1.仕事の依頼
「お客様のご依頼内容ですと、ご予算の5倍から10倍が必要ですが、どう致しましょう?」
ここはザックの冒険者ギルド。
――の中の、依頼者専用受付カウンター。
「これが私の全財産なんです。何とかなりませんか?」
依頼者は若い男。十代後半だ。
癖毛気味の蜂蜜色の金髪。アイスブルーの瞳。
上質のプレートアーマーは、騎士の仕様になっている。
「行き先は秘密、拘束期間は15日から30日。戦闘が出来て、旅慣れていて、食事の用意を含めて身の回りの世話をしてくれる。荷物の運搬も依頼に含む。そんな内容ですと、ゴルバリン銀貨で50枚。スリーク銀貨で80枚は必要です」
カウンター嬢生活25年のベテラン受付嬢が、いつもの様に笑顔を振りまいていた。
今のギルドマスターの採用試験を担当した、安心安定のベテランである。
「だから、そこを何とか! 失敗は許されないんです! 私は命がけなんです!」
余程切羽詰まっているのだろう。若い騎士は必死だ。
「失敗が許されないなら、なおのことゴルバリン銀貨で50枚!」
受付のおばちゃん……受付嬢は、笑顔を崩さない。さすがベテランである。
条件に旅の世話一式が含まれている。それは、この若き騎士様が、旅慣れていないという証拠。
おばちゃんは、さらにたたみ込む。
「お客様の所属は秘密。戦闘が予想されるのに依頼内容が明かせない。そのような怪しい依頼は基本、受け付けません。お客様が騎士様であるからお相手差し上げているのです」
おばちゃんは笑顔を止め、眉を吊り上げた。それは怒っているのではない。経験の少ない若者を諭す様な口ぶりなのだから。
「この依頼を受けられる最低金額がゴルバリオン銀貨で30枚。でもそれで受けるのはあまり良い冒険者ではありません。AクラスかSクラスの名の通った戦闘用冒険者パーティでないとそこまでの依頼はこなせません。彼らをその条件で雇えるのは銀貨50枚から!」
若い騎士は口を閉ざしてしまった。悔しそうに唇を噛みしめている。
そして、何かを決した眼を受付のおばちゃんに向けた。
「そこで提案があります」
それを待っていたかの様に、おばちゃんがヘチマの花の様に明るく笑った。
「依頼条件から戦闘を外しましょう。条件を食事と身の回りの世話、それと荷物の運搬だけに絞るのです。拘束期間は最長20日と致しましょう。そうすればゴルバリオン銀貨10枚でも冒険者は雇えます。冒険者クラスをDまで落とせますからね。大丈夫、冒険者はほとんどが旅慣れていますから」
どうです? とおばちゃんはおどけてみせる。
親切である。おばちゃんは美少年が大好物なのだ。特に金髪がドストライクだった。
「あ、ああ……仕方ないか。その条件で行こう」
「承りました。では内容が内容ですので、冒険者グループはこちらで指定させていただきます。……若い男の子がそれだけ必死なんですもの。よっぽどの理由があるのよね?」
おばちゃんはウインクして、騎士の胸を指さす。家の紋章が描かれているはずの場所が、ハンケチーフで隠されていた。
主命ではなく個人の事情で動いている証拠である。
そして若い男のそれは、通常……。
おばちゃんは、そこまで口にするほど野暮な女ではない。いい女なのである。
「あ、今回に限り指定料はサービスとさせていただきます」
「コホン!」
騒動を予想して騎士の後ろの立ったギャボット。怖い顔をしている。
指名料を無料にした事を咎めるため、咳払いをしたのだ。
「なに? 文句あるなら正面から目を見て話をしなさいよ!」
おばちゃんが一言いった。
ギャボットは、奥の事務所へすごすごと引っ込んだ。
「どの子にしましょうかね?」
おばちゃんが、ここのギルドを回している、という噂は本当だった。
「あ、あのー……」
横手から、遠慮がちな声がした。
「あら、ジム君!」
声を掛けたのはデニスなんだが、おばちゃんはジムがお気に入りなのだ。
「僕たち、旅慣れてます! あと少しでレベルがCに上がるんです。だからこの依頼受けさせてください!」
状況を正しく判断したジムが、デニスの代わりに前に出た。
「あらあらあら、でも長期の旅になるわよ」
おばちゃんは、よりニコニコ顔になった。
「聞いてました。わたしたちの故郷はずっと遠くです。ここまで旅してきました、だから、旅慣れています。山の中の村だったのでキャンプ設営も慣れています! 戦闘だってすごく強いんです!」
「戦闘は無理として、ジム君達、荷物運べる?」
「はい! 僕たちは魔獣使いです。荷物を運べる大型魔獣は……」
ジムは、先生とレムとガルとアリッサムの四体を思い浮かべ……、アリッサム一体に×印を付けた。
「3人……3頭所有しています!」
おばちゃんは黙り込んだ。何かを真剣に考えている様だ。
何を考えているのだろうか?
――金髪の騎士さんが攻めで、ジム君が受けね――
おばちゃんは、少し考えてから美少年騎士に声を掛けた。
「どうかしら? すこし若いけど、可愛さと真面目さと素直さと可愛さでいったら、このギルド一番よ!」
おばちゃんは可愛いを二度言った。
騎士は値踏みする様にデニスとジムを睨め付けている。
おばちゃんが背中を押した。
「お金、無いんでしょ? 秘密持ってるんでしょ?」
「よろしく頼む!」
騎士は右手を差し出した。
おばちゃんは、春の日差しの様な温かい目で二人を見守っていた。
――受けと攻めを反対にしてもアリね――
さて――
一行は、旅の備品や食料などを買い込んで町を出た。
騎士は、終始硬い表情をしていた。
何か思い詰めた様子で、周りに気を配る余裕がないようだった。
現に、双方、馬で移動しているのだが、騎士は黒皇先生よりの圧力を意に介していない。
騎士の乗る馬が恐縮しまくっているにもかかわらずだ。
町と荒野を仕切る門が小さく見えるようになって初めて、若い騎士が口をきいた。
「私はゴットフリート・バウムガルテン。ゴドンと呼んでくれ」
「ゴどん?」
「微妙にアクセントが違うな。ゴドンだ」
「ゴドンさん、わたしはデニス。魔獣使いよ」
「僕はジム。魔獣使い助手だ!」
三人は、一部を除いてにこやかに挨拶を交わす。
「ところで、ゴドンさんはどこの騎士様なんですか?」
何気なく聞いたデニスであるが、ゴットフリートことゴドンの顔が強張った。
「えーと、聞いちゃいけない事なんですか?」
「いや……それはいずれ話す事だが、今はその時じゃない。ちょっと待ってくれ」
ゴドンは馬を下りた。
「ぷはーっ! もう限界!」
「え?」
デニスとジムは目を点にした。
ゴドンが鎧を脱ぎ出したのだ。
アンダーシャツ一枚になったゴドンは、しゃがみ込んでしまった。
「鎧を着用しての活動限界時間は半時(30分ほど)なんだ。それを超えると私は活動できなくなってしまうのだよ」
ゴドンの騎士としての未来が心配だった。
鎧を馬の背にくくりつけ、再び馬上の人となったゴドンは、自分の事を話し始めた。
「旅の共として、私の目的だけは話しておかないといけない!」
ゴドンの肩に力が入りすぎている。
「私は……」
一旦、間を開けた。
「掠われたリリス姫を助け出す旅に出ているのだ! そして、リリス姫が捕らわれている場所と敵を探し当てた!」
すっと腕を上げ、シャツのボタンに手を掛けた。
「敵はゴルバリオン商業連合傭兵隊。場所はアンティーロック城! ここから7日の距離だ」
バッと音を立て、勢いよくシャツを脱ぐ。
「あのー、ゴドンさん」
デニスが恐る恐る声を掛ける。頬が赤い。
「何かな?」
「なんでシャツを脱ぐんですか?」
「え? あっ! これは私とした事が!」
ズボンのベルトを緩めていた。
「興奮して、ついつい服を脱いでしまった。レディーの前で失礼な事をした。申し訳ない!」
ゴドンは、脱いだ服に手を通しだす。
噂に聞く脱衣魔だろうか? 露出的な狂な人なのだろうか?
微妙な間が空いてしまった。
「えーとさ、……」
ジムが、その間を埋めようとしている。空気を読むスキルを手に入れた模様。
「普通、お姫様が掠われたら、国を挙げて兵隊を繰り出すんじゃないんですか?」
「うん、普通はね」
ゴドンは悔しそうな顔をする。
「我が国は、略奪者の言い分は聞かない方針だ。例え王が人質に取られようと、身代金は出さぬ。軍は動かさぬ」
ズバッ!
勢いに乗ったゴドンがシャツを脱いだ。
「ああ、ゴドンさん脱がないで。落ち着いてください!」
興奮し、ベルトに手を掛けたゴドンをジムが諫める。
……この世界、戦いや略奪など荒事で高貴な人が掠われ、あるいは人質となる場合が多々ある。そして間違いなく身代金を要求される。
それで生計を立てている者もいるほどだから、信用は第一。金さえ払えば人質は無事帰ってくる。
ただ、身代金に、家や国家をひっくり返すほどの額を請求される場合が多い。
どうやら、ゴドンが仕える国は、身代金目的の誘拐を防ぐため、身代金の支払いを拒否すると公言し、それを実行しているらしい。
「だから、姫を取り返すために国は動かない。私は国の命に反して動く反乱者だ。だから国の名を明かす事は出来ない。例え無事救助しても称えられる事は無い。死んでも墓は建たない」
ゴドンは手綱を握った手に力を込める。
「じゃ、なんで助けに行くの?」
黒王先生の背中に乗るデニスも首をかしげている。
「愛しいリリス姫のためなら、私の命など惜しくない!」
「え?」
「え?」
「あ!」
三人が互いの目を見つめ合う。
頬を赤らめるゴドン。目をキラキラさせるデニス。密かに応援を決意するジム。
「だっ、だから! 敵の本拠に、いや支城の一つにたった一人で戦いを挑むんだ! その時までに体調を崩してしまうとだな……私は料理が出来ないし、野宿なんかした事無いし、だから身の回りの世話をしてくれる人をだな……」
シドロモドロのゴドンである。
「リリス様は、ゴドン様の事を?」
デニスの言葉に顔全部を真っ赤にするゴドン。
「だ、あ、よ、リ、リリス様と私は、バラのベランダで密かに将来を誓い合った……っでも私は下級貴族の出。想いが叶うとは……だれも助けに行かないんだ。敵わぬとも、せめてリリス様を助けに来た人物として私は死にたい」
またシャツを脱ぎ出すゴドン。
慌てて諫めるジム。
「大丈夫よゴドン様! わたしたちが全力で協力するわ! 必ずゴドン様の愛を成就させてあげる! ステキ! 身分違いの叶わぬ恋! ステキ!」
デニスのテンションはマックスとなった。
「と、いう事なの。早速、旅に出るわよ! がんばりましょー! おー!」
デニス嬢は張り切っていた。
『と、いう事らしいですよ、先輩』
デニス達の鼻先で、レムがガルに何かを求めた。
『それは一大事だ! 是非手助けしようではないか!』
『……先輩は本物の先輩ですか?』
特訓の甲斐あって、人間語は理解できる様になっていた。レム達の言葉は、魔獣間のコミュニケーションなので、人間には理解できない。
デニス嬢ちゃんが珍しく大きな仕事を持って帰ってきた。
そして先輩が、らしくない事を言っている。
『よく考えろ、レム君。デニス嬢ちゃんが連れてきた依頼者は若いオスだ。人間のオスだ。どこをどうまかり間違って、デニス嬢ちゃんの上に跨がるかもしれねぇ。しかし、あのオスには心に決めたメスがいる。ならば全力で二人をくっつけるのが得策だ。あいつを始末しても良いが、それだとデニス嬢ちゃんが取ってきた仕事をツブす事にならぁ。それだけはできねぇ。よってオイラ達は全力・全能力を持ってアンティーロック城に籠もるゴルバリオン商業連合傭兵隊を叩く! 徹底的に完膚無きまでに叩くったら叩く!』
『ああ。いつもの先輩で安心しました。俺は手を出しませんが、後ろから応援してますよ』
スイートアリッサム事、サリアが横から首を突っ込んできた。
『あんたたち、聖教会の時もこんな話よくしてたの?』
『何言ってんすか姐さん! 俺たちいつもこんな調子ですよ!』
『……』
サリアはしばらく固まった後、長い首を引っ込めた。
「じゃ、紹介するわねゴドンさん。こっちがガルム犬のガルちゃん。可愛いでしょ?」
『デニス嬢ちゃんに手を出しやがったら、アタマ噛み砕くぞゴラァ!』
紹介されたガルは、巨大な鼻面をゴドンに擦りつけた。もちろん、魔獣語は通じない。
「そっちがレム君。大きいでしょ?」
『あ、よろしくお願いします』
レムが拳をコツンとゴドンの頭に当てた。
あれからレムのデザインは、さほど変わっていない。変わった点といえば、何の目的か、左頭部から前に短い筒が一本出ているだけだった。
「こちらがアリッサムさん。女の子よ。美人でしょ?」
『髪と目の色がバライトに似てるわね。気に入らないわ』
フンと鼻から出した息を吹き付け、ぷいと横を向いた。
三体の巨大魔獣に挟まれ、ゴドンの愛馬、ライトニングボルトは激しく脱糞していた。
ゴドンは……、上半身裸になっていた。
「は、はははは……ゴットフリート・バウムガルテだ」
ズボンを脱いだ。
「親しい友人はゴドンと呼ぶ。君たちもそう呼んでくれてかまわない」
パンツを脱いで、原始の姿となっていた。
「いやーっ!」
デニスが顔を手で覆う。隙間だらけの指で目の部分を覆っている。
ゴドンのナニには、とあるモノがブラブラしている。
『……フッ』
チラ見したスイートアリッサムは、片頬を歪めて笑ったのであった。
次話「諜報」
あの方、大活躍の巻。
お楽しみに!
第2部の新章は10話の予定です。
その後、第2章まで、しばらく間が開きます。




