6.フルスロットル
「我は今から、ファル・ブレィドーを投げ降ろす。そして芋を焦がさぬよう姿を消し、結果に干渉しない。子猫への影響を鑑み、ファル・ブレィドーに力は注がぬ。ファル・ブレィドーは単体の破壊力を発揮するのみである」
魔神が背を伸ばした。
トンカチの先端が霞んで見えない。
事は、なんとか予定通りに進んだ。
非破壊存在である魔神を相手に戦うことは無謀中の無謀。
だけど、あのトンカチだけなら何とかなるかもしれない。
俺はどうにかして魔神との戦いを回避し、トンカチだけの対処に事を運びたかった。それだけが唯一生き残れる可能性だと信じたからだ。
魔神の性格も、どこか魔族に通じる匂いがあった。趣味趣向にこだわる習性を俺は見て取った。だから、話に引き込んだんだ。
でも思考を読む魔神相手に、俺だけじゃ交渉は不利。
そこで、二発のデオスパーダを撃った。一つは魔神に向け、もう一つはトンカチに向け。
この意味をある人物に知って欲しくて。俺の作戦を読み取って欲しくて。
期待通り、ガルが介入してきてくれた。
ガルは考えがそのまま言葉になるタイプ
魔神の能力は日の目を見ない。
ガルは、期待通り魔神を誘導してくれた。
あとはあのトンカチを破戒することに命をかければいい。
俺は五行エンジンをフル回転させる。
「おいバライト! 端的に言う。力を貸せ!」
「なんだと?」
バライトは消えかけていた。手足は既に消失。胴体だけとなり、サリアの側で横たわっていた。
この調子じゃ五分と保たないだろう。
「解っているはずだ。あのトンカチをなんとかできる可能性を持つのは、俺の左腕に仕組まれた五行融合弾のみ! だけど俺一人の力じゃアレを打ち落とせない。だから力を貸せ!」
バライトは無言のままだ。
じれったい!
ここは一つ、……ガルの真似。
「サリア、あんた動けるかぃ? その様でトンカチの攻撃から逃げられるってのかい?」
口調までまねした。
「……無理だ。わたしはここで死ぬ。聖都ウーリスで死ぬ」
どうしてウーリスにこだわるかな?
「バライト! おまえそれで良いのか?」
バライトから反応はない。光の粒子を放つままにしている。
「ファル・ブレィドーが放出されるぞ!」
鳥さんが叫ぶ。彼も焦っているのだ。
空を見上げる。
魔神がトンカチを頭上に振り上げた。……成層圏、越えてなきゃ良いけどね。
「賭に勝つか負けるか。それは諸君しだい。さらばだ」
そして魔神は姿を消した。いままでの事が夢幻だったかのように、その散在感も綺麗さっぱり消えていた。
幻ではなく現実であった証拠を残して。
トンカチは、落下を開始した。
「ファル・ブレィドーの現在高度は、およそ18000メットル! ここは俺に任せてみんな逃げろ!」
鳥さんの自己犠牲申告は無視するとして……とうとう終末へのカウントダウンが開始された。
「もう一度言う。バライト、おまえそれで良いのか? そのまま死んで満足か?」
バライトの目が黄色く光る。
「『神の左腕』の威力は知っている。だが、ファル・ブレィドーを破壊するには力が足りぬように思う」
五行融合弾を「神の左手」と呼んでいるのだが、その理由が解らない。
バライトは消極的だけど、反応があっただけ良しとする。
「お前と俺のエネルギーを合わせるんだよ」
「それでも不足する……何か策を持っているな?」
よし、合格だ。
「賭だけどな。俺に全チップを張ってもらおうか!」
じっと見つめる目と目。
バライトの目が赤く不遜に光り出す。
「その話、乗ろうではないか」
「バライト!」
サリアが止めようとする。
「私はもうすぐ死ぬ。だけどサリアを守れる」
「わたしはあなたを愛してなんかいない。わたしは――」
「知っている」
バライトは凛としていた。
「君の中に男がいる事を知っている。聖教会教祖エフィシオスの残像を探し、さまよっている事を知っている」
バライトとサリアは、互いの目を見つめ合っている。
「私は聖職者。迷える者を導くのが仕事だ!」
有無を言わさぬ迫力。サリアは黙って頷いた。
バライトの胸が動悸を打ち始める。五行エンジンを一気に全開したようだ。
やれやれ……。
「礼は言わないぜ!」
ガシャリンコ!
左腕が変形。砲身がせり出す。
俺は、俺の胸の内が生み出す灼熱のエネルギーを全部五行融合弾へ注ぎ込む。
バライトが発するエネルギーも、取り込んでいく。
だけどあのトンカチと比べれば力負けしているだろう。
そこは賭だ。
あのトンカチは大地に多大な影響を与える。
属性は何だ?
1=土にエネルギーを与えるなら「火生土」で火属性。
2=土を剋するというのなら「木剋土」で木属性。
3=土に親和するなら比和で土属性。
火属性なら「水剋火」で融合弾は水属性にする必要がある。
木属性なら「金剋木」で金属性に。
土属性なら「木剋土」で木属性に。
確率は三分の一。
ここまで絞り込んだら後はカンだ。
木ってイメージじゃない。火は気体っぽいのでちょっと違う。
……残ったのは土。イメージに遠くない。トンカチはたぶん土だ。
よし、土で行こう!
木剋土で土に打ち勝つのは木。
五行融合弾はその全てを木属性にする! トンカチが火気だったら痛恨の一撃を食らうこととなるが、たぶん大丈夫だ! ……たぶん!
トンカチは重たい頭部分を下にして落下中。
どんどん大きくなってくる。落下予想地点は俺の頭だろう。
ガルは……。
「付き合うぜ、相棒」
嬢ちゃんは?
「逃げる気ねぇってよ。レム君なら何とかしてくれるって確信してるぜ」
シューキョーの人々は……祈っていた。それしか無いんかい!
鳥さんから報告が入る。
「ファル・ブレィドーの高度が8千を切った。これより攻撃を開始する!」
大きく宙返りをし、助走のため距離を取る鳥さん。
「照準、セット! 弱点発見! ヘッド部分先端のちょぼ!」
そこが弱点か。
「神、バァァド・アターック!」
炎に包まれた鳥さんが超加速。
一本のラインとなってトンカチへ突っ込んでいった。
中途半端な爆発。
トンカチは微動だにせず。
より黒くなった小さな塊が自由落下している。生きてると良いな。
ここまでは予想通り。
邪魔者は消えた。
「まだか? まだ『神の左腕』は撃てぬのか?」
サリアに支えられたバライトが吠える。
「まだだ!」
砲弾には二人分のエネルギーが詰め込まれつつある。
弾倉が位置する肩が金色に光り出す。
エネルギーが弾けそうだ。
俺は砲身を真上に向けた。
視界のほとんどをトンカチの頭が占めている。
砲自体が光を放ちだした。
限界なんだろう。でもまだだ。まだ足りない。
「まだ……か――」
「まだだよ!」
……。
バライトの反応がない。
不審に思い、振り返ってみる。
サリアが長い首を空へ伸ばしていた。
最後の光が天へ登っていくところだった。
「うおぉーっ! バライトーッ!」
この時、五行エンジンが最大の力を出した。
肩から火花が走る。アダマントにヒビが入った。
暴発気味で弾に火が入る。
肩の亀裂から炎と煙が吹き出した。
今だ!
「神槌滅却! この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき――」
「いまさら長い方に戻すんかーい!」
「――這いずる元素融合弾、発射っ!」
肩が砕けた。砲が裂けた。
白煙を引きずりながら、五行融合弾が真っ直ぐ天へと駆け上る。
命中!
巨大な火球が生まれた。それは充分トンカチを内包する大きさだった。
「やったか?」
トンカチを土気と判断し、木気に賭けた。
その賭は吉と出るか凶と出るか。
傷を負った左腕を庇いながら、空を見上げる。
火球はゆっくりと小さくなり、やがて姿を消した。
トンカチは土気。五行融合弾は木気。正解だった模様。
よかった。
ほんと、よかった。
ふと、ボロボロになった左腕を見た。
「そうか、神の左腕とは絶対破壊兵器のことなんだな」
バライト。お前は最後にいい男になった。
でも俺は許さないんだからね!
か、勘違いしないでね!
残り2話。
もう少しお付き合い願います。




