3.ラウンド・ツー
野郎のエネルギー源たる赤紫の宝石を手に入れることにより、体力を回復した。
まさか、こうやって食事を取るんじゃあるまいな?
うーん、情報があまりにも少なすぎる。
時間が経過すればエネルギーが回復するシステム……なのかもしれないしな。
ま、深く考えたって意味はない。
悩んで立ち止まるのは俺のキャラじゃない。
さて、改めてこの部屋を見回してみる。
俺がいた部屋とほぼ同じ作り。
同じ作りって、たいそうな物でもない。
岩で覆われただけの教室みたいな四角い部屋。
ここで気になるのは正面の壁。
俺がぶち抜いた壁の対面。経験則からいって、あの壁の向こうにも部屋があるはず。
念のため、左右の壁を殴ってみるも、拳の大きさに抉れるだけ。
パワーアップした俺の力をもってしても壁は崩れない。
挑むは正面の壁。
適正と思われる破壊力を込めて、壁にストレートパンチを叩き込む。
予想通り穴が空いた。
連続で拳を叩き込む。
パワフリャーになった俺の腕は、アタアタ連打可能となっていた。
ちょっと嬉しい。
ここからが問題だ。
同じ愚は避けたい。
予想が正しければ、この先にもゴーレムはいる。
そして、これだけ派手に穴を開けたんだ。嫌でも俺の存在に気づいているだろう。
もちろん、初手を相手にくれてやる気はない。
俺は十歩ほど後ろへ下がった。
穴だらけになった壁に対し、全速ダッシュでぶつかっていく。
ド派手な音を立て壁をぶち抜き、俺の体は向こうの部屋へと飛び込んだ。
ごろごろと転がってピタリと止まる。
片膝付いて身を起こした。
前の部屋より広い。
教室二個分。
加えてコーナーが円を描いた楕円形の部屋だった。
結果から言うと、奇襲は避けられた。
なぜなら、この部屋のゴーレムは、俺から距離を取っていたからだ。
構造上、ゴーレムは表情に乏しい。
だがヤツはもっとも表情に乏しい。
なんだろ? ゴーレムのイメージから遠いところにいる。
鉛筆のようなヒョロっッとした体型。
どこかで見たことがある。
あの……デッサンで使う、木でできたポージングする人形……みたいな?
位置と遠近による見た目判断で、ヤツの身長は俺のヘソくらいか?
ゴーレムにヘソがあればの話だが。
そして顔は、○∀○
いったい、俺の顔はどんな案配なんだ?
ものすごく気になる。
いやいや、いま最優先にしなければならない案件はそっちじゃない。
あ、小首をかしげた。
ちょっと可愛い。
これは、……戦わなくていいのか?
全てのゴーレムが悪いやつと決まったワケじゃない。なんとかヤツと意思疎通を試みられないだろうか?
そんなこんなで警戒を解いた。
ヤツもこちらに向かって一歩足を進めた。
ジャキンと鋭い音がして、ヤツの肩から何かが飛び出した。銀をした棒が二本。両の肩に生えている。
両手で棒を掴んで……勢いよく引っこ抜いたー!
ビームサーベル? 何かかっこいい。
……って敵は俺?
一瞬で間合いを詰められた。
ナニこのスピード?
銀色をした棒状の物は、ピカピカに磨き上げられた剣!
思わず、顔と胸を太い両腕でガードする。条件反射だ。
サックリと気持ちのいい音がして、左腕に剣が食い込んだ。ボトンと小気味よい音がして、腕が落ちる。
俺の腕がぁー!
……と、叫ぶところであろうが、そこは落ち着いたもの。
さっきの部屋で経験済み。
ゴーレムの身体が再生可能なのは実証済み。
試しにニギニギしてみると、切り離された左腕がニギニギしていた。切り離されても少しの間だけは動く様だ。
ヤツは、腕を振るい終わった後に隙ができている。
大きく踏み込んでバランスが崩れている。
左腕を欠落したおかげで視界が開けた。
膝を喰らわすにちょうどいい位置。逃す俺ではない。
カウンター気味に入った膝は、ヤツの体を跳ねとばす。
ジュニアヘビー級は、気持ちいいくらい吹き飛ぶ。
切り落とされた左腕は宙を舞い、重量級の音を立て、元あった場所へ戻る。
落ち着いていられたのも元に戻るという確証があったからこそ。
痛みというものが無かったからこそ。
いやしかし、この切れ味はどうよ?
パワーファイターのゴーレムの全力でも平気だった俺の頑強ボディをこうも綺麗に切り裂くとは!
威力はたいしたものだが、期待した効果が得られない限り、脅威は感じない。
ヘビー級レスラーの見せ場。相手と組み付くために俺は両腕を上げた。
ヤツは素早く立ち上がり、今度は慎重に剣を構える。
うむ、学習能力があってよろしい!
俺は自重を生かす。
両手を広げて体当たりしてやろう。そのままベアハッグで決めてやんよ!
ヘビー級を嘗めんなよ!
ジュニアヘビー級故の素早さなぞ、面攻撃で潰してやる!
よっしゃ、いけー!
捕まえて……爆発したっ!
ヤツの細っこい胸から十本ばかり、鉛筆状の石が顔を出した。
と思ったら、鉛筆の根元が爆発。散弾となって飛び出した。
ボコボコに撃ち込まれて尻餅をついた。
ヤバイ!
間髪を入れず、転がってその場を逃げる。
石の散弾はたいしたことない威力だった。でも、ヤツの持つ剣が脅威。
心臓部分に突き刺されたら、さすがにマズイ。
案の定、元いた場所に剣が振り下ろされていた。
転がって逃げられたのは、危険を感じた身体が勝手に反応したもの。
魂がこのボディに早くも慣れてきたということか?
素早く立ち上がり、つかみかかるもヤツは素早い。
俺の射程距離外で立っている。
ヤツは華奢な作りだ。
俺のアイアンパンチを一撃でも食らわせれば、バラバラになるだろう。
ところが、右に左にと高速で移動し、俺の間合いへ入ろうとしない。
死角を突いて後ろに回られたりされる。
でもって、小さな隙を見つけては剣でちまちま斬りかかってくる。
腕を伸ばして掴もうにも、下がりながら切りつけてくる。
むう!
高機動に高破壊力ユニットの合わせ技。
狡いんじゃないの?
これがリング上だったら、コーナーに追い詰めて事をいたすという荒技も使えるんだが、ここは教室二つ分。追い詰める前に逃げられる。
運動場のトラックの様な楕円形をした部屋の構造が、ヤツを助ける主要因となっている。
ここまできて、やっと気づいた。
この部屋は、ヤツにとって戦いやすいフィールドなのだ。
なんだかんだで、いつの間にか、俺は壁を背にするとこまで追い詰められていた。
転がっていた石塊に足を取られふらついた俺は、とうとう片膝を地に着けてしまった。 これは相当不味いぞ!
ヤツが不味いぞ!
予定通りの展開にニヤリと頬を緩める俺。
……頬は岩なので緩まないが物の例えだ。
壁を背にしたのはわざと。
敵がこれ以上下がれないとなると、攻め側としては攻撃するしかあるまい?
そう考えた俺は、わざと追い詰められ壁を背にした。これで背中からの攻撃は無くなった。
二本の剣を突き出しながら突っ込んできやがった。
予想通りの直線攻撃。
俺の左手はヤツの右手をつかみ取る。右手は左の剣を弾く。
捕まれたままの右手を良しとしなかったヤツは、もう一本の剣で俺の左腕を切って捨てた。当然だが、痛みは無い。
ヤツの次の行動も予想できる。
俺の左手をぶら下げたまま、後方へ飛び退る。ここがポイント。
飛んだ宙空で、ヤツはバランスを崩した。
離された腕が、本体への回帰を求め移動を開始したのだ。
どういう理屈か知らないが、分離したパーツは全てに優先して、元の位置へと戻る法則がある。
それは、本体である意思が拒まぬ限り、何者にも優先される様だ。
で、ヤツはエライ勢いで戻ってくる。
まるでロープの反動で突っ込んでくるレスラー……。
これはヤラねばなるまい!
おれは瞬時に指先を揃え、ヤツの喉元に向けすばやく突きだした。
ブッチャー先生直伝・地獄突き!
いや、御教授は賜ってないけど。
カウンターによる威力は絶大だった。
加えて、スピードに特化したヤツの脆さが裏目に出た。
ヤツの首から上がバラバラになり、胸部にまで大きな亀裂が入る。
予想以上の効果。
ヤツも俺と同じゴーレム。
破損した箇所はただちに修復へと動く。だが、俺はそれを待ってなどいない。
胸部の亀裂から漏れるのは青紫の光。英語で言うとディープパープリッシュブルー。
すかさず腕を突っ込み、周りの石塊ごともぎ取った。前回と同じく、ただちに握りつぶす!
キシャァァアアア!
部屋中に木霊するヤツの悲鳴。いや、崩壊する際の音か。
青紫の光は力となって俺の腕を伝い、心臓部へと到達した。
ドスリと音を立て、ある種の力が身体の隅々までみなぎっていく。
ザラザラと音を立て崩れていくヤツの身体と対照的に、ギシギシアンアンと音を立て、俺の身体が再構築されていく。
先ほどまでの無骨な四角いボディが、メリハリのあるデザインへ変更されていく。
よりヒューマンに近い体型。
ゴールド◎イタンから新鉄人へ。だけどやっぱりゴーレムの体型。
ふと目に入った。ヤツの残骸に残された二本の棒。
ピカピカの剣である。
ベビーフェイスとして凶器の携帯は許されぬ事である。
しかし、過去の戦いを鑑みるに、俺が使った技は全てヒールの持ち技。
プロを名乗る以上、興業先でヒールを演じる場合もある。けっして心細さから来る用心のためではなんだからね。
俺は、二つの剣を手にした。
剣といえど、俺の体格から見れば小刀に毛が生えた長さ。
……手入れなんかしてないだろうに、よく錆びずにいたもんだ。
ヒールの王道は栓抜きであり、断じて刃物ではない。
たとえサーベルを持ったとしても使用する部位は、安全な柄の部分。
因って封印の意味を込め、右の胸に押し当てる。
予想通り、俺のボディは二本の剣を飲み込んだ。
胸の奥へと移動させる。どうやって移動させるかは説明しづらいが、できるとしか言いようがない。
ヤツと同じ体だからな。
ゴーレムの体は土だ。土が硬くなって岩となった物。俺の専門分野(になる予定だった)五行陰陽でいうところの土生金。理論上正しい。
これでいい。
凶器はけっして使うことはなく……、なるべく使わないように……、使わないんじゃないかな? ……封印を解く日は近いと天啓がひらめきまくっている。
さて、軽く一歩を踏み出した。
以前とは段違いの軽さを憶える。
歩く人間山脈にして一人民族大移動のアンドレ・ザ・ジャイアント先生が 、剃刀戦士にして爆弾小僧ダイナマイト・キッド先生に匹敵する身軽さを手に入れた。
……出てこいタイガー。ぶっつぶしてやる。いや、俺はベビーフェイス。もといしてやろうじゃないか。
タイガー、タッグを組んでやろう!
……。
すんまっせんっ師匠っ! 上から目線過ぎましたっ!
俺は、俺は……誰に向かって話しかけているんだ?
次の敵はゴーレムじゃない!
次話「第三の部屋」
ちなみに、ヒロインが登場するのは第二章からね。