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8.最終回・そして迷惑なヤツらは行く――

 もう一度言う。いま馬が喋った。


 たっぷり五秒は過ぎただろうか?

「「「えーっ!」」」


 ガルと俺が叫ぶ。おっと、サリアも叫んでいた。


『私の真の名はエフィシオス。エフィシオス=ユカだ。長いからエフィと呼んでもらえれば嬉しい』

 どこかで聞いた名前。


「エエエエエ、エフィシオス=ユユユユ、ユカって聖教会設立の宗主の教祖じゃねぇか!」

 ガルの慌てふためきぶりはデニス嬢ちゃんが人質に取られた時並であった。

 今回も先に激しく狼狽されたお陰で、冷静さを取り戻せた。が、……なんかわざとらしくないか?


『私が作ったのは「ウーリス勉強会」という哲学勉強会だったと記憶しているがな。どうしてこうなった?』

 黒皇先生もとい、エフィは怖い目をサリアに向けた。


「弟子のフェルナンドが……、エフィ? あなた本当にエフィなの?」

 とたんにサリアの目が女の目になった。


『うむ。気がついたら馬だった。これは転生と呼ばれる現象だ。数百年たって転生するとは! 覚えておきたまえ。転生させてくれるのは良いが、どこかで神様が誤ったのだと推測される』

 この冷静っぷりは、黒皇先生の設定通りだった。


『馬に生まれ変わったって、どうだろう? まさに転生神誤ではなかろうか?』

 馬の鼻から勢いよく息が吐き出された。

 そしてこのドヤ顔はどうだ?


「エフィ! エフィ! 会いたかった! エフィ!」

 巨竜は、傷ついた体に鞭を打ち、巨躯を誇る黒馬にそっと触れる。


『私が残した物を守ってくれたのは嬉しいが、宗教化するのはどうかな? それに聖教会は私が求めた物ではない。むしろ対極に位置する物だ』

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 えーと……。

 なに? この犬も食わない食事会。


『レム君!』

 渋い声で呼ばれた。


『ここは一つ、私の顔を立てて、サリアを許してはくれまいか?』


「いや、許すとかそんなんじゃなくて、俺はですね――」

『水くさいぞ。我らは転生した同士、いわば仲間じゃないか!』


「いやいやいや、仲間とか言われてもですね……」

 黒皇先生の時の癖が抜けないでいた。ついつい丁寧語になってしまう。


『交渉事のステータスやカリスマの数値は私の方が上だ。抵抗するだけ時間の無駄だと思うがね?』

 今なんか馬が変なこと言った。


『ほおら、視覚の端に小窓が開いてるだろ? そこに自分や相手の細分化されたステータスが数値化されて表示されているだろ? 戦闘力以外は、ほぼ私の方が能力的に高くなっているだろう?』


 なななな、なんですかそりゃ?

 転生者によくあるステータスウインドウですか?

 俺には装備されてませんけど!


 つーか、先生……もとい、エフィさんの方が主人公っぽい高性能じゃないですか!

 う、うらやましくなんかないんだからね!


『交渉能力のトップはガル君だね。私はその次。レム君はずっと下がって、もう少し下がったその辺りだ』

 ずいぶんな言われ方ですな!


「ちなみに、俺の戦闘力ってどれくらいですか?」

 でもちょっとデレてみた。


『ああ、この中ではトップクラスだ。上がり幅が残ってるからカンストすると……』

 先生……もとい、エフィは斜め上を見ていた。そこにウインドウが開いてるんだな。

『さっきの魔神と良い勝負するぞ』


 はっ!


 自分で自分はただ者じゃないと思ってましたが、そうですか、そこまでの高みに登れますか。そうですか。いやいやいや、これはこれは!


「でよ、レム君。毒竜さんことサリアはどうするね? まだ許せないか?」

 おお、忘れていた。

 くそっ! 忘れるくらいにどうでも良くなっていたんだ。


「いーえ! 許せません。誰が何と言おうと、この場で殺らせていただきます!」


 改めて砲口をサリアに向ける。

 畜生! 熱が冷めた!

 勢いが無くちゃ殺せない!  

 ええーい! こうなりゃヤケだ! 俺は漢だ!


「ここで逃したらまた人が死ぬ! 殺す、つったら殺す!」

 俺はブレない男! 俺はブレない男! 呪文のように唱え続ける。


「エフイの旦那。レム君は意固地になっている。この手合いをどうこうするにゃ骨が折れるぜ。なんならオイラが仕切ろうかい?」

 眉をハの字にしたガルが、先生……もとい、エフィへ気さくに話しかける。

 む? もしかして先輩、俺の敵に回るか!?


『それには及ばぬ。……君に借りを作ると後で大変な事になるからな』

 先生……もとい、エフィが鋭い目で俺を睨む。


『レム君、サリアはシェイプチェンジLev5の魔法を習得している』

 ……いや、だから何?


『人間化する魔法を習得したくないか?』

 人化……人間?


「え? そんな魔法あるの?」

『シェイプチェンジ。それは姿を変えるステキな魔法。君、人間の言葉を知らないだろう? 文字も書けないだろう? 今日までセットサービス期間中だ』

「よろしく御願いします。先生」


 俺は頭を下げ、レフトハンド砲を納めた。

 これでなし崩しに一件落着……じゃない!


「サリアをどう扱うんですか!? 彼女、聖教会とバライトを堕とした犯人ですよ! このまま逃げたとしても悪党としてお尋ね者だ。その彼女と行動を共にする俺たちも、格好の餌食じゃないですか! また戦いが始まりますよ!」

 そうだ。遺恨が残る。


「それは何とかなるんじゃねぇかな?」

 ガルがのんびりと後ろ足で顎を掻いている。  

 鼻の先っぽで蝶々が舞っている。


「この状況でどうやって何とかなるってんです?」

 俺は拳を握りしめた。


 ガルはあくまでものんびりとした口調でこう言った。

「こういう時こそデニス嬢ちゃんが役に立つんだ」






 聖教徒達は打ちひしがれていた。それは敗北を受け入れたという事。

 だが、デニスの前に立つ男がいた。

 ダレイオスである。


「リデェリアルのデニスよ。これからどうする? 聖教会に携わる人々を皆殺しにするか? 我らはあなたたちに助けられた。よって、抗うつもりは無い」


 対して、デニスは、ダレイオスを前にして堂々と胸を張っていた。

「あなた方聖教会に携わる人々を殺す気はありません。わたしはあなた方と違い、平和を愛する生き物なのです」


 ダレイオスは笑った。意地の悪い笑顔だ。

「若いな。でもね、君の所の神様は、命を摘み取ることにご執心のようだよ。ほら」

 指さす方向。巨神がその左腕で、無抵抗な毒竜スイートアリッサムを狙っている。

 フェンリル狼もすぐ側で詰めている。大怪我を負った毒竜に逃げ場はない。


「悪の根源とはいえ、無抵抗の者を討ち取るか? 禍根を残さぬ為には、致し方ないことだよなあ。どれ、一つ毒竜のため祈ってしんぜよう」

「その必要はないわ」

 デニスも意地悪く笑う。


「ウチのレム君は、神様になるには優しすぎる子なの。駄目よね」

 お話しはこれでお終い、とばかり、ダレイオスに背を向けて歩き出す。


「あの子は『殺せない』わ。だから、わたしが守ってあげないとね。ジム!」

 デニスはジムに命じ、荷を背負った黒馬より笛を取ってくるよう命じた。

 ジムはたじろいだ。黒馬は毒竜とレムの間にいるのだ。


「大丈夫。大丈夫よ」 

 ジムはデニスに一つ頷いてみせて、走り出す。

 デニスもゆっくりと歩いていく。


「何をするのだデニス君。おい、止めろ危険だぞ!」

 ダレイオスが止めるのも聞かず、ゆっくりと歩いていく。




 デニスはレムの足元に立ち、ゆっくりと呼吸を整える。

 ジムが笛を口に付け、力を抜こうと一生懸命力を入れていた。

 

 ジムが笛を奏でる。

 デニスが踊る。


 それは秘技・魔獣支配の舞踊。


 優しい踊り。指先まで神経を使った丁寧な踊りだった。

 くるりくるり。ひらりひらり。

 笛の音に合わせ、少女の肢体が舞い踊る。


 額に滲む汗。風に揺れる布地。

 ゆっくりと、早く、優しく、激しく、弱く、強く。

 長い間舞いも終焉を迎えた。

 ひとしきり激しく舞った後、断ち切るようにしてそれは終わる。

 


 はぁはぁと荒い息をつき、デニスは毒竜スイートアリッサムを見上げた。

 自信に溢れた顔。


 何もかも見通した強くて優しい目。


 そう、わたしは知っている。

 あなた方、魔族の「こと」を知っている。

 わたしは天才なんかじゃない。でも、今のわたしなら、あなたを助けられる。

 今、ここで、わたしの舞が必要なんでしょう?


 そうでしょう? スイートアリッサム……。



 聖教会を堕としいれ、教皇を騙した魔獣・紫煙の罠スイートアリッサムが、デニスに頭を垂れた。それは服従の証。


 フェンリル狼を従え、巨神を従えたリデェリアルの天才魔獣使い。

 災害魔獣、スイートアリッサムが、デニス・リデェリアルの軍門に降るべくして降った。 





「魔獣支配の奥義ですか? 相変わらず下手くそな踊りですね、先輩」

「ああ。でもそれが良い。レム君も、いずれそれが解るようになる」


 デニス嬢の踊りが終わった。

 はぁはぁと息が荒い。

 いつものようにドヤ顔で俺たちを見上げている。

 今回、ちょっとばかり笑顔が眩しかった。


「しかたないなぁ。デニス嬢ちゃんに意識を支配されちゃ、サリアは同僚。俺も手出しできないからなぁ」

「レム、本当に良いの? わたしのせいで世界が破滅してしまっていたかもしれないのに」

「バライトに借りがあるからな! それを今ここで返す! あいつにだけは借りを作りたくない」

「それじゃぁおめぇバライトがあまりにも――」

『馬の私では不足か』

「そんなこと無い! 愛してるわエフィ!」

「渋々なんだからね! 借りと授業料の前払いなんだからね!」

「可哀想なバライト。そして女は怖えぇ!」


 すこしはバライトを許してやってもいいかな……哀れだしな。

 

 ……。

 ……あれ?


 よく考えれば、俺はなんでバライトを――聖教会を憎んでいたんだろう?

 さっきまでの恨み辛みが嘘のように……。


 よく考えれば……。

 俺って、この世界の住人じゃないっすよ?

 聖教会に酷い目にあった事はない。むしろ聖教会側が酷い目にあっている。


 そもそも、俺が聖教会と出会ったのは、ガルとデニスが……ガルの口車に……。

 

 おやぁ?

 ガル先輩?

 おやぁ?






「礼を言いたいのだが、上手い言葉が見あたらない。我々が知っている言葉は全て教典の中の言葉だからな。だから、こう言わせてもらう。ありがとう」

 聖都ウーリスの門は崩れかけていた。だが、この男、ダレイオスは崩れようとしない。


「礼なんか言われたくないわ。じゃ、さようなら」

 デニスの返事はつれない物だった。


 ダレイオスとゲペウ、それにハウル達、主立った聖教会の者達に見送られている。

 デニスは、彼らの見送りを面倒くさいとばかりに、手も振らずウーリスを後にした。


 彼女に付き従うのはガル、レム、そして怪我を癒したスイートアリッサム。ジムは荷物を満載にした黒馬に跨っている。

 凸凹とした集団が、丘の向こうへ消えていった。




「もうすぐ日が暮れるっていうのに、剛気というか恐れを知らないというか……」

 ゲペウが溜息をついた。


「このメンバーに襲いかかってくる命知らずな獣や魔獣などおらぬ。およそこの世の中で一番安全な場所がデニス君の近くなのだからな」

 ダレイオスは肩をすくめた。


「確かに。よくよく考えれば、大国一国の戦力に相当する災害魔獣クラスを3体も支配下に治めてるんですよね」

 そこでしばし考えに浸るゲペウである。

「これってパワーバランス的に大変な事なんじゃぁ……」

 ダレイオス師匠は聞いていなかった。聞いてないフリをしていた。


「そんなことよりダレイオス卿!」

 青ざめたハウルである。

「卿にも聖教会再建に参加してもらわなければならない」


「じゃが、バライトもあの最後じゃ。求心力を失った聖教会に望みもクソもあったもんじゃないぞ。儂は骨の折れる仕事が大嫌いじゃ」

 沈黙が降りた。


 ダレイオスがゲペウの肩に手を置いた。

「ゲペウ。お前はエフィシオス様の直系子孫だ。お前ががんばる時が来た」

「師匠、またですか?」

 いつものやりとり。


 だけど、あざとく聞きつけたハウルが食いついた。


「ダレイオス卿、今なんと?」

「何も。儂は嘘つきの破戒僧だし」

「いや、いやいやいや。その話は向こうで。人数を絞ってな」

 ハウルがゲペウとダレイオスの腕を引いて歩き出した。


 教祖の子孫が生きていた。

 信用を無くし、バラバラになろうとする聖教会にとって、これは唯一無二、起死回生のチャンスだ。

 そしてハウルにとって同格のヨルドが前後不覚になっている今、出し抜くチャンスである。


「いやちょっと、自分はそんなんじゃないです。ただの孤児です。ダレイオス師匠、なんか言ってくださいよ!」

「ハウル殿、儂は嘘つきなんじゃ。ゲペウをそっとしておいてくれまいか? 儂の命なんかより大事な大事な弟子なんじゃ!」


 ダレイオスの目が野望色に輝いていた。   






「ねえちゃん、これからどこへ行くの?」 

「古里へ帰りましょう。お墓参りを済ませて。そうそう、ひょっとしたら生き残りの人が帰ってるかもしれない。先ずは帰ってから。後はそれからよ。……そうね、冒険者になって世界を巡るのも良いかもしれない」

「冒険者か……。姉ちゃんと一緒ならそれでも良いな」


 デニス達一行は、リデェリアル村へ向かって旅を始めた。

 この旅は、夢のない復讐のためではない。

 二人にとって、未来へ続く希望の旅なのだ。





 やあ、なんか後半、空気をいっぱい吸っていたレム君だよ!


「冒険者か……それも良いっすね」

 異世界と来れば冒険者。俺はまだこの世界のことをよく知らない。


「冒険者ギルドとかあったら良いな。俺、この旅が終わったらそこでギルドカード作るんだ!」

 人間になったらそれも可能。有りもしない話に妄想が膨らむ。


「冒険者ギルドならあるぜ」

 ガルがしらっと大事な事を言った。


「本当ですか?」

『ああ、本当だ。冒険者ギルドとか盗賊ギルドとかは実在する。全国ネットだ』


「おい、レム君。今なんで黒皇先生……エフィさんに確認した? オイラが信用できないってのかい?」

「できませんね。先輩ひょっとして黒皇先生がエフィシオス=ユカだって気づいてませんでしたか?」

「さてね」

 ガルは横を向いて口笛を吹くまねをしていた。


 その口の構造で吹けるわけなかろうに。実にあざとかった。


 ……この人、今回の事件の全てを操ってたんじゃなかろうか?


  



 旅と人生に終わりはないという。

 終わりはないが、終える事ならできると聞く。

 でも、俺たちの人生は、まだ半ばにも達していない。

 これからどうなるのだろうか?

 しばらくは、このメンバーで旅をする事になるだろう。

 そうなったら……バトルシーンしか想像できない。

 

 思えば遠くへ来たものだ。

 地下から始まって、狼と小娘に出会って……。

 あのべらんめぇ神に感謝しなけりゃならないな。


 もし旅を終えたら?

 いくつかのグループに分裂するのだろうか?

 バラバラになるのだろうか?

 俺たちは今を懐かしむのだろうか?


 ふと空を見上げた。

 日が傾いているが、空はまだまだ青い。

 小鳥が二羽、ピーチクパーチクと愛を語りながら飛んでいる。

 平和だな。

 気がつけば、みんな空を見上げていた。

 みんなの考えてる事は分かる。それはたった一つのこと。


 この安楽とした平和がいつまでも続きますように、と。





 そして、ヤツらは行く。

 優しい迷惑を振りまきながら。




―― 転生神誤(ゴーレムに生まれ変わったって、どうだろう?) 了 ――






「にしてもだなぁ、あの旨そうな小鳥を見てるってぇと、なんか大事(でーじ)な事をコロリと忘れちまってる気がすんだがなぁ~。なんだったっけなぁ、……まいっか。てぇした事じゃねぇだろ!」


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