12.キュウヨウ攻城戦-4・攻略
「レム君! こっちへ来ちゃダメ!」
デニスが叫ぶ。しかし、レムにその声は届かない。
ここはキュウヨウの中央にそびえ立ち城域内を睥睨できる城塞司令塔。
雨が音も無く落ちていた。
幻獣鯨の最期も見えた。
レムが城壁に向かって来たのも見えた。
そして、レムを迎える必殺の罠も見えている。
「声が届かなければ、さすがの天才少女も為す術が無いか」
デニスの横には、長身のベルドが腕を組んで立っていた。
「あの銛はアダマント。自慢のゴーレムを貫く正義の矢。これで逆転だな」
キュウヨウは二重構造になっている。
最遠部の城壁。民間人の住宅街を挟んで、内側にもう一つの城壁が存在している。
この城壁が元城壁。
元城壁の出入り口である城門の内側に、アダマント製の銛が発射態勢を整えて待ち構えている。
銛の長さは十メートル。レムを貫く力を持っている。
魔獣の皮を細く裂いて何十本もに束ね、丈夫で伸縮性に優れた弦を使った巨大なバリスタ。それは海の魔獣を仕留めるための特別製。
ベルドはそれを二機、連ねていた。
「仲間の狼はあそこ。城壁に足場があるのはそこ。巨神はそこに取りつき壁を越え、あの門を開け――」
ベルドが外の城門を指揮棒で指し示す。
「――狼を招き入れ、そこの内門を破壊して入ってくる」
バリスタが殺気を放つ先に、ベルドが指す城門があった。
「念を入れて、城門の内側にロープを張ってある。巨神の足を引っかけて転ばそうという寸法だ。動きを止めた巨神をアダマントの銛で攻撃する。単純な作戦だ」
単純と言いつつ、その後方に大型兵器を準備した兵が配置されている。
「脚を引っかけて転ばせる。そんな子供だましの罠に引っかかるとは思えないがね」
ベルドが笑った。子供の頃の悪戯を思い出したのだろう。
「だがまあ、万が一転ぶという事もあるだろうさ。本命は攻城兵器部隊だ。彼らは自ら志願した決死隊。犠牲前提だな」
「レムーっ! 来ないでーっ! ガルー! レムを止めてー!」
デニスは顔を真っ赤にし、泣きながら叫ぶ。
「城内は複雑な設計となっている。フェンリル狼の足も役に立つまい」
――フェンリル狼。
デニスは泣くのをやめ、ベルドを見上げた。
「ガ、ガルがフェンリル狼?」
「今更だな。デニス君の考えは解明しているつもりだ。災厄級の魔獣フェンリルを使役する天才。それをガルム犬と称して我らの侮りを誘う。なかなかの戦略家じゃないか?」
デニスの顔色が赤から白に変わった。
「いや、これでも褒めているのだぞ。私の部下が、命がけでその事実を伝えてきたのだ。その連絡が無かったら、私は見抜けなかった。危うい所だった」
デニスは何も言わない。
「そしてあの巨神は脅威だ。フェンリルすら自在に操る魔獣使いならば、まともなゴーレムを使うはずあるまい?」
牙を剥く。そんな表現がぴったりの笑みをベルドが浮かべた。
対して、相変わらずデニスの反応は無い。
「……ふふふ、さすが天才。芝居もうまい」
ベルドはデニスから目をそらし、破られるであろう城壁へと視線を移した。
デニスは……デニスはベルドの言葉を聞いていなかった。ガルがフェンリル狼である、という所までしか聞いていなかった。
デニスは思う。
『わたしは……いったい……』
もはや自分を天才だとは思わない。
人間程度の天才で神を操れるだろうか?
神。それは多神教が浸透したリデェリアルの民にとって、災厄・災害級の魔獣の事でもある。
リデェリアルの魔獣使いといえど、クラスを突破した存在。
神と同列にあげられるフェンリル狼を操る事はできない。
操る存在では無いのだ。
『ガルちゃんは……フェンリルは、なんでわたしなんかと……』
違う。
聖教会は嘘つきだ。わたしを騙そうとしてフェンリル狼なんて嘘をついたんだ。
デニスは頭を振って不安を払うのであった。
浅瀬で顔を出したら、湖を覗き込んでいるガル先輩と目があった。
相変わらずカンの鋭い人だ。
ガル先輩が言うには、顔を出す位置を間違えている。城はあっちだ。と、何も言わず前足だけで方向を示してくれた。
もう一度、殺人的な大渦が巻き、危険きわまりない湖底を歩いて、城壁に取り付いた。
足場にちょうどいい窪みがあったんだ。
上を見上げると……。
高さ百メートルは優にあるな……。
人使いの荒い先輩だ。だが、体育会系組織における先輩の言葉は、神の言葉に等しい。新入りの俺に逆らう術はない。
雨の降り方が激しくなってきた。湖の水が全部空へ上がったんだから、それも仕方ない事だ。
もう一度五行エンジンをブン回す。
「おおおおおをおおおおおお!」
出力上昇値に関係しないが、声に出して気合いを入れてみる。
「とりゃっ!」
右手の指を揃えて城壁の基部にめり込ませる。それを支点にして、ぐいと体を引き上げる。右手より上に左手の指を城壁へめり込ませる。
……もろいな。
雨で手が滑るよね?
……わざわざ百メートルも登らなくてよくね?
「おおおおおぉおお!」
右腕をドリル回転させる。胸を張る。腕を思いっきり引いて――ぶちこんだ!
ド派手な音がして、城壁がボッコリと窪む。思った通り。
足場を作りながら拡張工事に入る。さすが城塞都市、城壁の厚みもハンパねぇ!
おまけに動きを止めたわけだから、キュウヨウサイドから見て良い的だ。
場外からの攻撃はガルが何とかしてくれてるんで何とかなってるが、城塞側からの攻撃がウザイ。
上から煮えたぎった油だとか、馬の死骸だとか、丸太だとかいろんなものが降ってきた。
そりゃそうだろう。絶対防御シャッターであるべき無敵要塞のバリアが崩されようとしてるのだ。その恐怖は小さいものではあるまい。
敵も必死だ。まさに雨霰と化して降ってくる。
それでもめげずに、短気を起こさず、左右にゴキブリがごとき……左右に複雑な回避行動をとりながら、着実に壁を崩していく。
ところがだ、
表現を控えねばならなぬエゲつない物体が頭に当たった時より、掘削速度が速まった。
「うぎゃーぁああっ!」
怒りと恥辱にまかせ、城壁をどつき回すこと数回。ついに貫通した。最後のラッシュが利いた思う。
後は無理矢理体をねじ込んだ。飛び込んだ先は城の中庭みたいな狭い空間。せせこましい空間に町が広がっていた。
ずいぶんと猥雑な建造計画だ
城壁の上から攻撃が止んだところを見ると、ここいらの町に被害が及ぶのを懸念して攻撃を手控えているようだ。とすると、ここの建屋は民家か?
なんにしろ城内に入りさえすりゃこっちのモンだ。今の内にデニス嬢ちゃんを助けに……って、うわっ!
民家群の向こうに、……またしても壁だよ!
また穴掘りかよ!
くぐってきた城壁より古びている所から推測するに、元もと、アレがキュウヨウの城壁だったのだろう。俺がトンネルを掘った城壁は後付だ。拡張工事してたんだ。
槍だとか弓だとか持った聖騎士が攻撃を仕掛けてくる。アダマントに換装したバディにそんなものは毛ほども利かない。
ブンブンと腕を振って相手して……。
そんなことより、俺一人で戦うのはゴメンだ。はやく共犯者を内部に手引きしなければ!
って事で、見回すと、あったあった。引き上げ式の城門があった。
のしのし走って開閉装置に手を掛ける。さすがに重要防御拠点。聖騎士の抵抗も激しかったが、全てを引きちぎるようにして席巻。巻き上げ装置をアリキックで破壊。上げ橋を降ろした。
城壁の向こうにはちゃっかりガルがお座りで控えている。湖用に改良した橋を走ってやってきた。
ガルが渡り終えると橋が崩落。ガル先輩、なんかしたな?
「これで外の聖騎士連中はしばらく入ってこれねぇ。城内に入りさえすりゃこっちのモンだ。今の内にデニス嬢ちゃんを助けるぞ……ってうわ!」
四つ足動物と同じ思考経路をたどったのが、なんだか悔しかった。
「おおをおぉお! この門の向こうからデニス嬢ちゃんの匂いがする! あと、栗の花の匂いもする! えーい、考えてても仕方ねぇ。レム君、ぶち壊せ!」
外門の延長線上に内門があった。ガルは旧城壁に作られた門を指しているのだ。
見るからに古そうな、それでいて頑丈そうな木造の大門だ。歴史的建造物だったらどうしよう?
大通りになっているから、家屋を踏みつぶすことはない。周りの聖騎士連中はガルが片っ端から片付けていってくれている。
「デニス嬢ちゃんが出てきたらオイラに頼るなよ。嬢ちゃんの前じゃオイラは愛玩犬なんだかなら! 前足を下さねぇぜ! 自力で何とかしろ! 絶対だからな!」
「はいはい」
なんだかなー、とモチベーションを下げつつ、腕を振りかぶる。
……えーと。
「どうした? レム君?」
「いえ、根拠は無いんですが、なんとなく扉の向こう側に罠が仕掛けられているような気がして……」
虫の知らせというヤツだ。
「バカヤロウ! アダマントの体を貫く武器がどこに有るってんでぇ?」
「……それもそうですね」
アダマントはこの世界で最高の高度を誇る。まさに無敵鋼人!
「そうさね。アダマントを貫ける物はアダマントのみ! そんなのナイナイ!」
再び虫の知らせ。
「敵は世界的な組織なんでしょ? アダマントを持っていても不思議じゃないのでは?」
「確かに、南の海でアダマントの銛を持ってるバカが一人いるがよぉ、よーく考えてみな? オイラ達がキュウヨウへ攻め込んだのは今朝だ。デニス嬢ちゃんがさらわれたのは昨日の事だ。最大二日前に準備して手に入る代物じゃねぇぜ!」
……それもそうだ。それ以前から準備してない限りは!
「たりめーよ! オイラ達には無敵の慢心精霊が憑いてるんだ! どんな罠だろうが武器だろうが通用しねぇ! アダマント以外は全くの無力! どーんと行け、どーんと!」
よーし、イっちゃおうかな!?
俺はノリノリで腕を振りかぶる。
「はいっ!」
アイアンパンチが城門をぶち抜いた。一発で城門が残骸と化した。
パンチの貫通力が高くなったので柔らかい木製品なんかは、砕けずに穴が開くだけである。残りは体当たりで一気に砕くのが良かろう。
どうせ俺の体を貫ける武器は無い。
俺は後先を考えず、朽ちかけた城門へと飛び込んだ。
飛び込んだら、足下にロープが張られていた。
足を引っかけて、つんのめって転けてしまった。




