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13.リデェリアル村の元住人より

 デニスは村に足を入れた。

 何日か前まで、そこで生活していたはずだった。


 村は変わり果てていた。


 魔獣の共同厩舎はすべて焼かれていた。

 ほとんどの家々は焼かれていたり壊れていたりしていた。


 デニスの家はそのままあった。

 聖教会に摂取され、リデェリアル村前線基地本部と化していた。


 外はそのままだったが、中は違っていた。

 もうそこに思い出は無い。


中と外を仕切るだけとなった戸口をくぐり、外へ出る。

 ガルが、聖教会の人間を捕まえていた。前足で踏みつけている。


 大型の魔獣が人間を生け捕りにしたのだ。力加減に気をつけたのだろうが、実際は荒っぽいものだった。

 聖職者の人は、咳き込むたびに血を吐いていた。


 デニスには怪我の具合が解らない。

 脇腹を押さえているようだが、この体型だ、逃げるときに転んでテーブルの端にでも打ち付けたのだろう。

 ジムが泣きはらした目でその聖職者を睨んでいる。


「神が右手を挙げた。すると瞬きするまもなく山が作られた。神が左手を挙げた。すると一息つくまもなく山が消えた。山を作るも山を消すのも神の御技。我は司教長グロイジ」

 聖職者が呪いの言葉のように聖典の一部を唱えていた。


 なんだか偉そうな名を名乗っていたが、デニスに覚える気はなかった。

「聞きたいことがあります」

「異教徒めっ! 討伐に派遣した聖騎士たちはどうなった!?」


 質問に質問で返された。

 デニスが何か言う前に、ガルが足に力を入れた。ガルは、よく気の付く魔獣である。


「ぐあーっ!」

 聖職者は悲鳴を上げた。


「村の人はどうなったんですか?」

「み、みんな殺された。殺したのは聖騎士の奴らだ! わしは知らん!」

 あっさりと希望が消えてしまった。


 覚悟していたことといえ、事実はデニスの心に重くのしかかる。

 でも、涙は出ない。族長の血を引く唯一の者として、その責任感がデニスを支えているからだ。


「亡骸は?」

「外れに穴を掘って埋めた。忌まわしき魔獣と共にな!」

 責任転嫁するくせに、差別心だけは旺盛だ。


 その辺の機微を感じてか、ガルが体重を少し前足に掛けた。

「痛い! 助けて! 痛い!」

 この豚の聖職者は何かを勘違いしている。もしくは死を恐れない真の勇者だ。


「よかったわねジム。あの子たちと一緒なら、みんな寂しくないわ」

 デニスはジムに向かって微笑んだ。

 ジムも解っている。デニスは精一杯の意趣返しをしたのだ。


 無理矢理笑顔を作って頷くジム。少し仕返しができた気がした。


「後で場所を教えなさい。それとお坊さん」

「ひっ、ひぃい。助けてゲフォ! 何でも言うことを聞く! だから助けっゲフォッ!」

 鼻水と血の混じった涎で、酷いことになっている聖職者は、恐怖に身を縮込ませている。


「なぜ、わたし達の村が襲われたの? なぜ、わたし達は殺されなきゃならなかったの? 教えて」

 冷たい目で聖職者を見上げるデニス。


 その目に当てられ、聖職者はさらに怯える。

「ゲフゴフッ! せ、聖教会の聖典に、魔獣や魔法は書かれていないのです。だからこの世にあってはならない物なんです!」


 聖典に書かれてないと、存在してはいけないらしい。

 デニスは、開いた口がふさがらなかった。


「実際に、魔獣は生きている。魔法だってある。なんで認めないの?」

「わ、わしが認めてないのではなく、上の者が認めてないんです! わしはただ、上の命令で嫌々やってきただけなんです! ゲボフッ!」


 この男はだめだ。

 14歳の少女に、そう断定されるレベルの男であった。


「じゃあ、だれが命令したの? 一番悪いのは誰?」

「教皇です! 教皇バライトです! 命令したのは教皇なんですぅー! わしは、あなたと同じ被害者だ!」


 よく言う。

   

「では聖教会の教皇が邪悪の根源なのですね」

 デニスの目に復讐の炎が燃え上がる。


「小娘ぇーっ! 教皇様は絶対者じゃーっ!」

 今まで卑屈だった聖職者が金切り声を張り上げた。

 教皇に責任をなすりつけたくせに、教皇の悪口を言うと怒るらしい。

 思考方法がまったく解らないのだが、どうやら教皇に絶対の信頼を置いているようだ。


「教皇猊下は神と一心同体だ。猊下に危害を加えんと欲することは、神に仇なすのと同じ事。ばかげた考えはよすのじゃ!」

 聖職者の目が据わっていた。


 デニスは地を這う聖職者を見下しながらこういった。

「この場合、正しい考えって何なの?」

「悪いことは言わぬ。聖教会に跪け。そこの魔獣を殺せ。恭順しさえすれば、罪は許される」


 デニスの何かが一つだけ切れた。


「わたし達は罪など犯していないわ! 罪を犯したのは、あなたたちの神じゃない! 知ってる? 人殺しの神は祟り神っていうのよ! 悪魔って呼ばれているの! あなたたちは悪魔を崇拝しているのよ!」

 その後に言葉が続かない。もっと言ってやりたいのに、興奮して考えが言葉に出ない。


「……子供だな」

 ぼそりとつぶやかれた言葉に、デニスが顔を真っ赤にした。


「魔法使いが、何故この遠征に付いてきたと思っている?」

 デニスを見上げる聖職者の目が光を帯びていた。

 その迫力にデニスがたじろんだ。


「魔法使い達は負けたんだ!

 生き残ることを選択した魔法使い達は、教化を受け入れた!

 次世代に魔法を伝えない、つまり過去から積み上げてきた歴史である魔法を途絶えさせることで『許された』んだ!

 お前達も死にたくなければ聖教会を受け入れるべきだったんだ!

 弱者が強者に勝てるわけ無いだろっ!

 お前達の罪は、生きることより死を選んだ事だ! その時点でお前達は咎人だ!

 処刑されて文句垂れるなっ、このクソガキがーっ!」


 涎で顔をグチャグチャにした聖職者の勢いに、言葉を返せなかった。

 言い換えよう。デニスはすぐに返せなかった。


 デニスの頭の中で、今回のストーリーが組み上がった。

 それはお話しとして理解できる物だった。

 ただし、気持ちは理解できない。

 むしろ、理解できる人でなくて良かったと思っている。


「なーんだ。あなたたちの神は悪魔だって証拠じゃないの。わたし達リデェリアル村の魔獣使いは、大昔から悪魔と戦うために生きているのよ。それを教えてあげる」


 デニスの肝が落ちるべき所へ落ちた。


 迷いも恐怖もない。父や祖父なら、いや、ご先祖様の誰でもこうしたであろう。

 それは正義の行使。

 もうこれ以上、この人にかまけてはいられない。


 出発の準備をしなければ。


「何をする気だ小娘! おい、やめろ! 生きることを考えろ!」

 聖職者はブタらしからぬ声と顔でデニスを諫めようとした。


「あなたたちが生きればいい。でもわたし達も生きる」

 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。


 生きることを求めるために立ち向かわなければならない事だけは理解していた。


 ――行動しよう――。


 デニスは聖職者に顔を向けた。

「次の質問に教えてくれたら、放してあげるわ。好きな所へ行くがいい」

「た、助けてゴホッ! くれるのですか? 何でも答えます!」

 聖職者のが元の小汚い小物に戻った。


「じゃあまず……」






 相変わらず、血の混じった咳は止まらない。むしろ酷くなってきている。

 咳き込む度に脇腹に激痛が走る。体調もよろしくない。


 でも、全ての質問に答えた聖職者は、開放感に満ちあふれていた。

 いや、出世の道どころか、聖教会での立場を無くしてしまった司教長グロイシは、どうでもよくなってしまったのだろう。


 どうやら聖騎士大隊一万人は、小娘と小僧率いる魔獣二体により壊滅の憂き目に遭ったらしい。

 教義への忠誠も、与えられた使命も、残してきた金の事もどうでもよくなってしまった。


 死んでしまえば、聖教会への義理も立つ。子供二人と魔獣二匹で何ができようか。

 万事うまく納まるはずだ。


 だけど、威風堂々としたゴーレムが気になった。


「なあ、小娘」

「なによ?」

 機嫌は悪かった。でも反応はしてくれている。

 それだけで目的の半分は達成した。


「あのゴーレムだが、ひょっとして人面岩から出てきたのか?」

「それがどうしたのよ!」


 目的は達成した。

 人面岩地下にダンジョンがあり、その奥底に世界を作り替えるほどの魔獣が棲むという。


 リデェリアル村派遣軍の第二目標が、その調査と破壊であった。

 それを言ってやるほどグロイジ司教長は人が良くない。いやいや、子供相手に大人げないかと自重した。


 だけど……。


 確かに洗練された姿をしている。動きも人間そのものだ。

 魔法使い共が使役する土ゴーレムとは毛並みが違う。

 過去に失われた技術でも使っているのだろう。それはそれで男としての血潮が沸き立つのだが……。


 所詮ゴーレム。


 巨大であろうと、血統が違おうと、遙かに強かろうと、ゴーレムはゴーレム。

 限界は低い。


 数多い要塞都市の一つ、キュウヨウに常駐する聖騎士20万の前には塵に等しい。

 この娘は、世界を知らない。

 すでに聖教会は、この世界の主立った国家を押さえている。

 世界の戦力を全て手中に収めている。


「……勝てるといいな」

 そんな言葉がグロイジの口から出た。

 もちろん、デニスが、である。


「勝つだけが勝利じゃないわ」

 デニスの言葉は意味が不明だった。

 もっとも、グロイジにとってどうでもいい事であった。


 デニスがグロイジから聞いたのは、聖教会本部・聖都の位置。

 そこへ至るまでの道筋と障害となる聖騎士達の設備等であった。

 これ以上、聞く事はない。

 

「ガルちゃん、離してやって」

「姉ちゃん!」

 ジムが異を唱えた。


「約束しちゃのは放すだけ。治療なんかしてやらないから」

 ジムは納得した。

 ガルは前足を聖職者から離した。

 聖職者は足を引きずりながら、森の方へと走っていった。



 以後、グロイジ司教長の姿を見た者はいない。

 司祭長にまで上り詰めた男の生死を見極める者はいなかった。






 村の中央に広場がある。

 毎年、お祭りが執り行われる広場である。


 デニスとジムがその中央に立った。

 隅っこでガルとレムが腰を下ろして見学者となっていた。


 デニスは踊った。

 だが、魔獣を従えるためではない。


 ジムは笛を吹いた。

 だが、魔獣を従えるためではない。


 これは、村の人たち、犠牲者への手向けである。


 ガルは温和しくお座りしていた。

 ならんでレムも静かに座っていた。


 二人とも、この舞の意味を理解してくれている。

 デニスは、二人のためにも心を込めて秘伝の舞を舞った。

 

 


 二人は、その日の遅くまでかかって旅の用意を調えた。


 幸運にも、聖騎士達の持ち込んだ物資がそのまま使えた。

 馬も聖騎士達のが使えた。

 選び放題だった。


 一番体格が良くて、一番毛並みが良い馬を選んだ。

 なかなかいい顔をしている。

 ガルとレムがかわるがわる馬を覗き込んでいた。どうやら二人とも気に入ってくれたようだ。


 さて、明日にでも出発しようかと思っていたその日の夜。

 一天にわかにかき曇り、見る間に雨が降り始めた。


 明け方までには止むだろうとたかをくくっていたが、それは逆目だった。

 ここ何年か見た事もない豪雨となった。


「たくさん人が死んだのよ。こんな時はいつも雨が降るの」

 お爺ちゃんが話してくれた昔話に、こんな下りがあった……。

 元デニスの家の二階。

 デニスはジムと身を寄せ合って、雨が止むのを待っていた。


 雨は二日続いた。

 誠の神が、すべて無かった事にするかのごとく、豪雨のまま二日が過ぎた。

 

 三日目には抜けるような晴天が広がっていた。


 ぬかるみを避けるため、出発は四日目となった。


 


 第3章 了


第3章、終了いたしました。


次話よりいよいよです。

いよいよと言ったらいよいよです!



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