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争乱の予感

「メタル・スパイダーは母系集団です。個々の母蜘蛛がコロニーを形成しています。母蜘蛛に危機が迫れば、子蜘蛛である兵隊蜘蛛が集団戦を挑んできます。その数は少ないので30匹。多いと100匹に達します。もちろん、全員が鋼鉄の体を持っています」


 バラン丘陵地帯を抱えるザックの町の、冒険者ギルド屋内での出来事である。


 副ギルドマスターのギャボットが、羽根飾りの付いたヘルメットを小脇に抱える騎士に、魔獣の説明をしている最中だ。


 10日前に発生した、バラン丘陵地帯における魔獣の「謎」の大移動が大事(おおごと)となっていた。


 ジャイアント・アントやジャイアント・スパイダーのような低いレベルの魔獣による騒ぎを通り越し、上位種のメタル・スパイダーが平地に出てくるまでの騒ぎに発展していた。


 そのため、この地を領有しているリカラン王国が、魔獣対策のため、騎士の一団を派遣したのだ。


「なるべく母蜘蛛は最後に仕留める様にして、兵隊蜘蛛から先に削っていけ、という事ですな?」

「いえいえ! なるべくではなく、絶対に! です」

 ギャボットは、リカラン王国の魔獣討伐隊隊長に釘を刺した。


「兵隊蜘蛛が残っている間は、絶対に母蜘蛛へ手を出してはいけません。傷つけたらしかり! 殺したりしたら子蜘蛛のスタンピードが始まります! 鉄の塊が一丸となって突っ込んでくるのです。経験豊富なAクラス冒険者のパーティーでも、母蜘蛛に手は出しません」


 ロビーに詰めている騎士は四人。彼らの間から、嘲笑とも取れるざわめきが起こった。

 所詮、冒険者は冒険者。戦いに名誉と存在その物を賭ける騎士とは、比べものにはならない。だいたいそんな意味であろう。


「仮に、手を出してしまった場合は?」

 だから、騎士隊長も言葉遊び感覚で質問を出した。


「全力で逃げます。生きて帰ってこそ冒険者と呼べるのですから」

 しれっとした顔で答えるギャボットである。彼も、冒険者と騎士の決定的な違いを理解している一人なのだ。


「臆病者との違いを見せてくれよう。吉報を部屋の隅で待っているがよい!」

 隊長を先頭に、騎士達が出て行った。




「魔獣も困ったモンだが、王国の動きも困ったものだな」

 騎士達の背中が完全に視野から消えてから、ギルドマスターが二階から降りてきた。


「ええ。普段はおっとり刀の騎士団なのに、今回の動きは素早かった。何を考えているかモロ解りです」

「実戦向けの訓練にちょうど良いと考えたのだろうが……」

 ギルドマスターは、言葉を切って考え込んだ。


「助けを求められない限り、我がギルドとしては手を差し伸べませんよ。そして助けを求めるには、この場所へ、生きて辿り着かねばなりません」

 ギャボットは意地の悪いセリフを吐いた。


「さらに付け加えるとすれば……」

 ギルドマスターも、意地の悪い事を思いついた様だ。

「……緊急募集しても、依頼を受ける冒険者がいるかどうか?」

 いくら金を積まれても、生還率が低すぎるクエストに手を出さないのが冒険者。

 

「こればかりは仕方ありませんな。なにせ我らは臆病者ですからなあ」

 ギャボットは顎髭を引っ張りながら、出入り口を見つめていたのであった。 


 さて、揚々として表へ出た騎士隊長とそのスタッフ達。

 外には、彼らを待ち受ける騎士団の一個戦隊が整列して待っていた。


 その数、50人。

 主として、次世代の指揮官クラスを担うために選ばれた若者達だった。言わばエリート。


 隊長は、いくつかの戦場を共に駆け回った白馬に跨がった。

「これより、バラン丘陵地帯へ向かう。総員騎乗!」


 金属の打ち合う音を立て、50人全員が馬に乗った。

 森林での戦いを想定し、軽めの鎧を纏っている。


「二列縦隊、前ェー進めェ!」


 一糸乱れぬ隊列を組み、白馬を先頭にして行軍するリカラン騎士団。

 磨き上げた鎧は、銀の光を反射し、とても綺麗。煌びやかなマントを翻す様は、威風堂々。

 町の人々は憧れのまなざしで騎士の一団を見送っている。


「隊長! 前方より騎馬が一ツ、こちらに向けて!」

 黒馬が道の真ん中を闊歩している。


 立派な馬だが、騎士が乗る馬ではない。どちらかと言えば輸送業に携わるタイプの馬だ。


 ザックの道は広い方だが、戦馬が二列で行進するには、いささか手狭である。馬とすれ違うためには、道を譲り合わねばならない。


「たかが一騎、ほおっておけ」

 当然、騎士にとって一般人に道を譲るという概念は無い。

「隊列そのまま!」   


 こちらも悠然と進んでいく。

 黒馬も真ん中を歩いている。少年と少女を乗せている様だ。


 すぐに両者は鼻先が触れあうまで接近した。


「で、でかい!」

 騎士隊長は目を見張った。


 油を塗った様に艶やかな黒い毛。優雅に揺れる長い鬣。薬草とおぼしき青草をその背に満載していた。


 突然、隊長を乗せた馬が道の脇に逸れた。

「うっ、こら!」


 後に続く馬も、道を左右に逸れていく。まるで伝説の魔法使いが、海を割ったかのような光景。


「こっちだ。こら、動け!」

 すかせど叩けど、愛馬は命令を聞いてくれない。


 整列する馬の間を悠然と闊歩している黒馬。


「動かんかーっ!」

 体長が乗馬の脇腹を踵で蹴りつけるが、堅くなってぴくりとも動かない。


 黒馬がチラリと白馬を睨む。

 白馬は、これ以上小さくなれませんとばかりに身を縮めて震えている。


「あ、ごめんなさいね」

「有り難うございます」


 黒馬に乗った少年と少女は、道の両脇で質量保存の法則を無視するかの様に小さくなっている馬に跨がった騎士達に、ペコペコと挨拶をしながら通り過ぎていくのであった。




「じゃジムちゃん、気を付けてね」

 冒険者ギルドの受付のおばちゃんが、ニコニコ顔で手を振っている。

 ジム君は熟女受けする容貌の持ち主であった模様。


「姉ちゃん、まだ薬草取りするのかい?」

「もう少しの辛抱よ。この調子だと後2~3回でレベルアップするはずだから」

 薬草を経験値と報奨金に変えての帰り道である。


「でもさ、せっかく見つけた薬草の穴場にさ、鉄みたいに堅くてでっかい蜘蛛来るじゃん? あいつら邪魔しに来るから、草を摘みにくいんだよな」


 でっかい蜘蛛とは、リカラン騎士団が50人も繰り出して退治に向かったメタル・スパイダーの事で間違いはない。


「レム君やガルちゃんがやっつけてくれるでしょ?」

「一匹二匹やっつけても、後から後からやってきてキリが無いよ」

「うーん、根本策を考えないとだめかな?」

「いっそ全部支配しちゃえば?」

「だめ! 無理! 虫はだめ! 特に蜘蛛はだめ!」

 全力で拒否するデニス。

 レジェンドハイマスターである魔獣使いの弱点が、ここに露呈した。






 そして、数時間後。

 太陽が西の空で、柿の様に真っ赤に熟しだした時刻。

 リカラン騎士団は壊滅しかけていた。


「あと一息だ! あと一息で目的達成だぞ!」

 まばらに生えた木々の間を抜け、騎士隊長が走る。


 豪奢なマントはズタボロで見る影もない。子飼いのスタッフは二人ばかり欠けている。

 全員が馬より下りていた。全員が鎧のそこかしこを凹ませ、血みどろになり、疲れ果てていた。


 喉が渇く。水袋の水を残している者は一人もいない。


 ここまでついてこれたのは、20人あまり。30人が脱落していた。

 6割の損傷率。それは大敗である。


 だが、騎士の自尊心が撤退を許さなかった。国の期待が、彼らにして不撤退を決意させたのだ。


 リカラン騎士団は捜索の末、メタル・スパイダーの集団を発見した。30匹で形成されていた。

 どうにかこうにか母蜘蛛との対決を最後まで引き延ばし、最終局面まで持ち込んだ。


「後2匹だ! 母蜘蛛と子蜘蛛の2匹で最後だ! 双方とも手負いだ。あと少しだけ頑張れば良い!」


 銀一色の体色を持つメタル・スパイダー。同色であるが、唯一、腹に赤の縞を持ち、一回り大きいメタル・スパイダーの2匹。赤の縞模様を持つ個体が母蜘蛛なのだろう。


 騎士団は己の名誉と意地をかけ、残った力を振り絞り、メタル・スパイダーに取りかかっていった。


 槍は全て折れている。

 残されたのは接近専用の剣のみ。


 理性を吹き飛ばし、尽きかけた体力を振るい、何度はじき飛ばされても、騎士達は蜘蛛に剣を突き立てていく。


 そして……。


 永劫に続くかと思われた時間が終わった。


 麻痺性の動きを繰り返しながら、意思を持った行動を終えたメタル・スパイダーが転がっていた。


 リカラン騎士団はその数をさらに半分に減らしていた。

 残された10名に与えられた褒美は、使命達成感のみであった。


「よし、任務達成だ!」

 騎士隊長は動かなくなった右腕の代わりに左手で剣を持ち上げた。


「勝ち鬨を――」


「隊長! 蜘蛛です!」

 銀色をした大型の蜘蛛が5匹。こちらに向かって走ってくる。


「ま、まだいたのか?」

 母蜘蛛を殺した。それにより、子蜘蛛のバーサークが始まったのだ。


『仮に手を出してしまったら?』

『全力で逃げます』

 そんな会話が思い出された。遠い昔だった気がする。


 騎士達に、もはや走る体力も気力も残されていなかった。

 5匹がこちらに向かってくる。凄まじい速さで。


 騎士隊長は死を決意し、左手で剣を構える。


 5匹の蜘蛛の後ろから、10匹の蜘蛛が現れた。


 ……もう嫌になった。


 15匹の蜘蛛が走る。

 隊長の目の前を通り過ぎ、林の向こうへと走り去る。


「なんだ?」

 騎士達は、蜘蛛の後を追って林を出た。

 そこは木が生えてない草の原。開けた視界を有する場所。


 沈みゆく朱の日を背に、小高い丘の頂上に、何か巨大な生物がいる。


 黒き巨竜が、目を赤く輝かせ、周囲に殺意を放っていた。


 巨竜の足下には、大きなメタル・スパイダーが何匹も転がっている。


 全て大型。全て腹に黄色や青や緑の縞模様がある。見て取れるだけで15匹はいる。

 メタル・スパイダーの母蜘蛛だ!


 決して手を出してはいけない母蜘蛛が、瀕死の状態で15匹も転がっていた。


「な、なんて事を」

「終わりだ」

 母蜘蛛を傷つける。それはスタンピード開始の合図。


 それも、あれだけの母蜘蛛を一気に……。


 竜がいる丘の中央へ、無傷の、無数の子蜘蛛達が駆け上がって行く。

 これがスタンピードである。


 何百匹いるのだろうか? 丘の斜面は銀色で埋め尽くされていた。

 先頭のメタル・スパイダーが竜に手を掛けようとして……。


 転がった。


 黒き竜の顎部分から生えている3対のパイプ状の角より、白いガスが吹き出ている。


 そのガスは重たいらしく、地を這う様にして丘を下っていった。

 ガスに触れた蜘蛛は一瞬で体を縮こませ、丘を転がり落ちる。


 雪崩を打ってメタル・スパイダーが転がり落ちていく。


 白いガスは、リカラン騎士団の元にまで到着した。

 しかし、騎士の中で死ぬ者はいない。昆虫に特化したガスの様だった。


「そ。そうか、全てのメタル・スパイダーを集めるために母蜘蛛を……」

 これは、狩りだ。効率を重視した狩りだ。


 こちらはスタンピードを避けるために母蜘蛛を避けてきた。

 黒竜は、スタンピードを起こすために母蜘蛛を狩っていた。

 真逆の発想。

 

 隊長は、へたり込んだ。一気に年を取った気がした。


 生き残った騎士達も、その場に座りこんだ。

「もう動けない」

 胃の中身を吐き出してる者もいた。



「終わったようね」

 人の声だ。くぐもっているが、若い女の声みたいだ。


 ぎこちない動作で、声の方に振り向くと……。


 スカーフを三角に折ってマスクにしている少女が立っていた。後ろに、同じスタイルの少年が立っていた。

 見覚えがある。黒い馬に乗っていた少年少女だ。


「おじさん達!」

 少年が声を張り上げた。一部裏返っている。


「ここは俺たちが先に見つけた薬草の穴場なんだからな! 1本でも摘み取ったらただじゃおかないぞ!」


 ……確かに、今のこの状態なら、少年の手でも殺されそうだ。


 ……いやいやいや、今なんか言ったな? 薬草を摘むな、と?


「はーいご苦労さん! アリッサムさんはもう捌けてもらって結構よ!」

 少女が手を漏斗状にして口に当て、黒竜に叫んだ。


 黒竜は重々しく頷いてから、翼を羽ばたかせた。

 ふわりと舞い上がり、東の方へと飛び去っていく。


「ジム! 早く摘みなさい! こんだけ沢山生えてる群生地は滅多に無いわよ!」

「ガッテン!」


 少年と少女達は、騎士達に目もくれず、薬草を摘みだした。


 ……薬草摘み? レベルDの仕事?

 隊長は疲れ果てた頭で考えた。

 ……そのためだけにメタル・スパイダーを殲滅したのか。


 なんだか騎士をやっているのがバカらしくなってきた。


 だが、やり残した仕事が残っている。


「撤収だ。仲間達を『全員』連れて帰るぞ!」

 重い足を引きずりながら、リカラン騎士団は撤収を開始した。






 その夜。

 冒険者ギルドの事務所で、ギルドマスターとギャボットが酒を酌み交わしていた。

 酒のあては炒り豆だけだ。


「リカラン騎士団の動きが早かったな」

「おそらく実戦訓練を想定してるのでしょう」

 ギャボットは、空になったマスターの木製ジョッキに酒を満たした。


「聖教会が、あんな事件で力を無くした。各国は繋がりを無くした。頭を無くしたんだ」

「無くなった頭を探すか……あるいは作ろうとするか」

 自分のジョッキにも酒をつぎ足す。


「動き出したのはリカラン王国だけじゃない。スリーク王国もランバルト公国もザッハもゴルバリオン商会も活発な動きをしている」


 情報伝達速度が馬、または船の速度と同一のこの時代。正確な情報が集まる冒険者ギルドの幹部だけが、「比較的」正確な判断を下せる立場にいる。

 巨大な組織をまとめ上げるリーダーには、少ない情報と断片だけで、元の状態を正確に再現する。そんな能力が求めらる。


「戦力を見るに、リデェリアルの魔獣使いにやられたスリーク王国軍は、体力を削がれた形だな。異教徒のザッハ軍も聖教会を相手にしていたからずいぶん消耗しているだろう。見事な見切りを見せたランバルト公国軍は、ほぼ無傷」

 ギルドマスターはジョッキに口を付けた。


「戦力を数字で表せば筆頭のランバルトは5。スリークは3。ザッハは2か1か? ゴルバリオン商業連合軍は動きが見えない」


 その他は有象無象。事を起こすにはいずれかの大国と組まねばならぬ。しかし、聖教会による国力の消耗が激しく、内政に躍起になっているだろう。とてもじゃないが、外へ向かう元気は無い。


「聖教会の元に……とした口実の安定が崩れた。今は不安定な時代。人は安定を求めるものさ。だから、先のどこかが、あるいは無名のどこかが動き出す。それを各国は敏感に感じ取っている。人が持つ本能と言ってもいい」


「だから、リカランも実戦訓練を積もうとした」

「結果は言えたものではないがな……」

 ギルドマスターはジョッキを傾ける。

 ギャボットもジョッキに口を付けた。


「……混沌とした未来……ですかね?」

「当の本人であるリデェリアルの魔獣使いの動きも気になる」


 そこでギルドマスターは、何かを思い出した。


「……そういえば、魔獣使いが冒険者で一組いたっけな?」

「いるにはいますが、薬草摘みに勤しんでますよ」

「レベルDか。じゃ別人だな」

 ギャボットは空になったジョッキに酒を満たした。


「リデェリアルの魔獣使いは災害魔獣を三体も使いこなすバケモノです。レベルDの冒険者と比べたというだけで殺されそうですね。あははは」

 ギャボットは乾いた笑い声を上げる。ギルドマスターは笑えなかった。


 お互い目を合わせ、どちらからともなく示し合わせた様に杯を乾した。


 これにてお開き。

 ギルドマスターは席を立った。

 結局酒のあてには手を付けなかった。


 ドアに手を掛けてこう言った。

「なにか図体のでかいモノが動こうとしている気配がする」

 

 外は、風が吹き始めていた。





 新章「崩壊の新世紀」



 後書き絶賛考案中!










 構想30日。発表期間約半年!













 公開、ほぼ1ヶ月後の予定のはず!


 延期の可能性有り!














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