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6.大いなる誤算

 城塞都市・キュウヨウ執務室にデニスとジムが呼ばれた。


 ベルドは椅子に座っていない。黒い鎧を身に着け、朝の日が差す窓枠にもたれて立っていた。

 部屋にはベルドの他、ルーデンスとビトールしかいない。

 窓が開いているのに空気が変だ。

 デニスは自然と身構えた。ジムも空気が張り詰めた雰囲気を敏感に感じ取っているようだ。


 ベルドが厳しい顔をして二人を睨んでいた。

「魔獣共になんと命令を下した?」

「へ?」

 デニスは、何の事だか解らず、つい間抜けな声を出してしまった。


「具体的には何も」

 ジムがデニスに代わって答えた。

 デニス姉ちゃんがシドロモドロになっている今、しっかりしなきゃならないのは自分だとばかり、ジムががんばった。


「ほう」

 今までの緊張感はどこへやら。ベルドは片方の眉を器用に吊り上げた。

「まずは護衛役のボクに話を通してくれということか?」

 微笑ましいものを見るかの様にベルドの気が緩んだ。


 しかし、緩んでいたのはわずかの間。

「良かろう!」

 一気に覇を纏うベルド。おびただしい殺気を前進から放つ。


「あわわ」

 デニスは膝を振るわせていた。


 ジムは……ジムは何故か怒っていた。

「デニス様は、ただ『助けて』と命令しただけ。具体的な事は命令していない」


 ふがいない態度を取るデニスに怒っているのではない。緊張した場面でのふがいなさは姉ちゃんのチャームポイントだ。ジムが怒ったのはそこじゃない。

 ジムにも理由はわからない。怒りの対象がベルドであり、取り巻きの大人達である事だけは確かだ。


「ふむ」

 ベルドは手を顎に当て考え込む。

 ジムが首をかしげている。


「二匹の魔獣が二つの出城を落とした」

「え?」

 思いがけない情報提供に、ジムが驚いた。

 ルーデンスとビトールはいつもの事と、眉一つ動かさない。

 

「ライフォ・ファーストはゴーレム。レスク・ファーストはガルム犬に襲われた。報告では、同時刻に攻撃が始まった。そして両出城を破壊した後、姿を消したという。見事な同時侵攻作戦だ。我々でもこうはいかない」

 謙遜である。ベルドの軍はそれを行える。

 彼は、魔獣達が自分たちと同じレベルの行動を取ったという意味を言外に含めたのだ。


「戦上手は、百選戦って百選を勝つ。だが、真の戦上手は百選を戦わず百選を勝つ」

 ベルドはジムの目を見つめる。

「……わかるな?」

 わからなかった。

 ジムはわからなかったけど、判断に迷っているフリをしてその場を凌ごうとした。


「わかってます」

 答えたのはデニスだった。

「あの子達への命令を解除しろ。ということですね?」

 相変わらず膝が笑っているデニスである。ただし、魔獣のこととなるとやたら勘働きが鋭い。


「あ」

 事、此処にいたってベルドの謎かけを理解するジムであった。

 戦が起こる前に、戦の原因を消してしまえば戦わずして勝つから……。

 大人だったら普通に考えつくんだろうな。

 敵とデニス姉ちゃんに感心しているのを押し隠すジムであった。


「子供にしては巡りが良いな。その通り。戦いに勝つとは、至極簡単な事なのだ。一度でも戦争を経験した者なら誰だって知ってる知識だ。だけどなぜかその知識を使おうとしない。嘆かわしい話だ」

 ベルドの放つ気が少しだけ和らいだ。

「あの物達への命令を解除しろ。さもなくば、君たちの命はない!」

 和らいだ気が一気に引き締まる。


「命令は解除できません。わたし達の命を奪うこともできましぇん」

 デニスが噛んだ。残念である。


「なぜ?」

「あの子達には、わたしの声でしか命令が伝わらない。だから、声が聞こえるくらい近くに寄らないと命令が届かない。最後に与えた命令は『助けて』。あの子達は、私達を『助ける』ためにあらゆる手段を使うわ。あの子達が動きを止めるときは、わたしが別の命令を出すか、わたし達を救い出すかのどちらか……」

 緊張のため、デニスの口の中はカラカラだった。気持ちを整えるため、言葉を切った。


「それで?」

 ベルドが話の続きを促す。

「だから、あなたは、あの子達の動きを止めることも、わたし達を殺すこともできない。あの二人を止めたかったら、わたしたちを解放しなさい」


 や、やればできるじゃん――。

 デニスの変わりようにジムが舌を巻く。自分も、デニス姉ちゃんの役に立ちたってから死にたい。


「うむ」

 ベルドの顔つきは厳しいまま。だが、一本取られた感に、内心は楽しんでいた。

「魔獣を止めないと、そこの坊やを殺すと言ったら?」

「先に僕が死ねばいい」

 ジムが叫ぶ。驚いたデニスがジムを見た。


 ちょうどジムが大きく口を開けたところだった。舌を歯の上に載せて――。

 舌を! 自殺? 

 デニスは動けなかった。

 ジムの顎は、勢いよく閉じられた。


「痛いって!」

 ルーデンスが悲鳴を上げた。彼の太い指がジムの口に挟まれていたからだ。

「ジム! あなたなんて事を!」

 デニスがジムを叱る。


 目に涙を浮かべたジムがモゴモゴと何かを叫んでいる。

「わかったわかった」

 手をパタパタと上下に動かすベルド。顔に、ヤレヤレといった表情を浮かべている。

「坊やを人質にとらない。君たちを殺さない。第三の方法を使うさ」

「第三の方法?」

 デニスとジムは互いの目を見た。


 二人の考えた結論は同じだった。ベルドが正面からガルとレムのコンビと戦う腹をくくったのだ、と。

 後でわかる話。それは正解なのだが完全な正解ではなかった。


「放してやれルーデンス」

「放して欲しいのはこちらなんですがね。ほらクソ坊主、殺したりしないから早く放せ!」

 ルーデンスはジムに噛まれた指を引き抜き、痛そうに息をかけている。



「伝令ッ!」

 元もと開け放たれていた執務室のドアをわざわざノックし、兵士が入ってきた。

「話せ」

 ベルドが短く命令を発するが、兵士はデニス達を見て言葉を継げないでいた。


 おそらく、姿を消した魔獣共に動きがあったのだろう。

 窓の外に目を置き、日の高さで時刻を測る。

 そろそろこの子達の昼飯を心配をしなければならない時間だ。

 軽い気持ちでベルドは頷いた。


 それを見たルーデンスが大声を出す。

「よい。この子達にも聞かせてやれ!」

「はっ!」

 それでも幾ばくか逡巡した伝令兵は、己が使命を全うした。


「ライフォ・セカンドならびに、レスク・セカンド、共に魔獣共の手により陥落いたしました!」 


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