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15.キュウヨウ攻城戦-7・アダマントは壊れない

 静かに降っていた雨は、やがて激しく音を立てる様になってきた。


 結果としてベルドの軍勢は、三百人強にまで数を減らしていた。

二十万が三百である。


「包囲殲滅戦を仕掛けたはずが、逆に各個撃破の餌食となってしまった。やられてしまった。これではリデェリアル派遣軍を笑えぬな」

 自嘲気味のベルドである。


 その横でルーデンスが不満を顔に浮かべていた。

「あの魔獣は、本当に魔獣なのでしょうか?」


「どういうことだ? 災害級の魔獣二体ではないか?」 

「いえ、そういう事じゃないんで。……こっちの作戦に全部嵌まってくれたはずなのに、なぜ我らが窮地に陥っているのか、いまいち理解できませんでな」


 ――だろうな。


 ルーデンスの感想を言葉として耳で聞いて、やっとモヤモヤが晴れた。


 おそらく、それが正解なのだろう。

 ベルドは不思議と納得がいっていた。


「あれは魔獣じゃない。と、考えてみればどうだろう?」

 そう考えると、不思議と懐に納まるのだ。


「魔獣の姿をしているが、ルーデンスに並ぶ悪知恵が働き、ビトールに匹敵する策を弄する者なんだと」

「まさか……いやしかし……」

 ルーデンスが考え込む。感情が違うと叫ぶが、そう仮定すれば整合性のとれたストーリーが描けると知性が訴えるのだ。


「我らが仕掛けた罠に正面から挑み、一つずつ丁寧に潰していく。リデェリアルの天才少女が描いたストーリーに沿って魔獣共が演じている。……私がデニスを聖都へ移送したのは間違いだったのかもしれないな」


 ベルドは後ろに居並ぶ子飼い三百人に体を向けた。


「これより最後の攻撃を敢行する。おそらく生きて二撃は叶うまい。死にたくない者は今すぐこの場を離れ、城外の聖騎士と合流せよ!」


 ベルドの呼びかけに、列を離れる者も、応える者もいない。笑っている者すらいる。


「殉職手当を捻出するのが大変ですな」

 ルーデンスが口を歪めて開いた。彼も笑っていた内の一人なのだ。


「致し方あるまい!」

 ベルドは不機嫌そうに前を向いた。


 そして、二体の魔獣はベルド達本隊に気づいたのである。






「聖騎士のヤロウ、どうあってもオイラ達の連携を阻害するつもりだな!」

 またガルが鼻に皺を寄せて唸っている。


 ここは軍施設群の中心部。

 大軍の移動を前提に建設されたのだろう。大通りが何本か交差している。


 目の前には丈夫そうな石造りの建物群。その全ての屋上から、大型攻城兵器がこちらに向けて照準を合わせている。

 ここを抜けた先にあるのが聖都への道である。


「寄り道をするのがしゃくですから、連携の方をあきらめましょう」

 投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)が全て俯角にセットされていた。


 見え透いた罠の向こうに、聖騎士が隊列を整えて整列していた。その数ざっと三百。

 先頭は黒い鎧にマントの騎士だ。


「ここは俺が引き受けます。ガル先輩は先輩が書いた筋書き通りに事を進めてください」

 俺が引き受ける。一度言ってみたかったセリフの一つである!


「任せたぜ」

 ガルはのそのそと聖騎士に向かって歩き出した。


 で、タイミングを見計らって俺が走る。一瞬でガルを追い抜き、罠の真ん中へ躍り出た。


 三つのカタパルトが同時発射。三つの岩が飛んできた。

 内、二つが俺に命中。頭と肩だ。運動エネルギーにより俺の巨体がぐらついた。


 続いて左右より、二機ずつバリスタが発射される。鉄製の極太の矢だ。胸に二発、腹に一発、残りは顔をかすめて足下に突き刺さった。


 強烈な衝撃だ。

 俺は足をもつれさせながら、攻撃をかわすため、通りの中央へでた。


 その行動は予想されていた。

 後頭部に岩が一発。前から左肩に矢が一発。ここまでは持ちこたえた。


 しかし、上から降ってきた黒い布にすっぽり覆われ視界を奪われた俺は、正面から顔面にキツイのを一発もらった。

 俺は、自分でも不自然に思うよろけかたで膝を地につけた。


 

 



 大型攻城兵器がガルを狙ったその時、レムがよろけて膝をつけた。

 ここがチャンスとばかりに標的をレムに変更。大質量弾は全てレムへ回され、ガルへ回ってくる事は無かった。


 ガルはスイと足を速め、一気に攻城兵器群を抜けた。

 黒騎士配下の三百騎を引き受けるためだ。


 三百の重装騎士は、地響きを立てガルへと突進していく。

 それは上空より俯瞰すると一本の太い矢と化して、蒼い狼に突き刺さろうとする図に見えた事だろう。


 結果から言うと、その必殺の矢はガルに当たらなかった。


「ちょっとだけ本気出したオイラは強いぜ」


 ガルは、突撃の重騎馬軍を見てから助走。軽く飛び上がる。

 飛び上がったガルが消えた。


 重騎士団の中を青い光が通過。

 騎士団の遙か後方で、ガルが実体化した。


 青光が通過した線に沿って、地面が直線状に爆発する。

 次の瞬間、爆発が凍り付いた。


 音速を遙かに超えた物体が通過するとき、周辺で生じる減圧により温度が急速に氷点下まで低下する。結果、大気中の水蒸気が凍結したのだ。

 ……ガルは、ほんの少しだけブレスを使って結果を誘導しただけだ。


 騎士の重い装甲も、軍馬の巨重も、まるで折り紙の様に吹き飛んだ。

 ある者は上空より地面委に叩き付けられ、ある者は左右の建造物の石壁にぶつかり、その命を落とした。


 散らばった聖騎士達の体を氷の蔦が這っていく。

 黒い装束の男も、地に伏し氷りに絡め取られていた。


「黒衣の将軍ベルド・ウラロ・スリーク。オイラの正体を嬢ちゃんにバラさなきゃ、もちっとでっかい死に花を咲かせられたろうに」

 口の端を歪めるガルであった。






 布に覆われ視界を奪われ、岩や太い矢がズンドコぶち当たる。


 ゴロゴロ転がって避けた。回転回避である。

ある程度転がってから布を破り、視界を確保してから立ち上がった。


 真上と真下以外の全方位ビューを誇る俺の視界が、飛来する複数の重量物を捕らえた。

 直撃コース。避ける時間は無い。


 俺は両手で顔面をガード。両足を踏ん張り、迫り来る弾丸に備えた。

 前後左右を問わず、無数の弾丸が俺の体に命中する。俺の体は右に左にと揺れに揺れる。

 動きを止めたらだだの巨大な的。外す方が難しい。


 何度転んだ事か、何度立ち上がった事か……。

 ……やがて敵の攻撃はその数を減らし、ついに飛んでくる事は無かった。


 俺はゆっくりと腕のガードを下ろし、両足の幅を肩幅に戻した。

 俺の周りは、砕けた岩や、折れ曲がった金属製の矢が転がっている。

 首に巻き付いた黒布が風に揺れている。


 これで終わりかと思ったら、四方から一斉発射が待っていた。


 俺は一切の防御を取らず、右手を軽く胸の位置に上げた。


ボコバコと体に質量体が命中するが、俺のボディを揺らすことは適わない。

 間を縫って飛んできたのはごん太の黒い銛。

 アダマントの銛だ。


 俺はそれを準備していた右手で掴んだ。


 ……ちょっとタイミングがずれたので、三十センチばかり胸に突き刺さる。さすがアダマント。であるが、何でもないようにして抜き取り、攻城兵器の発射台を見渡した。


 どうやら打ち止めらしい。

 そう、俺はこれを待っていた。俺に攻撃を集中させる為、ガルへの攻撃を阻止するため、俺はわざと攻撃を受けた。


 柔な攻撃なのに、よろつく芝居までした。攻撃が通ってないのに通ったフリをした。

 敵レスラーの攻撃は全て受けきる。敵が攻め疲れしたその隙を狙って反撃に転じる。

 これがヘビー級レスラーの正攻法なのだ!


 俺は手にしたアダマントの銛を中国拳法の棒術よろしく振り回す。

 デモンストレーションを終え、腰の位置でぴたりと銛を止め、ポーズを取る。

 みょんみょんと銛の柄が揺れていた。


「はっ!」

 気合い一閃!銛をぶんぶん振り回し、通りの建造物に攻撃を加える。さすがアダマント銛、乱暴に扱ったけど何ともないぜ!


 攻城兵器を乗せた石造りの建物は、片っ端から崩れていく。片っ端から崩れていく。大事な事なので二度言った。


 瓦礫の山になるに、そう時間はかからないだろう。


 胸の傷は――擦ってたら、いつの間にか消えてなくなっていた。ビバ自己治癒力。……いや、水気と木気と金気。




「そっちは済んだか?」 

 とっとことっとこ、足並みも軽くガルが戻ってきた。


「こっちは済みました。じゃ、デニス嬢ちゃんを助けに聖都へ向かいましょうか?」

「ついでに聖都も滅ぼしてくれる! さあ行くぞ!」

 踵を返したガルが、西門へ向かって歩き出した。きっと今の顔を見せたくないんだ。


 そりゃそうだろう。結果オーライとは言え、デニス嬢ちゃんを騙していたんだ。

 ガルのアンダーナノレベルの良心が咎めるはずなかろう。


 だってあれだけの土下座を見せてくれたんだ。さすがのガルも今回ばかりは――

「ちいっとばかりフェンリル狼ってことがばれるのが早かったが、……まあいい。計画に大きな狂いはねぇ」


 ……。

 なんだろう? なんかガルが(きな)臭いセリフを吐いたような気がする。


「計画って何ですか?」

 俺は、なんとなくだが、言葉の祖語を感じていた。


「オイラは隠しても気品が漏れ出てくる誇り高きフェンリル狼。いつまでもガルム犬で誤魔化せるはずねぇだろ?」 

 ……まあ、今までで誤魔化せていたのは嬢ちゃん一人ではなかろうか? たぶん聖教会の黒騎士なんかは、リデェリアル村逆襲事件あたりで解ってたと思う。

 敵の親玉だよ? あれだけ格好良く黒でキメてんだ。絶対バレてるって!


「まず嬢ちゃんにショックを与える。そのあと、どうやって効果的に正体を明かすかだったんだが、……クックックックックッ、あのときの土下座は効果的だった。レム君、ナイスアイデアだったぜ!」

 あれ? ガルさん、ちょっとまってくださいよ。

 話しに整合性がとれません。間違ってるの俺ですか?


「オイラがピンチに陥って、嬢ちゃんから言葉をかけてもらってパワーアップするって筋書きだったんだ。どうやって嬢ちゃんを動かそうかってトコロが弱かったんだけどよ、ありゃー完璧だ。レム君のお陰で、オイラの評価も(シーサーペント)登りだぜーっクックックックックッ!」

 あれ? 俺、悪事の片棒担いだの? 気のせいかな? ガルさんがなんか黒いんだけど。


「次会った時、デニス嬢ちゃんはオイラをこう呼ぶだろう」

「……ど、どう呼ばれるんです?」


 ガルはピタリと足を揃えて止め、くるりと振り返ってこう言った。 

「すてき! ガル様!」






 固まったレムを残したまま 5章.望むのは人間界  了 


次回6章「来たぞ、大聖都!(仮)」

「第1話、猛き城塞を越えて(仮)」

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