5.ライホ・ファースト攻城戦
同時刻。
ようよう日が昇ろうとする夜の最後の時。
「キュウヨウを攻撃するには二つの方法がある。中央突破で直接キュウヨウを狙うか。全ての出城を相手に、総力戦を仕掛けるか。そのどちらかだ」
テオドーロは夜明け前に全軍を城前に整列させていた。
彼の気性と戦い方は籠城戦を苦手とする。
常に攻めてこそテオドーロの真価が発揮されるのだ。
「主を奪われ、怒りに身を任せた魔獣共は、必ず全部の出城に襲いかかってくる。俺ならそうする。そして我らに引きずり回され、力尽きて逃げようとする。逃がすつもりはないが」
テオドーロはライホウォール川の明るくなった水面を見つめている。
部隊は渡河用の橋を中心に展開されている。
テオドーロのカンが、魔獣は川向こうより攻めてくると告げている。
軍団が起こす騒々しい騒ぎをよそに、ライホウォール川を水鳥の一団が優雅に泳いでいた。
とても静かだ。動物の足音一つ、うなり声一つ聞こえない。
ただ、気配が全く感じられない事が心配だった。
「カンは外したことがない」
いつもどおり、厳しく鍛えた部隊の整列は早い。部隊配置が完了したのを確認して、テオドーロは明るくなった東の空へ視線を移動した。
東の空に日の一欠片が顔を出す。
「魔獣共に明日の日を見せてやるつもりはない――なんだ?」
水鳥が甲高い鳴き声を上げ、激しく羽ばたいて飛び立っていく。
水面を見つめる目、目、目。
皆の前で、川の流れが盛り上がる。
続いて起こった川面の爆発に聖騎士達が後ろへのけぞった。
水面が爆発した!
舞い上がる水は滝が逆さまに登る様。
「なにが?」
水の爆発の中から浅黒い色をした巨人が姿を現した。
「リデェリアルの巨人だーっ!」
野太い悲鳴が聞こえる。
頬に水滴がかかる。
跳ね上げられた川の水が雨のように降ってきた。
リデェリアルの巨人は一気に岸へ上がり、聖騎士達の間を、大地を揺らしながら駆け抜けていく。
船着き場と橋が腕の一振りで壊された。
振り返った巨人は、出城へと歩を進める。ズシンズシンと足音を響かせながら、出城の城門へと向かって早足で歩いている。
ここまで、聖騎士達は動けないでいた。度肝を抜かれていたのだ。
「掛かれぇーっ!」
唯一、平常心のままでいられた男、テオドーロが攻撃命令を下した。
だが、ロスタイムの間に巨人は聖騎士の陣中央まで進んでいた。
もはや陣形だの戦術だの言っていられる段階ではない。混戦である。
武器が届く者から攻撃を開始しようとする。
しかし、相手は巨大なゴーレム。一歩一歩が大きい。
歩兵の剣や槍の間合いからすぐに外れる。
「騎馬隊! 巨人の前面に回りこめ!」
自ら馬に跨がり、走り出すテオドーロ。
「化け物め!」
リデェリアルの巨人にとって、周囲は全て敵。手加減する必要はない。
倒れる聖騎士達を顧みず、騎馬の騎士が巨人を追い越していく。
巨人の正面に三十の騎馬が集まった。彼らが背にしているのは城門。
陣形は楔形。全員、魔力付与された二メートル超のランス持ち。
門は中から閂で閉められている。守りは完璧。
そこへ突っ込んでいくリデェリアルの巨人は見るからに無防備。
だけど、何故か不安が消えない?
「勇気ある聖騎士よ! 命を惜しむな、名を惜しめ! 構えぇっ!」
部下にではなく自分に声を掛けた。
陣形はテオドーロが先頭だ。彼のみ四メートルを超える長さの重ランスを持っている。
馬の速度とランスの長さを考えれば、巨人より射程が長くなるであろう。
テオドーロは合図のため左手を高く上げる。
「むっ?」
音色が耳に入った。
一つ下のラだった。
テオドーロは生粋の聖教徒である。教会で流れるオルガンの音色が好きである。
この時代を生きる者としては音感が優れている方だ。その耳が低い方のラを捉えた。その音が段階的に高くなっていく。
ラ、シ、ド、レ、ミ、ファ――
音階が上がるにつれ気持ちが高揚していく歌。オルガンで奏でる神への賛歌、「勇気の歌」に似た旋律だった。
「どうしてここで勇気の歌が……うっ!」
テオドーロが狼狽えた。
旋律は巨人より発せられた物だったのだ。
巨人の右腕が回転している。巨人の腕からその旋律が流れている事に気づいたからだ。
――ソ、ラ、シ、ド、レ、ミ、ファ。
腕の転速度が上がるにつれ、音階が上がっていく。
「腕を飛ばす気か!」
テオドーロは、幸運にも正気づいた。
さらに幸運だったのは、その技を知る者達からレクチャーを受けていたこと。
そして、纏った鎧が魔導の力を帯びていたこと。
「突撃ーッ!」
テオドーロが腕を振り下ろす。馬の脇腹を蹴る。長大なランスを低く構えて疾走に入った。
鎧の両肩部分と両腰に埋められた魔玉が淡い黄色の光を放つ。
受けたダメージの九割を軽減する、魔法の鎧が発動した。
「おおおおおおおぉ!」
雄叫びを上げるテオドーロ。すぐ後ろに付ける騎馬三十騎。一つの楔となって巨人に突き進む。
目に狂気を宿したテオドーロがランスを繰り出す。
狙い済ました巨人の腕が発射されていた。濃い灰色が印象的だ。
――巨人は岩でできていたのではないのか?――
巨大な鉄の塊がテオドーロの眼前に迫る。
「なんだ?」
景色から色が無くなり、全てがゆっくりと進んでいく。
腕は高速で回転している。ランスは弾かれるだろう。
現に弾かれた。
続いてテオドーロの体と馬に接触。
魔法の鎧は持てるポテンシャルをフルに発揮。伝わってくる衝撃の九割を周囲の空間へ逃がす。
テオドーロに通ったのは残りの一割。
その一割が鉄を貫くランスを破壊して余りあった。絶対軽減の鎧を粉砕して余りあった。速度も威力も全く衰えない。
馬とテオドーロの体を空へと跳ね上げ、後ろに続く三十騎の聖騎士を右に左に薙ぎ倒し、一直線に城門へと飛んでいく。
――魔法を認めない聖教会を守るために魔法の道具を使うのは皮肉である。魔法の武器が通らないこいつは、聖教会にとって何だというのだ?――
そこでテオドーロの時間感覚が戻ってきた。
空へ跳ね上げられた彼は、高速で地面が迫ってきているのを感じ取った。受け身をとるべく両腕を上げたが、思った場所に腕が来なかった。
複雑骨折し、あらぬ方向へ歪んだ腕に、体を守る力はなかった。生きているのが不思議に思えた。
これ以後、テオドーロの意識は途絶えることとなる。
鎧をなくして幾分軽くなったとはいえ、彼の自重が凶器だった。地面に落下した頭と首がその重さに耐えられなかったのである。
城門を粉みじんに打ち砕いたリデェリアルの巨人は、素直に門をくぐらなかった。
巨人が通り抜けるには門が小さすぎたのだ。
そこで巨人は、自分が通れる様に門を拡張する事にしただ。
左右を圧迫する門柱は、巨人の一撃で二つとも砕け散った。上部構造物が巨人の頭上に崩れ落ちるが、その歩みを止めるだけの障害物になっていない。
瓦礫を蹴散らしながら、巨人は進んでいく。
生き残った聖騎士達が絶望的な抵抗を試みるも、巨人は歯牙にもかけす破壊だけを続けていった。
腕を振るえば壁が吹き飛び、足を上げれば柱が折れて屋根が落ちる。
巨人が動く都度、どこかで崩壊が起こる。巨人の後ろには廃墟しかない。
城を構成する堅牢な構築物を一方方向より効率的に破壊していった。
城の施設を破壊しきった巨人は、反対側の城壁にたどり着く。
腕を大きく振りかぶって拳を壁に叩き込む。破壊の力は拳大にとどまらず、巨人の何倍にも相当する面積を崩し去った。
巨人が反対側の城壁を崩し、城を出るまで、聖騎士は何もしなかった。何もできなったのだ。
やがて巨人は現れた時と同じく、ライホウォール川に水しぶきを上げて身を沈めた。
城に詰めていた聖騎士で怪我してない者は一人もいない。
元異教徒の聖騎士が呟いた。
「あれがリデェリアルの巨神」
聖騎士が巨人を神と呼んだ。彼の行為を糾弾するものは、この中にいなかった。
第五章は全15話の予定です。




