5.布陣! 聖都直衛軍!
「俺だよ俺、俺俺!」
「先輩、オレオレ詐欺はやめてください」
俺たちは八つ目の町を抜けた。
聖都ウーリスまでの道のりの半分を過ぎた所だ。
キュウヨウからここまでの所要時間は十二時間。
引き算すれば、聖都まであと十二時間の地点までやってきていたのだった。
ランバルト公国軍を中心にしたデオナ率いる第二遠征軍二万は、昨日のうちに聖都へ戻っていた。
教皇勅命により、聖都到着の刻限をもって第二遠征軍は聖都直衛軍に改変。聖都常駐の一万を吸収し、三万人にふくれあがっていた。
日暮れ前、聖都の東に広がる広大な原野に、聖都直衛軍が布陣を進めている。
「右翼軍の展開が遅れているように見えるが?」
デオナはご機嫌斜めに見受けられる。
「ご心配めさるな。中央と左翼の展開が速すぎたのです。遅れている様に見えるのは相対的なものでしょう」
デオナの相手をしながらも、ダフネは次々に指示を出していく。
左右を薄く、遠くまでのばし、本陣である中央を厚くする。
予備隊を二個、本陣の後ろ左右に控えさせる。
聖宮殿に残した戦力は、警備員を除いて二百名のみ。
教科書に載りそうな迎撃の陣である。
バライト教皇曰く。
「キュウヨウが抜かれる。おそらくベルドは殉死するだろう」
「報告によると、忌まわしき魔獣どもの足は速い。ここ2・3日で聖都へ到達するだろう」
「他方面に遠征している軍を呼び寄せたり、各国より軍を募るという手もあるが、今からでは到底間に合わない」
「そうなればデオナの軍だけが頼りだ。そなたは聖都ウーリスの守護者となれ」
教皇の情報がどこから出てきたのかは解らない。しかし、疑いはしない。
そんなわけで、デオナの軍は、休む間もなく軍事行動をとる事になったのである。
第二遠征軍二万は、各地反乱国家を神の名の下に矯正し、聖都ウーリスへ戻って来たばかり。
兵共は聖都での休暇を楽しみにしていた。行軍中、休暇を前提に体力を消費していた。
それが、一日の休暇も与えられる事なく、迎撃の布陣構成のため走り回ることとなる。
兵の精神的な疲れが激しい。
デオナとダフネの本心は、できる限り聖都ウーリスより遠方で攻撃に特化した陣を張り、そこで迎撃することであった。
聖都ウーリスは攻められる事を想定しない造り。
壁でぐるりと囲われているものの、それはただの境界線。
城壁ではない。裸の平城に等しい。
聖都直衛軍は防御の考えを捨て、攻撃を持ってリデェリアルの魔獣に当たるべきである。
攻城兵器と重騎馬の突撃による先鋭的な突撃により、魔獣の突進力に対抗するべきである。
それが起死回生の一手であった。
しかし兵の疲労と兵站の不整備を鑑み、聖都に面した地点に布陣せざるを得なかったのだ。
それは致し方のない事。デオナもダフネも、腹はくくれている。
攻撃軍をもって聖都ウーリスの防壁とする。
ここを抜かれる事、すなわち聖都の柔らかな脇腹を食い破られる事。
聖都直衛軍が抜かれれば、聖都と聖宮殿を守る者がいなくなる。
いわゆる一つの背水の陣である。
聖騎士として、聖都の守人としてこれ以上の栄誉はない。
「これ以上の栄誉はない!」
デオナはそれを自分に言い聞かせる様にして声に出す。
「とはいうものの、兵の疲労は回復させねばならぬ。ダフネ! 考えよ!」
正直、自分が壁の中で「直接バライト教皇をお守りしたかった!」
最後のトコロを口に出している事に気づかぬデオナであったが、ダフネをはじめとする幕僚共は、生暖かい微笑みの下にツッコミの衝動を隠すのであった。
「魔獣が押し寄せるまでまだ二日三日はかかるとの事。その間、半日休暇を五千人単位で順繰りに取らせる事といたしましょう」
「良きに計らえ!」
ムスッとしたままのデオナ。
本来なら、教皇にお褒めのお言葉をかけてもらい、あわよくば食事にお茶にダンスにと妄想を膨らませていたのである。
ところが――
教皇の側に変な女がいた。
魔獣迎撃のため駆り出された。
教皇直接の命令である事が、せめてもの救いだった。
デオナは肩を怒らし、東の空を親の敵の様にして睨み付けていた。
さて、ここで――。
一つの間違いがおこっていた。
バライト教皇による情報が、である。
キュウヨウが即日落ちる。それは正しい。
読み間違えていたのは、巨神が高速移動の術を手に入れていた事である。
聖都ウーリスに長い夜が訪れた。
後に、「明ける事がなければ良かった暗闇」と、呼ばれた夜である。
俺だよ俺 レム君だよ!
真夜中の暴走は心地よいって知ってた?
「先輩、オレオレ詐欺は控えてくれませんか?」
「先輩こそ、人の心の中の言葉を拾わないでくださいよ!」
徹夜すると人は何が何だか分からなくなってくるものである。
この二つの台詞が俺自身で言ってないとは確信を持って言えないのである。
俺たちはいくつかの町を抜けてきた。
ほぼ暴走族状態なので、手の出せる官憲はいなかった。
くたばれ官憲! シートベルトを取り締まる前に、原チャのノーヘル二人乗りを取り締まれよ、わざとらしく横向いて気づかないふりしてんじゃねえよ公僕!
大変気分がよろしいが、何も知らない一般人にとって、迷惑行為以外の何ものでもなかろう。
真夜中。
明かり一つない町。
得体の知れぬ巨大なナニかが、闇に眠る町を通り過ぎていくのだ。
しばらく夢に出そうな光景だっただろう。
俺の現在移動速度は時速で約八十キロほどに上がっていた。実地でトライアンドエラーをした結果である。
なんつーか……、俺はホバーという楽ちん機構で高速移動しているのだが、……先輩は四本足をチマチマ動かしての移動だ。
連続十二時間以上、休むことなく走り続けている。だのに呼吸は平然としたまま。
「でもって先輩、すっげータフですね」
「おう! あたぼうよ! オイラは独自スキル、名付けて『無限体力』の持ち主だ。これぐらい屁でもねぇ!」
人面岩でのヨロケ具合はお芝居と判明。
そして先輩の秘密の一端がかいま見える回である。まだまだ沢山隠している事、請負である。
「ちなみにレム君。体のお手入れの進捗具合はいかがなものだ? もう残り半分を切ったぞ」
「それについてですが、肩ミサイル(デオスパーダ)の弾丸の改造中です!」
「ほう、ハデな割にいまいち使い勝手の悪かったアレか?」
歯に衣着せぬ先輩らしい雑言である。
「オールマイティで対応できる様、何種類か考えました」
「ほほう、それで?」
「まず一号弾。貫通力に優れた重金属弾頭内部に、いわゆる爆発力を封じました。爆発力もさることながら、着弾時に内部により散弾が飛び散り、破壊力を上げています」
「現行のんのお手軽改良版だな。ほんと手軽だな」
「つ、次は二号弾。こいつは二重構造の弾丸で、発射と同時に外殻が分解します。中心部に、細く尖った強化重量金属を使用。形状は矢そのもの。貫通力を追求した一品です」
「構造が複雑だな。一度くらい実験したか? そうか、やってないのか。で、次は?」
「……三号弾は、着弾時に先端が潰れ、対象に密着し、指向性の爆発がおこります。圧縮波が裏面を破壊して飛散させます。装甲貫通力は弱いけど、裏面剥離力に優れています」
「相手が堅くないと使い勝手悪そうだな。次は?」
「えーと、五行融合弾。これは単に『この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾』を意訳の上、音節を縮めたものです」
「単にネタがなくなったのと、めんどくさくなっただけだろ!」
ガル先輩の遠吠えが荒野に轟き渡るのであった。
ちょっと短いですが、キリがいいので小粒な感じでまとめることにしました。
次話「二人の戦い」




