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4.レスク・ファースト攻城戦

「敵襲ーっ!」

 見張りが叫ぶ。


「ヌフフフ! これでテオドーロはお手伝いに成り下がった」

 見張り兵の大声に耳をふさぎつつ、マルティンは嬉しそうに笑っていた。


 現実に、シタシタシタ、と、低くくぐもった音がリズミカルに聞こえてくる。

 青白い獣の姿が小さく視認された。


「見えた!」 

 マルティンが叫ぶ。

 叫び終わった時には、狼型の魔獣の姿が巨大化していた。

 いや、刹那の間に距離が詰まっていたのだ。


「なっ!」

 マルティンが魔槍を構える脇を青い色が一筋駆け抜けていった。

 後には、キラキラと光る青白い燐光が舞っていた。


「や――」

 やばい!

 城門は開けっ放しだ。

 城の内部に入られる!

 予想が的中したにもかかわらず、敵の一歩先を読み切れたにもかかわらず、出城防衛ラインをいとも簡単に敵がすり抜けていった。


「――ば――」

 何というスピードだ。

 戦力・戦術・戦略・武術・技術を無効化する速度。

 青白い魔獣は、レムの前世世界の単位でいう時速700㎞・実に音速の半分強を叩き出していた。


「――い!」

 マルティンが振り返る。


 魔獣は……姿が見えない。

 今になって魔獣が巻き起こした烈風が顔を(はた)く。

 城の中に突入したか?


 ――違う!

 魔獣は城の中になんか入っていない!


 視覚の角。魔獣は城壁を走っていた。

 壁を大地のように走っていた。


 あの魔獣のスピードがあってこそ可能な壁走り!


 蒼き魔獣は壁から飛び降り、草原を走る。魔弓の射手が数発の矢を放つ。魔獣に当たることなく盛大な炸裂音を上げ大地に無意味な穴を穿つだけ。


 魔獣は大きく回り込み、マルティンの正面で立ち止まった。

 怒りに満ちた二つの目が青白く輝き、憤怒の形相が鼻と口に皺となって現れている。

 耳元まで裂けた口から鋭い牙が覗き、白い息が漏れていた。


『来いよ』

 そんな風に魔獣が言っているようだった。


「や、ヤロウ……」

マルティンが握る魔槍の柄がギシギシと音を立てて軋む。


 入ろうと思えば城内に入れたはずだ。そこをあの魔獣は、敢えて入らなかった。

「ナメやがってぇーっ!」


 魔獣に負けぬ大口を開け、マルティンが叫ぶ。

「っけやー!」

 行け! と号令する。マルティンが走る。


「城門を閉めろ! どこかにゴーレムがいるはずだ! 見張りは動くな!」


 青白き魔狼はまだ動かない。こちらの迎撃態勢が整うまで待っているのか?

 その上で、打ち砕こうというのか? 打ち砕ける暴力を持っているというのか?


 ナメやがって! ナメやがって! ナメやがって! 人間をナメやがってっ!

 魔獣のくせに人間をナメやがってぇーっ! 

 マルティンは奥歯を噛みしめていた。

 人は緊張すると顎に力が入るという。


 ――幻のフェンリル狼――


 一瞬。

 マルティンの記憶が、祖先の忠告が、彼の脳内で鋭い警笛を発した。


 聖教会が潜在を否定し、記録を消し去る事に躍起になっている存在。

 六つの災害魔獣。



 空飛ぶ要塞、ロック鳥のアーキ=オ=プリタリク。

 大海獣、クラーケンのラブカ。

 毒竜、ベノムドラゴンのスイートアリッサム。

 土地神、テュポーンのカムイ。

 迷宮の黒霧、堕天(サタン)のアンラ・マンユ。

 そして、神を狩る狼、フェンリル狼のフェリス・ルプル。



 世の魔獣はその実力によりランク分けされている。

 DランクおよびD以下の、人数さえ繰り出せば倒せる魔獣を皮切りに、Cから順に脅威が上がり、最高脅威はAクラス。


 Aクラス魔獣はガルーダやレッサードラゴンに代表される、準ドラゴン級。これは魔剣を持った聖騎士が複数がかりでしか倒せない強さ。


 ガルム犬に至ってはクラス分けを飛び出したSクラス。

 個体によりSS(ダブル)SSS(トリプル)に認定された魔獣も、確かに過去にいた。

 いずれにせよ人間がクラス分けをするのはSクラスまで。

 つまり、Sまでならなんとか対応できる。そういう事だ。


 Sを越えた存在は竜巻、地震、大嵐(ハリケーン)、津波、噴火、隕石と同じ。人間とか魔法とかでどうにかできるレベルでは無い。

 そいつらは、立ち向かう相手ではないのだ。災害後の復興へ思考を向けるべき相手なのだ。


 よって、Sクラス以上の魔獣をランク付けするような無駄なことはしない。一括りに災害魔獣と呼ぶだけである。

 

 古より、戒めとして語り継がれる災害魔獣伝説。

 そのお話しは、たった六つ。

 災害魔獣一匹ずつが主人公の物語が全部で六つ。

 その襲撃を それこそ神の恩恵によって命を長らえた祖先が、子孫と後世のために大切に語り継いだ物語。


 そのうちの一匹がマルティンの目の前で、その足で立っている。

「神を狩る狼……フェリス・ルプル……なんてこった!」

 一度は怒りに正気を失ったマルティンが毒づく。


 春夏秋冬夏至冬至に現れる六亡星の元となった神話。六つの災害魔獣は今を生きている。

 だのに聖教会は、その存在その物を消そうとする。

 その理屈はおかしい。

 何のため?


 ……教義にそぐわないため?……。


「小せぇーっ!」

 マルティンの怒りが再燃した。

 聖教会に対して。理不尽な存在に対して。ベルドへの恩を返せそうにない事に対して。


『解ったようだな』

 そんな声が聞こえたようだ。

 フェンリル狼が走り出した。


「弓隊! 放て! 魔剣隊! 進め!」

 トップスピードに達したフェンリル狼に向け、魔弓より矢が放たれた。

 同時に抜刀隊がダッシュする。


 黄色い光をまとう矢が何十本もフェンリル狼を襲う。

 魔狼の口から白い息が漏れている。それが後方へ流れ体全体を包む。

必殺の矢は、魔狼に刺さらない。体にまとう白き高速の気流が矢を流してしまうのだ。

 速さが強さ。


 もうフェンリル狼は刀の距離に迫る。

「ぬぉーっ!」

 マルティンが魔槍を突き出す。


 彼は見た。そして悟った。魔狼が纏う白い気流は氷のブレスなのだと。

 槍が届かない!


 マルティンがブレスの障壁にはじき飛ばされた。

 フェンリル狼のスピードとブレスの障壁が全てを跳ね返す!


 魔剣持ちの傭兵と聖騎士達は、ある者は剣を振るうも敵わず、槍を振るう事なく魔狼のスピードにはじき飛ばされる。


「だめだこりゃ!」

 空高く跳ね上げられ、地面に頭から落ちるまでの間に、マルティンは一連の流れを見た。

 激しく地面に叩き付けられたマルティン。体が動かない。意識が揺らぎ目が霞む。

     

 城門前に展開した部隊を一蹴したフェンリル狼。その前に、立ちふさがる味方はいない。

 城門はまだ開いている。閉じようとする努力の最中だ。


 だが、魔狼が狙ったのは城内ではない。

 川に設けられた施設に向かう。

 恐るべき破壊力。連絡用の船、浮き橋、それらの重要施設が瞬く間に破壊されていく。


「……ゴーレムは、……どこに……いる?」

 フェンリルは陽動だ。本命のゴーレムがどこかに潜んでいるはず。


 マルティンのまぶたが閉じられようとしていた。

 狭まっていく視界に角に、閉じられ、閂がかけられた城門が映る。

 ゴーレムは間に合わなかった。門が閉まればフェンリル狼といえど進入は不可能。


 ――まだ負けちゃいねぇ――


 マルティンは笑おうとしたがうまく笑えなかった。顔を歪める事すらできない。

 破壊を堪能したフェンリル狼が引き返してきた。


 もう遅い。城門は固く閉ざされた。今までだって一度も破られた事のない堅い城門と城壁だ。

 災厄級の魔獣といえど……。


 助走を付けて走り出すフェンリル狼。ヒョイと跳び上がり、捻りを加えた伸身二回転半を決めながら城壁の向こうへと消えた。


 フェンリル狼にとって、出城の城壁など小石程度の障害にしかならないのか?


 もはやこの出城にフェンリル狼を防ぐ手立てはない。思い存分、蹂躙されるだけだ。

 忌々しい事だが、今度は顔を歪める事ができた。

 

 力尽きたマルティンの意識は、冷たい闇に閉ざされてしまった。


先輩無双の巻でした。

次話は後輩無双の巻の予定!

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