2.経験というモノ
ヘッドロックからのバックドロップ。まさに教科書掲載パターン。
脳震盪は起こしていないだろう。バライトが状況把握する前に俺は急いで体を動かした。
大急ぎで腕を取る。
俺は、掴んだ右腕を股の間に挟んだ。
腕ひしぎ逆十字の体勢。
ポキリ。
バライトの親指が逆方向へへし曲がる良い音。
正確な逆ひしぎじゃない。俺が両手で力一杯掴んでいたのは、バライトの指だからな。
太い肘をキメるのを第一とせず、細い指を取る事を第一としたので、足の位置を少しずらせてある。
「何をした?」
「もう一本!」
両手で小指を折る。力がいらない所が楽で良い。
バライトが暴れるが、それは見当違いの脱出法。
「あれだけ攻撃を受けて、なぜ動けるのだ?」
勘違いしてるよ、このおっさん。
顎を打って脳震盪起こすのは、脳があるからでしょ?
鳩尾入れられてゲロ吐くのは、そこに神経の束があるからでしょ?
ゴーレム体質の、俺のどこにそんな神経節があるっていうの?
ゴーレム系相手に打撃で戦うなら「破壊」しなきゃ!
バライトの攻撃はアダマントのボディを砕く事は無かった。
マスクにヒビを入れたところで、体勢に影響は無い。
そんなワケで、サンドバッグ状態になっていても、痛みは無いし、冷静に観察できたし、通常の思考に影響もなかった。
バライトは巨大ロボになって日が浅い。人間相手に戦っていたつもりだったのだろう。
なまじ人型をしているから間違えたんだろうな。
ま、それはさておき――。
小指に続いて人差し指、中指、薬指を連続で破壊。
その段になってバライトはようやく脱出した。まー、俺が手を滑らせたからなんだけどな。
だが! この状況を逃がしてしまうようじゃガルの相棒は勤まらない。
せっかくチャンスを作ったんだ。もう少し付き合ってもらうよ。
脱出したと言っても接近しすぎている。バライトが自慢の拳を振るうには、腰を伸ばして腕を上げて構えるという三つの段階を踏まなければならない。
立ち上がる事を放棄し、バライトの足首を掴んで引き落とす方が一段階少なかったようだ。
俺はバライトの足を掴んだまま、膝立ちからクルリと体を回転。
腰を落としたら4の字固めのできあがり。
外骨格を採用したボディとはいえ、唯一球体関節を採用している所がある。
それは股関節。
「まだだ!」
逃れようともがくバライト。右腕を伸ばして俺の足を掴もうとするが、指が機能しないから掴めない。
役に立たない右手でガンガン叩くけど、痛くも痒くも無い。
左手一本で抜けるのは困難だろう。
第一、そんな方法で4の字固めは抜け出せない。シロウトはチョロいぜ!
もし俺がシロウトだったら、……俺の身体能力を使って脱出しようとする。それは可能だ。バライトはソレに気がつくか?
「クッ!」
バライトが声を上げる。
股関節の辺りから火花が散った。
「おっ! おおオオオオおー!」
バライト教皇、五行エンジン全開だな。
無理だよ。これ、外れないよ。
バライトには、まだ無傷の左腕が残っている。これもアダマント製。ちなみに、この技は、まともな方法じゃ脱出不可能。
バライトは必ず左腕に頼るだろう。
今のうちに次の手を打っておくことにした。
お、バライトが動いた。
俺は上半身を起こし、右腕に意識を集中する。
バライトは左手を構えた。
俺は右のロケットなパンチ=無回転バニシング・ゲイザーを発射する。
バライトの左腕が変形。レフトアーム砲の構造材が剥き出しになる。
バニシング・ゲイザーがバライトの左腕に直撃。
さすがのアダマントも細い骨組は脆い。脆いと言ってもさすがアダマント。
折れはしない。折れないが、砲身が「く」の字に曲がった。
こうなっては元の腕に戻す事も叶わない。
「きさまっ!」
悔しそうな声が聞こえた。バライトは両腕の自由を無くしたのだ。
さて!
俺は両足に力を込めた。現状でのフルパワー。
俺よりでかい金色の巨体。その股関節と膝関節から嫌な音がする。
バライトは何も言わないまま海老ぞっていた。
思えば、俺もずいぶん戦い上手になっていた。
こんなんで良いのだろうか?
この辺で良いだろう。
もう良いだろう。
固め技よりバライトを解放した。
俺は、ゆっくり立ち上がり、睨み付けているバライトに馬乗りになった。
そして、破壊の権化たる拳を振り上げる。
ハンマーパンチ! 重い拳を振り下ろした!
「ぐっ!」
俺が押さえつけているのにバライトの体が跳ねる。
馬鹿なカルト教団!
人の命や幸せを自分たちの価値観で塗り替えようとする愚か者ども!
強者でありながら、いつまでも弱者を主張する卑怯者ども!
総じて……寄生虫どもめ! 死んであの世で後悔しろ!
もう一丁! まだだ! もっと! 砕けろ!
ドカンドカンゴンゴンと、それはそれは重たくて大きい音を立てるバライトの体。
さあ、抵抗をあきらめろ! お前はもうお終いだ!
まだ刃向かうか? あきらめろ! あきらめろ! 無情を受け入れろ!
金床の上で鉄の塊を殴りつけているかのように、重機がコンクリを破壊していくように、無抵抗の幻獣を殴りつける。一方的に。徹底的に。
何とか俺の拳をかわそうと暴れていたもがいていたバライトだが、やがて静かになった。
まだだ。まだ破壊できていない。
まだまだこいつを殴り続けなきゃならない。
「レム君!」
デニスの口から声が漏れる。
幻獣となったバライトとの戦いに勝利したレム。
今この時から、レムはデニスの神となった。
両親とお爺ちゃん、リデェリアル村のみんなの敵。憎き聖教会の指導者、バライト教皇を追い詰め、今、まさにその敵をレムは討とうとしていた。
経済に巣くう害虫。嘘を指導する悪魔。自己保存のために世界を犠牲にすることを厭わぬ自己中。嘘を嘘で塗り固める。それが聖教会。
殺して良い相手だった。
滅ぼさなくてならない存在だった。
頭では解っている。心も同意している。
だけど、デニスという存在が、神に等しきレムの暴力を止めよと命じた。
「やめて! レム君! もうやめて!」
レムは殴るのをやめない。
「レム君! レム! レム君、ハウス!」
「姉ちゃん、だめだ! レムは怒り狂っている。姉ちゃんの声が耳に入らないんだ!」
デニスを無視しているのではない。レムの拳骨からでる音が、デニスの声を届かなくしているのだ。
怒りに狂うレム。怒りに酔うレム。
あれはレム君じゃない。あれはわたしだ。
鏡に映ったわたしの姿だ。神はわたしにわたしの姿を見せているんだ。
なんて醜い。なんて……悲しい姿なんだろう。
「ガルちゃん、降ろして!」
デニスは跨がっているガルの首を叩く。
ガルは首を後ろにねじってデニスを見る。ガルは怖い目をしていた。
それでもガルは、渋々といった様子で姿勢を低くし、デニスとジムを背から降ろした。
「レム君を止めてあげて!」
ガルの目は怖いまま。怒った大人が子供を睨む目をしている。
向こうでは、レムがバライトに馬乗りになって殴り続けている。
無抵抗なバライトに何度も何度も拳を落とし続けている。
「レム君を人殺しにしたくないの。お願い、ガルちゃん!」
デニスは手で顔を覆い、とうとう泣きだした。
ガルは優しい目をして、デニスを見つめていた。そして走り出す。
レムを助けるために。
蹄の音がしたのは、ガルがレムのところへ着いてすぐ。
デニスとジムの周りを騎馬の聖騎士達が、ぐるりと取り囲んだ。
手に手に槍を持った聖騎士達。二人の周囲を馬が走る。
「ひっ!」
恐ろしさで二人は抱き合った。
聖騎士はバライト直属の親衛隊であった。
「やめよ! 親衛隊の者ども! もはや彼女は敵でない!」
ハウルが聖騎士へ呼びかけた。
聖騎士は声のする方向へ顔を向けた。
「お、お前達……」
ハウルは絶句した。
聖騎士達は、デニスへと目を向ける。
デニスが見上げると、そこには光の無い目があった。
「まだ、操られたままなの?」
デニスは毒竜スイートアリッサムを振り返る。
スイートアリッサムは、目を怪しく輝かせ、デニスを見つめていた。
事態はいまだ流動的だった。
危機はまだ続いていたのだ。
ヒロイン大活躍の巻!




