11.ゲインよりの使者
デニスとジムは階段を駆け上がっていた。
壁に沿って左右二カ所に階段がある。その一方をバライト教皇が、もう一方をデニスとジムが駆け上がっている。
二階相当の回廊部分で階段が繋がっている。そこへ出れば後は回廊を走ってバライト教皇に追いつける。
「キャーッ!」
「デニス姉ちゃん危ない!」
ジムがデニスの袖を引っ張る。
階段を上がりきる直前、邪魔が入った。
レムともつれたドラゴンが壁に体を打ち付けたのだ。
バライト教皇へ通じる回廊が砕けて落ちた。
バライトもそれを認識したようだ。こちらに背を向けてさらに上へと続く階段を上がって行く。
デニスは躊躇した。だが逃がしたくない。
どうあってもバライトを問いつめたい。
しかし、このままでは……。
「姉ちゃん! 上へ登ろう! 昨日、一度外から見たんだ。上の階に外のテラスへ出られる扉がある。そこで追いつこう!」
ジムの観察眼は正確だ。
「姉ちゃん、とまどっちゃいけない。ドラゴンはレムが押さえてくれている。僕らにはまだガルがいる。戦争ゲーム盤で言うところの、一手こちらの方が多いんだ! 教皇の力をを恐れることはない!」
デニスはその助言に従った。
再びデニスは走り出す。
バライトも階段を駆け上がる。
二者の高さは同一となり共に駆け上がる。
階段の終点は広い踊り場となっていて、ジムが言ったように外のテラスへ出られる扉があった。
バライトはそこをくぐる。
デニスとジムも同時にくぐる。
外のテラスは四階の高さに張り出した造りだ。
残念ながら、二つの出口は繋がっていなかった。
幸運だったのは、ガルが待ちかまえてくれていた事である。
広場に集まっていた人々は、周囲を取り囲む回廊の中に隠れて様子をうかがっている。
「バライト教皇!」
デニスが大声を出す。青空に良く通る声だ。
「災害魔獣スイートアリッサムはレムが押さえてくれている」
その証拠を示すように、建物が揺れた。
「ガルが飛べば、あなたまで届くわ。もう諦めなさい!」
非我の距離は五十メットル(一メットル≒1メートル)ほどあろうか?
顔がはっきり見える。
バライト教皇に焦りの色はうかがえない。
ゆっくりと袂から何かを取り出した。
それはジン・オニキス。
「ジン! フェンリルを倒せ!」
バライト教皇がオニキスを空へ放り投げた。
ザラリと光った後、巨鳥の幻獣・ジンが表れた。
「アギャース!」
長い嘴から雄叫びが上がる。
長い首が下を向き、片目がガルを捕らえた。
ジンはガルを襲うと思いきや、上空へと舞い上がる。つられてガルも空を見上げる。
小さな粒に見えるまで高く舞い上がり、そこから急降下した。
頂点より鋭い嘴がガルを襲う。
ギリギリに見切ったガルがこれをかわすも、ジンは急上昇。ガルが手を出せないでいる。
ガルの周辺が砂煙を上げている。
ジンが甲高い叫びを上げると、ガルは素早く飛び跳ねる。
ガルがいた場所の石畳が、音を立てて裂ける。この攻撃は易々とガルの体を引き裂く威力を持っている様だ。
ガルから空を高速で飛ぶジンへの攻撃手段がない。
さすがのフェンリル狼も、相性の悪すぎる敵には、苦戦を強いられる様だ。
「さて、……君のナイト君は鳥さんを相手に忙しくなったようだ」
バライト教皇はキザな仕草で肩をすくめた。
「なぜなの?」
デニスはバライト教皇へ問いかけた。
彼女は、バライト教皇の真意を測りかねていた。
毒ガスを仕掛けたのはバライト教皇である。毒ガスを避けるために階上へ逃げたのもバライト教皇の意志である。
このような逃げ場のない高みを選んだのもバライト教皇である。
彼が逃げることを諦めた、などということは考えられない。
ならば、なぜこのような場所を選んだのか?
それが先ほどの「なぜ?」という言葉に繋がるのだ。
「なぜ、……とな?」
バライト教皇は真剣な目をして考え込んだ。
「そうだな、君たち旧世界の遺物を人の目の前で叩きつぶしたかったから。……だからかな?」
そう言って口の端を微かに歪める。
まるで自分を笑っているように。
「それより、君のフェンリル君を心配してやればどうかね?」
「デニス姉ちゃん、あんな事言ってるよ!」
ジムが指を差して不平を言っている。
しかし、ガルが上空からの攻撃を嫌がっているのも事実。
バライト教皇を追いつめた。これは千載一遇のチャンス。
ガルに命じてバライト教皇を牙にかければ目的を達することはできよう。
だがしかし、それはガルの命と引き替えになるやもしれない。
もう一人の仲間、レムは大聖堂内でドラゴン・災害魔獣スイートアリッサムを相手にして手が離せないでいる。
どうしたものかと手をこまねくデニスである。が――。
大聖堂前広場を大きな影が横切った。
一瞬のことであったので、デニスは目の錯覚を疑った。
もう一度、逆方向から影が横切る。
目の錯覚じゃない。デニスは空を見上げた。
ジンとは異なる巨鳥が、一羽飛んでいた。
それは、ジンより速い速度で飛行している。
黒い色、短い首、太い胴、鋭角的な翼。ジンとは一線を画した、あきらかなる猛禽類の姿。突き詰めた攻撃型体型。
それが、足で何かを……人間みたいな……のを掴んだまま飛行している。
新しく現れた巨鳥は、複雑な軌道を描いてジンへと接近。翼を叩いて上空へ舞い上がる。
「キシャーッ!」
ジンは、ガルへの攻撃を中断して、新たな敵へと不可視の攻撃を放った。
ふわりと攻撃をかわした黒き巨鳥は、ジンに体当たりを喰らわした。
バランスを崩したジンは、聖堂の向こうへと墜落。派手な土煙が上がった。
急降下した黒き巨鳥は、地面すれすれでホバリング。
翼を動かさずホバリングしている。
魔獣にあり得ない能力。
そして、足に掴んだ物を……年端もいかない女の子を石畳に降ろした。
頭に布を巻いて髪を押さえている。半袖にベスト、三分のズボンにしっかりした作りの靴を履いている。
気を失っているのだろう。ぐったりと横たわっている少女の体にかぎ爪をそっと当てた。
爪の先からバシリと光が走り、少女はビクンと体を震わせる。
意識を取り戻したのだろう、少女はゆっくりと立ち上がった。
多少、足をふらつかせた少女は、声を大にして叫ぶ。
「この子はガルーダのジョー!」
なかなかにボーイッシュな少女は、親指で後ろに控える黒き巨鳥を指さした。
……いや、これガルーダじゃないよね?
デニスは知っている、ガルーダは馬くらいの大きさ。
この鳥はもっと大きい。
その気配、風格、圧力。この魔獣は災害級。
蒼空の鳥獣、空の要塞、ロック鳥のアーキ=オ=プリタリクで間違いない。
ロック鳥をガルーダごときと取り間違えている?
デニスは、軽い既視感を覚えた。
「ボクはラフィーロ! 魔獣の村ゲインよりの使者!」
この娘、自分のことをボクと呼んだ!
「そして――」
ニパっと笑う口から、片方だけ八重歯が覗く。
「天才魔獣使いだ!」
デニスは微妙な形に口を歪めて固まってしまった。
人、それを黒歴史と呼ぶ!
やあ、なんとなく台無し感を肌で感じているレム君だよ!
ドラゴン・サリアとの屋内戦はまだ続いている。
俺のプロレス技を喰らって、ベノムドラゴンのサリアは大ダメージを負っていた。
しかし腐っても魔族。ガルですら驚異の自己修復能力を持っている。ドラゴンであるサリアは、さらにその上を行っても不思議はない。
……いや、けしてガル先輩が犬だからドラゴンより下じゃないのか? などと思ってなんかいない。
水に落ちた犬は打て、との諺を……いや、けしてガル先輩が犬だから、上手いこと言おうとか考えての事じゃない。
「グフッ! よくもやってくれたわね! 鱗を通したのはあなたが初めてよ!」
「そりゃよかった。それじゃこれもいっとこうか?」
さらに追い打ちを掛けるべく、俺は左腕を砲身に変形させた。
それを見たサリアはビクついて身を強張らせた。
「まさかそれを撃つの?」
夢の中でブチかました砲。サリアが言うところの「神の左腕」とか呼んでたマップ兵器である。トラウマになってくれていれば幸いだ。
「みんな死んでしまえばいいのよォーッ!」
俺はヒステリックに叫んだ。
サリアは、ものすごい引きつった顔をしている。
夢の中と同じ、抜き打ちで弾を放った!
サリアの脇腹に弾が突き刺さる。
爆発!
だが、お嬢ちゃん安心おし。レフトハンド砲から撃ち出すのは全て五行融合弾だとは限らない。
こいつは粘着榴弾といって、着弾点から衝撃波を吐き出すことに特化した特別な弾だ。
密着して爆発するんで、圧縮波によりドラゴンの鱗の内側を破壊する可能性が高い。
うまくいけば弾け飛んだ鱗の内側が、柔らかい中身をグチャグチャにしてしまっている。
「グギーッ!」
サリアは悲鳴を上げて着弾点を押さえた。
うまく作用したようだ。
鱗に穴は開いてないが、ものすごく痛そうにしている。
壁にもたれてやっと立っている有様。
これくらいで終わらせる気はない。なにせこいつがラスボスだ。
俺は追い打ちを掛けるべく、腰を落として身構えた。
そしてダッシュ!
大質量体同士がぶつかる鈍い音。
「ヒギィーッ!」
突き立っていた金属の矢が、サリアの体に根本まで沈み込む。
俺は矢に当たるよう気をつけて、体当たりを敢行した。
壁を突き抜け打ち砕き、もんどり打って表へ飛び出したのであった。
うむ、
久しぶりの連投。
何もなければ良いが…。
例えば飛行機が落ちるとか…。
次、6章のラストです!




