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7.インビンシビリティ

 最先端防衛施設、レスク・ファーストが落とされた1時間後。

 左翼二つ目の砦レスク・セカンドの城がガルに襲われていた。


 ファーストからセカンドまでの距離は馬を飛ばして半日。驚異的な速度を誇るガルならではの電撃戦である。


「デカイとはいえ敵はたかが一匹! 数でかかれば一揉みだ!」 

 レスク・セカンドを守備する将が塩枯れ声を張り上げて、兵士達を叱咤激励する。


 激励するものの、彼らの攻撃がガルに届かない。

 遠くなら捉えられるが、武器の射程に入る距離に近づくとその姿を目で捉えきれない。

 例え捉えたとしても、例え攻撃を繰り出したとしても、ガルの周囲に張られた白いブレスの障壁に遮られてしまう。


「むっ! 魔獣の動きが止まったぞ! 今だ!」

 偶然、聖騎士が取り囲む中心でガルの動きが止まった。これが最後のチャンスとばかりに剣を振りかざす聖騎士達。


「いかん!」

 指揮官が気づいた。

 ガルの全身が氷に覆われた。氷が毛並みを形成している。

 トゲトゲの、鋭く尖った、氷の体毛があらゆる方向に向け起立している。

 これが飛び出したら……。


「ひけー!」 

 直感と反射神経が生命の危機を感じた。ついでに、間に合わないと第六感が告げていた。

「伏せろーっ!」

 氷の矢が全方位に向け発射された。

 聖騎士がかろうじて保っていた陣形の中央に、大きな穴が空いた。


「ウォォオオオオーン!」

 数次に渡るヒットアンドアウエイ。ガルの一人波状攻撃の前に為す術もなく総崩れとなった聖騎士達に、勝利の雄叫びともとれる遠吠えが叩きつけられた。




「うひょう! オイラは自由だ! だれも止められねぇ! 嬢ちゃんが見てねぇから全力で走れるぜ! ひいぃやぁっはあああ!」

 ガルは自分の攻撃力に陶酔していた。


 その能力の、自らに掛けていた規制を取っ払ったのだ。もはや人間程度の生物が、どうこうできるレベルではない。

 平均速度が音速の半分なのだ。魔獣の毛皮を貫く魔剣といえど、戦う以前の問題だった。


「聖騎士どもの失敗は、オイラからデニス嬢ちゃんを引き離したことでぇ! 身をもって失策を悟りやがれぇ! 漢の戦い方をその身と肌でで知りやがれ! ひゃっはー!」


 ガルが走る最中、時々ドンという雷に似た音が発生する。音が鳴る度、周囲の土や岩、木々や聖騎士達が、見えざる巨人の拳で殴られたようにして吹っ飛んでいく。

 城の周囲に展開した聖騎士達はこてんぱんにやっつけた。文字通り、刀折れ、矢尽きていた。


 それでも城に残された最後の戦力が打って出た。

 体全体を隠すラージシールドだけを手にした、選りすぐりの巨漢が最前列に並ぶ。


 彼らを得物と認識したガルの目の色が変わった。

「ブレス・エターナルグレイシャー!」

 ガルの口から冷気の塊が飛び出した。


 本当は声に出さなくても良い。あえて出したのはテンションが高かったため。それとレムの影響も大きかった。

 ガルの前面に飛び出した冷気は、大きな凹面鏡状に展開。

 ラージシールドのようにガルの体全てを隠した。


「わおーん!」

 白々しい遠吠えを一つ。

 それに反応した冷気のシールドがひび割れ、鋭く尖った破片となって宙に舞う。

 前方向のみのベクトルを持った散弾となって、聖騎士達に降りかかった。


 攻撃を受けるためにラージシールドを持った聖騎士達である。まともに受けるべくして受けた。

 それがいけなかった。

 垂直にぶち当たった氷塊は、易々と聖騎士達を吹き飛ばし、後方で控えていた攻撃要員の聖騎士達にも襲いかかる。


 一瞬でズタボロになった聖騎士達。氷塊はそれでも勢いを削がれず、閉じられた城門へと雪崩を打った。

 結果、城門は蜂の巣状に穴が開きまくる。


「イエス・ゴージャス・デニス・エクスペリエンス!」

 ガルは、訳の解らない奇声(注・魔獣語)を上げながら、守るべき聖騎士のいない場内へと、ハイ状態で飛び込んでいったのであった。 






「バニシング・ゲイザー!」

 強化されたロケットなパンチは、名前も新たになった。


 鋼鉄……アダマントと化した豪腕ロケットなパンチを本陣らしき強固そうな建造物へぶち込む。

 木気と火気をナックルに仕組んでいるから、派手なインパクトを演出できる。


 だからといって劇的に破壊力が増すワケじゃない。石の時より、より貫通力に優れたナックルパートになっただけだ。

 飛んでいった腕が戻ってきた。石の時に比べ、飛距離と戻り速度が劇的に改善された。

 実作業はこれからである。


 穴の開いた部分を手がかりに、これでもかと乱暴狼藉を行う。脆い作りなので何発か漢の拳をぶち込むと建物自体が崩れてしまう。もはや石壁に対する強姦暴行事件である。


 俺の周りではパニックに陥った聖騎士達が泣きわめいている。ひれ伏して額を地面に擦り付けている騎士もいるが、もともと聖騎士は無視している。

 俺の後ろは、ずっと遠くの山並みが一望できるようになっていた。

 20メートルに渡って城壁を崩してやったからな、ゲッヘッヘッ!


 俺は悪の改造人間のような笑い声を上げて、次々と建造物を破壊していった。

 大変な快感である。

 生前はひ弱な坊やだったのが、今では誰もそう呼ばない。


 両腕を高く上げて、振り下ろす。

「ダブル・モンゴリアン・チョーップっ!」

 平屋作りの兵舎っぽいのがVの字に砕けて散る。


 ジャンプしてお尻から屋根に自由落下する。

「フライング・ヒップ・プレース!」

 微妙に技名が違ったが、厩舎がドミノ倒しに倒れていく。


 残っている建物の屋根に飛び上がって、空中で反転。そのまま頭をバリスタにぶつける。

「フライング・ヘッド・バット!」

 ルチャリブレもこなすゴーレムである。

 お空の彼方で見ていてくれてますか、番場先生!


 そうこうしているうちに、場内には瓦礫だけとなった。残っているのは、城壁に沿って建てられた物見の櫓だけ。

 わざと最後においといたのだ。


 小刻みなステップで距離を調節して、走り込む。直前でスライディング。足を振る。

「アリキック!」

 メシメシバキバキと破砕音を上げ、櫓がゆっくりと倒れていく。


 素早く立ち上がり、崩壊していく櫓に背を向け腕を振り回す。

 背後で轟音を上げ土煙を上げる櫓の方に一瞥もくれず、ポーズを決めた!

 背景はハデなエフェクト!


 これだ! これは何度やっても飽きが来ない。

 この快感をガルにも教えてあげたい。


「おいおい、何カッコつけてんだ? いい大人が恥ずかしくねぇのかい?」

 ロマンのかけらもない狼が、ひょいと城壁を越えてこちらへ歩いてきた。


「ガル先輩もヤッテみましょうよ。一度味をしめると癖になりますよ!」

 鼻の穴があったら、ムフーンとハゲシク排気を吹き出しているところである。


「そうだな。嬢ちゃん達を救い出して、首をカイグリカイグリしてもらって、まだ殲滅すべき敵が残っていたら、ぶち殺してからゆっくり考えるとしよう。そのころにはオイラの思考過程と趣味と考えと性格が変わっているかもしれねぇ」

 嫌みな狼である。


 ガルがここに来たということは、すでに左翼第二の城を落としたってことだ。

 早くない?

 ってか、デニス嬢ちゃんという規制装置を外したガル先輩って天災クラスに超変身するの?

 これはっ! 早く嬢ちゃんを奪還しなければッ、人類社会が危なくなるゥッ!


「ところで、黒皇先生はいずれに?」

「おうよ。オイラの鼻と耳と超感覚によると、順調に中央平原をギャロップで駆け抜けておられる。計画通り、両端を攻めるオイラ達に気をとられたキュウヨウは、黒皇先生に気づいていねぇ!」

「作戦通りですね」

 俺たち超戦闘種族は頑丈だ。この戦いで死ぬことはないだろう。


 しかーし、黒皇先生は違う。先生本体の戦闘力や防御能力に問題はない……というガル先輩の設定だが、積み荷に問題がある。

 デニス嬢ちゃん用のパンツ……もとい、日常品は無防備。

 こちらの戦力に申し分はないがなにせ少数精鋭。絶対的な人手不足。先生の積み荷を守る者がいない。


 そんな状態で固まって戦闘を開始すると、まず先生が逃げる……もとい、襲われる。

 デニス嬢ちゃんのパンツ……もとい、日常品を積んだ先生は、帰巣本能……もとい、作戦を実行すべくまっしぐらにキュウヨウへと向かわれておられる。


 それをサポートするのが俺たちという建前の元、計画されたのが今回の二面同時侵攻作戦である。


 ガルは、その速さ故、時間調節と拙速に問題はない。俺も足が速いほうだが、ガルには遠く及ばない。


 そこで俺は川の流れを利用した。

 これが大当たり。びっくりするくらい速く移動できる。初回の襲撃なんか、早く着きすぎて素数を数えながら時間を潰していたくらいだ。


「レム君、次は城塞都市キュウヨウ本体だ。慌てず急いで確実に行動するように」

ガルは、体脂肪率の高い空陸戦隊隊長みたいな訓辞をたれる。


「では早速参りましょうか? いっちょハデに此処の城壁をぶち壊しますんで!」

「いや。そのまえに作戦会議だ」

 ガルが俺の行動を止めた。


「ここへ来る前にちょいと偵察してきたんだがな、キュウヨウの概容がな、変わってるんだ」

「へ?」


 いや、間抜けな声を出したが意味は理解した。

 つーか、キュウヨウを索敵してきたガルってばどんだけ足早いの?


「前は両サイドを二本の川が流れていただけなんで、何カ所は取り付く島もあったんだけどよ。……連中、完全に水堀で囲みやがった」


 むー。


「先輩の跳躍力で何とかなりませんか?」

「設定上ちょいと足りねぇな」

 設定って何?


「堀がよ、まるで湖みたいに幅広なんだ。おまけに水深も深い。クラーケンが泳げそうなくらい深い。ちなみに、オイラは水が苦手だ。濡れてぺしゃんこになった毛並みを嬢ちゃんに見せるワケにはいかねぇ」


 ガルが想像以上におしゃれなのがわかった。……もとい、

 クラーケンが如何ほどの大きさかがピンと来ないが、鯨くらいはあるだろうか?

 ……じゃあれか? 俺の背も届かないか?


「そこで作戦なんだがけどよ。聞くかい?」

 ガルの言い方は持って回っている。口から先に生まれた生物なのに、言いにくそうだ。


「デニス嬢ちゃんのためです。お聞きいたしましょう」

「レム君ならそう言ってくれると思っていたぜぃ」

 ガルが俺の正面に向かってお座りした。正座しているつもりらしい。


「今回もレム君は水中から攻めてもらう。いや、それしかキュウヨウに接近する手だてはねぇ。オイラは城外で精一杯暴れて聖騎士共の気を引きつけておく。レム君はその間に城壁を登って、中から城門を開けてほしい。なに、城壁の高さは100メートルを軽く越えた位だ。上からドンドンドンドンドン何か落とされるだろうが、レム君のことだ、きっと大丈夫だよ」


 いきなり作戦が稚拙な物と成り下がった。


「ちなみに今回もレム君は水中を行く事となるのだが、敵もそれを充分に予知しているだろう。なんらかのカウンターが予想される。ベヒモスモドキ、イフリートモドキ、そしてジンモドキが出てきた。リバイアサンモドキが出てくるだろう事は十分に予想される。水中戦を覚悟しておきたまえ!」


「いや、いやいやいや、むっちゃくちゃ難易度高いじゃないですか!」

 冗談はよしてほしい。ほとんど一人でキュウヨウを落とすことになるじゃないの!

どこのクラーリン要塞戦だよ!


「……よく聞け、レム君」

 ガルは俺が落ち着くまで待っていた。


「敵は巨大な組織だ。城塞都市キュウヨウは、オイラ達にとってただの一戦に過ぎねぇ。キュウヨウの後方には聖騎士の本隊が詰めている事だろう。聖都ウーリスとの距離は遠い。戦いはまだまだ続く」

 ガルはいつになくまじめだった。


「初心を思い出せ。レム君は何のために戦ってきた? オイラは知っているぜ。デニス嬢ちゃんの為だけじゃないだろう?」


 ……そうだ。俺は世の不条理と戦っているんだ。

 聖教会を名乗る狂信者を許せない。独りよがりな宗教の独善により不条理に命を奪われ、明日を奪われた人々の為に戦っているんだ。


 俺のこの体と力は、俺が望んだもの。世の不条理を叩きつぶすための物!

 神の名の元、神の真理に背くと称し、何の落ち度もない町を滅ぼす。

 その行動理由に怒る。

 死人に口なしを地で行き、弱者を悪者に仕立てるやり口はヤクザと同じ。

 違う考えを持つ者の言葉を聞かぬ者。

 排他的自己中心主義者を片っ端からぶっ潰してやる!


 俺はその為に転生した。人外の体で転生した。前世の不条理な生き様は認めない! 俺にはそれを覆す力がある。


「ガル先輩。おかげで目が覚めました。俺がやらなくて誰がやれるんですか? 俺は強い。俺はタフマン。聖教会という魔神崇拝教団をぶっ潰す破壊神になってやんよ!」

 おおおおおっ! 燃えてきた! 思い出した! あの時の誓いを!


「よく言ったッ! それでこそレム君だ! オイラが誇る相棒だ! オイラもやるぜ。生身の聖騎士連中はオイラがまとめて面倒見てやらぁ! 城塞はてめぇに任せたぜ!」

 レムの毛が逆立っている! 

 目がランランと輝いている!


「ガル先輩っ! あんたは俺の誇るべき相棒だっ!」

「オイラの命は預けたぜ、相棒!」

「せんぱいっ!」

「レムっ!」

 俺たちはガシリと抱き合った。

 漢と漢の誓いであった!





 こうして城塞都市キュウヨウ攻略のため、魔獣二体による無謀とも言える決死作戦が開始される運びとなった。

 手を振りながら河に沈みゆくレムを見送ってから、ガルはこう呟いていた。


「チョロいぜ」


相変わらずガル先輩が飛ばしてます。

いやー、キャラが走るって本当にあるんですね!

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