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3.裏聖都

 聖宮殿の中心部。


 右手の窓から日の光が長い廊下に差し込んでいてとても明るい。

 ここは教皇執務室に続く光の通路。


 様々な大理石を寄せ木作りにした通路。

 一定間隔で置かれる調度品は、有名な芸術家の作品だ。

 聖典の物語を題材にしたタペストリーが壁に飾られている。


 バライト教皇は、侍従すら付けず長い廊下を足早に歩んでいた。

 悲しげな表情を浮かべて歩いていた。


 行き当たりは、人の背丈の何倍もある黒い扉で塞がれている。


 教皇は、重厚な作りの扉を片手で押し開ける。

 見た目とは反対に、扉は軽く内側へと開き、教皇を招き入れる。


 この先は教皇執務室にして教皇の私室である。何人たりとも教皇の許し無しで足を踏み入れることはできない。

 それだけの権威がこの部屋にある。


 豪奢な金髪を揺らしながら、バライト教皇は執務室を突き抜け、プライベートエリアへの前に立つ。


 境目にあるのは木目がそのままの質素な扉。

 バライト教皇は、アルカイックスマイルを浮かべて扉をくぐった。

 

 


 バライト教皇は、総革張りのソファに体を沈めていた。


「リデェリアルの人面岩伝説は……本当だったようだね、サリア」

「だから強敵(ベルサレク)貴男(バライト)との競争に敗れた」


 答えたのは、サリアと呼ばれた青いドレスの女。

 テーブルを挟んで向こう側のソファにもたれている。

 大事そうに、小箱を膝の上で抱えていた。


 肩幅が細い。片手で握りしめられそうな細い腰。長い睫。薄いオレンジ色のルージュが上品だ。

 華奢な女という表現がこの上もなく似合う女。腕に抱けば砕け散ってしまいそうな女。

 光を放つがごとく美しき金髪。長い髪を背中に流し、バライト教皇の正面のソファに腰掛けていた。  


 美しい女。冷たい美しさ。そして儚い美しさを持つ女だ。


 サリアの艶やかな唇から、天上界の音楽がこぼれ出る

「バライトの地位を脅かすベルサレクは倒れましたが、新たな魔物が生まれてしまいました。はたして、どちらが最善だったのか……」


 サリアは悲しげな目をして、バライトから目を逸らした。

 先刻の出来事を話す前に知る女。


 バライトはそれを気にとめていない。

「悪を討ち滅ぼすには、悪を生み出す必要もあるのだよ」


 腹の上で指を組むバライト教皇。ゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと目を開く。

 正面に見据えるは、翡翠色したサリアの瞳。


「私は列強と呼ばれる五大王国を教化した。

 辺境の国々も聖教会に帰順しつつある。

 異教徒の国々も柔剛合わせた手段で平らげつつある。

 全ては世界平和のため。人の心を一つにまとめ上げるためには、あえて毒も使わねばならない」

 自信に満ちたバライトの声。


「世界が平和に……」

 サリアの目に懐疑の光が宿る。


 バライトのアイスブルーの瞳が深緑の瞳を見据える。

「私を信じてほしい」


 サリアは、それに答える変わりに、膝に抱いた小箱を開けた。

 音楽が流れる。小箱はオルゴールになっていたようだ。

「これを貴男に」

 サリアは、大粒の宝石を五つ取り出し、テーブルにそれを乗せたのであった。






「お心遣いはありがたく受け取ります。されど、しばしお待ちを」

 教皇の命で、湯浴みの場に案内しようとする侍従に対し、ダレイオスが待ってくれという。


 何故か? と侍従の目が問うていた。

「この町に、私の知り合いがおります。私の身を案じております。まず最初に顔を見せ、安心させとうございます」

 ああ、女か……。侍従の体から警戒感が抜けた。


「一刻の後、戻りますれば、どうか彼の者の心に安らぎを!」

「そういう事でしたら、どうぞ無事な姿を見せ安心させてあげるが良いでしょう。門番には私から話をしておきましょう。なるべくお早いお帰りを」

 侍従は、ダレイオスを聖宮殿の出口へと案内すべく、体の向きを変えた。


「大丈夫ですか司祭様!」

 何事かと振り向く侍従。

 ゲペウがダレイオスの腕を取っていた。


「もうお年なのですから……仕方ない、私がお供いたしましょう! 侍従様はヘッケルさんを先に案内しておいてください」

 こうして、侍従はヘッケルを宮殿客間へ、ゲペウはダレイオスと共に宮殿の外へと向かった。



 宮殿から出てすぐ、ダレイオスはゲペウに不機嫌な顔を向けた。

「芝居が臭いぞゲペウ。人を年寄り扱いするでない!」

「自重いたします」

 それに対し、ゲペウはしれっとした顔で迎えていた。


「でも、なんで嘘をついてまで宮殿の外へ? 我々の足はもう限界です。中にいれば至れり尽くせりでしょうに」

 今度はゲペウが不満をあらわにした。


「バライト教皇はお偉いさんを集め、何を食していた?」

「……豪華な食べ物ですな」

「そう。聖職者にあるまじき旨そうな食べ物が並んでおった」

 ゲペウは黙っていた。


「最も教皇の座に近いのはベルサレク枢機卿だ。今日はベルサレク卿の失脚記念日となった」

「ふんふん」

 ゲペウの頭の中でパズルのピースが形成されつつあった。


「それと異教の神と認識されていい巨神を軽く無視した。あれは人面岩伝説を知っているな。それと異教徒との戦いを改めて正当化した。どれもこれも証人として、これ以上は無いほどの人材の前で!」

 ゲペルの足は、聖都の衛星を成す町の一つへと向かっている。


「ひょっとして、かのお方が強行派の頭領だとおっしゃりたいので?」

 ゲペウはダレイオスの腹を探った。

 それはいつもの事なので、ダレイオスは意に介さない。


「ゲペウはどう思う?」

「同感です……あ、いや、そんな馬鹿な!」


 ダレイオスの足は、貧民街へと向かっている。


「神は聖教会の神のみ。それは間違いない。神の教え。それも間違いない」


 路地を抜け、大通りを横切り、また路地へ入る。

 ずいぶんこの町の地理に詳しい。

 ゲペウも離れる事なくついて行く。それは目的地を知っている足取りだ。


「だが携わる人間が道を踏み外さない。などと誰が言えよう。異教の神は認めない。だが、異教徒を暴力で従えるのは間違っている! 私の宗教は、そうではない!」


 日の差し込む隙の無いスラムの奥。

 ダレイオスは、腐りかけた扉を無遠慮に開け、躊躇無く入っていった。

 ゲペウも後を追う。


 中には、聖教徒らしからぬ男達がたむろしていた。


「まして、教皇が道を踏み外しているのだから厄介だ」


 ドアは、軋みながら閉じられた。

 



敵情はここまで。

次回よりレム君とガルちゃん回が始まります。


翡翠色は黒にあらず!

ってことで修正しました。

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