表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/152

2.城塞都市・キュウヨウ

明けましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いいたします。



 町のメシ屋程度なら、すっぽりと覆ってしまう巨大な翼が降りてきた。


 怪鳥が軍部の馬場に着陸しようとしている。

 潰れた左目に肉が盛り上がっている。さっき潰れたばかりなのに傷口は塞がっているようだ。

 血は止まったが、視力の回復は望めそうにない。


 遠近感を失った鳥の着陸は乱暴なものとなる。

 足元から四人が転がり出る。

 怪鳥は、この四人を運んできたのだ。


 ギャーギャーと喚く鳥に向かい、黒いコートのワクランが複雑な呪文を唱えていた。

 片手を掲げると、怪鳥は光となって消えた。

 ワクランの手に緑色のオニキスが乗っている。

 一部、欠けた所のあるオニキスだ。


「怪我は治らないか。……体力も回復しないようだな。一度こっきりの使い捨てか……」

 ワクランは皮肉っぽく笑うのであった。




 城塞都市キュウヨウ。軍司令部総司令長官執務室は三階にある。

 ベルドが座るデスクの前にデニスとジムが立っていた。


 木で作られた手枷に鎖でつながれた足枷。二人は籠の鳥である。

 ルーデンス、ビトール、マルティン、テオドーロの四人も詰めていた。


 テオドーロの巨躯にジムが怯えていた。

 デニスはきつい目でベルドを睨んでいる。

 いつものような怯えがない。

 怒りにより気が立っているせいだろう。

 家族を、村の仲間を殺した聖騎士の幹部が目の前にいるのだ。

 ベルドはそんなデニスの気が籠もった視線を全く取り合わず、だまって腕を組んでいた。

 二人を眺めて困ったような顔をしていた。


「間近で見ると幼いな」

 第一声がそれであった。

「その幼いのに引っかき回されたのはどこの誰よ?」

 珍しくデニスが噛まずに喋れた。


「掴まったのはどこの誰だ?」

 すかさず言い返すベルド。デニスは二の句が継げないでいた。


「さて、突っ立っていても仕方ない。リデェリアルの天才魔獣使いとナイトの坊や、そこへ座りたまえ」

 ベルドが片手で後ろの長椅子を勧めた。

 当然のように座るデニス。おっかなびっくり座るのはジムだ。


「少年、そんなに腰が引けていては、お姫様を守れぬぞ!」

 ベルドがジムをからかった。

 この部屋の大人達は笑い声を上げるが、機嫌を損ねているジムは、ベルドを睨みつける。


「それでいい。緊張は大事だが、竦んでしまってはいけない」

 またベルドが笑った。

「自己紹介がまだだったな。私はキュウヨウ方面軍司令長官ベルド・ウラロ・スリークである。君たちの名は?」


「デニス。デニス・リデェリアル。何も話さないわよ」

 デニスは名前だけを告げた。

「ジム」

 ジムもデニスにならった。


 この態度に困った顔をするベルド。いや、眉をハの字にして笑っている。

「何も話さないと言ってもなぁ。お嬢様が村長の直系だということだけは解った」


 デニスは、より輪をかけて無愛想な顔をする。

「わたしたちをどうする気? 殺すの?」


「殺すつもりなら、あの場で刃物を振るえば済んだ。即死だったはずだ。でも君たちは生きてここへここへ来れただろう?」

 ベルドの物腰はあくまでソフトだ。子供相手に会話を弄んでいるかのよう。


「今から何をしても無駄よ。あの二人には命令をだしているの。賢い子達よ。きっとここはめちゃくちゃになるわ!」

 デニスは胸を反らして言い返した。

いつものデニスらしくない。ジムは所在なさげに背を丸めている。


「確かリデェリアルの神様は羽の生えたトカゲだったな。どうだ? 今からでも遅くない。聖教会へ宗旨替えしないか?」

 目を見ればわかる。ダメで元々である。ベルドはデニスに対し、聖教会への入信を促す。


「違うわ。世界を作った神様は神様。羽の生えたトカゲは村に豊作をもたらしてくれる別の神様よ」

 この世を作った神様は至高神として別にいる。豊作を司る神様がトカゲの姿をしているだけだ。


「多神教か、なるほどね」

 ベルドは多神教を知っている。理解しているかどうかはだれも知らない。


「ビトール君、二人に迎撃態勢を説明してやってくれ」

「はっ」


 すっと出てきた男は冷たい目をしていた。

 やれ! と言われれば敵を斬ってから返事をしそうな目だ。


 そんな男が手にした巻物を前に出した。

「城塞都市キュウヨウとは、この施設一個だけを称するのではありません」

 巻物を広げデニス達へ見せた。


「キュウヨウとキュウヨウを取り巻く四つの出城が城塞都市キュウヨウなのです」

 地図の中央にキュウヨウらしき楕円が描かれている。


「都合五つの攻撃拠点が五本の指のように連携をとる。それがキュウヨウの基本戦術にして絶対無敗の戦術なのです」

「敵に話していいの?」

 デニスがビトールを睨み上げる。


「大丈夫です。異教徒達は、戦い方を知っているはずなのに、一度たりともキュウヨウ本体を落とせた試しはありません。なぜでしょうか?」 

 逆にビートルが聞いてきた。

 戦術素人のデニスに解るはずもない。


「あ」

 気づいたのはジムだった。

 村で流行っていた遊び、棒蹴り鬼の必勝法に通じるものを見つけたのだ。


「どうぞ」

 子供相手にも丁寧な言葉図解を崩さないビトール。先生よろしくジムに続きを促した。

「その戦術がキュウヨウを守るのに一番楽な方法なんだ。それに、何度も同じ戦術で異教徒をやっつけてきたんだから、すごくたくさん練習してたのと同じなんだ」


「……だいたい正解です。ジム君、聖騎士になりませんか? あなたには作戦担当の素養がある」

「やなこった!」

 ジムがあかんべーをする。


 ビトールはため息を一つだけ吐いて、説明を続けた。

「我らは基本的な戦術をとり続けてきました。数をこなすものですから様々なバリーエーションが発生しました。戦術というのは、奢らず切磋琢磨していけば洗練されていくものなのです。今やキュウヨウ防衛戦術は絶対戦術までに洗練されたのです」


 そしてビトールは、地図を示す。

「キュウヨウは山脈から流れる二つの川が一つになる場所に建設されています。四つの出城は二つの川に沿って作られています」

 Yの字に流れる河。Vの字の左右、川の両方に出城のマークが印されている。

 地理そのものが翼包囲の陣形と成している。迎撃に特化された位置取り。


「連絡を取ったり、兵を大量に運ぶには船が一番。素早い連携がとれるのです」 

 中心要塞キュウヨウに対し、電撃作戦がとれるのである。

「よって、デニス殿が頼りにしている魔獣共が、どの出城を攻撃しても包囲戦を展開できる仕組みです」


 ビトールが説明してもデニスはひるまなかった。

「ガルちゃんとレム君は強いわよ! 聖騎士1万人に勝っちゃったんだから!」

「対魔獣を想定していなかった軍隊は、たとえ10万規模であっても負けるでしょう。しかし、対策をとった軍隊なら、百人もあれば勝てるでしょう」


 ビトールは最後に頬を弛めた。

「魔剣や魔槍、そして魔弓といった対魔獣兵器を用意しています。充分、魔獣の毛皮を通る威力がありますよ」

「その理屈はおかしい」

 やっと落ち着きを取り戻したらしいジムが口を挟んだ。


「魔法の武器は禁止されているんじゃなかったの?」

 聖教会は魔法武器(エンチャントウエポン)の類の魔法武器保持運用を禁止しているはずだ。と言いたいのである。

「これは失礼。私としたことがとんだ間違いを」

 慌てるビトールである。


「臨機応変という名の異法武器でしたな」

 そして初めて顔に感情を表した。


「そういうことだ」

 ベルドが、執務机の向こうで立ち上がる。


「時は来た! マルティン、テオドーロ。出撃を命じる!」

「おおッ!」

 二人の将が執務室を勢いよく出て行く。


「魔獣が攻めて来るも良し。主を無くし、野に帰るも良し」

 ふと遠くをみつめて呟くベルド。

 デニスとジムに視線を戻す。

「さて、お姫様とナイト君も下がってもらおうか」

 ベルドは二人の退出を促した。




 案内の兵に連れられ、司令部の一階廊下を歩くデニスとジム。

 廊下は明るい。たくさんの窓が付いている。小さいが、明かり取りを主とした窓がたくさん付いていた。


 強がってはみたものの、戦の専門家が立てる作戦は、完全に見えた。素人であるデニスが逆立ちしても考えは及ばない。

 劣等感に責め悩まされている。


 外が騒がしくなった。

 小さい窓から外を見る。

 とんでもない大きさの槍が運ばれていた。

 一本に付き、馬四頭が引っ張っている。それが三台。


 ……あれはレム君に打ち込むための武器……

 素人でも解る。素人でも……。


 デニスは考える。軍人さんの真似をしちゃダメだ。知識や経験で軍人さんを抜くことは出来ない。

 だったら……だったら戦争と違う知識で……自分がよく知ってる分野で……背伸びしなくてもいい知識で……。


 自分で。自分の。自分が……。

 デニスは、自分の戦い方を模索し始めた。

 



 リデェリアルの二人が退出した。

 執務室はベルド、ルーデンスそしてビトールの三人だけとなった。


「ベルド様にしてはあっさりしておりますな」

 ルーデンスの口調は、ベルドをからかっているかのようだ。


「デニスを子供だと思って見くびらない方が良い。時に天才は凡人の及ばぬ行動に出る。えてして、想定外の思考法を持つ者なのだ」

 ベルドの、デニスに対する評価は高い。彼は、此処より何らかの方法で魔獣共に指令を送っている疑いを持っているのだ。


 ルーデンスも、魔獣の常識はずれた戦いぶりを思い出す。

「あの娘は天才なのでしたな」


 どうすれば魔獣風情に、あそこまでの連携と忠誠を植え付けたのか? そこにはいかなる秘技が介在していたのか? きっと血反吐を吐くような厳しい訓練を幼い頃から受けてきたのだろう。

 まさか、向こうから支配されるために跪いてきた、などというお伽噺のようなご都合主義なぞ天地が逆さまになってもあり得ない!


 彼女は、今は滅びたリデェリアルの、何百年に渡たって受け継がれてきた神秘の技法をあの年で自在に操るのだ。

 歴戦のベルドは、歴戦故に魔獣使いの技量をよく知っている。彼が知る魔獣使いのレベルをデニスは超越しているのだ。


 まるで魔獣から進んで支配を受けているように操る少女。

 それを天才と言わずしてなんと呼べばよいのか?


「そうだ。世界は広く、歴史は続けども、あそこまで魔獣を使いこなせる者はいない。その技術こそ人間の宝だと思うのだがね」

「ベルド様。迂闊なことは申すまいに……」

ルーデンスが声をひそめた。ベルドの発言は聖教会批判ととれる。此処には三人しかいないが、どこで聖教会の耳が聞いているかもしれないのだ。


「そうだな。聖教会のために作戦会議を開くとしよう。ビトール!」

 話の進行を予想していたのだろう、ビトールは内ポケットからメモを取り出していた。

「ベルド様、ご注文の品が到着いたしております」

「あれかな?」

 ルーデンスが、窓から外を見下ろしている。


 四頭立ての荷車が、全長10メートル、直径1メートルになるかという銛を運んでいた。

 先端部の刃部分だけで3メートル。残りは柄に当たる部分。

 形状だけを取ってみれば槍。しかし、見る者はそれを銛と取る。


 凶悪な反りを見せる返しが四つ付いた穂先に相当する部分から、丈夫そうなロープが伸びている。 

 超巨大な銛。先端部分が鈍く濃灰色に光っていた。


 禍々しき凶器が三本。列となって城内へ吸い込まれていった。

「あの穂先は……アダマント! 海の魔獣を仕留めるための銛ですな。エイワブ殿より……ですかな? よく手放されましたな!」

 シャープなエッジに男心をくすぐられたのだろう。ひとしきり感心するルーデンスである。


「あの爺様にも貸しがあるからな。……酒代ともみ消し代という貸しが」

 ベルドは腕を組み、嫌な記憶を引きずり出した顔をする。


「運用方法に頭を捻るところでありますが、いかにリデェリアルの巨人が剛健さを誇ろうと、アダマントの硬度には適いますまい」

 ビトールの分析である。


「巨人を見くびってはいけない」

 ベルドの顔が引き締まる。つられてルーデンスも気を引き締めた。


「石の外層の中にアダマントに匹敵する金属が内蔵されているかもしれない」

 ベルドはオニキス・サラマンダーの炎に耐えた巨人の姿を思い出していた。

 あの煤けた姿。戦闘前と戦闘後で巨人の質感が変わっていた。


「仮に巨人がアダマントであったとしても、質量体がぶつかり合った場合、尖っている方が勝つのです」

 相変わらず動じないビトールである。


「正面からさえぶつかれば、巨人を貫けます。そのように私が持っていきましょう」

 巨人がアダマントの装甲を持っているという前提で作戦を練る。ビトールはそう言っているのである。


 過ぎ去っていく三台の荷車を見ながら、ベルドは独り言を呟く。

「アレを使う前にマルティンとテオドーロが仕留めるか、連中とアレとで、魔獣を挟撃するか……ガルム犬対策も考えておかねばな」






 俺だよ、俺! レム君だよ!

 俺は遠くを睨んでいた。


 時間は過ぎ、イフリートモドキとの戦いにしてデニス嬢ちゃんとジム君が誘拐された翌日となっていた。


 果たしてデニス嬢は泣いてないだろうか? 

 ジム君は……コイツは役に立ってないだろうな。


 聖騎士の捜索隊が見当はずれの場所を命がけで探索している。

 かなりの人数を繰り出しているが、俺たちの発見には至らない。


 ガル先輩の鼻と耳がフルポテンシャルを発揮すると、それは上空偵察を行っているようなもの。敵の位置は手に取る様にわかる。

 俺も、説明がめんどくさい秘密の細工で足跡を隠している。


 狩る者としてのガル先輩のアドバイスで、デニス嬢達が残した食料を使ったり、脅かしたりしながら、いくつかの魔獣の群れを聖騎士の探索部隊へと誘導した。

 連中は、俺たちを捜すより、戦うことに大忙しだろう。


 黒皇先生も空気を読んで、脱糞・道草などの痕跡を残す行為は控えておられる。

 決して見つかることはない。


 俺は、戦場だった場所から横方向へ相当な距離を移動し、平野部を睥睨していた。

 泰然自若で夜を待っている。


 カッコつけるために腕を組んでみる。

 7:3で立ってみる。

 テーブル状の岩の上で指を組み合わせ、そこへ顎を乗せてみたりなんかしてみる。


「完全復活だぜ、コノヤロウ! 有り余る体力と気力と魔力をいかにとやせむ!」

 ガル先輩の声にビクッっと体を震わせ、あわてて振り返ってみる。


 元通り、青白いロン毛につつまれたガル先輩が眼光鋭く佇んでおられた。

 黒皇先生がもっしゃもっしゃと道草を食んでおられる。


「では先輩、打合せ通り作戦を発動いたしましょうか?」

「おおよ!」

 この犬、殺る気満々である。


 そして喉から危ない笑い声が漏れだしたよ。

「クックックックッ……」

 ガル先輩の目が、えもいわれぬ危ない光を湛えだした。


「オイラ達をナメてもらっては困る」

 口元を()っすい悪党みたく歪めるガル先輩であった。


元旦投稿です。


読んでるよい子の君たち! 彼女と初詣行かなくていいのかな?

私? 泣いてないよ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ