1.猛き城塞を越えて
「右に回れーっ! ひるむなーっ! ベルド様の敵を討つのだ!」
ビトールは冷血漢の仮面を脱ぎ捨て、声の限り生き残った聖騎士達を鼓舞していた。
「ベルド様、ルーデル殿の亡き今、この私が引導を渡してくれる!」
ビトールのマントはすでに破れ。ヘルメットは無くし、羽根飾りなど華麗な装飾は全て毟り取られていた。
ビトールは、巨神とフェンリル狼の攻撃により、騎士として無残な姿に変えられていた。
ビトールは間に合った。
彼の主であるベルドの今際の際に。
攻城兵器部隊の指揮をとっていたビトールは、ベルド最後の突撃に居合わせなかった。
彼が主の元に駆けつけたとき、それは終わっていた。
皮肉家だけど、ビトールの意見を重用してくれていたルーデンスは既に事切れていた。
ベルドは……胸から下を結晶化させたかのように凍りつかせていた。
あんなに猛々しかった主の目は、虚ろな闇色をしていた。
だがまだ息がある!
「ベルド様!」
冷血漢のはずだったビトールが出した声は、泣き声であった。
「……ビトールか?」
ベルドの腕がぎこちなく動き、ビトールの膝に添えられた。
助からない。
「ベルド様! 最後のお言葉は?」
「おまえに……権限を委譲す……追え……魔獣を追え」
「他には? お身内の方には?」
「無い!」
武人として、最後まで武を貫いた男がそこに倒れていた。
「ビトール、魔獣を追え……だが怨むな……俺は楽しかっ……はやく……おえ」
ベルドの腕から力が抜け、地に落ちた。
魔獣を追え。適わぬとも聖教会へ恭順を示せ。さもないと、お前は聖教会に殺される。
そういう意味だ。
「おのれ魔獣め!」
ビトールが吠えた。
「神よ! なぜ主に死を与えるかっ! あなたを守る主が死ねば、あなたも死ぬのだぞ!」
それは天に唾する怨嗟の声である。
ビトールの姿は、馬に乗っていると言うより、しがみついていると言った方しっくりくる。
「お前らの主人はここにはいない! あきらめたらどうだ!」
呼べど叫べど、二体の魔獣は破壊活動をやめない。
厩、宿舎、司令塔、司令部、その他立て籠もりを前提として丈夫に作られたはずの施設が、魔獣の手により陶器のように壊されていく。
「こいつら! こいつら!」
攻防一体となったキュウヨウ迎撃システムを暴力で粉砕しやがって!
深謀策略を腕力だけで退けやがって!
聖教会の世界戦略を力だけで打ち砕きやがって!
ビトールは頭にきていた。
何もかもを力だけで打ち壊し、前進していく。魔法も人間の知恵も権威もしきたりも踏み砕いていく。
どうすればこいつらを止められるんだ?
やがて全てを破壊し尽くした魔獣共は、聖都の門、つまり聖都へ向かう西の門に向かって歩き出した。
「いかん! あの内門から外は民人の町だ! 追えーっ! 被害が民草に及ぶぞ!」
ビトールが叫ぶ。数を減らした聖騎士達がさらなる攻撃を加えるも、魔獣共の足は一向に緩まない。
憎らしい事に、巨神とフェンリル狼は、西面の内城壁を門ごと破壊しようとしている。
「なんとしても食い止めろ!」
ビトールの叫びや差配もむなしく、二体の魔獣は城塞都市キュウヨウの外殻を成す市街地へと出て行った。
「前に……くっ!」
なんとか前に回り込んで、魔獣の進路を塞ぎたい。
それは不可能。
なぜなら、ここから魔獣の前へ出るには、門と魔獣の間をすり抜けなくてはならないからだ。
「ちっ!」
ビトールは何度目かの舌打ちをした。
せめて手駒があと数人あれば、二手に分けて挟撃できたであろうに。
それでも、魔獣の足を止められるかどうか怪しいものだ。
魔獣達は悠々と市街地へ繰り出した。
下手に仕掛けて町中で暴れられるという愚は犯せない。
「なぜだ?」
ビトールは目を疑った。
二匹の魔獣は、町を破壊する事無く、大通りを悠々と歩いている。
なぜ町を破壊しない?
雨が上がった。
西に傾きかけた日が、彼らだけを照らしていた。
その姿は神々しかった。
悔しい。それは王者の風格。
魔獣を遠巻きで見ている住民達は怯えていた。
中には魔獣に向かって手を合わせ平伏せている者がいる始末。
フェンリルの青い毛並みは、日の光で輝いていた。
リデェリアルの巨神の首に巻かれた布が、マントの様に翻っている。
巨神が手に持つ銛は、雷の槍の様。
あまりにも絵になるその光景に、ビトールはあっけにとられていた。聖騎士達もただ見とれているだけだった。
「い、いかん!」
ビトールが我に返った。
「走れー!」
ビトールが馬を走らせた。意を解した聖騎士達も慌てて走り出す。
魔獣達のコンパスは長い。歩みは、ゆっくりしている様で速い。いつの間にか、門に手をかけられる位置に来ていた。
馬を駆る聖騎士達は、もう少しで魔獣に手が届く所まできた。
リデェリアルの巨神がマントを外した。広げながら放り投げる。
追ってきた騎士達の上に、巨大な布が被せられる事となった。
「しまった!」
ビトール達は馬を急停止させた。幾人かが布に巻き込まれ落馬する。
「なんだ?」
落馬する事なく、何とかかわしたビトールの馬が竿立ちになった。
大きな音がして、西の城門が砕けたのだ。城門を構成する城壁まで壊れていた。
西門の部分は特に丈夫に建造されている。そこが崩れていた。
巨神がゆっくりと立ち上がる。つられて瓦礫が崩れ落ちる。
「全員、北門に回れ!」
橋を兼ねる跳ね上げ式の城門が破壊された。
巨神やフェンリル狼はここを渡るだろう。だが、人間は渡れない。
「考えたな、巨神!」
ビトールはまだ戦う。戦う為に西門を迂回して城外へ出る道を選んだ。
やあ、ユニークスキル絶対零度を自力で解除したレム君だよ!
ガルと、ほぼ俺の活躍で、キュウヨウは落ちた。事実上。
キュウヨウは新旧二重の城壁で守られた城塞都市だった。
どうやら内側城壁の中に軍施設を集中させていたらしい。よって、ここ以外に軍施設はない模様。
中ボスである黒騎士をやっつければステージクリアと思いきや。現実は複雑な構造を成していた。
中ボスをやっつけても、剥き出しの聖騎士が特攻をかけてきて困っている。
万単位でいた聖騎士の半分はガルがひっくり返していた。残り半分は「この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾」を間近で見て腰を抜かして座り込んでいる。
ところが、無視するには多すぎる数の聖騎士が、小ぶりながら組織だった攻撃を仕掛けてくるんだ。
クリア条件が違うのかなと考えた俺は、軍施設を破壊しきった。
奪い取ったアダマントの銛が役に立つ。
でも聖騎士の攻撃は止まない。
お陰で首元に巻き付いた布を取り去る時間もない。
これだからリアルは困る。
おっと、現実逃避してるんじゃないからね。硬直状態の後遺症じゃないんだからね!
「ガル先輩、キリがありません。さっさと切り上げて聖都を目指しましょう」
「確かにな。敗残兵を相手にしても気が重いだけだ。とっととズラかるぜ!」
生まれてきたばかりの子ウサギをいたぶるかのようにネチッこく聖騎士を責めていたガルが顔を上げた。
「じゃ、中庭から出ますよ!」
俺は内側城壁たる旧城壁に設えられた門をめがけ、飛び道具をぶっ放した。
「えーと、バシニング・ゲイザー!」
状態異常:硬直――が原因で、危うく忘れそうになっていた技名を叫びつつ、ロケットなパンチを繰り出す。
バッラバラに砕け散った西門。俺たちがくぐるには狭すぎるので、いつもの様に拡張工事を施す。
いつもより多く破壊……もとい、拡張した門より中庭へ出る。
肩身を寄せ合った町並みが広がっていた。外壁の門まで。見渡す限り。
ちょっとね、城塞に町ってのもどうしたもんかね。どっかの超時空要塞ですか?
町を破壊しながら抜けていくってのも大怪獣らしくて良いんだが、人道的にどうかな?
「何腑抜けてやがる。目の前に道が開けてるだろうが! このすっとこどっこい!」
ガル先輩が荒ぶれていた。
何で気づかなかっただろうかと訝しむほどの大通りが一本、西の門へと延びていた。
たしかにすっとこどっこいだ。これも硬直状態が長かったためか?
「いいかレム君。俺たちは勝利者だ。勝利者は正義だ。正義の執行者である勝利者は、敗者の歴史を塗り替える権利を持っている。オイラ達は聖教会の侵略基地殲滅戦に勝利した。聖教会に虐げられてきた人民共を解放したんだ。連中は感涙と共にオイラ達解放者に手を振って送り出した。その旨、正しい歴史書に書き込まれるんだ。堂々と大手を振ってこの通りを歩いて行こうじゃねぇか。ただし、門を出たらダッシュな」
二カ所ばかり正義の修正を入れたかったが、首に巻き付いた布切れを取り外すのに忙しくて、機会を逃してしまった。
俺たちは威風堂々と大通りを歩いていく。アダマントの銛を肩に担いで。……ちょい早足で。
一般の人々が、戸の影から俺たちを見上げている。ビビるだけビビった市民は、暴力の化身たる俺たちを無言で見上げるばかりだった。
外門の手前まで来て、やっと布切れを取り外せた。
イラっときていた俺は、手荒に布切れを放り上げる。
そのイラつきを正面城壁へぶつけた。
短い距離をダッシュ。俺は走った。
射程距離まで詰め、ジャンプ。
曲がった状態で長く空中に滞在し、足を伸ばした同時に両足を揃えて伸ばす。
「キング・コング・ドロップキーック!」
その威力は絶大!(当社比)
木組みの城門はおろか、石組みの城壁まで崩れる程の威力!(注・単に体重×速度)
超獣コンビに不可能は無いッ!
力が正義ではないッ! 正義がちかr――。
「バカヤロウ!」
ガル先輩の前足肉球パンチが俺の後頭部へきまった。
「跳ね橋まで破砕してどうやってキュウヨウの外へ出るってんだ!」
あー……。
城塞都市キュウヨウは、その周囲を湖で囲っていたんだっけ?
「使えねぇヤロウだな」
「すんません!」
ガルの白い目がキツイ。
「仕方ねぇ。今回は土下座ネタ提供って事で見て見ぬフリをしてやろう。これで貸し借りナシな!」
「ありがとうございます! さすがガル先輩、土下座させたら右に出る魔族はいないと呼ばれる漢!」
「よせやい」
ガルが照れている。この人に皮肉は通用しない。なんて大きな人なんだ。
「レム君は自力で湖を渡りやがれ。オイラはオイラで向こう岸へ渡るとしよう」
「はい!」
先輩への返事は短くハキハキと。俺は勢いよく湖へ飛び込んだ。
水は泥汚れで前が見えない状態だった。だれが汚したんだよ! ……俺だ。
よろよろと、おっかなびっくり湖底を進んでいき、対岸へとたどり着く。
水面から頭を出したら、ガルの顔が待っていた。
「遅せぇな」
「早えぇよ」
ガルはどうやって対岸へ渡ったのか? 驚異的なジャンプ力をもってしてもここは飛び越えられそうにないんだが……飛んだんだろうね?
「気合いを入れて聖都へ向けて走ると……おや?」
ガル先輩が何かを見つけた様だ。
「何すか? って、おや?」
俺も見つけた。
少し向こうの街道を黒い疾風が駆けていた。
黒い巨躯。白く乱れた長いたてがみ。背には満載の荷物。
「あー……黒皇先生?」
すっかり忘れていた。
「……お、おう! まさしく一巡前の世界の覇者、黒皇先生!」
ガル先輩も忘れていた様だ。新たな設定が加わっていた。
帰巣本能が導く地がキュウヨウでなくて……もとい、キュウヨウから嬢ちゃんが離れたのを見越して、真の帰巣本能が導く聖都へ……もとい、攻略地点を聖都へと変えられたのだ。
「グルヒヒヒヒーンンン!」
黒皇先生が前足を跳ね上げ、嘶いた。どこかの皇帝を乗せた絵画の様に勇ましかった。
なぜこの時点で嘶くかが解らなかった。
黒皇先生なりの御事情がおありなのでしょう。敬語合ってる?
先生がこっち見た。
「ブルルィ!」
『きさまら、そんなポンコツ相手に何を手間取っておる! 足手まといになるなら捨て置くぞ!』
ガルが先生の馬語を超訳した。
「はっ! 直ちに!」
先生には逆らえない。俺は助走を始めた。
「目指せ! 聖都!」
こうして俺たち魔獣三人は、西の都、聖教会の聖都ウーリスへ向かったのである!
お待たせいたしました。
「転生神互(ゴーレムに生まれ変わったって、どうだろう?)」再開です。
この章は、ちょいシリアスになる予定。




