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6.二人の戦い

 明けて翌朝。


 聖都ウーリスの聖宮殿内・教皇執務室での事である。

 いつものようにハウル枢機卿がバライト教皇のスケジュールを報告していた。


「朝食の後、ゴルバリオン商業連合代表と会談。西部地区貴族訪問団の方々と歓談を兼ねた昼食会を。午後一番にウーリス市民代表と――」

「もうよい!」

 鬱陶しそうに手を払い、教皇はハウルの言を中断させた。


「は? しかしバライト教皇――」

「もうよいと言っている。ハウル卿、卿はいったい何をしているのだね?」

 豪華な執務机に肘をついてハウルを見上げる教皇。ハウルの頭の位置が高いので、自然と三白眼で睨むことになる。


「君は、昨日の話を全く聞いていなかったようだな」

「き、昨日とおっしゃいますと、キュウヨウにまつわるリデェリアルの魔獣の件でございましょうか? その事でしたらちゃんと記憶しております」

 教皇の機嫌を損ねたらしい。それがハウルの額に汗を浮かべさせる原因となった。


「ほぉう? しっかりと記憶しているのに、何故、今日、無意味な予定を入れたのだね、ハウル卿?」

 バライト教皇の目は、失意を通り越し、侮蔑の色を浮かべていた。

「そ、それと聖都におけるバライト教皇の執務に何の関係があると……」

 しどろもどろである。

 バライト教皇の態度がいつもと違う。このような教皇は見たことがない。

 

「っ」

 小さなため息一つを吐き、バライト教皇は椅子から立ち上がった。


 机につけた両手に体重を預け、ハウルに顔を近づける。

「難攻不落のっ、キュウヨウを落とす力を持ったっ、災害級のっ、魔獣二体がっ、この聖都ウーリスにっ、やってくるというのだ! 呑気にお茶会など開いている時間はない! 君も私の側近でいたいなら、気を利かせて有識者を集めて防衛会議の一つでも開催してみてはいかがかね?」

 声を荒げるバライト教皇。一言ずつ丁寧に区切ってハウルに伝える。まるで理解の足りない子供に言い聞かすように。


 バライトは体を起こした。ハウルの反応を見るためである。


 して、ハウルは。

「そ、そんな大げさな。聖都ウーリスは神がおわしまする都。魔獣ごときに進入は許されるものではありません。バライト教皇のご威光は絶大。侵せる者などあろうはずは……」

 バライト教皇は、これ見よがしにため息をついた。大きなため息だった。

 眉根には怒りが刻まれていた。


 ハウルの顔色が紙のようになった。小刻みに震えてさえいる。

 教皇は怒っておいでだ。何がいけなかったのだろうか?

 

「ハウル君。私からの提案だ――」

 バライト教皇の顔が、いつものように朗らかなものとなる。ハウルは、たったこれだけで安堵した。


「――新しい法律を作ろう。内容はこうだ。『聖都に魔物が入るのを禁ずる。これを破ったものは、破門とする』さあ、ハウル君の名で議題に掛けたまえ。私が後押しをしよう!」

「はっ! ただちに!」 

 ハウルは深い礼の後、踵を返して執務室を出ようとした。


「待ちたまえハウル君」

「な、なにか?」

「君は、いつからバカになった?」

「は?」

「いや、いい! 法案を提出する前に親衛隊長(アードルフ)を呼んできてくれ。下がって良い」

「仰せのままに!」

 こんどこそハウルは執務室から出て行った。


 ドアが閉められ、部屋の中にはバライト教皇だけとなった。

「荒れていますね、バライト」

 落ち着いた女の声がした。まだ若いのに、その腰の据わった落ち着き様はハウルの対極に位置している。

 いつの間にか、バライトの隣に長い金髪の女性サリアが立っていた。


「行き着くところまで平和ボケした愚か者を前にすると、苛立ちが抑えきれなくなってしまった。許してくれ」

 サリアがバライトの肩に、そっと手を置いた。

「もうすぐだ。この局面さえ乗り切れば、世界から争いがなくなる、平和になる!」

 バライトがその手に自分の手を添えた。

「宗教は国家、種族、貧富、知無知、全てを包括できるシステムだ。人間を、聖教会の名の下、個々が属する組織単位を保持したまま、たった一つの社会に導くことができるのだ」


 家という組織。一族というつながり。儲け追求を旨とした集団。国という統治機関。

 それら、相まみえぬ独立した縦社会を、宗教という横社会で繋げる。

 個々に利益を主張しながら、聖教会という全く別次元のシステムを持って統括する。


「そう、私たち二人が望んだ世界。たった二人で戦ってきた戦争に、ようやく勝利が訪れようとしてる」

「リデェリアルの魔獣。彼らの足は速い。あと二時間でウーリスへやってくる」

「そうか。予想を遙かに超えた速さだな」

 サリアがそう言ったのだからそうなのだろう。バライトはサリアの言葉を疑わない。

 あと二時間で魔獣はここへと到達する。


「安心してくれサリア。私の身が果てようと、邪魔はさせない」

 バライトは微笑んだ。とても優しい笑みだ。

「我ら二人の勝利を台無しにしようとするリデェリアルの魔獣。全人間に仇なす魔獣ども。……もうすぐ後悔することとなろう」

 その時、ドアがノックされた。

 ノックの後、返事を待たずドアが開けられた。


「失礼いたします!」

 入って来たのはアードルフ親衛隊長だ。


 教皇以外いないはずの部屋から人の声が聞こえた気がした。だから失礼とは知りながら返事を待たずドアを開けた。

 教皇執務室にはバライト教皇以外、誰もいない。


「アードルフ隊長、今度入ってくる時は私の返事を待ってからにしてくれたまえ」

「失礼いたしました!」

 胸を張って剣を鞘に戻す。

 そこに曲者が入れが迷わず剣を振るう。それが教皇を守る親衛隊の勤めであるからだ。


「緊急案件だアードルフ隊長!」

「はっ!」

 緊急という言葉にアードルフは身構えた。


「一旦目を閉じて深呼吸せよ!」

 これはかなり重要克つ衝撃的な話しになるようだ。


 アードルフは言われたとおり目をつむり、大きく息を――。

「ゲフッ!」

 アードルフが咽せた。

 黒いガスが、アードルフの呼吸器官へ入ったのだ。


「これは?」

 アードルフが目を開ける。

 目の前に、金髪の女性が立っていた。初めて見る女性である。

 誰だ?


 誰でも良いか。

 アードルフはどうでも良くなってきた。


「隊長、これより命令を伝える」

 バライト教皇の声が心地よかった。

 命令されるのがとても心地よかった。


「これより異教徒審議会を開く」

 異教徒審議会。それは正教会に属することを拒んだ者への裁判である。

 アードルフは淀んだ目でバライト教皇を見つめているだけだ。


「被告はリデェリアルの者二名。三十分後の開催を目処に親衛隊の総力を挙げて取り組んでくれたまえ。教皇バライトの名の使用を無制限に許可する」

「はっ! ご命令のままに!」


「親衛隊を全員、この部屋へ集めよ」

「はっ! ご命令のままに!」

 アードルフは自分の意思というものを無くしていた。

 バライト教皇とサリアは顔を見合わせて微笑んだ。


「下がってよし!」

「はっ! ご命令のままに!」

 教科書通りの回れ右をやってみせたアードルフ。急ぎ足で執務室から出て行った。


 背中を見送るバライト。懐から虹の色に光るオニキスを取り出して眺めていた。






 俺だよ俺、レム君だよ!

 東の空が白み始めたよ。徹夜の行進だったよ。ブラック企業だよ。

 あと一つ町を抜けたら聖都だってさ!

  

「ククククク、たった二人が聖騎士の大軍団を蹂躙する。想像するだに清々しい朝だぜ」

「えーと先輩。パターンから鑑みて、キャラクターってのは戦いながら成長するものですよね?」

「いきなりなんだねレム君」


「おちゃらけていた主人公が、お話しの回を追う毎に真面目になって成長して立派になって、じつは今までカモフラージュしてましタイラーなんて臆面も無く言い切るのが王道」

「まー普通そうだな。経験を積んでも成長しねぇ知的生命体はただのゴミだ」


「……我々はいかがなものでしょう? 全然成長の跡が見られませんよね? 回を追う毎にブラックに染め上げてますよね? ゴミ野郎ですか?」

「成長を求めるなんざ十年遅ぇぜ、バカヤロウ! 成長するなんざぁ未熟な証なんだよ!」

 ガル先輩のお言葉はいつも熱い。そしてよくわからない。


「そこら辺の黄紙物語読んで涙流してるような『ピー』じゃねぇんだよ! 言葉に気をつけろい、このスットコドッコイ!」

 大変なお怒りのようであるが、言外にゴミであることを認めておられるようである。


 そして、それを厭わない俺がたまらなく可愛く思えるのであった。



 



 狭いけれど清潔で整った家具が置かれた快適な部屋。そして窓のない部屋。 

デニスとジムは、この部屋で丁重に監禁されていた。

 鍵のかかったドアが開けられ、外の光を見て朝だと知った。


「二人とも着替えて外へ出ろ」

 武装した屈強な男が顔を覗かせる。その者の背後には五人の兵士がいた。


「デニス姉ちゃん!」

 ジムが震える手でデニスにしがみついてきた。

「大丈夫。わたし達には殺されない理由がある。だから怖がらないで。いよいよよ。わたし達はこの日のために今までがんばってきたのよ」

 デニスは、ジムの頭を優しく撫でてやった。


 デニス達の身に何かあれば、ガルとレムは怒り狂って聖都を火の海に沈めるだろう。

 二人の魔獣を鎮めるにはデニスの力が必要だ。

 よって、デニス達の命に関わる事案は発生しない。

 それがデニスの判断だ。


「怯えないでジム。これから、わたし達二人の、本当の戦いが始まるのよ」

 ベッドから降りたデニスは夜着に手をかけた。


「むしろ、喜ばなきゃならないの!」






 ダレイオスとゲペウの師弟は、聖都ウーリスに帰ってきていた。


「外が物々しいですね。ランバルトの姫君が聖都の東で部隊を展開させてます。まるでリデェリアルの魔獣が攻め込んでくるみたいに仰々しかったですよ」

 日が昇る前。聖都の外へ使いに出ていたゲペウが帰ってくるなり、ダレイオスに情報を伝えた。


「はっきりと『今日、リデェリアルの魔獣が攻めてくると思う』って言えばよかろうに」

 そういうダレイオスは、すでに着替え終わって、朝食をとりはじめていた。


「昨日、リデェリアルの天才少女が聖宮殿に連れ込まれた。どうやら、急速に事態が動き出したようだ。お前も早くメシを食え。多めにな」

「言われるまでもなくいただいてまフ」

 手づかみでパンを口へ運んでいるゲペウ。遠慮のかけらもない。


「もっとお行儀よく食事できないものかね? ゲペウ、君はエフィシオス教祖直系の子孫なのだぞ!」

「え?」

 ゲペウは危うく食べ物を喉に詰まらせる所であった。


「なわけなかろう? どうだ? ちっとは落ち着いて食べる気になったか?」

「……私は昨日の昼から水しか飲んでないんです!」

 むっつりとした顔をして、ゲペウは食べ物を口に運ぶという作業を繰り返していた。


「事と次第によっては最後の食事かもしれんのだ。もっと味わって食え」

「人手が足りまフェんね。私たち二人で何とかなりまフか?」

 ダレイオスは食事の手を休めて、明るくなりはじめた窓を見上げる。


「二人で戦わねばならんか……。仕方ない、ベーコンも食っとくか?」

「この際です。ワインも開けましょう!」

「よし、開けろ開けろ! そこのチーズも開けちまえ!」


 ダレイオスとゲペウは、戸棚から秘蔵の食品を取り出し、これでもかとテーブルに並べていくのであった。



2月12日一部修正。

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