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7.黒衣の将軍

 ベルド公爵が配下と共に聖都を出撃する予定の朝の事である。


 ベルドは、朝日の差す教皇執務室にいた。

 バライト教皇側は、側近の枢機卿ハウルとヨルド、そしてもう一人の四人。

 教皇バライトは、小さいながらも荘厳な作りの机も向こうに座っている。

 左に並べた椅子にハウルとヨルドが腰掛ける。

右斜め後ろに、新顔の男が一人。

 

 ベルド側は、ベルド本人のみである。

 机を挟んで教皇の正面に直立して、言葉を待っている。


「あらてめて……神の名においてここに命じる。ベルド公爵に要塞都市キュウヨウの総監を命じる。全戦力を用い、リデェリアルの魔獣を打ち倒せ。生き残りに関して、聖教会に帰順しない場合は、その命を天に帰せ」

「謹んでお受けいたします。教皇猊下」

 ベルドは跪き、下命した。


 聖教会が支配するこの大陸において、国を束ねるのは王。王と世界を束ねるのは聖教会教皇である。

 聖教会の発する兵員動員要請に対し、各国は絶対に応じなければならない。


 その見返りとして、聖教会での序列が優遇されるのはもちろん、作戦行動に関わる全経費のほとんどを聖教会が支出する。

 また、出兵した国を他国が攻めた場合、教皇と聖教会の名において、全国より動員された戦力で討ち滅ぼされる。聖教会は巨大な軍事力を持つ事になるのである。


 それが決まりである。


 よって、各国は兵を出し惜しむことがない。

 財政面も、安全面も保証される。隣国との抗争事も、聖教会の後ろ盾により有利に運べる。

 もともと聖教会は、国教が異教でない限り、内政に口を挟まない。


 戦いは異教徒相手のみ。


 異教徒も聖教会へ宗旨替えすれば戦いは起こらない。むしろ聖教会からの支援が期待できる。

 聖教会を支持してさえいれば、だれも損をしない。誰もが平和を享受できる。

 このシステムで、聖教会は異教を駆逐し、勢力を増やしてきた。そして聖教会の勢力内での戦争が消えた。


 先代教皇がこの政策を始め、現教皇バライトが、さらに強固に推し進めた。

 その結果、戦争のない豊かな世界が作られつつある。


 信仰と軍事力による平和。

 

 このような理由で、聖教会のトップたる教皇は、軍事の長でもある。

 今回、その権限でベルドに命を下すのだった。


 

 バライト教皇が豪奢な金髪を朝日に輝かせていた。

「これは私からの手向けである。受け取ってくれ」


 従者に持たせた袱紗より手に取ったのは、鶉の卵ほど大きい宝石が四つである。

 サリアが教皇へ手渡した宝石は五つ。一つを残して残り四つがベルドへ譲渡される。

 宝石を羅紗の巾着に入れ、木製の箱へ収めた。


それをベルドに渡すかと思いきや、斜め後ろに立つ男へ渡す。


 その男は簡素なロングコートを纏った中年だった。

 彫りが深い顔の作りが、ベルドや教皇達と人種を違えている証明となる。


「紹介しよう。ワクラン君だ。異法使いであるが、聖教会の洗礼を受けている。いまでは敬虔な聖教徒であるから、仲良くしてやってほしい」


 木製の箱を抱えたワクランは、微かに頭を下げ、思い出したように箱を小脇に抱え直して、片手を胸に当てた。

「異法を使う、クラチナ村のワクランです。どうかよろしく」


 異法とは聖教会が言うところの魔法の事である。

 解りやすく言えば、魔法使いワクラン、という事だ。


 どういう事かと、怪訝な眼差しを教皇へ向けるベルド。


 教皇は、にっこり微笑んだ。

「この宝石は奇跡の力を封じてある。魔獣に対して効果は絶大であろう。使い方はワクラン君が知っている。きっと君の役に立つはずだ。使ってやってくれ給え」


 納得がいった様子のベルド。異法使いのワクランに体を向けた。

「ベルド・ウラロ・スリークである」

 ニヤリと笑うベルド。お追従で笑みを浮かべるワクラン。


 不思議な空気が二人の間に流れている。


 そこへ取り次ぎが入ってきた。

「何事ですか?」

 落ち着いた声でハウルが取り次ぐ。


「リデェリアル遠征軍守備隊長アナニエ様配下の伝令が、教皇にお目通りを願い出ております」

「許可いたします。お通しください」


 ベルドに役職を与える聖なる式の最中である。まして、教皇執務室である。

 普段なら誰も入ることはかなわない。ただし、リデェリアル関連の報告は別である。

 バライト教皇の計らいであった。


 ヘッケルに肩を担がれたボヤージが入ってきた。

「報告いたします!」

 ボヤージの報告に、会した一同は驚嘆の声を上げるのだった。






「信じがたい内容ですな」

 ベルドの第一声である。


「か、神の左手ですと?」

 ヨルドが口を戦慄(わなな)かせる。


「それくらいであっても不思議ではない。一万の聖騎士が壊走した相手なのだからね」

 バライト教皇は、顔に笑みさえ浮かべていた。


「そのような事態を想定しての、聖なる宝石とワクラン君だ。ベルド公爵なら、このような事態にも期待通りの対処をしてくれると私は思うがね」

 

「お言葉通り。我にお任せあれ。行くぞ、ワクラン殿。ヘッケル!」

 ベルドが二人を連れ、部屋を出て行こうとした。

「お待ちください! 私もお連れください!」

 大声を出したのはボヤージである。


 ベルドは彼の射抜くような目を見た。

 それは復讐に燃える目だ。


「だめだ。君は疲れている。軍は拙速を求める。その体では付いてこれまい」

 ベルドは冷たく言い放つ。


「しかし――」

「しかしもヘチマもない!」

 ボヤージがなおも食い下がるが、ベルドは一言の元に切り捨てた。


 そして、口調を柔らかい物に変える。  

「君は役に立った。今はゆっくりと体を休めよ。それが君に与えられた仕事だ」






 教皇執務室を後にして――。

「久しぶりだなぁワクラン!」

 ずいぶん親しげに話しかけるベルド。


「お久しぶりです。その節は一族がお世話になりました」

 ワクランもよく知った口を利く。


「さっきから気になっていたんだ。その宝石の説明を頼む。ただ物じゃないんだろ?」

 ベルドの口調は砕けている。これが本来のベルドの話し方なのだ。


「幕僚の方を交えて、詳しくお話しいたしましょう。ルーデンスさんに二度話をするのはうんざりですから」

「ずいぶん話を引っ張るな!」


 二人は声を上げて笑った。



このベルドって好きタイプだな、うん!

いや、恋愛対象じゃなくて!


次回はちょいとゆっくりした時間が流れます。


12/1ちょい修正。

私にしちゃ珍しい回です。

ドゾお楽しみに!

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