6.仕掛け人顛末記
「こんな馬鹿なことがあるか!」
リデェリアル守備隊長アナニエは、岩の下敷きになっていた。
この位置から推測して、部下達は自分より酷い場所で生き埋めになっているはずだ。それは助からないという意味でもある。
首から下に感覚がなかった。確実に死を迎えようとしている。
アナニエは、自分でも冷静に思考できている事に感動した。
彼は、仮初めの生を有意義に使いたかった。
しかし、良い使い道が思いつかなかった。
「隊長っ!」
ヘッケルに続く若造、ボヤージ1人だけが、池の決壊組で無事だったようだ。
憎らしいことに、馬まで無事だ。
「命令を伝える」
普通に声が出せる事に驚いた。
「事の顛末をしかるべき者に伝えよ。以上だ」
「隊長ーっ!」
ボヤージがアナニエの体を掘り起こそうと、馬鹿でかい岩に取り付いた。
無駄なことをする。
アナニエに感情はなかった。
よく聞く話。これまでの人生が、走馬燈のように現れる。なんて事はなかった。
今日の戦いだけがリフレインされていた。
巨大ゴーレム達の進路を予想し、待ち伏せ攻撃を掛ける。
驚く事に、連中の進行方向を延長すると、聖都がある。
まさかと思う。
だが、進路予想の役に立つ。
豪雨の中、最適の場所を探しまくった。
それがここ。
連日の雨で土砂崩れが起こっていた。
左右へ逃げ場のない隘路。
崩落寸前の岩。
堰き止められた川は池となり、少し手を出すだけで決壊する。
巨石で後方を断ち、池を決壊させれば逃げ道がない。
手順に狂いがなければ、ゴーレムといえど仕留められる。
そして万事手抜かりはなかった。
予想以上にうまくいった。
だのに結果がこれだ。
あのゴーレムは何をした?
山が一つ吹き飛んだ。
まるで神話の出来事だ。
あれは本当にゴーレムか?
古里に伝わる創世神話の巨人ではないのか?
聖教会は嘘っぱちだったな。
作戦は失敗だ。
池の決壊組は先に天国とやらへ旅立った。
岩石崩落組は無事だろうか?
戦いの中に死ねた事だけが救いだった。
「すまない……」
アナニエは空を見上げながら謝った。
「隊長が謝る事ありません! みんな自分の意思で戦ってるんです!」
ボヤージは鳴き声で叫ぶ。
……違うんだけどな。
アナニエはボヤージの勘違いを微笑ましく思った。
アナニエが謝ったのは、家で待つ家族にだった。
――帰れなくてすまん――
それがリデェリアル派遣軍、リデェリアルベース守備隊長アナニエ・ルストー、最後の意識だった。
一方……。
ダレイオスとゲペウの姿が、リデェリアル村方面へ続く街道にあった。
二人以外に、見慣れぬ顔が三人付いていた。
結局、あの後二人は聖宮殿へ戻らず、聖都を抜け出した。
援護者と会談を持った後、その足で旅に出た。
とある志を共にする仲間、三人を追加した計五人での旅である。
聖都を後にして何日か後、早駆けする馬に出会う。
遠目に見ても誰だか解る。アナニエ隊長と一緒にいた若造君だ。確か名前は……。
「ボヤージ殿!」
突然呼ばれた自分の名前に、飛んでいた意識が戻った。
馬上である事を思いだし、手綱を引く。
休ませてくれる事を感謝した馬は、最短距離で停止した。
「やはりボヤージ殿か! 無事で何より!」
ダレイオスは馬に駆け寄っていく。
「ダ、ダレイオス司教ですか?」
ボヤージの目がダレイオスに焦点を合わせた。
「アナニエ隊長はご無事か?」
ダレイオスが発した固有名詞に、押さえていたボヤージの感情が爆発した。
ボヤージは一部始終を語った。
ダレイオスは貴重な水筒の水を与え、その話を聞いていた。
山が消えた下りで、ダレイオスは息を飲み込んだ。
「巨神の左腕か?」
「巨神の左腕?」
ダレイオスの言葉をオウム返しに口にしたボヤージである。
曰く、
神が右手を挙げた。
すると瞬きするまもなく山が作られた。
神が左手を挙げた。
すると息つくまもなく山が消えた。
山を作るも山を消すのも神の御技。
「神の左腕? 巨神の左腕? わ、私はどうすれば……」
理由に心当たりがない。ボヤージに理由など無いのだが、体が震え出す。
「聖都に赴かれよ。そして見た事すべてを包み隠さずご報告申し上げよ。それがアナニエ隊長に託された貴殿の仕事ではないか!」
ダレイオスはボヤージに目的を思い出させた。
そうする事で余計な事を考えさせなかった。重大案件を上の者に伝える事で、責任を軽くしようと考えた。
「早く行かれよ! あ、それからワシらに会った事は喋るでないぞ。話がややこしくなる。事は簡潔に、余計な要素は排除して伝えなければな!」
馬に跨がったボヤージに、ダレイオスが釘を刺す。
ボヤージは頷いてから、馬の腹を蹴った。
騎馬は一直線に聖都へと駆けていく。
「司祭様、あの巨神は異教徒達の神なのでしょうか?」
ゲペウがボヤージを見送りながらそんな事をつぶやいた。
「聖教会の拡大政策に一石を投じられるかもしれない」
ゲペウは新顔の三人となにやら相談を始めた。
ダレイオス達の旅は再開された。
しかし、内の一人は元来た道を戻り聖都へと向かった。
別の一人は、ダレイオス達に先行して旅を急ぐ。この先の辻で、ダレイオスが向かう道とは違う街道を取る予定である。
変更された計画だと、この後、もう一人は要塞都市キュウヨウへ入る事になる。
ダレイオスとゲペウも向かう地を変える予定だ。
旅の五人と若い聖騎士が会合したことは、「神」の手による必然だったのかもしれない。
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