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7.迎撃の軍

 デオナ率いる聖都直衛軍は迎撃の陣である。


 彼らは土木作業に勤しんでいた。

 工兵隊という概念のないこの時代、駆り出された人夫が汗みどろになって働いていた。


 この点、聖都に近く、人手不足の心配がいらない事だけが救いである。

 一般の人夫は聖教会への奉仕活動の一環として働いていた。

 文句を言う者も日当を要求する者もおらず、貴重な働き手としてダフネを感動させている。


 馬防柵を組み、堀を掘り、縄を張る簡単な仕事を任せきっていた。

 彼らを監督するに、僅かな数の指揮官で済んだ。

 

 そのお陰か、聖騎士本体は、両翼の要たる中央に大型兵器を寄せ集める仕事に傾注できた。

 それは大質量の攻城兵器。

 魔獣対策。特に巨神対策である。


 考えることはベルドもデオナも同じ。巨神は動く城なのだ。


 そしてその後方、聖都のすぐ手前に、背の高い櫓が組まれた。

 ここが見張り台、兼、司令塔となる。


「次ぎに索敵ですが、リデェリアルの魔獣早期発見に対し、二つの手をうちました」

 司令塔の最上階でデオナは、副官であるダフネより手配の報告を聞いている。


「申せ」

 いまだデオナは、ご機嫌斜めのままである。

「一つは遠方への斥候の派遣。これは予想される魔獣の侵攻ルートに対応してのもの」

「当然だな」

 むすっとした表情のままのデオナ。かろうじて、報告は聞こうとする態度を保っている。


「もう一つは近辺四方への偵察。これは万が一、魔獣共が策を巡らせた場合、後手に回らぬ予防策であります」

「それは必要なかろう」

「は?」

 二つ返事で返してきたデオナに対し、ダフネはその真意を即興で測り損ねた。


「策を弄する知恵が有ろうと無かろうと、奴らは一直線にやってくる。主を捕らえられた魔獣は、常に主との最短距離を取りたがるものよ。無駄な事はおよしなさい」


 ずいぶん大胆な……と思った所でダフネは気づいた。

 デオナが愛しく思う人の元へ、一直線に向かおうとしていた事に。

 恋する乙女のカンはを信じてみよう。

 居並ぶ幕僚達の目も、暖かかったし。


「なるほど。では、四方への偵察は初回だけで切り上げて、正面の探査を厚く致しましょう」

 主である少女を愛しく思っている魔獣。

 そんな風に考えると、この戦いが深く思えてくるダフネであった。


 そして城外東部に展開する聖都直衛軍は、予定より三日ばかり早く魔獣の襲撃を受けるのであった。






 俺だよ俺! レム君だよ!


 背中からお日様が昇ってきたよ。朝だ朝!

 丸一昼夜走り続けて、とうとう日の出を迎えた。

 ガル先輩が言うには、この丘を超えれば聖都が見えるってさ。


「ちなみに先輩――」

 俺は前方を走るガルに声をかける。

「デニス嬢ちゃんの正確な位置は解ります?」


「うむ。一キロメット以内なら、デニス嬢ちゃんの声を……もとい、デニス嬢ちゃんが醸し出している何かを察知するユニークスキル・反応探知を持っている」

 犬系の特徴である鼻が利くと言えば早いにに。相変わらずガル先輩はめんどくさい人だ。


「未知のエネルギー・デニス粒子みたいな物ですかね?」

「そうそれ! それをオイラは感知できるんだ。それもこれも嬢ちゃんと契約を結んだからだな。うん!」

 いちいちガルが作った設定を処理している俺も俺だが、……これも才能なんだろうか? まさか神に与えられたユニークスキル「ボケ処理」じゃないだろうね?


 そうこうしている内に、丘を越えた。

「ほら、見えてきたぜ、あれが聖教会の根城、聖都ウーリスと、……お迎えの聖騎士諸君だ」

 聖都の城壁を背にして、聖騎士の大群がお出迎えしてくれている。


「ふん、どうせ落とし穴とかいろんなトラップ仕掛けてんだろうさ。こちとらお見通しでぇ! レム君、フォーメーション・チェンジだ! フォーメーション・フルバースト!」


 先頭を走っていたガル先輩が、右へスライド。急ブレーキをかけ速度を落とす。

 俺はそのまま全速力を維持。ガル先輩を追い抜いて前へ出る。

 ガル先輩は俺の背後へ回り込み、やや距離を開け追走。


 こういう事もあろうかと、いろんな作戦を練っていた。

それがこれ。前後並び替えっ!


俺の巨体と質量に速度をプラスして敵の陣地に突っ込んでいく!

 木の柵だとか、なんかいろんな物が俺の体当たりで吹き飛んだ。


 あれよあれよと言う間に敵陣の中央へ躍り込む。ここまで抵抗らしい抵抗がなかったが、正面に聖騎士の大群が待ちかまえていた。

 その奥にはいくつかの見張りの塔が作られている。


 俺は後生大事に抱え込んでいた銛を構えた。

 中央の、一番でかいのに狙いを付け、フルパワーで投擲。

 銛は真っ直ぐ飛んでいった!




 


「未確認物体発見! 真東の地平。数1。巨体です!」

 デオナのすぐ側で見張りの一人が声を張り上げる。一番、目の良い見張りだった。


「なんだと? 確認せよ!」

 おもわずダフネが声を張り上げる。

 デオナは声の大きさにびっくりして耳をふさいだ。


 魔獣襲来までの時間を利用して、演習と動きの確認をしようと見張り台の中で、地図を広げて幕僚や部隊長と打ち合わせを始めたところだった。


「確認しました! 人型をした巨体……巨神です!」

 複数の見張り要員が、近づいてくる謎の物体を視認した。


「それはおかしい。斥候の部隊はどうした! 報告が入ってないぞ!」

 幕僚の一人が見張りに詰め寄る。


「巨神、速度速い。斥候と思わしき騎馬が、巨神の後方を走っております!」

「なんと」

 全員を代表してダフネが言葉を失ってみせた。


 見張り台に昇った全員が東の彼方に現れた黒い点を見つめている。

「斥候の馬を追い抜き振り切る速度。それは索敵が通用しない相手。つまり、常に先手を打てる事。……面白い敵ね!」

 デオナの目が輝いている。どうやら宵越しの機嫌が直ったようだ。


「総員、迎撃戦開始! ただ今をもって聖都守備作戦を発動する! さあ、聖都を守りぬけ! 最も勇敢な者の名が、聖典に載るぞ!」

「ハッ!」

 気合い充分。部隊長達は、我先にと司令部から降りていく。

  

「早すぎますな」

 ダフネがぼやく。魔獣来襲が、である。

「遅すぎよ」

 デオナが返した。軍の対応が、である。



 フェンリルが先頭かと思いきや、頭を走るのは巨神であった。

 人の平均的身長の十倍はあるその巨体。金属が持つ重量感。グレーの色も相まって重圧感が甚だしい。


 巨神より数身遅れて、青白き巨狼が駆けている。

 二体の魔獣は、必殺の翼を広げた陣の中央に突っ込んできた。見事に予定通り、計画通りに突き進んでくれる。


「両翼、たたみこめ!」

 ダフネが命令を発した。

 左右両部隊が動き始める。


「普通に考えれば足の速いフェンリルが先に飛び込み、陣中をかき回してから、破壊力を誇る巨神が突入するもの。なんか嫌ね」

 デオナが眉間に皺を寄せる。

 そう踏んだからの罠設営であった。

 

――なにか考えてのことか?――


「あっ!」

 デオナは、巨神が罠に突入する前に気づいた。


「しまった!」

 ダフネは巨神が罠に突入してから気づいた。


 巨神が浮いていた。

 十中の十、魔法を使っている。巨神は浮きながら高速で移動している。

  

 浮いている故、落とし穴はその効力を失い、巨神が巻き上げる風でその存在を露呈した。

 足枷として張ったロープは、風で揺れ、位置を知らしめしてしまった。

 馬防柵は、巨神の巨大な質量にぶち当たり、粉々に散っていく。


 これでは敵を足止めできない!


「いかん! 敵の足が速すぎる!」


「魔獣、第一防衛戦突破!」

 魔獣は、両翼を広げた陣の真ん中まで進んでいた。


「ここまで速いとは! これでは翼をたたみきれない!」

 ダフネが頭を抱えた。幕僚達や部隊長以下、聖騎士達も頭を抱えたかっただろう。

 ここを守り抜けば、生きたまま聖列に加えられる、もしくはそれに匹敵する名誉と富と権力が与えられる。


 しかし、抜かれれば――。

「不名誉が後世に伝えられる! 全員生きて国へ帰れないぞ!」

 幕僚の誰かが、プレッシャーに負けた。


 ゴウ!

 風を巻き込み、黒くて太くて長くて重そうな何かが、司令部の中を抜けていった。


 デオナの顔の横数センチを飛んだそれは、彼女の自慢の銀髪を一束もぎ取っていく。

 リデェリアルの巨神が投げた長大な槍だった。


 司令部を抜けた槍は、聖都の城壁に深々と突き刺さった。

 あと数㎝逸れていれば、誰かが壁に縫いつけられていただろう。

 だれも言葉を発しなかった。


 デオナ以外は。


「敵は外した。運はこちらに傾いている。さあ反撃よ! 全攻城兵器前進。聖騎士本隊も全軍前へ。その鎧と盾と馬で魔獣を食い止めなさい!」

 デオナが大声で矢継ぎ早に指示を出す。

 それは冷静な声だった。

 

「本隊は攻城兵器を死守せよ! 予備隊! 穴を埋めろ!」

 一番に我に返ったのはやはりダフネであった。 






 朝日が地平に顔を出した頃。デニスとジムは長い廊下を歩いていた。


 天井が高い。三階建ての宿屋の屋根より高い。

 そんな廊下の壁には高価そうなタペストリーや、デニスの家のテーブルより大きな絵画、それに表現に難しい色合いをした壺などが飾られていた。

 どれもこれも、一つ売り飛ばすだけで十や二十の村が優に冬を越せそうなお金が入ってきそうだ。


 廊下の行き当たりは、どうやって作ったか判らないほど背の高い扉になっていた。

 扉の前に、槍を持った聖騎士が二人立っていた。ずいぶんと着飾った聖騎士だった。

 その聖騎士が、二人がかりで扉を開けた。


 デニスとジムが扉をくぐると……。


 そこは村が一つ入ってても不思議でないほどの空間が広がっていた。


 廊下は三階建ての高さだったが、ここは天井まで、五階建ての高さに相当するだろう。

 正面に聖教会のシンボルが鎮座していた。


 高い場所にある明かり取りは、全て高価なステンドグラス。

 天井一面に聖教会の聖典に基づいた絵が、フルカラーでみっちりと描かれていた。

 二階に相当する高さに、内側に張り出したテラスが聖堂をコの字に囲っている。


 その倍の高さ――四階に相当する高さに、外へ張り出したテラスが二カ所。これは外の広場に向かって、高位の聖職者がなんらかの行事に使うためだろう。

 

 この空間は大聖堂。


 ここは、聖教会が式典に相当する儀式を行う聖なる空間。

 ここで話されることは全て公式扱い。

 ここで決まったことは、法律に準ずる。


 真新しい聖法衣をまとった老人達が、前方左右にずらりと並んでいた。

 デニスとジムの左右と後方には武装した聖騎士が4人、控えていた。


 中央の祭壇に一人の男が現れた。


 金糸で縁取りされた白い法衣。豪奢な金髪。アイスブルーの瞳。

 教皇バライトであった。


 集まっていた聖教会関係者は一斉に音を立てて居住まいを正した。

 そしてデニスとジムは一段高くなった台の上へと上がる。

 これで関係者全てがそろった。


 バライトは、声高らかに宣言する。

「これより、リデェリアルの異端者審議会を開催する!」


 

注)1キロメット≒1㎞



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