11.キュウヨウ攻城戦-3・爆発
『神の左手か? どこへ撃つつもりだ? 撃てばデニス君が死ぬぞ!』
幻獣鯨からありがたいアドバイスをいただいた。
「んなーこたー知ってる!」
俺はくるりと回転し、幻獣鯨に背を向けた。
狙いをつける。
そこは、二つの川が合流し、一本となって湖へ流れ込んでくる河口。
「発射ーっ!」
すげぇ反動。
水の抵抗を鑑み、木気と火気を通常の三倍にまで増幅させた炸薬に点火。
河口の真ん中に鎮座する岩に向け、細かい泡の尾を引きながらまっすぐ突き進む弾頭。
『どこを狙って――』
幻獣はそこまでしか声に出せなかった。
弾頭は目標に命中。
大爆発を起こした。
「なんだ?」
ガルはその音に驚いて走るのをやめた。
それは、肺腑を振るわせる重い音。
ガルを狙う聖騎士達も、何事かと音源に向け首を巡らした。
キュウヨウの外堀を成す湖に入り込む川。二つの川が一つになった地点に、山ができあがっていた。
「山じゃねぇ!」
ガルはその正体を見抜いた。水の塊だったのだ。
川の水が盛り上がった巨大な水塊だった。
それが大爆発を起こした。
爆音が作る衝撃がガルを転ばせ、聖騎士達を薙ぎ倒す。
この程度で納まるべきもなく、川上に向かって爆発その物が遡上していく。
川の水が蒸発して白い雲となり、爆風によって消滅。川底が人の目に晒される。
それだけではない。川が抉られていく。川砂や川石が吹き飛び、川幅が広がり、川底が深くなり、ついには川をやめ谷となる。
視力が許す限りの彼方まで、「川」そのものが吹き飛んだ。
強風が爆発地点へなだれ込む。湖の水が、なだれ込む。
第一次爆発地点から白い煙の塊が、尾を引いて猛スピードで天へ登っていく。
ついてこれなかった煙、取り残された煙がリングを成して尾の飾りとなる。
「キノコか?」
その雲を見た者は、みな同じ印象を思い描いた。
キノコの傘の内部で紫の稲妻が何本も走る様が幻想的だ。
「やりやがったな!」
素早く立ち上がったガルの眉間に皺が入る。
「あのバカ、湖を干上がらせちまいやがった!」
川が吹き飛び、湖が空へ舞い上がっていた。
「なんだ、あれは?」
キュウヨウ城内高所指揮所より、戦場を見下ろすルーデンスが叫ぶ。
ビリビリと空気が震えている。
旗が飛び、鎧戸がちぎれ飛ぶ。
遠く離れたここにまで衝撃が届いた。
「神の左手……か。フェンリルとつるむ資格のある巨神だ。あれくらいやってのけるだろう」
ベルドの表情は硬い。さすがに驚いているのだが、それを顔には出さない。
「対フェンリル用の仕掛けがあらかた吹き飛ばされてしまいました。城内へ誘い込みますか?」
作戦参謀長のビトールが意見を具申する。
フェンリルの足は広い場所が確保されてこそその威力を発揮する。平地での戦いはフェンリル有利。裏を返すと、狭い場所では不利となる。
例えば、複雑に入り組んだ市街。例えば、意図的に迷路化された要塞内など。
ベルドは干上がった湖底の一カ所を眼光鋭く睨み続けていた。
「よ、予想通りだ」
俺は、足をガクガク振るわせ……足を武者震いさせながら、立ち上がる。
この衝撃はさすがに堪えた。前の体だったらバラバラになっていた。
想定外もいいいところ……い、いや、予想通りだ! だれがなんと言っても予想通りだ!
『これを狙ったのか?』
「その通りだ!」
ほら、ほら、ほら!
敵も認めた!
モービー・ディック級四つ足マッコウ白鯨モドキ幻獣が唸っていた。
湖の水位は下がり、俺の膝ほどになっていた。
幻獣鯨は泳ぐ事が敵わず、それでも四本の太くて立派な足で、その巨体を軽々支えていた。陸に上がった鯨状態だが、あの足はそこそこの速度を出しそうだ。
消えた湖の水の半分は上空へ上がった。残り半分は爆発の勢いで津波の様に押されただけ。
時間が経過すれば、上流より数百トンクラスの水が押し寄せ、後方へ引いた水も、大波となって戻ってくるだろう。
『フー、フー、フー! 倒す! 倒ス! タオス!』
幻獣鯨の声がおかしい。
無理な合体が祟って、とうとう破綻をきたしたか。
「決着を付けようか!」
俺は片足を半歩退き、腰を落とす。
五行エンジンを全力で回す。ガンガン上がっていくパワー。
石の時に比べ、各気の出力は倍になっている。それを一斉に巡回させた。
火気でも水気でもない。純然たるパワーとして体中に漲らせる。出力だけにチカラを特化させる。
『ガァーッ! ゲボーッ!』
悲鳴だろうか? 雄叫びだろうか?
ワクランと名乗る幻獣鯨が吠えた。巨体の割に小さな口から泡を飛ばす様に狂気を感じる。
彼も後が無いのだ。次の一撃に全力を賭けるだろう。
水位が上がってきた。湖の水位が回復しつつある。
幻獣鯨の後ろから、波が押し寄せてきた。頭まで水に浸かれば幻獣鯨に有利。今はまだ俺が有利。やるなら一秒でも早い方が良い。
まだだ。俺のカンがまだだと告げている。
今の出力じゃ幻獣鯨に押し負ける。質量×速度=破壊力。あの巨体で突っ込んでこられたら、パワー負けする。
もっとだ。もっと出力を上げるんだ。
一撃であの巨獣を屠れるほどの出力を!
今の体は岩の体じゃない。アダマントの体は、どんな無茶をしても壊れる心配はない。
いったい、五行エンジンは何巡したのだろう? 一巡するたび、目に見えてパワーが上がっていく。だけどまだだ。まだまだ回さねば。まだまだ回せる!
『グガァーッ!』
鯨幻獣の背を大波が押す。幻獣鯨が波を利用してダッシュした。
太い四つ足が地を駆ける。地響きを立て、駆けてくる。
『リチーナ、ウェルテ、シェル。お兄ちゃんが必ず守ってやるからなーっ!』
何かが聞こえたが俺の頭は理解を拒否した。そして一切を振り払うために叫んだ。
「ああああああー!」
回れ! 回れ! 百%を越えろ! 回すことだけを考えろ!
――限界だ!
腕から飛び出したナックルガードが拳に回る。こういう事もあろうかと作っておいた、拳保護と破壊力増強狙いの地味な武器である。
俺はそれを強く握りしめ、顔を上げる。
幻獣鯨の壁がごとき巨大な頭は、すぐ目の前だ!
「アッ!」
かけ声一つ。俺は足を踏み出した。
足先から、すね、膝、太もも、腰、腹、胸、肩、二の腕、肘、腕、手首、そして拳とパワーと継ぎ足していく!
全体重を一直線に繰り出すイメージで、拳を幻獣鯨の頭に叩き込んだ!
バチュン!
何かが壊れる音がした。
大きな衝撃が腕と肩にかかる。視覚が意味不明の光で塞がれる!
委細かまわず、俺は拳を振り切った! 足元の岩盤が崩れる!
不意に視野が開けた。
それは何かと聞かれたら、赤黒い肉の塊と答えたろう。
幻獣鯨の頭が吹き飛んで、全長も半分になっていた。
「勝ったのか?」
体の長さが半分になった幻獣鯨が、横倒しになるのと、大波が俺たちを飲み込むのとどちらが早かったのだろう?
渦を巻く濁流に揉まれながら、俺は幻獣鯨を見失った。エネルギーの回復を待つ今は、文字通り流れに身を任せるしかない。
あいつ、最後に何を叫んだんだろう?
俺はそれを憶えていない。音としてしか拾っていない。
聞かなくて良かったんだと、無意識が語りかけている。
エネルギーはすっからかん。このままではガラクタになり果てる。
困った時の「この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾」。エネルギーを充填しきってない手持ちの一個を起動に使用した。
五行エンジンがスタートした。
一度、五行エンジンの回転が始まると後は早い。
暴力的な水流に逆らい、俺は両足を湖底で踏みしめる。
ランダムにぶつかる質量体と化した水の塊を無視し、あるいは砕きながら、歩いていく。
頭を水面に出せるまでの浅瀬まできて気づく。
――雨が降っていた。
「リデェリアルの巨神が……」
「神の左腕が……」
キノコ雲を初めて見る兵士達。
怯えと恐れが音より速く広がっていった。
兵達は今、思考を停止させていた。
「皆殺しにされたリデェリアルの生き残りが……」
「まだ小さな子供が聖教会相手に戦っているって……」
「愚直のダッフルが、ついにやって来たんだ!」
「いや、あれは異教の神リデェリアルの巨神だ!」
「怒って……お怒りなのか?」
「何を言ってる! 聖教会の神こそが真の神なのだ! なあ、そうだろ?」
一人の兵が、すぐ側で荷車を引く輸送要員に声をかけた。
「聖教会の神様が一番偉いでよぅ」
ひげ面で訛りの酷い男が、何でも無い様にそう言った。
「聖教会はあちこちで戦いを起こしてくれるでよぅ。お陰でここしばらく商売繁盛なんでよぅ」
男は、口ひげに隠れた口から黄色い歯を剥き出して笑った。
「ベルド様、迎撃準備が整いました」
ルーデンスが塔に上がってきた。
「……そうか、ワクランが時間を稼いでくれたのだな」
ここはキュウヨウ城塞都市中央にそびえる司令塔。
ベルドは、ずっと一点を見つめていた。
「それと……、今ので兵共が戦意を消失いたしました」
「仕方あるまい。使える兵は?」
「ベルド様直下の兵三百のみ」
ベルドはすっと一点を見つめたままだ。
「こうなっては20万の軍勢も形無しだな」
ベルドは目を閉じた。
――負け――
軍を率いて18年。初めて負けを意識した。
「デニスとジムの二人をここへ呼べ」
ベルドは静かにそう言った。




