1.さようなら、リデェリアル……
新章始まりました。
ちなみに、みなさん、
どうやってこんなマイナーな(ベスト百にも入ってない)お話しにたどり着いたんですか?
「ちょいとばかりハデにやり過ぎちまったかね? レム君」
「そのようですね。でも反省はしていません」
俺とガルの反省会は終わった。
俺たちの手によって静かになったリデェリアル村。
デニス嬢ちゃんは、残された機材を広場に集めて、何かの準備を始めていた。
村が全滅したというのに、ずいぶんと張り切っている。
なんにせよ、前向きなのはいいことだ。
その広場の隅っこで、俺とガルは膝を抱えて座り込んでいる。
いや、膝を抱えているのは俺だけで、ガルはお座りの体勢なんだけど。
「要約すると、何らかの理由で聖教会は魔法使い達と手を組んだ。リデェリアル村が滅ぼされたのは、魔獣使い故の理由と、何かの前線基地として使うためだったらしい」
ガルは、捕虜からデニス嬢ちゃんが聞き取った話をまとめて話してくれた。
「リデェリアル村は聖教会の教義から外れる異端の村扱いだから理解できる。解せないのは魔術師だな。こいつらも、聖教会の教義によって異教徒扱い。つまり滅殺対象のはず。どこでどうやって手を組んだんだろうか?」
俺はガルの言葉を思い出していた。
戦いの最中、魔法使いが聖教会に組みするはずはない、といった意味の言葉を叫んでいた。
魔法か……魔法ってこの世界じゃどんな扱いなんだろう?
地球じゃ魔法はインチキだ。科学の発展を阻害するだけの何の役にも立たないクソみたいな存在だ。
この世界じゃ、立派に役立っている。
リアルとして存在する。
ちらりとデニス嬢ちゃんの様子を見る。
ジム君が笛を吹き始めた。
嬢ちゃんは目をつぶって精神統一らしき事を行っている。
「ガル先輩、聖教会は魔法をどんな風に捉えているんですか?」
「簡単に言えば、聖教会は人間を生物としてしか捉えていねぇ。生物としての理から外れる魔法を認めねぇ。同じような理由で、生物としての道を踏み外した魔獣も認めていねぇ。存在が認められねぇ存在として抹消される対象だな。だから、聖教会と魔法使いが手を組むはずがねぇ。聖教会が魔獣を使うはずもねぇ」
でも現物は、ワイバーンにより空から偵察させ、魔法そのものたるゴーレムを使い、Sクラス魔法使いが大砲を放つ。
「そもそも聖教会って何者なんですか?」
「オイラも詳しくは知らねぇんだが……」
ガルは困った顔をしながら、記憶の引き出しを一つずつ開けていくように、ポツリポツリと喋りだした。
「人間達の話を総合するに、最初は五人くらいの小さい集団だった、ようだ。
一神教で主神の名はウーリス。『神』という意味だ。たぶん。
争いの放棄と邪神の排斥を掲げている。らしい。
いつの頃からか、国家や領土の関係無しに広まり、いまや全国の王や領主など主立った有力者が改宗している。って事を聞いた」
なんだか頼りないが、さすがのガル先輩も人間語の発音が不得手と来ている。
これは肉体的特徴なので責めることはできない。
発音に関して、むしろ俺の方が何とかなりそうだ。今後の努力に期待しよう。
与えられた情報から推測して、地球におけるカルト教団の成立パターンとの同一性が考えられる。
成りが小さい内はいいんだよ。最初は立派な志なんだろうさ。
成長過程のどこかで大概歪むんだ。
信者や側近の欲だけじゃない。人間自体に選民意識がある限り、ピュアな宗教は邪教という名の徒花になる。
俺に選民意識なんか無い。……などとは言わぬ。俺が自覚するが故に断言できるのだ。
悪いことに宗教は、国家のように土地に縛らることはない。国境で防げない。家や血統にも縛られない。
領土はこの星全て。
国家と並立するもう一つの支配体制。それが巨大宗教組織。
デニス嬢ちゃんの踊りが始まった。鎮魂とか、……鎮魂とかなんかその辺の踊りだろう。
相変わらず下手くそだ。
へたくそといえばジム君の笛。
音を外しまくること夥しい。せめて横笛で頼むよ。縦笛はいかがな物かと。
ガルの話はまだ続く。
「各国が聖教会の名の下に出し合っているのが聖騎士。指揮権は聖教会教皇が一手に引き受けている。資金は各国が出している。平和維持のため、聖教会が各国へ軍事介入しているって話だ。おかげで国同士の戦争が減って、人々の聖教会に対する信任はブ厚いって寸法だ」
おや?
「じゃ、なんでデニス嬢ちゃんのお里である、ここリデェリアル村は聖教会へ転ばなかったんだ?」
ガルはつまらなさそうにして、ボソリと呟いた。
「オイラやレム君と同じ。嫌な予感と腐臭を敏感に嗅ぎ取ったんだろうさ。特に具体的な話は知らねぇがな!」
確かに。
期せずして証拠を見せられているが、元々きな臭さと胡散臭さを感じる団体だ。
俺のように世の中を斜めに見る癖が付いている者は、まず疑って掛かる。
魔獣という、聖教会にとって斜め上の存在を使役してるリデェリアル村民だ。神や悪魔の概念も、一般ピープルとはズレているのだろう。
それでリデェリアル村が邪魔になったから、悪のシンボルに祭り上げ、各国を焚き付け、聖騎士の派遣に及んだわけだ。
この戦いは聖教会にとって、威光を高める為の聖戦だったんだな。
……負けちゃったけど。
もう一つ気になる点がある。
「リデェリアル村を何かの前線基地にするって、さっきガル先輩言ってたけど、この辺に大きな敵対勢力でもあるんですか?」
俺はこの世界のことをよく知らない。ましてやリデェリアル村近辺の地理など知るよしもない。
「……何を言ってやがるかな、このデカブツ」
ガルがキョトンとした顔をした後、毒のある言葉を吐いてくれた。
「お前が目的だろうが!」
「え、俺?」
「お前ねぇ……」
何かを諦めた模様のガル。
「聖教会ご一行様は、人面岩の秘密を暴くためにやって来たんだろうよ! どうやって調べたのか、聖教会は人面岩下のダンジョンの情報を入手したんだろうさ。魔物の洞窟を調べて潰すか利用するか。これまでの経緯を鑑みるに、利用しようとした可能性の方が高いな。そんな所から出てきたのがレム君だろ? 君が連中の最終目的だったんじゃないかい?」
破壊兵器と呼んでいい俺を入手するのが目的だった……。
決まったな。
聖教会は世界支配を狙っている!
雌伏の時は過ぎ、力を溜めた聖教会が、至高の目的のために動き出す。
だから、魔獣や魔法といった仮想敵対勢力にデッド・オア・ライフを突きつける。
物欲を捨てた聖者が布教という欲に取り付かれた成れの果てだ。
「……ってのが~俺オイラのぉ~推理だぁ~」
最後はなんか投げやりなガルである。
俺よりもデニス嬢ちゃんの行動に注意のほとんどを向けている模様。
嬢ちゃんの貧相な踊りはクライマックスに達しようとしている模様。
額から汗が流れている。
横で笛を吹くジム君のほっぺも真っ赤だ。
「ガル先輩、一つ提案があるんですがね!」
「うるさい、後だ後。後で聞いてやるよ!」
ガルの返事は冷たいものだった。
「なんだよ――」
気がついた。
ガルはデニス嬢ちゃんの下手くそな踊りに見入ってるんだ。
たんたんたん! と最後のステップを危なっかしく踏み、嬢ちゃんの踊りは終了した。
「くぅーっ! たまんねぇぜ! どうだよ嬢ちゃんのドヤ顔!」
うなるガル。
嬢ちゃんは顔を上気させ、大仕事をやり遂げた感で、俺たちを見上げている。
息をはぁあぁさせながら額の汗を流すままにさせていた。
何が目的かは知らないが、本人が満足げなんだからそれでいいのかもしれない。
「オイラはこの瞬間の為に生きている! そう、大声で叫べるぜ!」
「ごめん、俺、高度なフェチは理解できない」
委細かまわず遠吠えをあげるガル。ご近所迷惑この上ない。
「愉悦に浸っているところ申し訳ありませんが、ガル先輩……」
「なんだね、レム君?」
嗜み事を済ませた後の紳士のように聖者モードで構えているガル。
……あながち……、支配の踊りに効果があるのでは……?
「ものは相談なんですが……」
「言えよ」
では遠慮無く。
「俺と先輩で聖教会をぶっ潰しませんか? 後腐れないように」
「うむ……」
ガルは唸ったきり、考え込んだしまった。
ノリのいいガル先輩の事、調子に乗って即答でOK出すかと思ってたけど、はやり、そこは慎重だった。
「デニス嬢ちゃんが旅立つようだ。守護魔獣としてオイラは嬢ちゃんに付き従わなければならない。けしてイッパイイッパイになった嬢ちゃんの図を観察したいわけではない」
……。
我にかえってデニス嬢ちゃんを捜すと、ちょうど馬を引き出してきたところだ。
ゴツイ馬だ。
俺のサイズから見ればミニチュア馬だが、この世界の人間を物差しにすれば……北海道のばんえい競争でブッチの一着になりそうな大型馬だ。
いや、ばんえい馬より一回りはでかいぞ!
まるで象だな。
どこから……ああ、聖騎士が持ち込んだ運搬用の馬か。
運搬用にしては目付きが鋭い。
濡れるような艶やかな黒い毛並み。白いたてがみが風に揺れるほど長い。
いまちょっと口元から犬歯が覗いたような……。
松風とか黒王とか味皇って名前だったり、石の仮面をかぶった経験があったり?
ただ者……もとい。ただ馬ではないな、こいつは。
「ガル先輩、この人、ほんとに馬ですか? 覇気のようなものを感じますが……」
「バカヤロウ! これほどのお方が馬なわけねぇだろう!」
ガル先輩は人生を余暇で過ごしている人だった。
「見える! 見えるぞ! オイラにゃ見える!」
ガル先輩の首の毛が逆立っていた。細かい芸もできる人だった。
「このお方は未知の肉食獣だ。でもって、お前さんと同じで異世界の転生者だ。転生前は、どこかの大陸を武力で統一した帝王かなんかだ」
「じゃ、あれですね。下に置いてはいけない存在ですね」
「おおよ。侮っちゃいけねぇ。お馬様を怒らしたりしちゃぁ、額に第三の目が現れて、オイラたちはレジスト不可でイチコロだぜ!」
「生ける殺生石ですか!」
「おうよ。これからは先生とお呼びしろ!」
「先生、蹄の手入れをいたしましょうか?」
「お名前をお聞かせ願えねぇでしょうか先生!」
「お名前は黒皇先生に決まってますよガル先輩!」
そんな事はどうでもいいんだが……、嬢ちゃん、どこへ行くつもりだ?
なにやらガルに話しかけてる模様。
「どんなお話しだったんですか?」
話が終わった頃を見計らって聞いてみた。
「どうやら、敵の大将に直談判しないと腹が治まらないらしく、聖教会本部へ向かって旅立つらしい。オイラ達も一緒に付いてきてほしいって言ってるみたいだぜ」
デニス嬢は、大型馬……もとい、先生に荷物を載せている。
そうか、敵の本拠へ向かうか……。
どえらい覚悟をしたな。
よし!
「望む所だ」
俺は悪が許せない。なにより不条理が許せない。
聖教会とは何者だ? 何様だ?
この俺の身に起こったイロイロなことはどうでも良い。……いや、どうでも良くないが、事件の真相は見極めたい。
それともう一つ。
この世界に神はいる。
あのベランメェ神が言っていた。
この世界に神がいると。
ならば、もしかすると、俺を人間に戻してくれるかもしれない。
チムコを戻してくれるかもしれない。
少なくとも聖教会は神を祭る団体なのだから。
ひょっとして、ベランメェ神が言っていたパシリ神がご本尊である可能性がある。
ぶっちゃけ、それもあっての付き合いだ。
……俺の獲得したチカラを使いたいのも1割……2割……いや半分くらいはある。
だって、ベランメェ神公認だもの。お巡りさん、悪いのはあの神様です!
出発は遅れた。
急に降り出した雨が、出発を邪魔したんだ。
俺にとっちゃ、いいインターバルであった。
ガルからこの世界の事をいろいろ聞けたからね。
さて四日後。
雨もやみ、馬の準備も整った。
飼い葉をたらふく食わせ、水をガバがガバ飲ませ、束子で毛並みを整え終わった。
蹄も慣れた手つきで整備していた。
もともと魔獣の住まう村である。魔獣の手入れに比べれば、馬など朝飯前なんだろうさ。
デニス嬢ちゃんは、敵の本拠へ向か事を決意した。
俺とガルが参戦すれば、戦力的に問題は無かろう。むしろ嬢ちゃんとジム君の安全が心配だ。
その為に、俺たちに付いてこいと言っているらしい。
俺たちを戦闘要員として認識している。
すなわち、戦闘が行われることを前提にした行動計画をボヤっとでも考えている。
すなわち、戦いに対する決意をした。
すなわち、戦闘行為という命のやりとり、言い換えれば殺人をも厭わないって事になる。
「ということは、俺たちに殺人罪を犯せようとしてるのだな」
「わざわざ世知辛い言い回しをするんじゃねぇよデカ物! オイラ達は献身的に嬢ちゃんに付き従うだけでいいんだよ! 嬢ちゃんがアワアワしだしてから敵前に身を投げ出せばいいんだよ。ポイントは嬢ちゃんがパニクってからな!」
「相変わらず高度なフェチっぷり。恐れ入ります先輩。……俺には理解できないけど」
「よせやい! 褒めるなよ」
ガルはあの顔で器用に照れていた。
「ところで後輩のレム君」
照れていたのもほんのひととき。ガルは真顔になった。あの顔で真顔である。やはり器用だ。
「レム君は、人は殺したことがないので嫌ですか?」
言葉遣いまで丁寧になった。違和感も甚だしい。
「人殺しは嫌だな、文明人として――」
俺の答えに、ガルの目が鋭くなった。
「――ただし、狂信者は別だ。連中は人じゃぁない! 獣でもない。連中は怪物だ。そして狂信者を作った宗教屋こそ魔物だ!」
「ほほう。レム君、過去に何かあったね?」
あったさ。
「俺は正義とか悪とかの明確なくくりは無いと思っている。人や立場で正義が違うのも知っている」
「うんうんそれで?」
この青色狼、ものすごい年長者だったりしてね。
「理不尽が嫌いだ。俺は、世界によって理不尽な人生を生かされた。そして理不尽な死に方をした。俺は理不尽の強要を果てしなく憎む!」
「さっきの話だな」
「聖騎士と聖教会はリデェ……何とか村に理不尽な正義を執行した。俺はそれが許せない。徹底的に潰してやる!」
「よくぞ言ってくれた! それこそ願ったり叶ったりだ!」
ガルが打算ずくで相づちを打ってくれた。
「だがなレム君。それは復讐だ」
ガルはさらに居住まいまで正した。
「復讐は復讐を産む。第一、レム君が復讐を成し遂げる相手は聖教会じゃねえんだろ? 異世界の宗教家達だろ? こいつぁ八つ当たりじゃねぇのか?」
じっと俺の目を覗き込むガル。いつもの彼らしくない。
「……ガル先輩。俺としては手を引いても一向に――」
「オイラ達は最高のペアーだ! 戦友じゃないかゴメンよ付き合ってくれよ八つ当たり最高じゃないか一緒に戦おうよ戦ってくれよ!」
うむ、相変わらずガルの考えは浅かった。いつものガルで一安心である。
俺は道を踏み外した宗教の中の人を宗教屋と呼ぶ。商売にしているからだ。
宗教家は宗教というものを突き詰める、いわば道を究める人のことだ。同じにしてはいけない。
この世に神様がいる限り、正しい宗教家はいる。その人達まで貶めるつもりはない。
俺の相手はいつも道を踏み外した聖者さ。
さて、出発の用意はできたようだ。
黒馬の先生にはジム君が、積載量超過の荷物と共に跨った。ガルの背中には、デニス嬢ちゃんが跨っている。
ガルはご満悦である。
「ひょっとして嬢ちゃんが馬に乗るなんて言い出したらどうしようかと思ったぜ」
「良かったですね先輩」
「おおよ! オイラの背は嬢ちゃんの股しか乗せない決まりなんでぇ! 嬢ちゃんの股がお似合いなんでぇ! ……いやケツかな?」
お巡りさんいないかな? 性犯罪者を取り締まってくれないかな。
何はともあれ出発である。
デニス嬢の表情は硬い。
それは真理を見極めようとする意思の表れか。それは同族を殺された復讐心によるものか。
この旅を続けることによって明らかになるだろう。
……願わくば、俺のように復讐心を原動力として欲しくないがね。
先頭はジム君が操る黒馬。全高2メートル強。
次がデニス嬢を乗せたガル。全高3メートルほど。
最後がこの俺。巨大ロボ。全高約18メートル。
一切の気配を隠すこともせず。むしろ隠さないが。その偉容を誇示するかのように、異世界の旅が始まったのである。
……あとで行程表をガルにもらっておこう。
「黒皇ってなぁずいぶんシャレた名前じゃねぇか。するってーとなにかい? そっちの世界に同名の覇王でもいてたってのかい?」
「黒王号と味皇様から取って黒皇です」
「をぉ! 双方とも名前から察するに、都市破壊級のオーラをビンビン感じるぜ! 世紀末を二世代に渡って生き抜いて巨大化して城一つぶっ壊したり津波の中を泳いだりしてそうな息吹を感じるぜ!!」
相変わらずガル先輩は、メタ的な勘が異常に鋭かった。




