2.向かうべき都(みやこ)
気がつくと、自分歴第二位の長編となってました。
ビトールは、戦意を無くした聖騎士達を鼓舞した。
「追撃戦である!」
二体の魔獣はキュウヨウを出た。
向かうのは聖都ウーリス。聖都へ送り込んだリデェリアルの天才少女、デニスを追って魔獣共は聖都へ向かうはずだ。現にその方向へ街道を走っている。
「キュウヨウが抜かれたのは私の責任だ。だが魔獣共に向け、戦う意思を見せねば貴様らの責任となるぞ!」
残された部下全てを使って全戦域に伝令を飛ばした。
この言葉が利いた。
責任は幹部が負う。自分たちに責任は無い。
動ける騎士、なおかつ馬が生きている騎士が、ビトールの傘下に戻った。
その数一万。
現金なものである。
聖教会が怖いのだ。命が惜しいのだ。
魔獣の後ろから追うだけで良いミッション。
事の次第を告げる伝令が聖都へ届ければ良い。伝令が魔獣共より先に付けば成功だ。
自分たちは、ちまちまと攻撃を加え、せいぜい魔獣共の足を鈍らせればそれで良い。
安全なミッション。簡単なミッションである。
それが、一度は倒れた聖騎士達に、やる気を起こさせたのだ。
「贅沢は言ってられぬか……」
ベルドの名誉のため、キュウヨウの聖騎士のため、ビトールは妥協した。
「伝令! 走れ!」
伝令役の聖騎士が、馬の腹を蹴る。
若き伝令はここぞとばかりに走り出した。
戦闘に参加していなかった為、馬も伝令も疲れはない。
馬の足にものを言わせ、魔獣共に追いつき追い越し、町々で馬を乗り継ぎ聖都へ入ればそれで良い。
魔獣共の足が速いとはいえ、いつか速度を落とす。追いつかれる事は無い。
ところが……。
「聖騎士達よ! 進め!」
追撃の聖騎士達は馬を駆り、魔獣共に追いつき、付かず離れずの攻撃を加えれば良い。
ある程度隊列を保てたら御の字とばかりに、ビトールは追撃を開始した。
……ところが。
「お、追いつけない!」
伝令の頭から血の気が利いていく。
魔獣共との差が縮まらないのだ。
魔獣共の脚が馬より速いのだ。いつまでたっても走る魔獣の速度が落ちてこない。
魔獣、伝令、聖騎士の軍団という並び。
馬に鞭打ち力の限り走ったが、この並びが全く変わらない。
それどころか、離されはじめている。
馬の体力は限界を越えた。
所詮は草食獣。もともとは目の前の草を食べながら歩くための長距離移動力。
とうとう脱落が始まった。
魔獣の足を止めるどころか、伝令さえ届ける事ができない。
「何故だ?」
ビトールの常識が悲鳴を上げるのだった。
「ところでレム君、長距離走は得意かね?」
キュウヨウを出てすぐ、ガルが話しかけてきた。
後ろを振り返ると、馬に乗った聖騎士が俺たちに追いつきつつあった。
腹に一物有る俺は、それを肯定した。
「お任せください。こういう事もあろうかと、密かに肉体改造しております」
べつに「こういう事もあろうかと」や、「密かに」って企んだわけじゃない。
ただ単に、アダマントに換装した際、前から設計していた機能を追加しただけだ。
「ではご覧ください」
俺はそう言って、脚に仕組んだ機構を作動させた。
ガシャンガシャン!
膝下部分に吸気口スリットが入る。
ふくらはぎ下より装甲がスカート状に展開する。足裏の排気スリットが開く
俺の本体たる金気が水気に力を与え、水気が木気にチカラを注ぎ込む。
木気のコントロールにより、激しい空気の流れを生じさせる。
フィィイィィイーン!
ふくらはぎ下から、足の裏から高度に圧縮された空気が吹き出した。
脛の中で極大にまで圧縮した空気に火気を投じる。
それこそ爆発的に気体の体積が増えた。アダマントの強度がなければ不可能な技。
脚の下部より空気が吹き出した。
気圧の低下により、自動的に空気が取り込まれる。後はこの繰り返し。
俺の仕事は、入り口をチョビットだけコントロールしてやるだけの楽な作業。
連続して冒涜的な排気が脚の下部より発生。
反作用で、地面よりわずかばかり体が浮き上がる。
「もういっちょ!」
背甲の一部、二カ所ばかりが跳ね上がり、排気口がせり出す。
背中から鳥の翼……いいとこカミキリムシの前翅か鞘翅のチビこいのを展開する。
ノズルより噴出した爆風が体を押した。
名付けて、ホバー走行!
……だいたい時速四十キ程しか出ないけど。
この世界の馬は最大巡航速度が二十㎞かどうかだろ? 我が軍は圧倒的じゃないか!
後生大事に持っていたアダマントの銛が、いいバランサーとなる。
「おお! やるじゃねぇか! なんか低レベルな競い合いしてるみてぇだけど、格好いいぜ!」
ガルが大絶賛中である。
原付に毛が生えた速度でも馬の並足より速い。
聖騎士達の馬が本気を出して追い上げてきた。末脚を爆発させ差してくる。
時速五十キロに達しようかという速度!
俺も根性入れてケツをまくる。
追いつ追われつのデッドヒート。時速五十キロあちこちで。
それも数分の事。
馬たちは涎を飛ばしだす。重い鎧を着込んだ聖騎士を乗せての全力疾走で、バテてきたんだ。
この速度、ガルにとっちゃ歩いている様なものだろう。
俺は2ストの原付バイク感覚である。
どんどん、聖騎士を置いてきぼりにしていく。
「ざっとこんなモンですよ!」
俺は鼻を十センチばかり高くして胸を張った。
「バフォヒィィイイイイン!」
黒皇先生が嘶いた、いや、吠えた。
「ほれ、先生も褒めておられる。調子に乗っていいぞ!」
ガルが褒めそやかすが……黒皇先生といえど所詮は馬。どうやって俺たちの速度に付いてこれてるかな?
先生と目が合った。
ものすごい怖い目をしていたんで、思わず目をそらしてしまった。
「ブルルィ!」
黒皇先生は俺たちに一声かけた後、進路を変えられた。
整備された道を外れ、荒野へと足を向けられたのだ。
『我が配下でいたいのならば結果を残せ!』
ガルが超意訳してくれた。
相変わらず器用な人だ。
「「仰せのままに」」
俺たちは臣下の礼を取り、先生をお見送りした。
野生馬の王の地位に戻らず、聖都まで来てくれたら嬉しいんだけどな……。
草をモシャモシャされているお姿は見ない事にしておこう。
さて、キュウヨウを抜けた途端、街道が立派になった。
俺の巨体でも狭く感じない。一車線道路を走っているような開放感。都会を感じる。
聖教会が整備してくれていたらしい。
大量の軍を動かし、辺境へ攻め込むために造られた街道だ。攻め込まれる為に使われるとは、夢にも思ってなかっただろう。
西日が木立を赤く染めて、とても綺麗だ。
森を抜け丘を越え、林を超え、もう一ちょ丘を越えたところで、前からの移動物体に遭遇した。
荷馬車がゴトゴトやってきた。
御者席のオッサンが慌てている表情を見て取れる距離に詰まった。
このままでは正面衝突!
ひらり!
俺は華麗なジャンプを決める。
ホバーの衝撃吸収能力はすばらしい。音も立てずに着地した。
おっと、荷車のコンボイだ。キュウヨウへ物資を運び込むためのキャラバンかな?
十台ばかりの車列が、行儀良く等間隔で並んでいる。
またしても、先頭を仕切る御者が口を丸くしている。
ひらり。ひらひら!
一切スピードを落とすことなく、右に左にとS字を描いて抜けていく。
ガル先輩はZ字に抜けていった。なかなかのロマンチストである。
「おいおいおい、今の連中の顔見たか? 間抜け面だぜ。コキュートス一丁目の角で、ばったりクラウドドラゴンに遭遇したみてぇな間抜け面だったぜ!」
ガルが意地悪く笑う。
かれこれ二時間ばかり走ってるのに、先輩の足は一向に衰えない。
まさにバケモノ。
「ところでレム君」
「なんでしょう? ガル先輩」
さっきまでニヤケていたガルの顔が引き締まった。
重たい話っぽい。
わかった! デニス嬢ちゃんを巡る妄想話だ!
「つい今し方、魔族による聖教会への積極武力介入が正式許可された」
……違った。戦争の話っぽい。
狂信者は嫌いだけど、聖教会の信者だというだけで殺される魔女狩りは、最も避けたい事態だが……。
「つまり、オイラは全力を出しても、魔族仲間から『そりゃ無粋だろ』って後ろ指を指される心配がなくなったってぇ事よ!」
ガルは俺を追い抜き前に出た。まだまだ走りは余裕らしい。
デニスは、家族や村の仲間を皆殺しにされて復讐に捕らわれているだろうか?
彼女はまだまだ子供。感情をコントロールする術を持たない。
ましてやこの世界、道徳心や理性なんて言葉があるかどうか、甚だ疑問である。
限定を解除したガルと、復讐心に燃えるデニスが組んだら、なにが起こるだろうか?
ガルが本来の能力を遠慮無く使ったとしたら……。
そもそも、ガルの手の内を俺はまだ知らない。
出し惜しみさせたら世界一ィなこの人の事だ。
戦闘力の一割も使っているかどうか怪しい。
……もっとも、自覚がない天然であるという線も捨てがたいが。
「ちなみに、ガル先輩が全力を出しちゃうと……どうなっちゃちゃうんです? デニス嬢ちゃんが皆殺し命令を出したら従いますか?」
もし虐殺行為が行われるなら、俺はガルを戦ってでも止めなければならない。
「ん? そうだな、オイラが全力を出すと、聖都は瓦礫の山だな。嬢ちゃんの命令だったら――」
命令だったら?
「命令だったら……全部ぶっつぶすさ。そしたらデニス嬢ちゃんは全国指名手配。逃げる場所はねぇ。頼れるのはオイラ一人!」
あれ?
「嬢ちゃんを背中に乗せて脱出だ。どこか山の奥で二人っきりで……くっくっくっ! また楽しい生活が始まりそうだぜオイ!」
バンバンと俺の背中を叩くガル先輩。
四つ足で走りながら、器用な真似をする。是非とも動画で公開したかったのだが、機材の関係で次の機会に譲るとする。
今言えることは――そうだな……。
魔狼の歯牙から、いたいけな少女を守るのは俺しかいねぇってことだYO!
幻獣ジンが高速で空を飛ぶ。デニス達が入った檻を足に掴んで。
高速、低温、風圧。そんな状況下、デニスは低下した意識の下、ビクリと体を震わせた。悪寒にも似たガルの気配を感じたのだ。
人により、強力な魔獣が放つ魔力に晒され続けると、その魔力を体が覚えてしまう事がある。
体が覚えると、遠く離れていても存在を感知することができるという。
滅多にある話しではない。何代にも渡って魔獣に慣れ親しんできた者の中に、希に現れるという。
デニスはそれをまだ知らない。
初期に比べると、なんというローペース!
ぐぬぬぬ!




