12.蠕動
「しっかりしろ! おい、ワクラン! 戻ってこい、ワクラン!」
ベルドがワクランの頬を叩いている。
「痛いです」
ようやく意識を取り戻すワクランである。
「見ていただけましたか?」
寝そべったままだが、ワクランはまだ戦っていた。
「武器はバカでかいゴーレムと青いガルム犬。敵は十代前半の幼い女の子。十になるかどうかの男の子を連れている。目的地はここ、キュウヨウ」
ビトールが知り得た情報を淡々と喋っている。
「あり得ない話だが……、城塞都市キュウヨウを落とされでもしたら、今は恭順している東部の異教徒共だが……奴らは聖教会へ反旗を翻すだろう」
勢力図が大きく塗り替えられる。
あり得ない話だが。
「あれは、我らが知るゴーレムではない。遺跡から出てきた巨人だ」
歴戦のルーデンスが青ざめている。
茶化し役のマルティンが温和しい。
「ふむ『リデェリアルの巨人』か。面白いな」
ベルドだけが楽しそうだった。
「変則的な攻撃に見えて、実は効率と効果を突き詰めた攻撃だった。リデェリアルの巨人に、あれ程の仕事をさせる。ふむ」
――あの少女、ただ者ではない――。
ベルドはしばしの時間、思考にふける。
この場面、ベルドをよく知る者達は、彼に話しかけない。
「ところでワクラン」
ベルドが何かを思いついたように、ふと目をワクランに落とした。
「なんでしょう? ベルド様」
ワクランはまだ体を横たえている。
「その体は何だ?」
ベルドがシャツに手をかけた。
シャツが破れ、ワクランの胸から腹が覗いていた。
胸中央と両腹に、こぶし大のクリスタルが埋め込まれている。
「あー……」
ワクランは、悪いことしていたのがバレた子供のような表情を浮かべる。
「魔力増幅装置です。魔術師はみんなやってます」
クリスタルの周囲の皮膚が黒ずんでいる。
誰が見ても嘘をついているのがわかる。
「誰がやった?」
ベルドの目が虎のように鋭くなる。
「最後の一個を使ったときにお教えいたしましょう」
ワクランはよろめきながら立ち上がった。ベルドの眼光を気にもとめていない。
――教皇か?――
ベルドは、それを声に出さない。
ワクランは澄んだ目をベルドに向けていた。
三つのオニキスを手に乗せたたワクラン。それをみんなに見せた。
「転移の魔法は、ものすごく魔力を消耗するんですよ。普通三人がかりです。オニキスを操るのは一人分で大丈夫なんですがね。だからしばらく休ませてもらいます」
建屋の中に入るワクラン。
彼の背は、ピンと伸びたままだだった。
教皇執務室。その奥の隠し部屋。
バライト教皇がドアを開けた。
椅子にもたれ、目を閉じたまま微動だにしないサリア。
明るい色の金髪が、日の光を反射してとても綺麗。
無防備な彼女。狼藉を働こうとすれば、簡単に思いを遂げる事ができるだろう。
だが、バライトはじっとサリアを見つめているだけだった。
それが彼の小さな幸せであり、大きな不安であった。
それはジレンマという。
長い時間が過ぎ、サリアの目は開かれた。
「魔法使いの初撃は失敗しました」
翡翠色の瞳は天井を通り越し、彼方の空間を見つめている。
「とても面白い者達でした」
面白いと言ったが、表情は幾ばくか険しい。綺麗な眉が、わずかに変化する。
「異法使いがオニキスを使いこなせなかったのかな?」
「あのオニキスは、術者の能力に左右される物ではありません。そのように調整してあるのです。……もっとも、何事にも例外はありますが」
そこで初めて、サリアがバライト教皇を視界に捉えた。
バライトは軽く笑みを浮かべる。
「サリアが気に病む事は無い」
バライトは大きく手を広げ、向かい合わせのソファに軽く腰掛け、長い足を組んだ。
「いい知らせだ。異教徒の都市ゼーダインが落ちた。もうすぐだ。もうすぐ聖教会の名の下にこの世界は統一される。誰もが成し遂げられなかった世界平和がやってくるのだよ!」
「シンタル、クラチナ、カルモーン、アルバ、リデェリアル、そしてゼーダイン……」
すべて聖教会へ宗旨替えした、あるいは徹底抗戦の元、滅んだ都市、および国の名である。
サリアはまるで、各都市を見るかのような遠い目をした。
「そうだ。主立った所で残っているのはゲインとザッハのみ。そこにも遠征軍が取りついている。まもなく良い知らせがやってくるだろう」
バライト教皇は、ソファに深く沈むように体を預けた。
「これからリデェリアルの巨人を少しだけ見てみようと思います」
サリアも体をソファに預けた。そして目を閉じる。
「サリアには、彼らの場所が判るのかね?」
「ある方法で調べる事はできます。もっとも、わかるのはガルム犬と名乗る狼の位置だけなのですが」
目を閉じたままサリアは答える。
「魔獣の位置が?」
今度は答えが返ってこない。
サリアは瞑想に入った。
聖職者の中の聖職者、教皇の前とはいえ、あまりにも無防備姿態をさらけ出す。
バライト教皇を信用しているのか?
無体を働くなら働けと言っているのか?
バライトにサリアを汚す気はない。答えはそれだけである。
と、いうわけで、
ガルの被害者が増えたというお話しでした。




