7.暗黒面
危機は去った。
ファル・ブレィドーは消失。魔神は約束通りなにもせず去って行った。
賭に勝った。
聖教会との戦いにも勝った。
俺に手出しする気は失せているようだ。
それが証拠に、連中ビビってやがる。連中の心肝を寒からしめた結果となったからであろう。
非破壊物質並びに非加工物質であると喧伝されているアダマント製の左腕にヒビが入っている。
どんなけ激しいエネルギーを打ち出したのか。冷静になると恐怖が湧いてきた。
この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素……もとい、五行融合弾は本気で封印だな。
さて、左腕に意識を集中すると、壊れた部分が急速に復旧していく。
法則として、ゴーレム体質の優位性だろう。
「おいレム君、連中にファンサービスでもしてやんな」
ガルが何か言ってる。
連中ってだれだ? と探してみると……。探すまでもないか。
今まで争っていた聖教会関係者らしき方々が、俺に対してお祈りを捧げている。
馬鹿らしい。
俺は大きく足を振り上げ、四股よろしく踏み降ろす。
その振動は偶像を崇める人々の驚きを誘うのに充分だった。
左腕は修理が完了した。
五行融合弾はこっそり封じたが、サリアにダメージを与えた三号弾が一個残ってる。
俺は隅っちょで丸まっているサリアを睨む。大股で歩み寄った。
バライトは死んだが、サリアは生きている。
俺はバライトを許せない!
同じ理由でサリアを許せない!
胸の中に熱が渦巻いている。この狂わしき理不尽さを吐き出して、気持ちよくなりたい。
「おい、やめろ!」
ガルが止めようと中に割って入ってきたが、止まるつもりはない。
「腐っても魔界堕ちしてもコイツはオイラの同族、魔族なんだ。むざむざ殺させるわけにはいかねぇ!」
「先輩……」
毒竜を野に解き放ってはいけない。
聖教会というこの世の汚物が、力を付けて復活する。
「ガル先輩を敵に回しても、俺はコイツを仕留めますよ!」
ガシャリンコ!
左腕が砲に変形。三号弾装填。
「落ち着け! 落ち着いてオイラの話を聞け!」
「だったら! 俺がこの毒竜を生かしておくための言い訳を3秒以内に述べてください」
「む、3秒以内か?」
「はい、3秒経過。お引き取り願います」
口は立つが話が長い。
長い付き合いだ。ガルの弱点は知り尽くしている。
今ここで、俺は、リデェリアル村の人々の敵を取る!
聖騎士に意味もなく命を奪われた人々の恨みを晴らす!
ついでに俺の過去を清算してやる!
聖教会を蝕む魔竜。バライトをたぶらかした毒竜。
バライトがいない今。魔神がいない今。残った害悪は殺意に溢れた目で俺を睨みつけているサリアのみ。
「やるなら相手になるわよ。この際だから、まとめて面倒見てあげる」
サリアの口に光の粒子が集まりだす。
俺は砲口をサリアに向ける。
サリアの額に狙いを付けて撃――。
黒皇先生が、俺とサリアの間に立っていた。
「結局、我らは魔獣に助けられた。異教徒の巨神に助けられた」
ハウルは呆然としていた。
長年、持ち歩いてきたロザリオが壊れていた。
聖教会の中枢である聖都ウーリスの荒廃を見た。
バライト教皇の喪失を自覚し、未来に希望を無くした。
以前より財政が圧迫していた聖教会。この騒動で財政は破綻するだろう。各国への影響力は減少する。聖騎士軍団を維持できなくなるだろう。
ハウルは荒廃した広場を見渡した。この場で最高位は自分のようだった。自分が彼らを率いなければならない。
それは単なる義務感だった。
ハウルの目に力は無い。だが、前に進まなければならない。
「信仰心があれば、聖教会は必ず復活する」
痰が絡んだ声がでた。
人々の視線がハウルに集まった。
「神は必ず我らをお導きくださる! 神は我らを見つめて――」
「無理な話ね」
デニスだ。
「わたしたちの神はそこにいる」
デニスは日を背にして立つ巨神を指した。
「あなた方の神はどこにいるの?」
これは宗教論戦である。ハウルは受けて立つ。
「神は姿を現さぬ。我らを見守り、お導きくださるのだ」
「可哀想ね。神様がいない宗教は!」
一刀両断の元に切り捨てる。
「この騒ぎに現れたのは、ドラゴンとあなた方の教皇バライトが化けた怪物。魔獣フェンリル狼に巨神レム。そして魔神」
ハウルは胸のロザリオに手を置いた。残念ながらロザリオは壊れていた。
「大聖堂を破壊したドラゴン。聖都を破壊した魔神。その魔神からあなた方を救ったのは、わたしたちの神、巨神レム。さあ、どこにあなた方の神がいたの?」
神は姿を現さぬ。滅多なことで姿を現さぬのが神である。
いつもの決め台詞だが、この場でそれは逆効果だ。
「あなた方の神様は『いない』のよ。それを自覚してほしいわ!」
魔神が現れた。
リデェリアルの巨神が現れた。
神は現存する。神は現れたのだ。
「そうやって偽の神様を広めていれば良いわ。聖騎士って名のヤクザを操って、みんなの生活を破壊して回れば良いわ。罪も無い人々の命を奪って回れば良いわ。私のお父さんとお母さんは、あなたに殺されたのよ!」
デニスの目が吊り上がる。
復讐の炎が少女の表情に暗い影を落とす。
少女の目的は敵討ち。聖教会は親の敵。
でも、結果として聖教徒の命を助けてしまった。
「人が涙を流すたび、わたしは正しき神の名の下、あなた方聖教会という名の暴力集団と戦うから。わたしがあなたたち悪の組織と戦うから。わたしが世界の平和を守るから!」
細いシルエット。清楚な少女が神をそよ風に揺らしながら、拳を握る。
決着は付いたようだ。
なぜなら、聖教会に携わる人々に迷いが生じていたからだ。
なぜなら、巨神がスイートアリッサムを打ち倒すからだ。
ズシン!
巨神の足音が聞こえた。
皆の目が巨神の一挙手一投足を見つめている。
巨神は毒竜スイートアリッサムへ向かって歩き出した。
左腕が変形し、創世の破壊槌ファル・ブレィドーをも破壊した「神の左腕」になった。
巨神は毒竜に狙いを付ける。
聖教会を破滅に導いた毒竜。聖教会の手では倒せなかった魔獣。
聖教会ごときの祈りの力では、何もできない。何も解決できなかった。
巨神はそれを行う力を持っている。
暴力に対し、より強力な暴力でもってこの物語は結末を迎えるのだ。
「おおおおおおおおおっ!」
俺は吠えた! 悪の権化に向かって吠えた!
さあ!
後は引き金を引くだけだ!
引けば全てが終わる!
こいつを殺せばこの旅が終わる。殺さない限り旅に終わりは来ない。
くそっ!
だけど、殺して良いのだろうか? 俺に殺せるだろうか?
そうやって逡巡している間に、黒皇先生がサリアの前に立ちふさがってしまわれたのだ。
『無駄な殺生はやめよ。この者は私が責任を持つ』
ガル先輩の翻訳が入る。
「いや、今のはオイラじゃない。なんも言ってねぇぜ?」
「え、じゃだれ?」
ここにはサリアとガルと黒皇先生しかいない。鳥さんの復活はまだ先の話だ。
『君たちが黒皇と呼んでいるこの私だ』
いま馬が喋った。
次回最終回。




