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9.アタッカー

「どのような戦いも、まずは敵を知る事から……なのだがね。巨大ゴーレム一行の足取りが掴めなくては手の出しようがないな」


 城塞都市キュウヨウの執務室で、子飼いの幕僚四人とワクラン。それと初顔の男、都合六人が、思い思いの場所に腰を下ろす中、ベルドが唸っていた。


 初顔の男はマルティン・カナレス。

 二十代後半の若さでゴルバリオン商業連合の傭兵隊長の職に就いている。


 今回、教皇の名による軍事動員命令で真っ先にキュウヨウへ一万の兵を引き連れ、一番乗りを果たした武人である。

 ベルドとはなじみであり、配下に就くにあたり、全く問題が無かった。


「まあ、なんつーか、ベルドの旦那にはでかい借りがありやすんで!」 

 屈託無く笑うマルティン。右の眉に付けられた傷跡を恥ずかしそうに掻いている。


 地図を乗せた大きな事務机が一つと、地味だが年代物の調度品。それとテーブルに椅子といったありふれた風景だ。


 もともとキュウヨウには司令長官という役職者が存在するのだが、この者もベルドの息がかかった一人であった。

 ベルドが入城すると、当然のように執務室を明け渡す。まるで借りていましたと言わんばかりの清らかさであった。

 ベルドもそれを当然の事として受け入れている。


 ワクランが最初に口を開く。

「威力偵察をかねて、攻撃を仕掛けましょう」

 ごく普通に作戦具申をしてきた。


「連中の現在位置が解るのかね?」

 ベルドの幕僚団最古参のルーデンスが、一同の思惑を代表して聞いてきた。


 その接し方は、ベルドの配下である自分たちと平等の扱いだった。

 ワクランがベルドと顔なじみであるように、彼ら幕僚団とも知った中なのだ。


「長くなるので説明は省きますが、とある理由でゴーレム出現の際、巨大な力の奔流を観測しました。それ以来、ずっとマークしています。私にだけしか解らないのですが、現在位置は掴んでいます」


 興味が引かれたのか、冷酷そうな目をした幕僚の一人が聞いてきた。

 ビトール・コルデロという作戦参謀長だ。

「どこにいる?」


 ワクランが地図の一カ所を指でさした。

「ここです」


 そこは山の中。キュウヨウに一番近い山脈の中だった。


「ちなみにリデェリアル村はここ」

 少し離れた地点を指す。


「『神の左手』で消えた山はここ」

 すすっと指を動かし、第三の地点を指す。


「おや?」

 ビトールが片方の眉を跳ね上げる。


「円弧を描いているな。延長線の先は……」

 わざとらしく指で円弧を描くビトール。その指が、目的点で止まる。


「城塞都市キュウヨウの玄関口ですな」

 遙か彼方、聖都を背にして立つ城塞都市キュウヨウの正面平野にビトールの指があった。


「これはこれは」

 ビトールの声が皮肉っぽいのは、ワクランに対してではない。リデェリアルの生き残りの目的に対してである。

 彼は、とある一件以来、ワクランの能力を信用することにしているのだ。


「そういう事なら、対応はきまったようなものだ」

 ベルドの発言に、一同が笑い声で答えた。


「ちなみに、ここキュウヨウからは二週間の距離がある。戦力は集結しつつあるが、あと数日かかるだろう。少数による出撃は避けたい所だ。どうやって連中を直撃するんだね?」

 ベルドの問いももっともだ。


「そうですね。ここだと備品が壊れてしまうので、表に出ましょうか」

 半時の後、ベルドと彼の幕僚団は、聖教会の奥の深さに驚く事となる。




「まずはイエローオニキス。いでよベヒモス!」

 ワクランは、黄色い瑪瑙を無造作に放り投げた。

 瑪瑙が中庭を転がっている間に、複雑な印を結び、小声で呪文を唱える。


「うぉっ!」

 最年少のマルティン・カナレスが声を上げた。


 黄色い瑪瑙を中心に、周囲の砂が集まっていく。

 それは次第に人の形となり、すぐに人の背丈を超えた。


「周囲にある砂や石をとりこんで自分の体にするゴーレム幻獣ですね。これの弱点でもあるのですが、周りの環境さえ整っていれば大型化できます。オニキスが破壊されない限り、無限に修復できます。リデェリアルの魔獣使いには、長期戦を覚悟してもらいましょうか」


 ワクランは、別の印を結び、違う呪を唱える。

 人型は崩れ、砂に戻った。


「リデェリアルの生き残りが今いる地点。それは岩がごろごろ転がる山間部。材料に困りません。そして、これとは違うタイプのオニキスがあと三つもあります」

 ワクランは違う色のオニキスを見せる。


「なるほど……」

 マルティンが口を歪めながら顎のニキビをいじっている。


「二体の魔獣を同時に使う魔獣使いといえど、こいつぁイケルかもしれねいな! おいおい、俺たちの出番は残しておいてくれるんだろうな?」

「さあー。世紀の天才を相手にするんですから判りませんね」

 ワクランも口元に笑みを浮かべる。


「他のオニキスを紹介しましょう」

 巾着袋を三つ取り出す。


「赤いオニキスが炎のイフリート。青いオニキスが風のジン。黒いオニキスが水のリヴァイアサン」

 ワクランは一つ一つ、丁寧な動作で巾着より取り出した。


「私の知る限り、リデェリアルの魔獣使いのように、複数の魔獣を同時に操る魔獣使いはいません。あの魔獣使いは天才です。しかし……」


 ベヒモスを構成していた小山の上に、イエローオニキスが鎮座していた。

 それをワクランが拾い上げる。


「このオニキス魔獣は別です。起動さえすれば、何体も操れます。魔獣使いでなくとも命令することができます」


「だからと言ってマルティンに使わせる危険は犯せないな」

「ちげぇねー」

 ベルドの一言とマルティンの合いの手に、みんなが笑った。




「さて、あの時は何でもないように使ってましたが、実は大仕事だったんです」

 城塞都市キュウヨウの司令部の中庭で、ベルドと彼の幕僚団、それに主立った聖騎士達が見守る中、ワクランが気合いを入れている。


 銀に光るチェーンを取り出すワクラン。一息に宙へ投げつけられたそれは、二メートル径の輪を描く。

 その輪は、崩れる事無く空中に浮かんでいた。


 ワクランはその輪を腕と指の動きで垂直に立てた。

 地面対し、垂直に立つ大きな輪。人が簡単に(くぐ)れる大きさの輪である。

 

「これより座標と高度を入力して……ええっと、とにかく始めます」

 ワクランが呪文を唱え始める。長い長い呪文である。


 彼の額に汗が滲み、一滴流れた頃、その魔法は完成した。

 一見、鏡のような表面が構成され、そこへ山間部の景色が映し出された。


「へー。この目で見るのは初めてだが、こうやって作ってたのか!」

 マルティンが面白がって見ている。


「この戦法に俺たちは、どれほど煮え湯を飲まされた事か」

 苦しい過去を持っているようだが、そのような過去を引きずったニュアンスはまるでない。


「人一人分の大きさしかありませんから、皆さんは努力と工夫で覗いていてください」

「こんなんで向こうが見えるんだから便利なんだか不思議なんだか……」

 マルティンは及び腰で、輪の向こう側を覗いている。


「では行ってまいります」


 息を整えたワクラン。

 体を輪の中へ踊り込ませた。 






「何ででしょうね? ガル先輩」


 この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾で、山一つ吹き飛ばしてから何日か後。

 なぜかデニス嬢ちゃんは、街道に出る事無く、より奥の山道を選んで旅していた。

 その事について、ガルと論じていたのだ。


「オイラ達と違って、デニス嬢ちゃんは戦闘戦略戦術のド素人。がきんちょジムもやる時ゃやるが、所詮九歳児。オイラ達の見た目効果まで計算できねぇ。どうしても保身に傾いちまう。よって隠れて行動したがる。故の山道行軍だな」


 解らなくもない。生身の人間だ。刀で切られるまでもなく、弓矢一本で絶命してしまう事もあるだろう。それを恐れるのが普通。

 身を隠そうとして、なんの不思議もない。


「聖都へ向かう以上、どんなルートを通っても一カ所だけ通らなきゃならねぇ場所がある。そこまでの辛抱だな。そこを過ぎりゃ、後は平地。否応なしに注目の的となる。オイラ達の大戦略はそこから日の目を見る事となるさ」


 大勢の人が住むのに必要なのは土地。

 剣呑な山地じゃなくて平野。

 地球世界を見るまでもなく、広大な平野が必要だ。

 山間部は魔獣のテリトリー。平野部が人間のテリトリーである。

 人のテリトリーへ入るには玄関が必要だ。


「ひょっとして、その一カ所って所に?」

「相変わらず鋭いな。そこにちょっとした要塞がある」


 聖教会にとって、魔獣や異教徒と戦う軍隊を送り出す為の後方兵站基地は必要だな。


「それが城塞都市キュウヨウ。オイラは一度だけ遠目に見た事がある。実に守備に徹した町だな。いや、町と言うより地方都市だな、ありゃ」


 ガルの長話は続く。

 リデェリアル村なんかが所属する山地の終わり部分に建造された都市だそうだ。

 扇形を成す山地のエンド部分。山から流れ出る川に沿って作られた都市。高い城壁。分厚い城壁。

 いくつかの支援砦である支城を従えた城塞都市キュウヨウ。


 聖都がある人間のテリトリーへ向かうには、どこを通ってもキュウヨウの四つの支城による監視網に引っかかる。


 時々、山から魔獣の群れや戦闘的な異教徒が下りてくるらしい。

 本来、キュウヨウ施設群は、それらに対する人類の盾の役割だったそうな。

 それが先代の教皇の時代から、やたら戦闘的になったらしい。

 今生の教皇になって、より激しさを増したという。


 もちろん、一度たりとも異教徒の進入を許したことがない。

 不落の要塞キュウヨウ。なんか胸が躍るぜ!


「そんなこんなで、デニス戦隊DGLは、どうやってキュウヨウをどうやって抜くかが今後の課題となるであろう」

 ガルが言うDGLとはデニス・ガル・レムの頭文字を取ったものらしい。ジム君は戦力外通告だそうだ。

 ちなみにアルファベット表記に見えるが、実はこの世界の文字表記を地球風に変換しただけである事を明記しておく。


「南の城壁は低くて薄いが、川と湖が天然の掘りとなっている。山脈向きの西の壁は正面だからブ厚いし高すぎる。北もそうだ。聖都の方向である東が薄いし入り口もたくさんある。攻略するなら東だな」

 ガルは攻略の糸口まで探っていたようだ。


「でも、キュウヨウは一度も落ちたことがないんでしょう? 攻め手は弱点の東を突いていたんでしょう?」

「……だよなー。唯一の可能性が東なんだから、キュウヨウサイドもそこへ戦力を集中させるわなー。持久戦になったら支城からの援軍で挟み撃ちだ」


 城攻めなんかやったこと無い。前世でも、辛気くさい戦国シミレーションは苦手だったしな。  


「……その時に考えましょう」

 俺はキュウヨウの全貌を見た事がないので、この場で何とも言えない。


「だな。……今の時点では、出たとこまかせと力押しって言葉しか浮かばないからな」

 おそらく、それがそのままの戦術になる気がたくさんする。


 で、まあ、うっそうと茂る森を抜け、比較的視界の開けた岩場を移動中の事だった。


 俺たちデニス戦隊DGLは、いきなり魔獣の襲撃を受けたのだった。


  

ううっ!

12/3ちょい修正。

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