表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/152

12.蠕動

「しっかりしろ! おい、ワクラン! 戻ってこい、ワクラン!」

 ベルドがワクランの頬を叩いている。


「痛いです」

 ようやく意識を取り戻すワクランである。



「見ていただけましたか?」

 寝そべったままだが、ワクランはまだ戦っていた。


「武器はバカでかいゴーレムと青いガルム犬。敵は十代前半の幼い女の子。十になるかどうかの男の子を連れている。目的地はここ、キュウヨウ」 

 ビトールが知り得た情報を淡々と喋っている。


「あり得ない話だが……、城塞都市キュウヨウを落とされでもしたら、今は恭順している東部の異教徒共だが……奴らは聖教会へ反旗を翻すだろう」

 勢力図が大きく塗り替えられる。

 あり得ない話だが。


「あれは、我らが知るゴーレムではない。遺跡から出てきた巨人だ」

 歴戦のルーデンスが青ざめている。

 茶化し役のマルティンが温和しい。


「ふむ『リデェリアルの巨人』か。面白いな」

 ベルドだけが楽しそうだった。


「変則的な攻撃に見えて、実は効率と効果を突き詰めた攻撃だった。リデェリアルの巨人に、あれ程の仕事をさせる。ふむ」


 ――あの少女、ただ者ではない――。 


 ベルドはしばしの時間、思考にふける。

 この場面、ベルドをよく知る者達は、彼に話しかけない。


「ところでワクラン」

 ベルドが何かを思いついたように、ふと目をワクランに落とした。

「なんでしょう? ベルド様」

 ワクランはまだ体を横たえている。


「その体は何だ?」

 ベルドがシャツに手をかけた。

 シャツが破れ、ワクランの胸から腹が覗いていた。

 胸中央と両腹に、こぶし大のクリスタルが埋め込まれている。


「あー……」

 ワクランは、悪いことしていたのがバレた子供のような表情を浮かべる。


「魔力増幅装置です。魔術師はみんなやってます」

 クリスタルの周囲の皮膚が黒ずんでいる。

 誰が見ても嘘をついているのがわかる。


「誰がやった?」

 ベルドの目が虎のように鋭くなる。

「最後の一個を使ったときにお教えいたしましょう」 

 ワクランはよろめきながら立ち上がった。ベルドの眼光を気にもとめていない。


 ――教皇か?――


 ベルドは、それを声に出さない。

 ワクランは澄んだ目をベルドに向けていた。


 三つのオニキスを手に乗せたたワクラン。それをみんなに見せた。

「転移の魔法は、ものすごく魔力を消耗するんですよ。普通三人がかりです。オニキスを操るのは一人分で大丈夫なんですがね。だからしばらく休ませてもらいます」


 建屋の中に入るワクラン。


 彼の背は、ピンと伸びたままだだった。

 





 教皇執務室。その奥の隠し部屋。

 バライト教皇がドアを開けた。


 椅子にもたれ、目を閉じたまま微動だにしないサリア。

 明るい色の金髪が、日の光を反射してとても綺麗。


 無防備な彼女。狼藉を働こうとすれば、簡単に思いを遂げる事ができるだろう。

だが、バライトはじっとサリアを見つめているだけだった。

 それが彼の小さな幸せであり、大きな不安であった。

 それはジレンマという。


 長い時間が過ぎ、サリアの目は開かれた。

「魔法使いの初撃は失敗しました」

 翡翠色の瞳は天井を通り越し、彼方の空間を見つめている。


「とても面白い者達でした」

 面白いと言ったが、表情は幾ばくか険しい。綺麗な眉が、わずかに変化する。


「異法使いがオニキスを使いこなせなかったのかな?」

「あのオニキスは、術者の能力に左右される物ではありません。そのように調整してあるのです。……もっとも、何事にも例外はありますが」


 そこで初めて、サリアがバライト教皇を視界に捉えた。

 バライトは軽く笑みを浮かべる。

「サリアが気に病む事は無い」

 バライトは大きく手を広げ、向かい合わせのソファに軽く腰掛け、長い足を組んだ。


「いい知らせだ。異教徒の都市ゼーダインが落ちた。もうすぐだ。もうすぐ聖教会の名の下にこの世界は統一される。誰もが成し遂げられなかった世界平和がやってくるのだよ!」


「シンタル、クラチナ、カルモーン、アルバ、リデェリアル、そしてゼーダイン……」

 すべて聖教会へ宗旨替えした、あるいは徹底抗戦の元、滅んだ都市、および国の名である。

 サリアはまるで、各都市を見るかのような遠い目をした。


「そうだ。主立った所で残っているのはゲインとザッハのみ。そこにも遠征軍が取りついている。まもなく良い知らせがやってくるだろう」

 バライト教皇は、ソファに深く沈むように体を預けた。


「これからリデェリアルの巨人を少しだけ見てみようと思います」

 サリアも体をソファに預けた。そして目を閉じる。


「サリアには、彼らの場所が判るのかね?」

「ある方法で調べる事はできます。もっとも、わかるのはガルム犬と名乗る狼の位置だけなのですが」

 目を閉じたままサリアは答える。


「魔獣の位置が?」

 今度は答えが返ってこない。


 サリアは瞑想に入った。

 聖職者の中の聖職者、教皇の前とはいえ、あまりにも無防備姿態をさらけ出す。

 バライト教皇を信用しているのか?

 無体を働くなら働けと言っているのか?

 

 バライトにサリアを汚す気はない。答えはそれだけである。


と、いうわけで、

ガルの被害者が増えたというお話しでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ