10.インターセプター
斜め前。岩場の上にロングコートを羽織った男が現れた。
そいつは何の前触れもなく、忽然と姿を現した。
鋭い勘と匂いレーダーを装備したガルが、気づかなかったのだ。
「空間転移?」
そうとしか考えられない。
見た目、魔術師っぽかったし、なにより、男の背後にへんなループが光っている。
「俺の推理が正しければ、あの輪っかが、別の場所とこことを繋げているとみた」
「ほほう、なかなか鋭い推理だねレム君。つーか、あの輪っか、手に入らねぇかな? 戦場をかき混ぜるのに便利だぞ」
俺たちの軽口は聞こえていないようだ。
男は何かをこちらへ放り投げた。
日の光を反射して、キラキラと輝く黄色いツブ。いや宝石か?
素直じゃない魔力をビシバシ感じる。歪んだ力だ。
それが地面に落下。転々と転がって……。
バキバキベキベキと音を立て、小山が盛り上がっていく。黄色い宝石が落下した地点であるところを見るに、どうやらあの宝石が核となって、なにかを形成しているのだ。
デニス嬢ちゃんを降ろしたガルが駆けた。
変身中や合体中は手を出さないというお約束を守らないタイプらしい。
俺はその間にお約束である、非戦闘員を「安全な場所に逃げて!」をやっておく。
どこが安全な場所なんだろうね?
ガルの足は速い。整形中の柔らかいところに前足の一撃が決まった!
頭っぽい部分が、ボッコリともげる。
これは決まったか?
と、思いきや、前にも増したスピードで体を作っていく。
意固地になったガルが、世紀末拳法並の乱打を繰り出すが、破壊を上回る成長速度で完成してしまった。
俺より頭一つ大きな人型。巨人ができあった。
全体的に刺々しい鋭角的なデザイン。胸に咲いた岩の花が、勇者ロボみたいでなんだか悔しい。
「ちくしょう! 自ら噛ませ犬役をやっちまった! レム君! フォーメーション・デスティニィにチェンジだ!」
モドキが放つ腕の一振りを見きりでかわしたガル。
無意味に複雑で高度な回避行動を取りながら戻ってきた。
入れ替わりに走り込む俺。
俺は右腕を上げた。ガルも右前足を前に出してジャンプ。
交差してハイタッチ。
選手交代である。この辺、物わかりの良いフェンリル狼である。
さて、リングに立つのは俺となった。
デニス嬢ちゃんとジム君を乗せた先生の守備につくガル。隙あらば俊足を生かして攻撃に加わる予定。
これがフォーメーション・デスティニィである。……ごく普通に、前衛後衛とも言う。
「ゴロゴロゴロ……」
敵から岩を擦り合わせたような音が聞こえてくる。いや、これは声か?
こいつもわかっている様である。
俺は両腕を掲げ、いつものお約束をぶちかました。
「アンギャーオーオオオォォォン!」
雄叫びである! 挑発である! すべてはここから始まるのである!
魔法使いが叫ぶ。
「☆●▽▼☆」
え? なんて?
ガル先輩が翻訳してくれた。
「訳すると『ゆけ! ベヒモス!』だ」
……え?
岩の巨人が組み付いてきた。
手と手を頭上で組んで力比べ。
……ベヒモスって、俺もそう呼ばれているんですけど?
俺の思いは蚊帳の外に置いておかれた模様。
で、なんだ? 混沌としたチカラを感じる。ここまでチカラに規則性がないと、吸収できそうにない。
おやおや、力強いぞ、このベヒモスモドキ!
背が高いので上から押さえつけられる。体重も乗ってくるから力以上の力を発揮できている。
いや、これはなかなかに侮れないぞ。
この感じ。力を感じるこの感じ!
2メートル23センチ。歩く人間山脈。アンドレ・ザ・ジャイアントと組み合ってるイノキって感じで最高ー!
……いや、俺は燃える闘魂が嫌いなんだが。
グギギと押し返しつつ、敵に押し戻されるタイミングを見計らって、後方へ倒れ込む。
同時にジャンプして両足をモドキの胸に付ける。
敵の力を利用して、巴投げの容量でホイップ。
巨体が宙を舞い、背中からマットに……もとい、地面に激突。
素早く立ち上がった俺は、衝撃から立ち直りつつあるモドキに駆け寄り、またもやジャンプ。
宙で体を捻り、体重を乗っけた肘をモドキの胸に叩き込む!
ジャンピングエルボー!
目標は胸に咲いた岩の花!
ヒットポイントからヒビが放射線状に伸びる。
ダメージを食らったモドキはまだ立ち上がれない。
そうだろーそうだろー。ここはあの宝玉が埋め込まれた場所。
変な力をビンビン感じる所。
こいつの弱点だ。
俺はたたみ掛けた。
またもやジャンプ。垂直ジャンプ。
曲げた両膝をヒビの入った胸に落とす。
破壊音と共に厚い胸板が砕ける。
花の形状が無残な姿と化す。
このまま腕を突っ込んで……おや?
ヤツの胸が再生する。とんでもなく速い再生力だ。
攻め方を変え、脇腹に蹴りを一発!
「おわ!」
その足を捕まれた。
グイと引っ張られる。蹴りのため元々バランスを崩していたのに、さらに崩された。
変に耐えて隙を作るより、力に逆らわず倒れ込んだ。
受け身を取った流れで、手足を振り回し、勢いで立ち上がる。
敵も然る者。立ち上がって両手を構えていた。
「やるじゃねーか、コノヤロウ。上等だコノヤロウ!」
……いややいや、闘魂じゃないって。
その隙を突かれた。今度はヤツが先手を打った。
不細工なフォームでパンチを繰り出してきた。狙われたのは顔面。
顔面へのナックルは反則だぞ!
制裁のため、温いパンチを見切り、カウンターで掌底を叩き込んでやった。合わせ技として膝蹴りも腹に叩き込む。
顔の一部と脇腹を砕かれたヤツは、バランスを崩して蹈鞴を踏んだ。
打ち合っても砕けるのはヤツの方。
ヤツはただの石。俺は強化した石。
俺の方が堅いのだ。
それでもヤツは再生する。
それが厄介だ。
パワーは同じくらい。上背はモドキ。まあまあのスピード。
技術は俺。
力だけで知能はない。
はっきし言ってチョロい相手だ。
一気に倒せない原因の一つが驚異的な再生能力。
普通、致命傷の筈である。俺もこんなになったらヤバイ。
だのにモドキは、足の裏から周囲の石ころや岩を吸い上げて何度でも、欠損部分を補填していく。
右腕を振ってきたので外側へかわす。かわしつつ腕を掴んで、体重を乗っける。
二人して倒れ込んだ。
テコの応用でヤツの右腕をもぐ。無駄なのはわかっているけど、もいでやった。
体の下側で地面に接してる部分から掃除機のように石を吸い上げ、右腕を再生した。
そろそろかな?
俺の全天モニター後方に、影のようにひそみながら風のように走るガルがいた。
どういう仕組みか知らないが、俺は天頂と真下以外360度を見渡すことができる。焦点は前方にしか合わせられないのが難点だが!
ガルは、魔法使いの前へスルスルっと躍り出て牙にかけた!
術者を殺ってしまえば、めんどくさい再生ゴーレムもお終いだぜヘッヘッヘ!
さすがガル先輩。気配りは主婦クラス!
ところが事態はそう簡単に終わらせてくれない。
ガルの巨体が弾かれた。
なんつーか、ボヨヨンってオノマトペで表現できそうな弾み方だった。
「理解したっ!」
ガルが、なんか叫んだ。
「負け惜しみですか?」
「ちげーよバカチンが!」
ガルが撤退してきた。
「魔法使いはこちらへ転移してるんじゃねぇ! 言っちまえば出城だ! 本体は向こう側にある。こっちに出てきているように見えるだけだ! ヤツを攻撃するにゃ、彼我の距離を射程に収める超長距離砲が必要だ!」
え?
……3Dか!
あれ?
「でも、黄色い宝石はこっちに来ましたよ! このベヒモスモドキはリアルの存在ですよ!」
ローキックを連続で叩き込んでやった。モドキのヤツ、慣れない攻撃に対処できていない。これでいくらか時間を稼げた。ガルの報告を聞ける。
ガルはそれだけを掴んできただけじゃないはずだ。もっと沢山の情報を掴んでいるはずだ。それがガル先輩品質。
「ちっちゃい物だったら実際の移転ができるんだろう。エネルギーの問題だな」
「それだけですかい!」
ベヒモスモドキをほったらかしにして、ガルに向かって構えをとった。
「ちゃんと土産を持ってきたぜ!」
さすがガル先輩。やる事が男前である!
背筋が……死んだ。
かゆ……うま……。




