13.キュウヨウ攻城戦-5・落涙
いけね! すっ転んじまった!
雨でできた水たまりに顔から突っ込んで泥をかぶった。
起き上がろうとして気づいた。
ここは前後を建造物に挟まれた中庭のような空間。
雨のカーテンの向こうになんかいる。
目の前には先っぽの尖ったミサイルみたいなのが、でかい発射台に載っていた。
つーか、発射された!
俺には解る。あれはアダマントだ!
頭に刺さる!
その時、青白い風が間に割って入ってきた。アダマントのミサイルを青白い風がはじき飛ばした。
後から吹き付けてくる冷気。
これは! 俺は一息に立ち上がった。
「ガル先輩!」
ガルは苦そうな顔をして突っ立っていた。
第二射が放たれた。
今度は目で捕らえられた。体を捻ってかわしたんだが、予想以上に速い。
頭部より張り出したパーツを持って行かれた。
……アダマントを突き破るか?
これは槍か? いや、銛だ。俺が知ってる捕鯨用そっくりだ。俺対策取っていたのか?
ガルは動かない。怪我でもしたのか?
じっと空の一角を見つめていた。
視線を追うと、高い塔の窓にぶつかった。
窓から顔を覗かせている人間が見える。
髭を生やした目つきの悪い男と……デニス嬢。ついでにジム君も。
こっちをガン見している。
「……嬢ちゃんに見られた。ガルム犬は魔法をつかったりブレスを吐いたりしねぇんだよ」
ガルの正体がばれた!?
「先ぱ――危ない!」
俺は左右から迫る殺気を感じ、無防備状態のガルを突き飛ばした。
「レム君! 来ちゃだめーっ!」
司令塔からデニスが叫ぶ。だがその声は、遠い二体の魔獣に届かない。
レムが第二城門を突き破ったのはいいが、罠に掛かって転んだのだ。倒れたレムに向け、必殺のアダマント銛が二機、レムに向けて打ち込まれた!
「ガルちゃん! レム君を助けて!」
ガルは魔狼フェンリルじゃない。デニスはそう信じて叫んだ。
青く光ったガルが高速度で飛び出した。この距離から見ても瞬間移動としか目に映らない速さだった。
アダマントの銛の一撃をガルが弾いた。二撃目はレムがかわした。レムは回避に成功した。
「ガル、あなた……」
今の移動速度。これはガルム犬の出せるスピードじゃない。
そしてガルは青い光に包まれていた。魔法の光だ。
ガルム犬は魔法を使えない。
だとしたら、ガルはガルム犬ではない。
ガルはじっとこちらを見つめている。
デニスには分かる。ガルのあの目は叱られた時の目だ。
「ガルは、フェンリル……」
喋ったつもりだが、声にならなかった。
デニスは目の前の景色がフラフラと揺れているのを感じた。自分が揺れているのだが。
「神を狩るフェンリル狼……」
今度は声になったようだ。
「やはりそうか」
ベルドは聞き逃さない。
「あれは六つの災害魔獣の一つ、神を狩る狼、フェンリル狼のフェリス・ルプスだな?」
そしてベルドはフェンリル狼を鋭い目で睨みつける。
「デニス・リデェリアル。もはや天才のレベルを超えた存在だな!」
ベルドが腕を振る。
攻撃の合図だ。
動かないガルの左右から振り子の要領で巨石がぶつかってきた。
レムがガルを突き飛ばすし、今までガルがいた場所にレムが来る。
左右より襲いくる巨石にレムの体が打ち据えられる。
砕ける巨石。右へ左へと弾かれるレム。
だが、腐ってもアダマント製。その体は破壊されない。
続いて、レムの胴体ほどもある巨大な丸太が打ち付けられた。鐘突き棒よろしく、樹齢数百年の丸太はレムの体を石造りの城壁へ飛ばした。
レムと引き離されたガルに、聖騎士の別働隊が迫る。
鎖で編み込まれたネットをガルにかぶせてきた。さらにもう一枚かぶせる。素早く四方を杭で打ち付け、ガルの動きを止めた。
レムに丸太の二撃目が入る。左右を十頭ずつの馬が支え、加速を付けて走り込んでくる。
隙だらけの巨体に丸太が打ち込まれた。
城壁と丸太に挟まれた格好のレム。城壁に体をめり込ませていた。
両手を使って壁から抜け出したところ、先の巨石の第三弾が打ち込まれた。今度はレムの頭部にヒット。バランスを崩し、ついに片膝をついた。
その正面から、丸太の第三撃が加えられる。騎馬により引きずられた丸太で足を取られる。
仰向けにひっくり返るレムの上に金属製のネットが飛ぶ。ガルと同じく、四隅を杭で打ち付ける。それが三枚。ロープも使ってがっちりと押さえ込んだ。
「捕獲完了」
ベルドの横でルーデンスが報告する。
「魔剣隊でとどめを刺せ!」
ベルドが命を下す。
ルーデンスは親指を立て、現場で指揮を執っていたビトールに合図を送る。
「姉ちゃん! ガルとレムがっ!」
ジムが叫ぶ。でもデニスは黙ったまま。
――なぜ、フェンリル狼がわたしなんかに?――
デニスは震えていた。
――わたしが支配できる魔獣なんかじゃない――
デニスは今での事を振り返っていた。
――わたしが天才だったからじゃなくて、ガルの方から?――
――なぜ?――
「ユルロロロウゥゥオォォォウンンンン!」
ガルが吠えた。遠吠えだ。
初めて聞くガルの遠吠えはとても美しい音楽の様だった。
不安に満ちたもの悲しい音色。弱々しくて、切なくて、赤子が母に庇護を求めて出す声のようだった。
「ガルちゃん……あなた泣いているの?」
デニスにはガルの泣き声に聞こえた。
「ウルルロオォォオオォォォウゥゥウウンンン!」
なぜだろう? デニスの頬に涙が一筋伝った。
ガルは泣いている。ガルが泣いている。
神を狩る狼、魔狼フェンリルのフェリス・ルプスが……いや、リデェリアル村の魔獣、ガルが大声を上げて泣いている。
「ガルは、……ガルちゃんはガルちゃんよ。フェンリルだとかガルム犬だとか関係ないわ。あれはガルちゃんよ!」
デニスは理解した。
フェンリル狼を支配することなどできない。
でもフェンリルはデニスと共に一年間、一緒に暮らした。
デニスが支配していた訳ではない。フェンリルが支配していたわけでもない。
ガルが、デニスと一緒にいたかったから。デニスがガルと一緒にいたかったから。
支配するとかしないとか、支配できたとかできないとか、間違っている。
仲間……そうかもしれない。友達……合ってると思う。姉弟……しっくりくる。
わたしはガルを求めた。ガルはわたしを求めた。
わたしが支配しているんじゃない。ガルがわたしを守ってくれていたんだ。
わたしも……。
デニスは大きく息を吸い込んだ。ガルの遠吠えに負けないほどの大声を出すためだ。
「ガルっ! それでもあなたフェンリルのつもりなの?」
隣でジムがびっくりしていた。
「立ちなさい!」
デニスの目が吊り上がっている。
「立って網を引き千切りなさい!」
ルーデンスはデニスを黙らせようとしたが遅かった。
「わたしと共に聖教会を食い破るのよ!」
デニスの命令が終了した。
「連れて行け」
ベルドは控えていた聖騎士二人に命令を出した。
二人の聖騎士はデニスとジムの腕を掴む。
「乙2号作戦を実行せよ」
聖騎士は黙って頭を下げ、デニスとジムを塔から連れ出した。
後、2話で第5章終了です。
次話「反撃」
お楽しみに!




