11.撃退
何度も言うが、俺は後ろが見える。
隙ありとばかりに、背後から襲うモドキに後ろ回し蹴りを放つ。
ハイキックでカウンター気味にきまった踵が、モドキの顎を砕いた。
勢い回転。伸びた胴に膝を入れ、レバーを砕く。
何度も言うが、血肉を持った者なら致命傷なんですけどねっ!
「こいつ、うぜぇ!」
「そうでもないさ。ヤツの足下を見な!」
ガルの指示に従い、膝をついたモドキの足下を見る。
毎回同じく、足の接地面から石や砂を吸い込んで体の一部に使っている。
「気づいたようだな、クククク」
ガルの卑猥な笑いが木霊する。
「いや、なにが?」
「ちっ! これだから。ヤツはさっきから『地面に接してる部分』から材料を手当しているだろ!」
「だから、それが何か?」
バンバンと前足で地面を叩くガル。
「地面から切り離しゃぁーどうなる?」
「了解!」
理解した。俺ってホントは頭良いんじゃない?
モドキに向き直って構える俺。
左手を上に右を下に。下半身重視。腰を落とし気味に構える。
体を修復させたモドキが飛びかかってきた。俺は動かない。
接触する寸前、さらに低く腰を落とし片足を踏み込む。
右手をモドキの股下に。左手をモドキの肩に。体重を前方へ移動。
俺の真上にモドキが来た!
タイミングバッチリ。一気に足と腰を伸ばす。
モドキを頭の上に持ち上げた!
モドキも魔術師も何が起こったのか理解できないだろう。相手の力を利用しただけだが。
俺はまだ止まらない。跳ね上げた勢いでモドキの体を裏返す。
空を見上げて、俺の頭上で寝そべるモドキ。
左手はモドキの顎に。右手はヤツの股ぐらに。頭で背中を押し上げる。
アルゼンチン・バックブリーカー!
完全に地からモドキが離れた。
「先輩! とどめ頼んます!」
「心得たっ。とうっ!」
ガルはジャンプ一閃。不必要な伸身一回転半捻りの荒技をぶちかまし、俺の頭上のモドキの胸板の上に着地した。
「おらおらおらおら!」
一部方面で危ない叫びを上げながら、前足でモドキの胸を掘り出す。
ガルの爪は鋼鉄をも切り裂く強度(推定)だ。
岩の塊なんざ、砂より簡単に掘ってしまう。
舞い上がる石や砂。
たちまちの内に崩れていく胸に咲く花。
「あったぜ!」
核である黄色い魔玉っぽい何かを掘り当てたようだ。頭の上だから何も見えねえ。
例えるならペンチでビー玉を砕く音。
硬質な音がしたなと思ったら、モドキの体が動かなくなった。
飛び散っていくチカラと崩れ落ちる砂と石。
俺は意図的に残骸を無造作に放り投げた。
トスンと軽い足音を立て、ガルは軽やかに着地した。
「残るは魔術師だけなんだが……」
兵士がいなくなっても、魔術師はこちらを見ている。観察している。
「野郎! 見てるだけで手も足も出さねぇが、こっちだって手も足も出ねぇ! 見られるだけで情報ってのは漏れるんだ。情報戦において、見られるって事がいかに不利に働くかをだな、オイラは言いたいわけで、見られて興奮するとかそんなんじゃねぇ!」
額に皺を寄せるガル。熾烈な視線を魔術師に送っている。
「無いことも無いっすよ、先輩」
面白いことを考えついた。
「ほほう、レの字、なんか思いついたな?」
俺は右腕を高速回転させ始めた。
「こちらを見る事ができる。それが敵の強みなら――」
回転はトップの速度へ達した。
雷光が飛び散り、風を巻き、砂煙を上げ、火気で水が蒸発して濛々と湯煙が上がる。
そう、俺は意図的にドハデな演出をしている。
「――こちらが見える事。それこそが敵の弱点だ!」
腕を引き、胸を引き絞り、大きく振りかぶってぇっ!
技名を叫べ!
「ライジング・トリガーッ!」
炸裂音を立て、腕が発射された。
五行全てを愛想良く振りまきながら、石の拳が飛んでいく。
湯煙を上げ、音を超える速度で、一直線に飛んでいく。
轟音! 閃光! 爆風! ダイナマイッ!
魔術師にロケットのパンチが炸裂。
輪っかの周囲が爆発した。
インパクトの直前のあの顔! 画像としてロッキーファイルに残したかった。
ダメージは通らないが、恐怖は通ったらしい。
そりゃ怖いわ。
ワゴン車ほどの岩石がドリル回転しつつ突っ込んで来るんだから。しかも、稲妻とか何かヤバそうなの引きずって。
俺が見た最後の姿は尻餅をつかんと、後ろへ腰砕けになるショボイ姿。
これが俺の精神波攻撃である!
戻ってきた腕と合体。
土煙が舞い上がる中、背を向けながら大胆な決めポーズを取った。
♪もっこりもこもこもこがんがー♪
頭の中で某アニメの主題歌が流れる。
俺が前世で熱中して見てた深夜アニメだ。
ちなみに、前世の特異点体質で、俺が見るアニメは必ず1クール以内で打ち切りとなる。こいつもそうだった。
土煙が治まる頃、転移の輪っかは、綺麗になくなっていた。
「先輩、お引き取り願えましたよ」
「ククククク、よくやったレム君」
溜飲を下したのか、ガル先輩はご機嫌だった。
再生の素早さが鬱陶しいだけのベヒモスモドキなど、俺たちがちょっと本気出せばこの通りである。
俺たちは慢心の笑みを浮かべていた。
「ヌフフフ、増長してよかとですか?」
「ガッガッ!」
そんな音がした。
「やべぇ! 先生がオイラ達の慢心にお怒りであるぞ!」
ジム君を背に乗せた黒皇先生が、蹄で土を掘り返しておられた。
機嫌が悪そうに嘶いておられる。
「とにかく謝れ。謝っちまっとけ、な!」
俺たちは腰を低くして臣下の礼をとったのであった。
――デニスはというと――
「デニスお姉ちゃん! 敵だ!」
ジムが大声を上げる。
わたしが魔法使いに気づいたのは、ジムが叫んだからだ。
その時には、ガルちゃんやレム君も気づいていた。
目の前でゴーレムが立ち上がったとき、わたしは恐怖で身をすくめさせていた。
レム君より大きくて強そうな岩ゴーレム。
体が動かない。声が出ない。何をすればいいのかわからない。
それが原因だろうか?
わたしが指示を出す前にガルちゃんとレム君が勝手に動いた。
おそらく魔獣の闘争本能が、緩んだ支配の隙をついて出てきたんだ。
でも嬉しいことに、二人の息がピッタリだった。
スピードに抜きんでたガルがゴーレムに一撃を与えた。
ガルちゃんが作ってくれた時間を利用して、レム君がわたしとジムを岩陰へ誘導してくれた。
レム君は優しい子だ。大きな体の子は総じて優しい。そんなことをお母さんが言っていたのを思い出した。
二人の息の良さはその後も続く。
ガルちゃんとレム君が入れ替わった。
今度はレム君が戦う番だ。
レム君、勝てるだろうか? 体は向こうの方が大きいよね?
結果から言うと、そんな心配はいらなかった。
最初から最後まで、レムが敵を圧倒していた。
わたしは恥ずかしい。レム君は強いんだ。
もっとレム君を信用してあげなきゃいけない。
ガルちゃんだって、魔術師の邪魔をしている。二人は最高のパートナーだ。
わたしが命令を下さなくても、二人は働いてくれている。
なんだろう……涙が出てきた。
わたしがもっともっと、二人を信じなきゃ……。
最後は、二人の力を合わせてゴーレムを倒した。
二人は仲良しさんだ。
わたしはそれが嬉しい。
レム君が必殺技を放って悪い魔法使いをやっつけてくれた。
大きな音に、驚いたお馬さんが嘶く。
二人は並んで歩いてきた。
お馬さんが暴れないように押さえるわたしの前で、二人は跪いた。
命令を出される前に戦ったことを謝っているんだ。
「いいのよ、二人とも。わたしはあなた達を信じているわ。だからずっと一緒よ」
黙ってわたしに付いてきてくれる、頼もしい二人。
命令せずとも最善を尽くしてくれる。
お互いを信じること。それは魔獣支配とは別の道。
わたしは今、それに気づいた。
新しい扉が開いた予感。
わたしって、やっぱ天才!
どやっ!




