14.キュウヨウ攻城戦-6・反撃
時間は少し戻って……。
俺は敵が仕掛けた罠にはまって動けなくなっていた。
相変わらず雨が降り続いてる。
「いやー、捕まっちまいましたね、ガル先輩。あ、さっきはありがとうございました。おかげで命拾いしました」
ご丁寧にネットでラッピングされた俺は、隣で同じように押さえ込まれているガルに話しかけた。
ガルからの返事は無い。
耳は萎れて垂れ下がり、尻尾が腹に回っている。
死んだ目で、じーっとデニスを見つめ続けていた。
「ガル先輩?」
返事がない。ただの……余程ショックだったのだろう。
俺を助けるために手を出してはいけない場面で手を出してしまった。原因の一端は俺にある。……けしかけたガルが一番悪いんだが。
ガルにも思考停止ってあるんだな。……女がらみのみだが。
なんか自業自得って気がしたが、命の恩人でも……いや、俺は危機を感じ取っていたんだが、ガルが背中を押したんだ。
なんか、……なんか、こう……全てガル先輩が悪いんだって気がしてきた。
だが、紳士である俺としては、それらを棚に上げた。
今回は俺が何とかする番だ。
先ずはガルの止まってしまった時間を動かそう。
「ガル先輩、ここは男らしく、土下座しましょう」
「え?」
ガルが反応した。
「男らしく謝ってしまいましょう。なーに、根は単純なデニス嬢ちゃんの事です。心から謝れば許してくれますって」
ガルの目に少しだけど精気が戻ってきた。
「漢として格好わるくないか?」
「俺の世界には『旅の恥は掻き捨て』って諺があります」
意味は違うが、旅してるから嘘はついてない。
「な、なんて言えばいいんだ? オイラ生まれてこの方何百年、一度たりとも頭を下げた事なんざねぇんだ!」
ガル先輩がやる気を出した。非情なまでに不埒なのだが、話が進まないので目をつぶっておく。
「心の叫びをぶちかますんです! デニス嬢ちゃんへの熱い思いを、本心をぶつけるんです! さあ!」
「よ、よし、わかった!」
ガルが肺にいっぱいの空気を送り込んだ。
「ユルロロロウゥゥオォォォウンンンン!」
遠吠えだった。
意訳するとこうだ。
『デニス嬢ちゃん! 違うんだ信じてくれ! 5分でいい、オイラの話を聞いてくれ。これは何かの間違いだ!』
第一声はヒジョーに女々しかった。
突然の大音量に、魔剣持の騎士が尻餅をついた。びっくりしたんだろうな。
「ウルルロオォォオオォォォウゥゥウウンンン!」
遠吠えは続く。
『オイラは嬢ちゃんの微乳が好きだ! いつかは嬢ちゃんの処【自主規制】を【自主規制】だ! 邪な【自主規制】なんだー! 天よ! この思いっ、伝えろーっ!』
天よ、聞こえているなら伝えるな!
「嬢ちゃん!」
ガルの声が色めき立つ。
何事かと、デニス嬢ちゃんが捕らわれている塔を見上げた。
デニス嬢ちゃんが真っ赤な顔して何か叫んでいた。まさか、ガルが叫んだ内容を理解したんじゃないだろうな?
「それでもフェンリルか!って怒られた。網を食い破って立ち上がれって叫んでいる! 嬢ちゃんと一緒に……戦えっ……って……な、泣いてなんかいないもん!」
そこから先は涙声になったので聞き取れなかった。
どうやら、許してくれたらしい。
フェンリルであることを黙ってたのも、チャラにしてくれるらしい。しかし、これでガルがデニス嬢ちゃんに頭が上がらなくなったのも事実!
……フェンリルとガルム犬を間違えたのはデニスなんだから、そこんトコ怒られるゆえんは無いが、むしろデニスが悪いんだが、つーか真面目なの俺だけだろ? と思ったが、空気的に指摘するのを差し控えておいた。
紳士の嗜みである。
さて、許しが出た以上、寝ころんでばかりいてられない。
魔剣を持った聖騎士が及び腰で近づいてきた。アダマントを通すかどうかは分からないが、用心に越したことはない。
捕らえられたガリバー状態から、一気に身を起こした。
こんなオモチャみたいなので俺を捕らえられると思っていたとは、いやはやナメられたもんだ。
ぶっちんぶっちん音を立て、ネットが千切れる。腕を振り払い、残ったネットを引き裂いた。
俺、復活である。
ガルも同じように立っていた。
不思議なことに、ネットは引きちぎられていない。打たれた杭もそのまま。縄抜けでもしたのか?
「ククククク、こうなってしまっては、ただ嬢ちゃんを助けるだけじゃぁオイラの気が済まねぇ! 聖騎士共、覚悟はいいか?」
ガルが大悪党の顔で、小悪党の笑いを浮かべていた。
「ここは狭い。敵は大軍を動かせない。……大軍でも問題ないが!」
俺は拳を握りしめた。
「後ろから来なすったぜ!」
後ろを見もせず、ガルは注意を発した。
丸太の両端を馬にくくりつけた騎馬が二頭、迫っていた。
足を掛けて転ばそうって寸法だ。
俺は当たる直前、タイミングを見計らって飛び上がる。
ガルは……いつ飛び上がったのか、悠然と丸太を見送っていた。
その向こうに、鐘突き棒スタイルの騎馬集団がスタンバイを終えていた。転ばせ役の騎馬は、編隊飛行を組んだ軍用機の様に軌道を変える。
丸太を装備した騎馬が走り出す。
「ガル先輩、うまく避けてくださいよ」
俺は両手を地につけ構える。
バックン!
肩から胸にかけて覆われたカバーを跳ね上げる。
中には大量の石筍ミサイルが顔を覗かせていた。
「行け、神の剣! ディオスパーダ!」
一斉発射!
前面広範囲に広がりながら、凶器が飛び出した。
この弾の頭にはパイナップル状の亀裂が入っている。弾頭基部には爆発用の木気と火気を仕組んである。
その中に騎士達が突っ込んだ。弾頭が爆発。騎士達は馬ごと吹き飛んだ
もうもうと上がる土煙。見た目以上にハデな演出がウリの兵器である。
ミサイルの軌道上にガルがいたはずだが、当の本人はその場を動かず涼しい顔で立っていた。
何かに気づいたのか、鼻の頭に皺を寄せて牙を剥いた。
「レム君、敵の大将が出てきたようだぜ!」
十騎ばかりを引き連れた集団が、煙の中から現れた。
先頭の馬に乗っているのは、今までの聖騎士とは違う鎧を纏っていた。いかにも身分が高そうな漆黒の鎧。マントをなびかせつつ剣を抜き放つ。
いわゆる黒騎士か! 鋭い眼光。口ひげがヤケに似合うぜ!
馬の腹を蹴って、走り出す。わずかに逸れて後続に道を空ける。
俺の体格だと視点が高い。だから、黒髭聖騎士が何を企んでいるのか、一目で分かった。
黒髭の後ろに二列縦隊で鐘付き丸太組。その後方に本命のアダマント銛バリスタ。
バシュン! バシュン!
俺の肘の二カ所から火が出た。
木気と火気を使い、指向性の爆発を起こしたのだ。腕を瞬時に高速回転させるためのバーニア? スラスター? の役割だ。
腕が音を立てて高速回転する。金属同士が擦れあって出る甲高い音が、滑らかに高音へと達する。
接近する丸太。俺は足を引き、腰をよじり、腕を引いて構える。
俺のボディに打ち込まれる丸太。それを正面から打ち砕く拳。アダマントの銛が発射された。
「バシニング・ゲイザー!」
最大級の火力でもって拳が発射された。
破片を撒き散らし小さくなっていく丸太。アダマントの銛と帳面衝突!
先っぽを尖らせて密度を上げ、圧力を集中させたのは良い考えだが、俺の拳は横方向の運動エネルギーを保持している。
勝ったのは俺の拳だ。グラインダーにスプーンをぶつけた様な金属音を立て、アダマントの銛は真横へ弾かれた。
鋼鉄の拳は、勢いを殺すことなくバリスタに命中。それで止まることなく、さらに後方の石造りの壁に大穴を開けて戻ってきた。
「レム君! あの穴を拡張しろ! このまま一直線にデニス嬢ちゃんの元へ突撃だ!」
「イエス! マイデニス!」
言われるまでもない。ここから塔までの直線上にロケットなパンチをぶち込んだんだ。
俺は肩口から壁に突っ込んだ。ショルダータックルである。
壁を崩して、足をつんのめらかして(さっきと同じじゃ?)反対側の石壁をぶち抜いて。なっか広い場所に出て、もんどり打って転がったた。
学習していたので、ゼロフラットで起きあがる。
「遅かったようだな」
いつのまにかガルが俺の前に立っていた。
どこかで見た巨鳥が上昇中であった。
長い首、片方がつぶれた目。ジンモドキだ。
足に生えてる鋭い爪が、檻を掴んでいた。檻の中には――。
聖騎士が二人に子供が二人。
「デニス嬢ちゃん! ……とジム君!」
遅かったか!
何の工夫も無い、全く同じ手を繰り返しやがった!
……同じ手に引っかかった俺たちも俺たちだがっ!
肩ミサイルは残弾ゼロだし、ロケットなパンチの射程外だし、「この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾」は威力が大きすぎるし、つまり俺の射程外だって事だ。
「ここは一つ、先輩のジャンプ力で――」
「嬢ちゃんが何か言ってる」
ガルは澄んだ瞳でデニスを見つめている。
「……先に行って待ってる。……後を付けてきて、だと」
翼を一振り。ジンモドキは航空力学を無視し、一気に高空へと舞い上がる。
みるみるうちに小さくなっていく。
「先輩、わざと見逃しましたね?」
俺は、ガルの後頭部へ声を掛けた。
「嬢ちゃんは泣いていねぇ。覚悟を決めた顔だ。おそらく嬢ちゃんの行き先は聖都ウーリス。その位置を明確にするためなのか、俺たちの戦闘力を生かすためか……なんか嬢ちゃんなりに考えての事だ」
おやおやおや? ガルとデニスの間で絆が初めて構築されたか?
「そうですね。……いや、この方法が一番早く、全員が聖都へ到着できますね?」
「……おそらく、それだ。……なるほど、嬢ちゃん、考えたな」
後ろからでも分かる。ガルは耳元まで裂けた笑みを浮かべているはずだ。
「クックックックッ、こいつはよ、漢じゃなくて男の戦いなんだよ」
「どういう意味ですか?」
いつもの事だが、ガルの話の内容が分からない。
「教えてやろう」
ガルはどこまでも偉そうだった。
「メスをとられたオスが、周りの目を気にせず無様に後を追いかけて、メスを取り返そうとする。そんなかっこ悪い戦いなんだよ!」
より、意味が分かりません。
「だからよ、全力で相手させてもらうぜ。レム君、どういうことか説明しよう!」
「お願いします」
ガルは俺に向き直った。
「時間がねぇもんだからよ、手短に話すぜ。嬢ちゃんはオイラに、フェンリルとして全力を出してくれと言ってるんだ。だからよ、オイラはなりふり構わず、嬢ちゃんの希望に答えてぇ!」
深読みしすぎでは? と言いかけたが、ガルの迫力が凄かったので何も言えなかった。
「クククク……聖教会……地獄を見せ……」
ガルの背中から青白い煙みたいなのが立ち上がって……いやいやいや、違う違う!
これ、オーラだよ! またオーラだよ!
だから肉眼で見えるオーラってどんだけだよ!
もたついてる間に聖騎士達が集結を終えた様だ。
「レム君、立つ狼巣穴を濁さず、って魔族の言葉知ってるかい?」
これはあれか? 立つ鳥跡を濁さずの魔族版か? パクリか?
「勉強不足ですんません!」
空気を読まず、知ってるとか応えれば噛み殺される。俺は素直に頭を垂れた。
「こうするコトだよ!」
ガルは聖騎士に向け、鋭い牙を剥いた。
次話、第5章最終回「アダマントは錆びつかない」
お楽しみに!
1/16微修正。




