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14.甘いささやき-2

 カン!


 ゴングが鳴った!


『さあ試合開始! おっといきなり番場がレムに襲いかかって――

 脳天カラテチョップだー!


 たまらず、膝をつくレム選手。いきなり大ダメージか?


 番場がレムの腕を取りロープへ角度を付けて投げた!

 角度がついたので番場と距離を取る。


 番場が腕を開いた。レム選手が不自然な動きで吸い込まれるように番場の射程圏へ入っていく。

 おっと、素早い動き! 番場の河津掛け!

 レム選手後頭部強打ーっ!


 大ダメージに転がるレム選手。


 番場、ゆっくりとロープに体を預け、十分に反動を利用して――

 走ったーっ!

 

 レム選手の背中を十六文が踏み抜いたーっ!

 これはきつい! レム選手、背骨に手を当てて転げ回る。

 立てるか? 立てるか?

 

 ここでレム選手の相手交換。

 番場に代わってブローディーだ!

 

 おっと、レム選手、素早い動きで立ち上がる。


 それを予想したかのようにブローディーがドロップキック!

 まともに受けたレム選手。


 受け身を取って、素早く立ち上がりロープへ走る! ダメージは通ってないぞ!

 タフガイ・レム!


 立ち上がったブローディーにレム選手が出すのは!

 ストーン・ラリアート!

 ブローディー吹き飛んだ!』



 いや、なにこれ?

 あこがれのスーパースター達が一堂に会してる!

 俺と戦ってる!

 何これ? 何これ?

 観客席に誰もいないのに、声援だけが聞こえる!


 

『おっと、横合いから番場! 逆水平がレム選手の胸に決まる。

 レム選手、たまらずダウン! 相当利いたぞ!

 

 レム選手のダウンをついて、アンドレーがジャイアント・プレスの暴挙に出た!

 おっと、素早くこれをかわすレム選手。

 アンドレー自爆!


 あーっ! レム選手、どこからか刀を二本取り出したぞ! 鋭く光る刀は切れ味良さそうだ! 危ない! 危ない!


 刀を振りかぶって!


 柄の部分でアンドレーの額を殴りつける! 額が割れたー! 大出血!』



 俺はピカピカの剣を大きく振り回し、観客にアピールしてから収納した。


おや? 誰もいない観客席に一人だけ……。

 いや、一体か?

 金髪のお人形さんが座っていた。

 どこを見てるかわからない目で観戦していた。


 

『レム選手、するするっとアンドレーの背中に回って――ロープへ飛んだ!


 反動を利用して――

 おーっと、待っていたのは番場の十六文!


 カウンターで決まった!

 顎だ! 顎にヒット! 

 レム選手、変な姿勢で倒れたたぞ! 脳震盪でも起こしたかーっ?』



 白熱したバトルに大声援で答える姿無き観客。

 ライトがリング上のスター達を煌びやかに照らす。

 ここは夢の世界。



『ここがチャンス! レム選手にとっては大ピンチ!


 ブローディーがジャンプして!

 ギロチンドロップだー!

 決まったー!』



「……もういい」

 俺はのそりと体を起こした。

 ブローディーの必殺技は俺に通らない。番場のは通ったが。


「何の真似だ?」

 たった一人の観客。金髪人形に語りかけた。 


 人形は動かない。

 視点の定まらぬ目を虚空に向けて座っているだけだ。


「これはお前の攻撃だろ? 幻覚だろ?」


 俺は知っている。

 知識として知っている。

 元いた世界ではよくある話。テンプレートも甚だしい展開。

 アニメ・小説・ドラマ・SF。使い古された手。


 俺が望む至高の舞台。歓喜のストーリー。

 望み通りの展開。望みのままの試合運び。

 

 これは幻覚攻撃以外何ものでもない。

 仕掛けた術者は、必ずどこかから芝居を観戦している。


 術者の象徴は、この世界で和感溢れる物体。

 そう、それがお人形。

 まだ、黙っている。

 根比べだな。


「術を解く方法だって知ってるぜ」

 漫画雑誌で使い古された手。俺たち現代人にとってたいへん陳腐な手法。幻覚は幻覚と認知された時点で効力を失う。

 

「幻術の存在を知っているとはな」

 人形が喋った。

 焦点の合わなかった目が結び、俺を見据える。

「自慢の技だったのに」


「謙遜するな。俺が優れていたのではない。あんたが下手だっただけだ」

 この台詞、一度言ってみたかったんだが……。

 人形に表情が出た。あまり良い方の表情ではない。


「全てが思い通りに行く。思い通りに動いてくれる。これが拙かった。

 自慢じゃないが、何をやってもうまくいかないのが俺の特技」


 俺はそれで死を迎えた。

 その道のプロだ。あれ? 涙が……


「こんなシーンなどあり得ない。ハナから判っていた。よってこれは幻覚だ」


 リングロープに寄りかかり、人形と対話する。

 非常にシュール。

 内緒なんだが、ここからの上手い脱出方法が思いつかないでいる。


「幻覚は楽しいでしょう? 望む事すべてが現実になるのよ。あなたも、他の子のように現実に身を任せましょうよ」

 ガルやデニスやジムも幻覚に取り込まれたか。。


「幻覚は気持ちい。でも毒だ。時間を掛けて確実に体を蝕んでいく毒だ」

 幻覚ダメ。ゼッタイ!

 でもな、意識レベルが低下していくのは気持ちがいい。


「毒も使いようによっては薬よ。知ってるわ。気持ちいいんでしょ? ここで生きていくなら、あなたの望むがまま。不老不死よ。さあ、身をゆだねなさい」

 身をゆだねるか……。

 ずいぶん人を堕とすのに手慣れているな。

 でもこいつ知らないんだろうな。番場もアンドレーもブローディーも、みんな過去の人なんだぜ。

 俺と同じさ、もうあそこの世にはいないんだ。


 さて、

 俺は甘い言葉に疑り深い。前世の人生が嫌でもそうさせる。

「天使を堕とすのは昔から(ドラゴン)だ。お前、まるでドラゴンだな。そう、毒竜(ポイズン・ドラゴン)だ!

 神でもたぶらかすつもりかい?」

 俺の挑発に、端正だった人形の顔が怒りに歪んだ。


「お前に何が解る! わたしの何が解る!」

 いきなり怒るか? なんか地雷でも有ったか?


「よせやい。不幸自慢なら俺の勝ちだ。あんたと張り合うまでもない」

 人形が座席から飛び降り、怒りの目で俺を見上げる。

 口がぎりりと歪んで――。

 平静を取り戻した。


「いいだろう。一番の不幸の座は譲ってやる」

 やったー! 不幸のチャンピオンだ!

 いや、それ、地味に傷つくんですけど。


「どうやってわたしの幻術を破るつもりかしら?」

今度は薄笑いを浮かべる人形である。


「早く逃げないと、仲間は一生幻覚から冷めなくなわよ」

 おまけとばかりに口の端をキュッと吊り上げる。人形だからむちゃくちゃ怖い。


 いやー……。

 あいつら幻覚って言葉すら知らないだろうなー。

 駄目だなこりゃ。


仕方ない。

「幻術を破る方法は二つある。一つは術者に幻覚を中断させる程のダメージを与える事」

 これは外部から術者への攻撃を意味するもの。

 ガルと嬢ちゃんと坊ちゃん以外に協力者がいないため、却下。


「二つめは、幻覚が吹き飛ぶほどのダメージを自分が喰らうかだ」

 妖術破れたりー! グサーッ!

 ――これね。


「どうだい? 物知りだろ?」

 人形の表情は動かない。

 言い換えれば、動かなかった。である。

 やはり正解か。


 事このように幻術の破り方は知っている。

 ただ、術者の気分を上手に害しつつ破る方法が思いつかなかっただけだ。

 こういう事はガルが得意だからな。


 で、俺は第三の手を使うことにした。


 ガチャリンコ。

 左腕付け根内側に、弾丸を装填した。

 ガルに使用を差し止められている「この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾」である。

 それをここでぶっ放す。


 第三の手というか、第一と第二の合わせ技とも言う。


「おまえ言ったよな。ここでは俺は死なないって。でもお人形さんはどうなんだろうね? 術者の象徴がバラバラになったら、本体はどうなるのかな?」

 自爆テロ。被害者二人。これだ!


「今から五つ数える。数え終わるまでに幻覚を解け。さもなくば……」

 ガチャリンコ。

「撃つ!」


 左腕が砲身へ変形。銃口がせり出した。

 お人形さんの白い顔に標準を合わせる。

 内緒だがコイツは指向性が強い。吹き飛ぶのは前面のみ。


「それが神の左手か?」

「そうだよ」

 人形が何を言ってるのかは解らない。でもこのビビリよう。乗っておくことにした。


「数えるぞ。五!」

 ドン!


 数える事無く撃つ。一度やってみたかった。


 人形の目が恐怖に見開かれた。それはそれは大きな目だった。

 白い光に人形が埋まっていく。

 リングも、ロープも白一色に塗りつぶされる。


 俺は狂ったように笑っていた。 






 久しぶりに睡眠を取った模様。

 目覚めは最悪だが、気分はよい。

 朝日が昇るシーンを拝めたからかな?

 なんて言うの? ご来光?


「あーちくしょう! 頭痛てぇ。良い夢……変な夢見ちまったぜ!」

 頭をブルブル振りながらガルが目覚めた。

 この人も幻覚にかかっていたようだ。

 あの沈着冷静なガルが抜け出せなかったのだ。どんな凄まじい幻覚を見せられたのだろう?

 くっ! 考えるだに恐ろしい。



「おい、レム君。周りに注意しろ! どこかに敵がいる。オイラはさっきまで勇ましく戦ってたんだ!」

 一気に覚醒したガル。戦闘態勢をとった。


 摺り足でジリジリと周回。警戒具合が半端ない。

「訳わかんねー攻撃だった。逐次対処しか方法がなかった。仕方なかったんだ!」

 なんか言い訳ぽく聞こえるが、攻撃だって事は理解していた模様。


「敵は撃退しました。結構手こずりましたけどね」

「なんだと?」

 キョトンとした表情を浮かべるガル。珍しい物を見た。


「幻術ですよ」

「幻術? マボロシか? 蜃気楼みせて何が攻撃だってんだよ?」

 やっぱ、知らないのか。


「幻術ってのはですね――」

 ここで俺は、幻術のイロハを話した。


「精神攻撃か? 確かに毎晩あんなシーンに出会ったらオイラどうすれば……。もとい、恐るべし幻術!」

 ガルの尻尾が千切れそうなくらい振り回されていた。

「どんな夢だったんですか?」

「デニス嬢ちゃんとだな……なんだ……、お姫様を守って敵と死闘を繰り広げるサーガだよ!」


 ……違うな。

 紳士である俺は、それに触れないでおく。


「夕べ、深い霧が出たでしょう?」

「出たな……あ、あれか!」

「そうです」

「なるほど。幻術を使うには触媒が必要なんだ。なら防ぐことは可能だ。あれとアレが……」

 何度も言うが、この狼、やたら物知りで頭が回る。そして頼りになる。 


 おや? ジム君がテントから飛び出したぞ。

 いそいそと裏手へ走り物陰でズボンを脱ぐ。

 なぜか存在する小川でジャブジャブ洗いだした。


「先輩、ジム君何やってんでしょうね?」

 ガルの鼻を持ってすれば、ズボンの汚れの正体が分かろうというもの。


「おや、こんな時期に栗の花の香りが……いやいや、あそこの木がああなって……」

 ガル先輩は幻術打破に神経を集中させていて、それどころではないようだった。


 続いて、デニス嬢がテントから這い出してきた。

 夜中じゅう泣いていたのだろう。

 目が真っ赤に腫れていた。






「失敗しました」

 サリアが目を開けた。

 薄暗い部屋。

 彼女の側にはバライト教皇がたたずんでいた。

 どうやら一晩中、サリアの側にいたようだ。


 頃合いを見計らい、バライトはサリアに話しかけた。

「それで、魔獣使いはどんな子でした?」

「魔獣使い?」

 サリアは形のいい眉をひそめた。


「……そうね。賢い子よ。……侮っていたら大変な事になるかもね」

 サリアは考え込むために、もう一度目をつむった。


 なにせ、一晩中寝ていなかったのだから。



ジャイアント馬場最強伝説!

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