3.未来の選定
戦時の城塞都市キュウヨウは不夜城である。夜になっても活気づいていた。
支城への出撃。増員された聖騎士と一般兵の大群。
城塞都市と呼ばれるからには、都市としての機能を持っている。
キュウヨウ常駐守備隊の聖騎士達は、ここキュウヨウに家を持っていた。キュウヨウはただの要塞ではない。要塞を支える人々の生活がある。
必然的に町ができ、市が開かれ、店が軒を連ねる。
特に夜で活気ずくのは飲食店であろう。なかでも酒を出す店は、遅くまで明かりが消えない。軍上層部も戦意高揚のため、この時期これを取り締まらない。
聖騎士達に人気の酒場「羊の尻尾亭」は遅くまで賑わっていた。
若い吟遊詩人の奏でる戦記を主題とした音楽に、皆が酔っていた。戦いの最中であることが、より客の気分を高揚させていたのだ。
今朝、支城への増員戦力が出発した。いやが上にも盛り上がりを見せていた。
宴もたけなわの頃、客の一人が吟遊詩人に声を掛けた。
吟遊詩人が奏でるキタラの余韻が消えるかどうかといった微妙なタイミングだった。
「おうよ、兄ちゃんよぉ!」
声を掛けたのは無精髭に顔を埋めた小男だった。
「今度はよぉ聖使徒、愚直のダッフルの歌頼むわよぉ」
知性を感じさせない目が、酒で黄色く濁っていた。その男は、ボロボロの革袋から、すり減った銅貨を取り出す。
今回の騒動を目当てにキュウヨウへやってきた肉体労働者ぽい中年男だった。地方の方言丸出しだった。
聖教会宗主に使えし七人の使徒。その中で、労働者にもっとも人気があったのが、聖ダッフルである。
他の六人の使途に比べ、気の利いた言葉は一切残さなかったが、その愚直なまでの忠誠心、涙ぐましい信仰態度に、聖教会始祖エフィシオス=ユカが最も愛した使徒、とも呼ばれている。
そこから派生したいくつかの逸話により、肉体労働に従事する者達の信頼が厚い。
聖騎士達に異論は無い。聖教会は愚直な態度で仕える者達を重用する傾向になるからだ。
さて、どこの馬の骨からであろうと、金さえもらえば歌を歌う。それが吟遊詩人。だから、断ったりしない。
吟遊詩人は、その整った白い顔に営業スマイルを浮かべ、料金を受け取った。
「では、使徒ダッフルの歌を一曲。お耳汚しでなければ幸いです」
ポロンポロンとキタラが爪弾かれる。
『ダッフルは主に愛された使徒。
ダッフルは主に応える使徒』
吟遊詩人の澄みきった歌声が酒場に響く。しっとりとした音色がキタラより流れる。
『主は笑いながら言葉を下された。
お前は岩より丈夫な男。
お前は鉄より堅い意地っ張り。
だからダッフルは言葉を守る。
幾月、幾年が過ぎようと、
幾代この世が代わろうと。
主がお隠れになったというのに、主の言葉を守る。
だれも見ていないというのに、
だれも知らないというのに。
愚かなダッフル。
愚直なダッフル。
だからお前は愛される。
だから主はお前に託した。
子供らの行く末を頼むよと、
道を外さば叱っておくれと。
使徒は応えてこう言った。
主よお任せくださいませ。
わたしは死なない。
わたしは見守ります。
石より頑丈な体で、鉄よりも強い意志を持って。
ただひたすら主のため、
ただひたすら恩義のため、
愚かなダッフル。
愚直なダッフル』
最後の和音がゆっくりと消えていく。
ひげ面の男がこう言った。
「まるで巨神みてえだなよぉ」
魔獣山脈より流れ出る二本の川。
キュウヨウより見て、左の川がレクスウォールと呼ばれ、右の川がライホウォールと呼ばれている。
共に水量は豊富。流れも急だ。
各川の外側に出城が一つずつ設けられている。
ここが第一線の出城である。
ここより、キュウヨウとのほぼ中間地点にも二つ、出城が築かれている。この二つは川の内側にある。
聖騎士達により巡回される機能的なパトロール網により、その監視は広範囲に及ぶ。
まるで蜘蛛の巣の様相を呈する監視網は完璧だ。キュウヨウの目を逃れることは不可能である。
過去、聖教会並びに、キュウヨウに徒なす異教徒・魔獣はここを一度たりとも抜いた事はない。
さらに、この地域に猛将と名高き黒衣の将軍ベルドと、彼を崇拝する配下20万が詰めている。
鬼に金棒とはこの事か。
「早く来い来い攻めてこい! 魔獣共め!」
左翼の出城、レスク・ファーストに詰めるのは、ベルド組切り込み隊長を自称するゴルバリオン商業連合傭兵隊長マルティン・カナレスである。
「この城かテオドーロの城か、どちらかに魔獣はやってくる!」
大声を張り上げるマルティンである。
なにせ、ベルドの本隊より3万人を借り、総勢4万人で城がごったがえしているのだ。自然と声が大きくなる。
「楽しみだぜ!」
魔剣、魔槍持ちを千人。弓部隊の内、20人の魔弓持ちを独立部隊として使い回す予定である。
「テオドーロから泣きが入ったら走るぞ! できるだけ恩着せがましくな!」
下品な笑い声を上げて、それに答えるマルティンの幕僚達であった。
「主を無くし、野に帰ったならそれもよし」
テドーロの野太い声が腹に響く。
右翼の出城、ライフォ・ファーストに詰めているのは、天をつく巨漢・テオドーロ・マナルト・ムスカシュタイン公爵である。
彼が乗る軍馬は他より一回り大きい。その軍馬は銀色の鉄兜をかぶっている。テオドーロは白銀に輝くフルアームドスーツ。長大な重ランスを馬の脇腹に装備した姿は、まさに英雄。
彼は馬上から、出城へ運び込まれてくる戦略物資を眺めていた。
「この城、もしくはマルティン殿の城。どちらかに食らいつくなら、この一日二日であろう」
根っからの騎馬突撃屋である彼は、大胆にも城門を開け放ち、城の前面に騎馬部隊を展開している。
もちろん、主力は魔剣・魔槍持ち。騎馬部隊は魔力を付与したランス装備。防御の要、鎧も魔道具でそろえてある。
機敏さを無視し、貫通力を最重要視した突撃型戦列隊である。
どんどん物資も運び込まれてくる。今も荷駄が長蛇の列を成してライト・ファーストへと入っていく。
「マルティン殿が助けを求めて来られたら、直ちに駆けよ!」
テオドーロは、この城に入って何度目かの命令を繰り返した。
「聖教徒こそが邪教!」
突然の叫び声に、聖騎士達の集中が解けた。
荷駄の中程より頬被りをした男がテオドーロの前に飛び出してきた。
早口で呪文を唱え、掌を打ち合わせる。魔法使いだ。
赤い光が手と手の間に現れた。
「いけっ! 熱爆!」
リデェリアルの巨人を一度は倒した最強魔法だ。
光速の魔弾がテオドーロに向かって飛んだ。
着弾!
大爆発。轟音がライト・ファースト中に轟いた。
赤い炎を取り巻いて、もうもうと黒煙が上がる。
「ラーラーラーラー!」
黒煙の向こうから歌声が聞こえてきた。神に捧げる賛歌の一つ。武人達が好んで歌う「勇気の歌」だ。
いきなり煙の中から白銀の塊が飛び出した。
テオドーロを乗せた馬が疾駆する。馬もテオドーロにも傷一つついていない。
馬上から長い腕を伸ばし、魔法使いの喉を掴む。
声を封じられた魔法使いはただの人。脅威ではない。
「残念であったな。この鎧は無条件で攻撃力の九割を無効化するのだ。残り一割でこのテオドーロを倒せるほどの術なのか?」
ゴキリと骨の砕ける音が魔法使いの首で鳴った。
魔法使いから離れた手がランスを掴む。
「むうん!」
投げ槍の応用で、重ランスが飛ぶ。魔法使いが潜んでいた荷駄の一隊に向かって飛んだ。
熱爆の呪文を上回る爆発が落下点でおこる。
荷駄は跡形もなく消し飛んだ。被害はそれだけでなく、すり鉢状に地面が抉れていた。
中心部にランスが突き刺さっている。
「異教徒共よ、刃向かうなら容赦はしない。恭順を示すなら見逃してやろう!」
荷駄は粛々と城内へ運び込まれれていくのであった。
日は西に傾き、やがて日が沈み、月が昇る。
夜が来た。
何度も連絡係が行き交うが、ついぞ二匹の魔獣の姿は見られなかった。
見張り台に立つマルティンは、魔弓に矢をつがえ、ゆっくりと弦を引き絞る。
「まぁね。普通に考えて、魔物だからやっぱ夜だね」
右の指が僅かに緩む。鋭い風切り音を上げ一本の矢が闇を切り裂いて飛んでいく。
彼方で発光。その光が矢の目標を照らす。
馬より一回り大きい体を持つ火トカゲが、バラバラの肉片になって宙を舞っていた。
「リデェリアルの魔獣といえど、当たれば終わり」
楽しそうに笑うマルティン。口を開けたままの見張り要員。
「早いこと兵を休めて、夜に備えるか。どうせ短期決戦だ。贅沢にメシ食え!」
左翼の城に詰めるマルティンは、日が暮れる前に兵を引っ込めていた。
さすがに若くして傭兵隊長まで上り詰めた男である。夜のパトロールは無謀である事を知っている。
城の外にかがり火を沢山配置し、城の見張りを三倍に増やす手だてをとって主力を温存することにした。
「あの魔物なら堂々と昼から襲撃してくると思ったが……、いかんせん。所詮は魔物。やはり夜を選ぶか……」
見張り台にその巨体を立たせるテオドーロ。顎に力を込めて残念がる。
「主を取り上げれば、普通なら逃散するんだが……、あの魔物に限ってそれはない、と信じたい」
見張り台全体を揺らしながら、テオドーロは下へ降りた。
固い地面を踏みしめて空を仰ぐ。
明るい月が東の空に昇っていた。
「総員、三交代制で休憩に入れ! 必ず夜に現れる! 手隙の者から順次食事をとれ!」
テオドーロは、銅鑼声で怒鳴り散らかしながら、食堂へ入っていった。
夜は深々と更け、月は中天にかかり、西へと下っていく。
東の空が白み始めている。
一日の内、もっとも気温が下がる時刻。
「そろそろじゃないか? いや、ただのカンだけどね」
城の門を出たマルティンに、前衛の兵が咎めたのだ。
彼は穂先を払った魔槍を手にしている。
マルティンの後ろから魔武器持ちの主力が現れ、出城前面に展開していく。
どうやら、マルティンは必ずここを魔獣が襲うと決めつけているようだ。
「だって相手は魔獣だぜ? 人間だからこそ明け方の夜襲って常識を持っているんだ。いくら頭が良いっつたって、獣がそこまで考えるかね? 俺はそうは思わない。思わないんだけど……」
マルティンは、暗い西の地平を見つめている。
ずいぶん明るくなってきた。ぼちぼち東の空から太陽が顔を出す時刻だ。
「思わないんだけど、そうあって欲しいと思うじゃないか? ほら!」
マルティンが指を差す。
見張りの兵が指さす彼方を凝視するが、何も見えてこない。
「登る日が目に入って眩しいはずだ。砦を影にして真東から突っ込んでくるぜ。ほら足音が聞こえるだろう?」
何も見えないし何も聞こえない。
「俺の期待は外れたことがないんだ。さあ、テオドーロに知らせを飛ばせ」
指さす彼方。小さな小さな青い光が二つ、ゆらゆらと揺れている。
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