4.第三の部屋
最初の部屋に、俺がいた。
部屋の三面は破壊不可能。
唯一のドア(壁)をくぐって出ていった二つ目の部屋にパワーファイターのゴォレムがいた。
そやつを軽く一蹴して三つ目の部屋へ。
スピードファイターがいた。
チョチョイとかたづけた俺は、土塊となった名も無き戦士を見下ろしている。
俺は天才プロレスラーなのかもしれない。
こんな異世界で、はたして新日から声がかかるのだろうか?
敵を知り、己を知れば百選危うきからず。と奈良時代の偉人はおっしゃった。たぶん。
天才たる俺ゆえに、自らを見つめ直してみるのもいいだろう。
俺は異世界でゴーレムに転生した。
これまで二体のゴーレムと戦ったが、俺が一番堅かった。
敵を倒し、心臓部にある光る宝石を砕く事で、持ち主の力を得る事が出来る。
もともと俺は、ゴーレムの仲間内で最も頑強なボディの持ち主。
一体目のゴーレムを倒し、パワーを得た。
二体目のゴーレムを倒し、スピードを得た。
結果、堅さ・パワー・スピードの三拍子を兼ね揃えたゴーレムとなった。
体つきも、多少は人間っぽくなった。
生きている岩塊、アストロ・◎ンガー。……もとい。
ここで判明した謎が四つある。
一つ目は俺の顔がどうなっているのかだ。
同族二体とも共通して、お目々が丸くてお茶目だった。
一体目の口がAだったに対し、二体目の口が∀。
類推法を用いると、俺の口は「д」となる。これは素で嫌だ。
二つ目は栄養摂取器官も排泄器官も無い身体で、いかにしてエネルギーを得るのかということ。
口が無いので喋る事も勝利の雄叫びを上げる事もできない。
現代人の思考法を持った俺は、一番と二番の謎は後回しでよいと結論づけた。
なに、現代人として、初歩の論法だ。
肝心のは次。
三つ目の謎。
この空間は何なのだ?
どこまで続く? その果ては?
四つ目、獣人は存在するのか?
もし存在したら、俺は怖がられないだろうか?
この硬い指でモフモフできるのか?
……もとい、人類が存在する世界か?
人類がいた場合、俺は受け入れられるのだろうか?
……まず無理だろう。
三つ目と四つ目の謎が俺を悩ます。
もう一つ悩みがある。
初めての戦いからうっすらと感じつつ、胸の内に秘めていた、ある衝動が堪えきれなくなっていたんだ。
戦うのが楽しい。
俺は恐ろしい子。
俺はこのまま悪役プロレスラー……もとい、魔族と化すのか?
まだ理性が残っているのだろう。デーモ…魔族化するのを恐れている。
怖がっている以上は大丈夫だ。
楽天的すぎるか?
そうではない。これは俺の長所。
忙しいのではなく充実している。失敗したのではなく学習した。
運の悪い俺が会得したユニークスキル・気にしない力。
楽天上等!
マス大山先生が最強の生物なら、俺は最強の魔物を目指すぜ!
身体は魔物、頭脳は人間。
これだ!
さて、自らの見直しも済んだことで、前を向くことにした。
前の壁に向く。
背後の壁は 俺が空けた大穴。
これで終わりか? あの壁の向こうは外界か?
一応、第四のゴーレムを想定しておこう。
俺は右腕を大きく振りかぶった。
そして繰り出すアイアンパンチ。
堅さ+パワーへ、新たにスピードが加わった新生アイアンパンチが、薄い壁をぶち抜く。
一撃で壁が崩れた。
握力×スピード=破壊力。
脱力してようが力んでいようがゴーレムの拳は石。どんな状態でも堅い。
見ていてくれましたかマス大山先生! あなたは正しい。
それはさておき。
四方八方に気を配り、万全の態勢で飛び込んだ。
飛び込んだ先は外界じゃなかった。
またしても限定された空間。薄暗いながら明かりがある。
俺にとって十分すぎるスポットライトだ。
天井は高い。
ビルの四、五階をぶち抜いた吹き抜けみたいな? もっと高い?
遙か天井に鍾乳洞のつららが見える。
そして広い。ドーム球場並の広さ。
これまでの部屋と違っている点は、高低差があるということ。
向こうの壁に向かって上り坂となっている。
あと、洞窟っぽい特徴。
天井とか床から鉛筆みたいな丈から二抱え、三抱えあるカルシウムで出来たつらら?
たしか……鍾乳石と石筍?
上から生えてるのがどっちかで、下から生えてるのがどっちかだ。
白い石、石灰質? でコーティングされた床から飛び出している石の筍……あ、こっちが石筍か。
それをパキパキポキポキと踏みつぶしながら歩き出した。
これ、歴史的遺産とか天然記念物じゃないだろうな?
あとで怒られたらどうしよう!
どうしようもないからドーム球場の中央へ歩いていく。
ちびこいのは簡単に踏みつぶせるが、太いのになると俺の体重で登っても大丈夫そうだ。
柱が乱立しているので視界が悪い。
首の可動範囲は狭いが、それでも可能な限り前後左右を警戒する。
なにもいない。
前の部屋は緊張を解いて失敗した。
ここは異世界。ひょっとしたら魔界かもしれない。
アイアンパンチ、エルボーからの寝技。いろんな連携技が脳裏をよぎる。
左右に気を配りながら……ふと気づいた。視界の端に動く気配。
上だ!
ひょいと天井を見上げる。
鳥が飛んでいた。
垂れ下がった鍾乳石を避けながら飛んでいた。
やけに足が太くて長い。
レックスの足を付けた鳥。
恐竜が鳥類へ進化して昇華した説はごもっとも。
スケールから推測して、全長は俺並み。翼長は数倍。
優雅に翼をはためかせ、上空を遊弋する変な鳥。
俺の頭上まで来て……急降下したーっ!
俺は体を捻って転がった。
俺が立っていた場所が大きく抉られる。
怪鳥の足が鍾乳石で出来ている床面を軽く抉ったのだ。
だが!
いかに怪鳥といえど、地を抉った瞬間、動きが止まる。
片膝立ちした俺はすばやく飛びかかった。
腕を振るう間などない。ボディプレスだ!
あ、やば!
怪鳥が翼を振る。
俺の目を見て振った。
ゴウと吹き荒れる烈風。俺の巨体が吹き飛ばされた。
仰向けでズザーで筍を粉砕しながら、いや変だろう! とツッコミを入れる。
怪鳥の翼がいかに大きかろうと、いかに力強かろうと、石の塊である俺を吹き飛ばせるものか?
風でしかありえないが、風以外の何か強い力を感じた。
滑りゆく速度の衰えを感じた瞬間、体を捻って体勢を整えた。
力と速度を手に入れた俺ならではの素早い動作。
往年のダイナマイトキッドを彷彿される運動性能。
それでも追いつかない。
第二波がやってきた。
不味い事に、中途半端に腰を浮かせている。
このままじゃ暴風に身体を持って行かれる。
俺はとっさに後ろへ倒れた。当然、受け身は取った。
両腕を必要以上にバタつかせる受け身。この受け身はプロレスラーの基本技だ。
俺の腹と顔を冒涜的な強風が嘗めつつ過ぎていく。
それは風というより水流といった方が適正な表現だった。
足を開き回転。カポエラ風に回して立ち上がる。
一度やってみたかったんだ。重力が小さいおかげで見事成功。
ものすごく嬉しい。
低く構えて対面する。
怪鳥が面前でホバリングしていた。
『聖なる土の偶像よ、封印されし地へ帰れ』
頭の中に、つーか、身体の中に声が響いた。
『目覚めるのはまだ早い』
「うるせえボケ!」
またあの神様だよ。俺は反射的に返してやった。
『それは我に対する挑発か?」
……あの神様の一人称は「オレ」だったよな?
「我」なんて雅な言葉遣いじゃなかった。
ひょっとして、喋ってるの……。
俺は意図的に思考を心の声として出してみた。
「あの、今喋ってたの、目の前の鳥さんですか?」
『……我を忘れたか?』
鳥の目が細くなった。
この鳥が喋っているんだ!
ヒロインの登場まで、まだまだ長い道のりが……。
もって行き方失敗したかな?
戦いは続きます。