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レベル1の冒険者

 魔法と剣と魔獣とシューキョーが入り交じるステキ異世界。


 ここはザックの町。

 すぐ近くに魔の丘陵地帯バランを抱える町である。


 バランは、地域ごとにレベルの違う魔獣が闊歩しているため、遭遇予想が可能な狩り場として長らくの人気を誇っている。

 また、魔力の干渉地帯となっているためか、貴重な部材を集められるとして、アイテム筋からも注目されているのだ。

 そんなこんなで、ザックは暴力と活気に溢れた食いっぱぐれのない町なのである。



 この町の冒険者ギルドは、施設と規模が大きくサービスも充実している。

 仕事の斡旋掲示板で熱心に品定めをする者。ホールで情報交換をする者。等々、昼前ともなれば賑わいで溢れていた。


 シフトの都合で、一時的な人員不足に陥った穴を埋めるため、ザック冒険者ギルドの副責任者であるギャボットがカウンターに立っていた。


 今日、初めて冒険者登録する男女二人組の初心者に、ギルドカードの発行を終え、その仕組みと注意点を懇切丁寧に説明していた所だった。

 元冒険者ゆえに厳つい体の持ち主だが、説明は微に入り細にいっている。


「大変だー!」

 ドアを蹴破るようにして若い冒険者チームが雪崩れ込んできた。


 受付前のホールにたむろしていた冒険者達は、何事かと身構える。


 飛び込んできたのは、まもなくクラスB+に上がろうかという、安定した実力を持つパーティである。

 5人のメンバー全てが血と泥で汚れていた。内、一人は大怪我している模様。


「おい、ブレック! 手当してやってくれ!」

 引きつっている初心者を尻目に、ギャボットは副ギルド長として指示を飛ばす。


 医療専門の冒険者らしき男が、けが人に駆け寄った。

 カウンターから飛び出したギャボットは、腰砕けになったチームリーダーの戦士と目線を合わせるため、膝をついた。


「先ずは落ち着いて状況を簡潔に報告しろ! お前達は『入り口の森』西側でジャイアント・アントを狩る予定だったはずだな?」


 ジャイアント・アントは、クラスCの魔獣。蟻のくせに大きな群れを作らない。せいぜい6匹までだ。

 見た目ほど体は硬くなく、敏捷性は人間並み。気をつけなくてはいけないのは、口から生えた二本の牙のみ。これは毒を持っているが、鉄の防具は通さない。


 それなりに経験を積んだ冒険者なら、何ら怖がる点は、見つからない。

 それ故に、そこそこ実力を付けてきた冒険者にとってレベルを上げるための優良な対象となっている。このチームなら実力相当。よほどのドジを踏まない限り、大敗を喫することは、無いと言ってよいだろう。


「入り口の森にジャイアント・スパイダーの群れがいた! 不意をつかれて襲われた」


 ジャイアント・アントは地上を這う魔獣。

 対してジャイアント・スパイダーは木の上で待ちかまえる魔獣。クラスはBマイナス。

 地上を注意していた冒険者達は、思わぬ方向から襲撃された。対処方法が正反対。これすなわち奇襲!


「俺たちは命からがら逃げてきた! なんだってあんな浅いところにジャイアント・スパイダーがいるんだよ!」

「おちつけ。手当は終わった。怪我は深いが命に別状はない。泣きごと言ってる暇があったら、裏の治療所まで運べ!」


 ブレックの治療が終わったようだ。

 予想外の被害を被ったとはいえ、冒険者ギルドも、同業の冒険者達も、貴重な情報と思えど、同情はしない。


 予想外の被害を被る。それは当事者の責任以外、何物でもないからだ。真に実力のある冒険者は、生きて自分の足で帰ってくる。

 それ故に、すぐ平常運転に戻った。


 そんなものなのだ。

 



 しかし……すごく気になる。


 浅いところにジャイアント・スパイダー。それを聞いたギャボットは、ギルド長への緊急報告義務を思いついた。


 ジャイアント・スパイダーは、ジャイアント・アントを好んでエサとしている。

 ということは、両者間は捕食関係であるということ。

 生息地は森を抜けた丘陵部斜面。高い木が生い茂っている場所だ。


 そのジャイアント・スパイダーを好んで捕食する魔獣が木登りトカゲ。クラスはBプラス。

 生息地は丘陵地帯奥。


 その木登りトカゲを補食する魔獣が奥の丘陵部にいる。そうやって、バラン丘陵部最奥地にして、中央丘陵部にドラゴンの亜種がコロニーを形成しているという。


 確証がないのはドラゴンの亜種がAクラスであることによる。

 実力はAクラス冒険者に匹敵するとされているが、Aクラス冒険者が狩り取れるかというと、これが難しい。


 バラン丘陵地は、その魔素ゆえ、オープンタイプの迷宮とも呼ばれる難所。加えてCからAプラスまでの魔獣が巣くう危険地帯。しかも半数以上が夜行性魔獣のため、夜営は困難を極める。

 加えて、中央部までの距離を鑑みればよい。幾日も掛けて難所と魔獣を打ち倒しながら、疲れ果ててたどり着いた場所が、亜種とはいえドラゴンのコロニー。

 メスや幼体を守ろうとする2桁のレッサードラゴンを相手に、……はたして戦う力は残っていようか?


 話を戻して……。


 ジャイアント・スパイダーが生息地から降りてきたということは、すなわち……。


 エサの問題だ。


 何らかの理由で、ジャイアント・スパイダーの数が増え、従来の生息地ではエサが少なくなってきたから、捕食に適さない低地にまで降りてきた。


 これに違いない。


 この説が正しければ魔の丘陵地帯・バランの生物バランスが崩れたことになる。

 バランだけに。うまいこと言えた。


「ねえ、おじさん、気持ち悪い顔で笑ってないで、仕事の話してくれよ!」

 初心者の受付中だったのを忘れていた。 


 男は……正確には男の子だが……10歳を過ぎれば冒険者登録の資格を有するのだから、何の問題もない。

 ハイリスク=ハイリターン。全ては自己責任の社会であるから。

 であるから、最優先の仕事ができてしまったギャボットは、適当に切り上げることにした。


「説明は終わりだ。あそこのボードに貼り付けられた依頼用紙を選んで、受付に並び直せ。お前らはレベルDだから、Dクラス依頼より下しか受ける資格はない」


 そして奥へ引っ込もうとしたが、男の子に袖を捕まれた。

「なんだ?」

「俺たちは強いんだ。レベルAの仕事だってこなせるんだ!」


 ……やれやれ。


 焦りの中、ギャボットは初々しさを男の子に見て、微笑ましく思った。

「最初はみんなそう言うんだ。身の丈以上の依頼を取って死んだ初心者は多い。だからこれだけは言っておく――」


 ギャボットは聖教会騎士団より誘いがあったほどの高レベル冒険者だった。

 そのころの気迫をもって、男の子の顔を正面から睨みつける。


「頼された仕事以外の仕事をしても金は出ない。レベルアップの条件にもならない。正式な依頼と依頼者の権利を守りランクを尊重する。それが冒険者ギルドの第一義の仕事なんだ。憶えとけ!」

 今度こそ、報告のため、奥の事務所へとひっこむギャボットであった。






「ちっ!ジャイアント・スパイダーの群れなんか、俺たちに任せてくれたら半日で片付けてきてやるのにさ! だって俺たち――」

「止めなさいジム!」

 男の子の愚痴を止めたのは、彼よりいくつか年上の少女であった。

 これから美しくなろうかという蕾の状態。彼女に対して、それが誰しも思う感想である。


 美しい。姉ちゃんは絶対に俺が守る!


「だってよー、デニス姉ちゃん。どいつもこいつも俺たちの実力を知らないから、あんな生意気な口をきくんだ」

 そんな少女に対し、どうしても背丈以上の態度をとってしまう、お年頃の少年であった。


「おい坊主! どいつももこいつもってな、Aクラスの俺たちも含んでのセリフか? ああ?」 


 ジムの肩を包むように、重くてごつい手が乗った。ジムが見上げると……見上げるような大男だったけど……髭と傷だらけで、笑っているのか怒っているのかよく解らない顔があった。


 スケールアーマーをベースにした鎧。腰には両手持ちの重そうな剣を吊っていた。

 後ろには同じような危ない匂いをさせた大人達が5.6人固まってニヤついている。大男のチームメイトなのだろう。

 Aクラスの戦士はレッサードラゴンの戦闘力に匹敵する。歴戦の騎士相手に互角以上に戦える戦闘能力の持ち主だ。

 むろん、チームメイトもAクラス、またはBプラスの猛者揃い。


「俺たちに喧嘩売るってんなら、いつでも買ってやるぜ!」

 言いながらジムのほっぺたをグリグリと指でかいぐりまわしている。

 ジムを殺すつもりなら、もう2回死んでいるはず。それだけの実力差が二者間にあるのだ。


「俺たちは魔獣使いだ、姉……」

「あわ、あわあわあわ……」

 デニスが目をキョドらせて、あわあわしていた。


 こうなってしまったらデニスは使えない。

 そして、こんな場面、虚勢の一つでも張ってしまうのが、お年頃の男の子の習性である。


「おいオッサン。表へ出ろ!」


 パシンと戦士(ファイター)の腕を叩く。

 虚をつかれ、掴んでいた手を離してしまった。


 ジムは大股で歩き、扉を乱暴に開けて外へ出て行ってしまった。

 小僧は本気なのだ。


 初心者が……坊やが……DのガキがAクラスにして歴戦の戦士に!

 ホールに残った冒険者達が笑っている。笑われているっ! 


 髭と傷だけの顔が真っ赤に染め上げられた。嘗められまくって、頭に血が上ったのだ。


 屋内なのに、腰の分厚い長剣を抜き放つ。

 狭い場所なのに危なげない剣捌き。さすがAクラス。頭に血が上っていても、体捌きにブレが無い。


「ガキがぁー! ぶっ殺してやる! 」

 内側に開くドアを無理矢理外側へ蹴り出して、Aクラス戦士が飛び出した。


 野次馬根性剥き出しで、チームメイトも飛び出した。  

 戦士が見た光景は、眩しい日の光の白。


 そして黒い壁。


 大男の戦士を見下ろす高さから、魔神の眼力もかくやという迫力と殺意と、なんか絶対的にまずいアストラル的なナニカが射降ろされていた。


 闇よりも暗き黒。銀よりも禍々しい白く長い乱れた鬣。

 それは巨大な馬であった。


「バフーッ!」

 鼻息をまともに浴びた戦士の頭髪が、後方へとたなびき蹈鞴を踏む。


 何事かと、野次馬が集まってきた。


 ズモン!


「あわわ!」

 野次馬達が振動でよろけた。

 大木のような前足が振り下ろされ、蹄が石畳を同心円状に陥没させる。


「ブフォフォフォフォフォフォーッ!」

『そうか、お前がその剣で戦うのだな?』

 先に腰を抜かしたAクラスのチームメイトが、うつろな目をしながら意訳していた。


「い、いや……」

 戦士の闘争本能はどこ捜しても見あたらなかった。


 そうこうしているうちに馬が、大木のような首を引き、戦闘態勢に入られた。

 右前足が、戦士の頭上より高く上げられ――戦士に向かって振り下ろされた。


「げぴぃー!」


 変な声を上げながら、戦士は全力でバックステップした。それは彼の筋断面積からなる予想出力を軽く越えたパワーで行われたのだった。


 後ろのチームメイト5人とぶつかり……それだけでは済まず、冒険者ギルドの装甲ドアを支えている太い柱を一本へし折って止まった。

 黒い巨馬は、狂気が宿る目で一睨みくれた後、鼻から勢いよく息を吐き出された。


 半壊した建物の隙間から、デニスが外へ出てきた。

 そして戦士には目もくれず、黒い巨馬の首筋に手を伸ばした。


「だっ、だめだ! その生き物に近づいちゃ!」

 親切な野次馬の一人が、デニスに向かって叫んだ。


「え? なに?」

 デニスは黒馬の首筋を親しげにポンポンと叩いている。


 ――殺される――


 野次馬達全ての気持ちが一つになった瞬間だった。


 の、だが……

 黒馬は、されるがままにしている。


 ――この娘、何者?――


 一つになった心のシンクロ率は、高水準なまま推移している。


「ジム、依頼取ってきたわよ」

「さすが姉ちゃん!」

「バランの森手前に群生している薬草採りよ。レベルDの初心者は、みんなこの仕事から始めるだって!」


 ――え? レベルDなの?――


 野次馬達は、恐る恐る巨大な黒馬見上げて、へちゃばっているレベルAのパーティを見比べた。


「ちぇっ! 俺のかっこいいところ見せたかったのにさ」

 ジムは出来もしないし無かった出来事を悔しがって見せつつ、馬に跨った。


 ――あのガキンチョ、悪魔の馬に乗ったぞ――


「ジム、手を貸して。早く帰らないとレム君達が心配するわ」

「はいよ!」

 馬上から手を出して、デニスの手を握る。


 この時、ジムの鼓動が3倍の速度で打たれていることは誰も知りえないのであった。 


 ズムッズムッと足音を立て、子供二人を乗せた巨大な黒馬が、バラン丘陵の方角へと進んでいく。

 だれも危険だからと止めなかったのであった。







 ここはザックの町から死角になる森の外れ。


 大型の暗黒竜と巨大ゴーレムが争っていた。


「何やってるの! そんなことは教えてないでしょ? 魔力量は多いんだから、どうとでもなるはずよ!」

 毒竜スイートアリッサムこと、サリアが眉を吊り上げていた。


「す、すんません先生! こ、こうですか?」

「だから違うって! どこをどうしたらそうなるの?」

 レムがサリアよりレベル1のシェイプチェンジを習得していたのだった。


「ここまで飲み込みの悪い生徒を持ったのは初めてよ。あんたねぇ……」

 黒竜が、急な動作で首を動かした。


 何事かとレムがそちらの方をみると、デニスとジムを乗せた黒皇先生が高台の向こうからやってくるところだった。


『おや、デニス嬢ちゃん、はやかったね』

 声を掛けるが、デニスに魔獣語は通じない。


「依頼を取ってきたわよ! 薬草摘みよ! この草と同じ草をたくさん摘んで頂戴!」

 デニスが指先にぶら下げたのは、長さ10センチほどの草だ。


 魔獣使いのデニスの命令を整理しよう!


 身長18メートルのゴーレムと、指先が鉄をも切り裂くかぎ爪のドラゴンに、10㎝ほどの草を摘み取れと命じたのだ。


『頑張るぞー!』

 巨人レムが巨体をかがめて、器用にもその巨大な手で薬草を摘みだした。

 実に熱心である。


『まったく「御主人様」は何を考えているのかしら?』

 毒竜スイートアリッサムが、ため息をついた。


 そこへ黒皇が声を掛けた。

『まあそう言うなサリア。ところでレム君の授業は進んでいるかい?』

『ええ、もちろん。飲み込みも早いし、実に教えがいのある生徒よ!』

 スイートアリッサムことサリアは、あざとかった。


『あらいけない。ハッ!』

 指向性のブレスを吐く。


 こちらに向かっていた30匹ばかりのジャイアント・スパイダーの群れが、跡形もなく消し飛んだ。


 彼女が狙ったのはジャイアント・スパイダーではない。彼らの後ろで、彼らを追いつめていた、飛びトカゲである。単にジャイアント・スパイダーはブレスの射軸線上に居ただけなのだ。


 ちなみに飛びトカゲはBプラスからAマイナスに相当する魔獣である。


『弱い相手ばっかだから、わたしつまんなーい!』

『ハッハッハッ! サリアも仕方ないなぁ』

 サリア、実にあざとい。

 

 ブレスによる爆発をチラリと見ただけで、デニスとジムは作業に戻った。かなりの強敵を、レア能力で迎撃した戦闘だったのだが、あまり気にしていない。


 慣れとは怖いものである。


「日が傾くまでに摘めるだけ摘んで、キャンプ地を確保しているガルちゃんと合流するわよ」

「合点承知!」

 ジムはデニスの手前、もの凄く頑張ったのであった。





   

 ところでガルは……。


 魔の丘陵地帯の最深部、バラン中央丘陵ド真ん中の日当たりが良い場所に陣取っていた。

 Aクラス魔獣・レッサードラゴンのコロニーだった所だ。


「リーーーーッ! オイラ強えぇぇえ! 天辺とったどー! 今夜の寝床確保ーっ! デニス嬢ちゃんの寝る所確保ーっ! そうだ掃除しなきゃ! オイラの舌でベロベロベロ! わおーん! わおわおわおぉぉぉぉーんん!」

 

 つまり――、


 バラン丘陵地帯の生態系トップであるレッサードラゴンの生息地を性的な青い犬が横取り。


 レッサードラゴンは、1ランク下の魔獣が生息する地帯へ降りる。 

 元々そこにいたヘカトンケイレスが下の岩場に降りる。


 以後、順々に生息地を降ろしていき、ジャイアント・スパイダーがジャイアント・アントの生息地を犯し、どこぞでレベルBの冒険者パーティを壊滅させる事態に陥ったのだが……。



 ……こいつのせいであった。



えーと、みなさんお久しぶりです。


更新するにはしましたが、超不定期です。


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