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5.前門の虎、こうもんの狼-2

 この雨で上流に何かあった。ダム的な何かが有った。

 それが何らかの理由で崩壊すると山津波となって麓の町や村を飲み込む。まさに災厄クラスの天災。もしくは天災クラスの災厄。


 テレビで見たことある。


 これは俺の射撃訓練のせいではない! 断じてない! お、俺は無実だ!


 土石流は、ここへ到着まで一分とかからないだろう。


 避けようにも、左右は切り立った崖。

 逃げようにも、後ろは通行止め。


 嬢ちゃん達やガルは生き埋めで死んでしまう。俺は死なないまでも、生き埋め状態からの脱出に自信がない!


 こうしている間にも、どんどん迫り来る山津波。

 嬢ちゃんは予想通りアワアワしているっ!

 ど、どうすればっ!


「レム君、レフトアーム砲を使え!」

 ガルが叫ぶ。


「無理無理無理! あの質量は吹き飛ばせない!」

 俺は両手を振って否定した。


「爆弾でアレがどうにかなるはずなかろう!? うわー、もう目の前に来るよ! 崖をよじ登った方が早いって!」

「バカヤロウ! その崖を吹き飛ばして崖崩れを起こすんだよ! 崖崩れを崖崩れで阻止するって寸法よ!」


 理解した! 崖崩れで山津波を堰き止めるのだ。

 ガル先輩ってば頭良い!


 俺はエネルギー・コンデンサー弾を胸から取り出した。俺から見るとピストル弾並の大きさ。人間サイズで見ると小さな子供程。

 それを左脇の下装填口へ挿入。


 迫る山津波。


 左腕を伸ばし、砲身へチェンジ。

大規模な崖崩れが発生しますように。


 百メートル先の、右の崖に狙いを付けて……。


 発射! 


 肩からバキンと発射音。音速の何倍かで飛び出すエネルギー・コンデンサー弾。

 狙い違わず崖に吸い込まれて……。


 左へカーブしたっ! いや、左腕だからシュートか!?


「バカヤローーーーォーーーッ!」

 ガルの叫びが尾を引いた。俺も同意見だ。


 さらに、シュート変化した弾丸はバッターの顎めがけホイップ。山津波中心部へ着弾した。



 おわた。



 そう思った次の瞬間!

 目の前が白一色で覆われた。


 何が、と考える前に経験が答えを出した。

 この白いのは色じゃなくて光だ。

 思考していられたのはそこまで。

 残りは記憶に刻まれるだけだった。


 白い光りにも濃淡が有ることを初めて知った。


 白い影と白い光りが渦を巻き、フレアを起こし、波のように打ち寄せ、消えては出現を繰り返していた。

 俺たちは尻餅をつくことも適わず、光の洪水に当てられていただけ。

 

 気がつけば、光が収まっていた。

 気がつけば、生きていた。

 気がつけば、山津波が無くなっていた。

 気がつけば、……。


「前の山が一個消えていますが、何か?」

 俺の声が、俺の口から聞こえていた。


 前方の視界をふさいでいた緑豊かな山は無く、青空が広がっていた。

 ガルは、体ごとゆっくり振り返り、俺の顔を見上げてこう言った。

「指向性の爆発でよかったな。レフトアーム砲並びに、仮名称エネルギー・コデンサー弾は以後、使用禁止な」


 その提案に、俺は一も二も三も四もなくハゲシク同意した。






 ――デニスは疲れていた――


 干上がった川底を歩けたのは幸運だと思う。

 だけど、ゴーレムのレムがデニスの命令を聞いてくれない。


 大きな音を立て、レムの左腕から何かが飛び出していく。

 川向こうの崖に当たって、土砂崩れが起こる。

 それを何回か繰り返している。


 人面岩から出てきた、いわく付きのゴーレムとはいえ魔獣は魔獣。その破壊への衝動が押さえきれないでいるのだろう。

 聖騎士1万人相手に戦った興奮が醒めやらぬのだろう。


 お爺ちゃんから、もっといっぱいお話を聞いておくんだった。後悔の念後に立たずである。

「わたしはまだまだ、という事なのかな……」

 デニスは、ガルの背でため息をついた。


「そんなことはないよ姉ちゃん!」

並んで歩く馬の背に揺られているジムが、デニスを励ますかのように声を掛けてきた。


村長(むらおさ)だって、レッサードラゴンを押さえるのが精一杯だったじゃないか! 先代だってガルム犬と人面岩のゴーレムを二匹同時に押さえるなんて、出来っこないよ!」

 ジムの目がキラキラ輝いている。


「姉ちゃんはすごいんだ! 慣れてないだけなんだよ。もっと自分に自信を持たなきゃ!」

 彼は尊敬の眼差しでデニスを見あげている。


 そうだ。


 わたしはお爺ちゃんや父さんのできないことをやってのけた。

 実力はある。ただ、経験が少ないだけだ。


 惜しむらくは、代々受け継がれてきた技術を無くしたこと。それが有れば、こんな場合でも対処できたはず。

 何百年も掛けてこつこつと蓄積してきた遺産が、一夜にして消えて無くなる。

 父や祖父、そしてご先祖様が生きてきた証が無くなってしまった。


 デニスは、喪失感に恐れを抱いた。

 それにしても……


「レム君! そろそろ止めなさい! ガルちゃん! あなたもレム君に何か言って上げなさい。先輩でしょ!」

 そこまでの子細をガルが理解できるか解らなかったが、声を掛けずにはいられなかった。


 デニスの話を聞いてくれたかくれなかったか。ガルが、なにやらレムに向かって吠え始めた。

 レムの方も気になるらしく。その直後に一回打ち込んでお終いにした。


 何でも言ってみるものである。



 そうこうしているうちに、危ない現場に出くわした。


 レムの何十倍とありそうな岩が、落ちそうになって目の前にあった。

 すでにパラパラと音を立て、小石が落ちてきている。岩が落下するのも時間の問題だ。


 これは通るべきか、引き返すべきか? 怖いから引き返そうか?


「ね、姉ちゃん。通せんぼする前に引き返そうよ」

 ジムが弱音を吐いた。


「何言ってるの! 落ちる前に通るのよ!」

 ここで同意しては、デニスのメンツに関わるような気がしたのだ。


「先にわたしとガルちゃんが通るから、ジムはその後をついてきて。いい? 音を立てちゃ駄目よ! 馬を乱暴に歩かせちゃ駄目よ! 特にレム君! 命令よ! あなた忍び足で歩いて!」


 お姉さんぶったデニスが、内心怖々、だけど見た目は平然として岩の下を通過した。

 それを見たジムは、意を決し馬を進めた。

 無事通過。


 問題はレム。


 見た目、滑稽なほど背中を丸め、抜き足差し足で岩の下を通過した。

 体が大きいから、ユーモラスな動きがよく似合う。

 デニスは堪えたが、ジムは駄目だった。

 指を差して大声で笑っていた。



「では、改めて前進!」

 デニスは隊列に前進を命じた。なんだか商隊のリーダーみたいで気持ちよかった。


 そうやって気が緩んだときだった。


 地響きを立て巨石が崩落した。

 これにはさすがのガルも、レムもびっくりしたようだ。現場を見つめたまま固まっていた。 


 危ないところだった。

 あと少し遅かったら下敷きに……。


 デニスの目が動く物を捉えた。

 切り立った崖の上、確かに人間がいた。

 それも聖騎士だ。


「ジム! 気をつけて! 聖騎士の仕業よ!」

 叫ぶデニス。手綱を握り直すジム。

 ガルは低く構えて前を見据え、レムは後方に気を使った。

 

 また地響きがした。

 こんどは正面進行方向。


 それは最悪の事態。


「山が走ってる?」

 ジムの率直な意見。


 そう、目の前の、これから挑もうとする予定の山がこちらに走って来ている。

 と、思ったのは一瞬だけ。


 デニスは見覚えがあった。


 三年前の冬。雪山で雪崩が発生した。

 デニスと村の人たちは隣の山からそれを見た。

 山が崩れて落ちた。そんな大雪崩だった。

 今、目の前のそれは泥と岩の雪崩。どうやって発生させたかは解らない。相手は戦争のプロだ。自分が知らないことをたくさん知っていて不思議はない。


「これは聖騎士の罠!」


 さて、どうしよう? 

 このままでは巻き込まれる。


 逃げようにも後ろは聖騎士によって塞がれた。 

 デニスの頭が真っ白になった。

 口から出るのは、アワアワという音節だけ。


「ガル! レム!」

 その二つの言葉が出たのは奇跡だった。


 まず、ガルが動いた。レムに向かって一声吠えた。

 レムは、頷いて左手を伸ばす。さっき練習していた変な武器だ。


 もう泥雪崩は目の前。地震と同じ揺れが足元で起こっている。 

「あーっ! わーっ!」

 デニスはパニックにパニックを重ね、目に渦巻きを作り、両手で頭を抱え込んだ。 

 


 そして、山が光った。


 目の前の、泥雪崩が消えていた。

 ついでに山も消えていた。


 デニスは、脇で雄々しく立つレムを見上げた。

 

 それは――

 力そのもの存在。

 具現化したパワー。

 デニスの目に、レムは魔獣を越えた存在として映っていた。


 心がざわめいている。

 納得がいかない。


 考えれば、レムの出自は不明。

 人面岩の中で生まれたのだろうか?

 誰が、どのようにして?

 魔獣を越えた不可思議な存在。

 そんなレムを従えた自分は?

 やはり……。


「自分は天才なんだ」

 納得がいったようである。


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