常……。

 おばちゃんは、そこまで口にするほど野暮な女ではない。いい女なのである。


「あ、今回に限り指定料はサービスとさせていただきます」

「コホン!」

 騒動を予想して騎士の後ろの立ったギャボット。怖い顔をしている。

 指名料を無料にした事を咎めるため、咳払いをしたのだ。


「なに? 文句あるなら正面から目を見て話をしなさいよ!」

 おばちゃんが一言いった。

 ギャボットは、奥の事務所へすごすごと引っ込んだ。


「どの子にしましょうかね?」

 おばちゃんが、ここのギルドを回している、という噂は本当だった。


「あ、あのー……」

 横手から、遠慮がちな声がした。


「あら、ジム君!」

 声を掛けたのはデニスなんだが、おばちゃんはジムがお気に入りなのだ。


「僕たち、旅慣れてます! あと少しでレベルがCに上がるんです。だからこの依頼受けさせてください!」

 状況を正しく判断したジムが、デニスの代わりに前に出た。


「あらあらあら、でも長期の旅になるわよ」

 おばちゃんは、よりニコニコ顔になった。


「聞いてました。わたしたちの故郷はずっと遠くです。ここまで旅してきました、だから、旅慣れています。山の中の村だったのでキャンプ設営も慣れています! 戦闘だってすごく強いんです!」


「戦闘は無理として、ジム君達、荷物運べる?」


「はい! 僕たちは魔獣使いです。荷物を運べる大型魔獣は……」

 ジムは、先生とレムとガルとアリッサムの四体を思い浮かべ……、アリッサム一体に×印を付けた。

「3人……3頭所有しています!」


 おばちゃんは黙り込んだ。何かを真剣に考えている様だ。

 何を考えているのだろうか? 


――金髪の騎士さんが攻めで、ジム君が受けね――


 おばちゃんは、少し考えてから美少年騎士に声を掛けた。

「どうかしら? すこし若いけど、可愛さと真面目さと素直さと可愛さでいったら、このギルド一番よ!」

 おばちゃんは可愛いを二度言った。


 騎士は値踏みする様にデニスとジムを睨め付けている。


 おばちゃんが背中を押した。

「お金、無いんでしょ? 秘密持ってるんでしょ?」

「よろしく頼む!」  

 騎士は右手を差し出した。


 おばちゃんは、春の日差しの様な温かい目で二人を見守っていた。


――受けと攻めを反対にしてもアリね――





 さて――

 一行は、旅の備品や食料などを買い込んで町を出た。


 騎士は、終始硬い表情をしていた。

 何か思い詰めた様子で、周りに気を配る余裕がないようだった。


 現に、双方、馬で移動しているのだが、騎士は黒皇先生よりの圧力を意に介していない。

 騎士の乗る馬が恐縮しまくっているにもかかわらずだ。


 町と荒野を仕切る門が小さく見えるようになって初めて、若い騎士が口をきいた。


「私はゴットフリート・バウムガルテン。ゴドンと呼んでくれ」

「ゴどん?」

「微妙にアクセントが違うな。ゴドンだ」


「ゴドンさん、わたしはデニス。魔獣使いよ」

「僕はジム。魔獣使い助手だ!」 

 三人は、一部を除いてにこやかに挨拶を交わす。


「ところで、ゴドンさんはどこの騎士様なんですか?」

 何気なく聞いたデニスであるが、ゴットフリートことゴドンの顔が強張った。


「えーと、聞いちゃいけない事なんですか?」

「いや……それはいずれ話す事だが、今はその時じゃない。ちょっと待ってくれ」

 ゴドンは馬を下りた。


「ぷはーっ! もう限界!」

「え?」

 デニスとジムは目を点にした。


 ゴドンが鎧を脱ぎ出したのだ。

 アンダーシャツ一枚になったゴドンは、しゃがみ込んでしまった。


「鎧を着用しての活動限界時間は半時(30分ほど)なんだ。それを超えると私は活動できなくなってしまうのだよ」


 ゴドンの騎士としての未来が心配だった。


 鎧を馬の背にくくりつけ、再び馬上の人となったゴドンは、自分の事を話し始めた。


「旅の共として、私の目的だけは話しておかないといけない!」

 ゴドンの肩に力が入りすぎている。


「私は……」

 一旦、間を開けた。


「掠われたリリス姫を助け出す旅に出ているのだ! そして、リリス姫が捕らわれている場所と敵を探し当てた!」


 すっと腕を上げ、シャツのボタンに手を掛けた。


「敵はゴルバリオン商業連合傭兵隊。場所はアンティーロック城! ここから7日の距離だ」


 バッと音を立て、勢いよくシャツを脱ぐ。


「あのー、ゴドンさん」

 デニスが恐る恐る声を掛ける。頬が赤い。


「何かな?」

「なんでシャツを脱ぐんですか?」

「え? あっ! これは私とした事が!」

 ズボンのベルトを緩めていた。


「興奮して、ついつい服を脱いでしまった。レディーの前で失礼な事をした。申し訳ない!」

 ゴドンは、脱いだ服に手を通しだす。


 噂に聞く脱衣魔だろうか? 露出的な狂な人なのだろうか?

 微妙な間が空いてしまった。


「えーとさ、……」 

 ジムが、その間を埋めようとしている。空気を読むスキルを手に入れた模様。  


「普通、お姫様が掠われたら、国を挙げて兵隊を繰り出すんじゃないんですか?」

「うん、普通はね」

 ゴドンは悔しそうな顔をする。


「我が国は、略奪者の言い分は聞かない方針だ。例え王が人質に取られようと、身代金は出さぬ。軍は動かさぬ」

 ズバッ! 

 勢いに乗ったゴドンがシャツを脱いだ。


「ああ、ゴドンさん脱がないで。落ち着いてください!」

 興奮し、ベルトに手を掛けたゴドンをジムが諫める。


 ……この世界、戦いや略奪など荒事で高貴な人が掠われ、あるいは人質となる場合が多々ある。そして間違いなく身代金を要求される。


 それで生計を立てている者もいるほどだから、信用は第一。金さえ払えば人質は無事帰ってくる。

 ただ、身代金に、家や国家をひっくり返すほどの額を請求される場合が多い。


 どうやら、ゴドンが仕える国は、身代金目的の誘拐を防ぐため、身代金の支払いを拒否すると公言し、それを実行しているらしい。


「だから、姫を取り返すために国は動かない。私は国の命に反して動く反乱者だ。だから国の名を明かす事は出来ない。例え無事救助しても称えられる事は無い。死んでも墓は建たない」

 ゴドンは手綱を握った手に力を込める。


「じゃ、なんで助けに行くの?」

 黒王先生の背中に乗るデニスも首をかしげている。


「愛しいリリス姫のためなら、私の命など惜しくない!」

「え?」

「え?」

「あ!」

 三人が互いの目を見つめ合う。


 頬を赤らめるゴドン。目をキラキラさせるデニス。密かに応援を決意するジム。


「だっ、だから! 敵の本拠に、いや支城の一つにたった一人で戦いを挑むんだ! その時までに体調を崩してしまうとだな……私は料理が出来ないし、野宿なんかした事無いし、だから身の回りの世話をしてくれる人をだな……」

 シドロモドロのゴドンである。  


「リリス様は、ゴドン様の事を?」

 デニスの言葉に顔全部を真っ赤にするゴドン。


「だ、あ、よ、リ、リリス様と私は、バラのベランダで密かに将来を誓い合った……っでも私は下級貴族の出。想いが叶うとは……だれも助けに行かないんだ。敵わぬとも、せめてリリス様を助けに来た人物として私は死にたい」


 またシャツを脱ぎ出すゴドン。

 慌てて諫めるジム。


「大丈夫よゴドン様! わたしたちが全力で協力するわ! 必ずゴドン様の愛を成就させてあげる! ステキ! 身分違いの叶わぬ恋! ステキ!」


 デニスのテンションはマックスとなった。 






「と、いう事なの。早速、旅に出るわよ! がんばりましょー! おー!」

 デニス嬢は張り切っていた。


『と、いう事らしいですよ、先輩』

 デニス達の鼻先で、レムがガルに何かを求めた。


『それは一大事だ! 是非手助けしようではないか!』

『……先輩は本物の先輩ですか?』


 特訓の甲斐あって、人間語は理解できる様になっていた。レム達の言葉は、魔獣間のコミュニケーションなので、人間には理解できない。


 デニス嬢ちゃんが珍しく大きな仕事を持って帰ってきた。

 そして先輩が、らしくない事を言っている。


『よく考えろ、レム君。デニス嬢ちゃんが連れてきた依頼者は若いオスだ。人間のオスだ。どこをどうまかり間違って、デニス嬢ちゃんの上に跨がるかもしれねぇ。しかし、あのオスには心に決めたメスがいる。ならば全力で二人をくっつけるのが得策だ。あいつを始末しても良いが、それだとデニス嬢ちゃんが取ってきた仕事をツブす事にならぁ。それだけはできねぇ。よってオイラ達は全力・全能力を持ってアンティーロック城に籠もるゴルバリオン商業連合傭兵隊を叩く! 徹底的に完膚無きまでに叩くったら叩く!』


『ああ。いつもの先輩で安心しました。俺は手を出しませんが、後ろから応援してますよ』


 スイートアリッサム事、サリアが横から首を突っ込んできた。  

『あんたたち、聖教会の時もこんな話よくしてたの?』

『何言ってんすか姐さん! 俺たちいつもこんな調子ですよ!』

『……』

 サリアはしばらく固まった後、長い首を引っ込めた。




「じゃ、紹介するわねゴドンさん。こっちがガルム犬のガルちゃん。可愛いでしょ?」


『デニス嬢ちゃんに手を出しやがったら、アタマ噛み砕くぞゴラァ!』

 紹介されたガルは、巨大な鼻面をゴドンに擦りつけた。もちろん、魔獣語は通じない。


「そっちがレム君。大きいでしょ?」

『あ、よろしくお願いします』

 レムが拳をコツンとゴドンの頭に当てた。


 あれからレムのデザインは、さほど変わっていない。変わった点といえば、何の目的か、左頭部から前に短い筒が一本出ているだけだった。


「こちらがアリッサムさん。女の子よ。美人でしょ?」

『髪と目の色がバライトに似てるわね。気に入らないわ』

 フンと鼻から出した息を吹き付け、ぷいと横を向いた。


 三体の巨大魔獣に挟まれ、ゴドンの愛馬、ライトニングボルトは激しく脱糞していた。

 ゴドンは……、上半身裸になっていた。


「は、はははは……ゴットフリート・バウムガルテだ」

 ズボンを脱いだ。


「親しい友人はゴドンと呼ぶ。君たちもそう呼んでくれてかまわない」

 パンツを脱いで、原始の姿となっていた。


「いやーっ!」

 デニスが顔を手で覆う。隙間だらけの指で目の部分を覆っている。

 ゴドンのナニには、とあるモノがブラブラしている。


『……フッ』

 チラ見したスイートアリッサムは、片頬を歪めて笑ったのであった。




次話「諜報」

あの方、大活躍の巻。


お楽しみに!



第2部の新章は10話の予定です。

その後、第2章まで、しばらく間が開きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ