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8.それぞれの日常



 ベルド・ウラロ・スリークは馬の背に揺られていた。

 彼は今年で三十八歳。体力気力ともピークを迎える年代。

 スリーク王国前国王グルドラの第一子である。

 いや、だった、と言い換えるべきか?


 前王が崩御した後、本来なら跡を継ぐのは彼であった。


 飲み込みの速さ故、幼少時より多方面にわたる学問を修めていった。

 体格にも恵まれ、早くより武術に才覚を現していた。

 人を惹き付けるカリスマ。それでいてどこか孤高に見える風貌。

 部下や臣民への当たりは、厳しいが公平。


 次期国王として期待される声も多かった。


 ベルドの生い立ちは、二点を除いて恵まれていた。

 その内の一点は、ベルドが幼い頃に母が亡くなったこと。

二つめは継母と父の間に男の子が生まれたこと。


 ベルドは弟が可愛かった。


 十歳の差がそうさせたのだろう。

 継母に似た金髪と緑眼がとても綺麗な子だ。

 赤ん坊の頃から病弱で、武人としての体格には恵まれなかっただが、まだまだ成長途中。これから体ができあがっていくかもしれない。


 なにより聡明な子だ。


 武の才能はベルドが優れている。だが、知の才能は弟が優れているようだ。それがベルドの判断だ。


 腹違いの兄弟は仲良く育っていった。

 問題なのは、継母であった。


 どうしても我が腹を痛めた子が可愛い。有力貴族がベルドに靡くのが気にくわない。

 しつこい嫌がらせが始まった。

 それは父が病に伏した頃より激しさを増した。

 なりふり構わぬ宮廷工作に出た。毒殺未遂事件は片手の指に余るほど。


 継母の出は有力な国である。背後にその国が控えている。迂闊なことはできない。

 当時、悪いことに、異教徒討伐の出陣を聖教会より求められていた。


 父である先王は迫る死病の中、苦慮した末、ある結論に達した。

 継母と弟を除いた親族とベルドを病床に集め、遺言を申し渡した。


 ベルドを次期国王とすること。


 弟を異教徒討伐の司令官として送り出すこと。


 そしてそれは、先王の葬儀が終わった後、ベルドの口より発表することである。

 その意味するところは、ベルドをスリークの王とし、権力争いの種である弟の命を奪うというもの。

 十歳になったばかりの弟に軍は指揮できない。長旅に耐えられる丈夫な体ではない。

 確実に弟は死ぬ。

 

 遺言を伝えた翌日。王は息を引き取った。


 ベルドは深く悩んだが、決断に至るまでは早かった。


 葬儀の後、ベルドは居並ぶ臣下と出撃準備の整った聖騎士団を前に、威風堂々と先王の遺言を発表した。


「跡目は弟が継ぐ。私はこれより聖騎士団を指揮して異教徒を討つ遠征へと出る」


 みんなが驚いた。

 継母も驚いた。


 驚かなかったのは、剣術指南役でもある爺やのルーデンス・バトンだけであった。

 驚かない変わりに「やっちまたな」感溢れる実に渋い表情をしていた。




「おやベルド様、居眠りですかな?」

 ベルドと並んで馬を進めていたルーデンスが声をかけた。


 別に居眠りなどしていなかった。ベルドは二十年前の思い出に耽っていただけだった。だいいち、いかに乗馬の達人といえど馬上で居眠りはできまいに……。

「おお、つい気が緩んでウトウトとしていたようだ」

 白い歯を出して笑うベルド。


「さすがベルド様。戦に向かう馬の背が一番リラックスできる場所でしたか!」

 ルーデンスは、甲斐甲斐しいまでにわざとらしい棒読み台詞で芝居がかった一節を述べた。

 これにはさすがに幕僚団の面々も吹き出してしまった。


「おや? 今のところ、どこが面白かったのですかな?」

 ルーデンスは、わざとらしくも、キョロキョロと同僚を見回している。


「いや失敬。ルーデンス殿にお笑いの才能があるとは、いままで存じ上げておりませんでした」

 ビトール・コルデオがシニカルな笑みを口の端に貼り付けた。すべてを知っている顔である。

 冷血漢の作戦参謀であるが、彼なりに精一杯背伸びした冗談であった。


「私は前からその才能を見抜いていたがな」

 ベルドも話に乗ってしまった。


 ベルドは思う。

 これで良いのだ。


 いつものように仲間と戦い、いつものように祖国へ凱旋し、いつものように弟である現国王へ剣を捧げる。


 この繰り返しがベルドの幸せであった。  





 

 黒馬の背に揺られながら、ジムは考えに耽っている。


 一年前のあのとき。デニス姉ちゃんがガルを配下に治めたときから思う事がある。


 姉ちゃんは魔獣使いの天才だ。

 驚異レベルAからSに評価されているガルム犬のガルだけでなく、山を一つ消してしまう力を持ったゴーレムまで顎で使っている。


 死んだ婆ちゃんから聞いたことがある。

 リデェリアル村の始祖にして、最高の魔獣使いサリア様の事を。


 あのお方は、どんな魔獣でも言葉を紡ぐだけで配下に治めたんだよ、と話してくれた。


 デニス姉ちゃんはサリア様に匹敵する魔獣使いだ。

 姉ちゃんのお爺さんであらせられる先代様や、お父さんの族長様でもマスターの称号しか持ってない。


 百年前の大戦争に参加した当時の族長は魔獣十匹を操り、ハイ・マスターの称号を持っていたと聞かされている。


 姉ちゃんは、百年に一度……いやいや、千年に一度現れる伝説の魔獣使い、レジェンド・ハイ・マスターなのかもしれない!


 だってそうだろう? 

 あのピンチを切り抜けたんだ。


 土砂崩れを見たときは、死ぬかと思った。

 怖くて体が動かなかった。


 でもデニス姉ちゃんは、「ガル、レム」と言っただけ。

 それだけでレムが、ものすごい力を出した。


 姉ちゃんがあの山を吹き飛ばしたんだ。

 吹き飛ばした後も普通だった。何の感情も顔に浮かべず、山があった方向を見ていたんだ。

 

 今さぁ、僕たちは、姉ちゃんが吹き飛ばした山の跡を歩いてるんだけど、すごいよ! 地面がツルツルしてるんだ。

 僕なんかもう、おっかなびっくりだよ。

 だけどもう、ガルはレムにじゃれついている。レムの足下に前足を触れて遊んでいる。

 二人とも、山一つ吹き飛ばすくらい、なんてことないって顔してる。

 とくにレムの堂々した態度は頼もしい。……死んじまった父ちゃんみたいだ。


 僕に、魔獣を使う才能なんか無い。

 でも、デニス姉ちゃんの役には立っている。


 姉ちゃんはレジェンド・ハイ・マスターだけど、戦い方はからっきし駄目だ。僕が色々と口出ししなきゃ、せっかくの力を持てあますことになる。


 だから、僕はずっとデニス姉ちゃんに付き従うよ。


 この旅は危険な旅だ。

 僕たちは死ぬかも知れない。


 だけど、僕より先にデニス姉ちゃんは死なない。

 だって、僕が死ぬときは、姉ちゃんの盾になってるはずだから。


 でも、もし生きて帰ってこれたなら、……僕は、姉ちゃんに……。






 ガルが唸っていた。鼻の頭に皺を寄せて唸っていた。対象は俺だ。


「エネルギー・コンデンサー弾は『この上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾』と改名する。以後、製造と使用はこれを禁止する!」

「はい、すんませんでした」

 ガルの説教に、頭を垂れて猛反省する俺である。


「反省はいい。幸い人や魔族はいなかったようだ。だが、タヌキさんやウサギさんは住んでいた。彼らは何も知らない。何の罪もない」

「すんません!」


「わびの言葉はいらない! 彼らの肉球とモフモフは戻ってこない!」

 いつもより厳しいガルの言葉。普段なら噛みつくものだが、今回の俺は温和しい。

 自分も持ってるくせに、肉球とモフモフマニアな所に突っ込む事も忘れていた。


「よーし、歯を食いしばれ!」

「歯は無いです!」

「理屈を言うなっ!」

 ぺし!


 ガル先輩の愛の肉球ビンタが膝にきまった。


「いや、ふつう顔でしょうが!」

「サイズ比から判断して、ここにしたぁっ! これからもデニス嬢ちゃんラヴに励むように! オイラ達が操られてない事を絶対悟られんじゃねぇぞ!」

 そんなこんなで、ガルは許してくれた。


 だけど、自分は自分を許せなかった。


 知らなかったとはいえ、結果が酷すぎた。


 大自然を破壊してしまった。

 言い訳などしない。

 山一つが消えたのだ。

 人間ができる業を外れたのだ。


 山一つ消そうとすれば、例えば、ゼネコン主導でダンプとかダイナマイトとかたくさん人や重機を使って……。


 よく考えれば、元の世界じゃ人間がバンバン山を消してたじゃん!

 タヌキは消えないんだ。いなくなっただけだ!

 

 てなことで、十分反省もしたことだし、ポジティブに生きていこう。

 旅は長いのだから。


 ところで……。

「ガル先輩、あの山に魔族が住んでないことをよく関知できましたね? ご存じだったんですか?」

「いんや。調べるまで知らなかったよ。あんときゃ慌てたぜ! 住んでないと判明して安堵したぜ!」

 調べるって……ガルはずっと俺の前か横かにいたぞ?


「疑問を解決してやろう。ま、いつか言おう言おうと思ってた事だ。良い機会かも知れねえ」

 すっごい自慢(ドヤ)顔の狼が一匹いる。


「オイラ達魔族は、人間のように書物を持たねぇ。書き残すって事もしねぇ。だいいち文字を知らねぇ。お互いのテリトリーを犯さないよう、個体は独立して生活している。よって口伝で情報を伝えるなんて事もしねぇ。じゃぁどうやって後世へ高度な文化・文明を残してるって思うね?」


「いやー、わかんねぇっす。文字や音声で残す手段がないのに、どうやって魔族は後進に経験を伝えてるんでしょうかね?」

 俺はあっさり降参した。


 だいたい俺の常識の外で生きてる生物だ。常識人の代表たる俺の考えが及ぶとは思えない。

 ましてや如何様な積み重ねで、高尚な趣味を持った魔族が生まれるのか? 不思議に思っている。


「オイラ達高等魔族はよ、『魔族(ディモンズ)意志(ペディア)』と呼ばれる記録(レコード)接触(アクセス)できるんだ」

 それ、どこかで聞いたことがある。


「アカシック・レコードですか?」

「アカシックレコード? ああ、世界の記憶な。そりゃたぶん違うと思うぜ。『ディモンズペディア』は今を生きる魔族や過去に生きた魔族の知識と知恵、それに経験が蓄積されている巨大な霊的記録柱のことだ。いろんな――それこそ雑多な魔族の経験と知識が記録(アツプ)されている。言い換えれば玉石混合状態なのだ」


 ああ、ガルの説明は一発で理解できた。似たようなのが前世にあったからな。 


「いわゆる情報の大海。嘘と真実と真摯と悪意を見分ける目が大切なんですね?」

「おお、よく理解できたな。その通りだ。特に最近、あきらかに間違った情報を載せるバカと、それを信じるバカが増えて苦い思いをしている。分別能力(おさと)の差が出るところだ」

 魔族の意志に接触できなくて心底良かったと思う。


「でよ、ディモンズペディアに接触できる者は魔族である。言い換えれば、接触できないリム君は、魔族じゃないんだな」

「え? 俺、魔族じゃないですよ」

「いやいやいや!」

 ガルは鼻先を左右に振って俺の意見を否定した。


「レム君は魔族でも人間でもない。中途半端な存在だって事を認識しておいて欲しいって事だ。それには何か意味があるはずだ。オイラにゃ何の意味かわからないが」


 意味深なようで中身がないレムのアドバイスを受け、突っ込むところかボケるところか判断に迷っていた。


「ヴィフィフィフィフィフィヒーン!」

 黒皇先生が「話はそれまで!」と、ばかりに嘶いたのであった。



がんばれジム君、君は男の子!


ガル先輩、自重しろ!


レム君、もうちょっと主人公としての自覚を持とうや。



次話より、武力衝突編へ突入。前哨戦の始まりです。

お楽しみに!

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